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クール・エール  作者: 砂押 司
後日談 循環せり想い

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174/179

アフター・エール 風鳴る日 中後編

先だっての騒動、もとい皇前会議の後。

アタシとフリシオンが最初にやったのは、フリーダの気持ちの再確認だ。

フリーダに最も近しい存在であるアタシに、皇家を支える大貴族筆頭の一角かつ大叔母であるフリシオン。

さらには、フリーダとの付き合いだけでいえばアタシよりも前からになるメイドのキティに、契約精霊のレム様。


『声姫』の本当の声に向き合って、この娘が一番に守りたいものを尊重したい。

フリーダが幸せになるための、手助けをしたい。


その一心からの行動だったわけだけれど……、……思い返すと、やや前のめり過ぎたことは否めないかもしれない。

入れ替わり立ち替わり、あるいは複数で、手を変え口を変え確かめられる初めての恋心。

多少の時間を空けながらも5日間に渡って続けられたもう間違えないための質問、何度か涙目になったフリーダの言葉を借りればデリカシーがないだけの拷問の末、アタシたちはフリーダとサーヴェラとのことを前に進めていくことにした。

尚、この5日間の後、大戦後の5年間の苦難にも耐えてきたはずの『声姫』は、主観的にも客観的にも再証明された自身の感情を消化するため、丸1日寝込む羽目になった。


その1日の間にアタシたちの次の標的になったのは、もちろんサーヴェラだ。

してもいいなら、オレは奥さんにしたい。

オレはフリーダ様のこと、結構好きだし。

冷静に文字に起こしてみると若干微妙な内容な気もしてくるこの発言の真意、そしてフリーダを妻とする責任と覚悟についても、当然確認は必要だったからだ。


ただ、こちらに関しては半日もかからずに全てが終わった。

むしろ、フリーダ様やエルダロンは本当にオレなんかを夫にしてもいいのか。

一緒に仕事をしてはいるけど一緒に生活したことはないから、現時点で「すごく」好きにはなりようがない。

……でも、多分すごく好きになれるとは思う。

この世界で最も嘘を見抜こうとしている3人と、最も嘘を見抜く能力がある1柱を前にして、『翔陽』はやっぱり『翔陽』のままだった。


そして、現時点で、この世界で最も。

フリーダを幸せにできて、フリーダと幸せになれる可能性が高い相手は、やっぱりこの青年なのだろう、と。

3人と1柱の意見は、一致した。


他方で、この6日間はエルダロン皇国側の責任と覚悟が問われる時間でもあった。

エキューとメイアスは、貴族や有力者たちへの根回しを。

文官たちは、実際にフリーダとサーヴェラが結婚した場合に起こり得る問題の洗い出しとその解決を。

ほぼ不眠不休の会談と会議の末に、皇国内の障害は大部分が取り除かれた。


残るは、サーヴェラが所属しているウォルの、つまりは『魔王』ソーマ=カンナルコの了解。


【それは、私が向かおう】


どういう風の吹き回しなのか、その申し入れを買って出てくれたのはレム様だった。

世界最速の移動能力を持つ、同格の大精霊。

確かに、使者としてこれ以上の存在はあり得ない。

アタシたちはもちろん珍しくフリーダも恐縮する中、エルカを先触れとした後に飛び立ったレム様は、だけどとても上機嫌だった。


ただ、そのレム様の訪問を受けたソーマは、かなり混乱したようだ。

あれだけの都市計画を策定し、かつては『浄火じょうか』をすら謀殺した人物でも想定していなかった、『声姫』と『魔王の弟』の成婚の可能性。

サーヴェラと、フリーダと、フリシオンと、おまけにアタシと。

使者としての信用はあっても人間社会には疎い風の大精霊では即答できない質問や確認をするため、エルカを通して久しぶりに交わしたソーマの言葉。

初対面のフリシオンを除いて、そこにはいつになく遠慮や人間味があったというのが、全員に共通した印象だった。


「……わかった。

後々に色々と問題点は出てくるだろうが、エルダロン側にそれに対応する覚悟があって、何より当人同士に明確な結婚への意志があるなら、俺としては構わない。

個人としてもウォルの領主としても『霊央』としても、力の及ぶ限り協力することを約束しよう。

……ただ、サーヴェラの所属を正式にエルダロンへ移すとなると、流石にウォルへの影響も小さくはないし準備や調整が必要になる。

ミレイユやアリスたちで動いてもらうから、少し時間が欲しい」


純粋な移動能力なら風の大精霊が最速でも、情報伝達の速度なら他の大精霊たちも負けてはいない。

同じ属性間の精霊同士でなら距離を無視して成立する【思念会話テレパシー】の存在と、命じられるか行ったことのある場所ならば無制限に実体化できる上位精霊の存在と、その上位精霊たちを無条件に支配する大精霊の権能。

それらを最も有効に活用しているウォルの領主代行と領主夫人からの返答がもたらされたのは、なんとソーマの了解が得られたその夜のことだった。

皇邸ピエモーンの応接室の1つ、火を入れられた暖炉の前。


「ふム、こコか」


「あまりわらわの近くに寄るな、熱苦しい」


エルカの言葉に再び集められたアタシたち4人の前に顕現したのは、火の上位精霊筆頭のデュミノと木の上位精霊筆頭ムー。

サーヴェラを通して全員が挨拶を終えた後、2人の口はエルカのときと同じようにミレイユ、アリスのそれへと変化していた。


「ふフふ、お久しブりデすワー」


長身の男の形の炎から流れ出した多少聞き取りづらい声は、例の笑い声の後、まずはサーヴェラとフリーダの婚約を言祝ことほぎ、続けて1年後にサーヴェラをエルダロンへ転籍させること、それまでの間に『スピリッツ』の増員を図りたいことを説明した。

当代の火の大精霊にしてウォルの領主代行、ミレイユ。

その唇からは、さらにこれからの1年間とそれ以降の未来についてのことが、ウォルの実務トップとして、古今東西30万人分以上の魔人ダークスの知見を引き継いだ『賢者』として澱みなく紡がれる。


ウォルがエルダロンに望むもの。

エルダロンがウォルに望むもの。

そして、それぞれが世界に望み、望まれるもの。

そのためには、未来のために何をすべきなのか。


それは若い2人にはもちろん、大貴族として皇国を支えてきたフリシオンも人間の何倍も生きてきた竜のアタシにとっても、値千金の講話となった。


「……じゃあ、次は私」


それと比べるなら、アタシたちとアリスとのやり取りは非常に短い時間で終わった。

というのも、2人への祝福が終わった後、アリスはフリーダと2人きりでの対談を希望したからだ。

私はどちらでも構わないけれど、女性として立ち入った話題になるから2人きりの方がいいと思う。

ここでの内容を私は誰にも話さないけれど、そちらが後から他の人に話す分には全然構わない。


2人きりの部分にフリシオンが難色を示したもののアタシが一切心配しなかったこともあり、結局フリーダはムーを連れて私室に移動し、その間アタシたちはミレイユと打ち合わせの続きをしていた。

この辺りは、アリスと面識があるかどうかだろう。

木の大精霊フォーリアルと契約した『至座の月光』、アリス=カンナルコ。

彼女には他人に害を与えられるような政治のセンスはないし、何よりもその意志がない。


「……この人が『最愛』である理由が、よくわかったよ」


実際、しばらくの時間を経て私室から帰ってきたフリーダの表情は、穏やかそのものだった。


「サーヴェラ……、……明日から、できるだけ食事の席を一緒にしよう。

ボクたちは、もっとお互いのことを知り合う時間が必要だと思う」


そして、ミレイユとアリスを丁重に送り出した後の、この言葉。

笑顔で応じたサーヴェラを見送るフリーダは、レム様と契約したあの日のような。


屈託のない少女のような笑みを、本当に久しぶりに浮かべていた。





そこからの日々は、怒濤のようでありつつも凪のように進んでいった。

半月の不在に備えて持ち込まれる政務や、婚約の発表に向けて始まる根回し。

孤児の受け入れに向けた最終調整に、今後急激に増えることが確定したウォルやネクタとの交易への準備。

そういったものと格闘しつつも、フリーダとサーヴェラは2日に1回は必ず、食事を共にするようにしていた。


この世で起きる悲劇の大半は、事前に言葉を交わしておくことで回避ができる。

これはアリスの「少し手を伸ばせば……」に並ぶ、ソーマが掲げたウォルの行動原理の1つらしい。

それが染みついているサーヴェラと、どうやら過日にアリスからこれを教えられたらしいフリーダは、とにかく食事の席で色々な話をするようにしていた。

アタシはもちろん、時にはフリシオンたち貴族や、武官や文官、『スピリッツ』の隊員たちを交えての話題は、どうしても今現在の仕事の話が多い。


多分、2人が未来や……、……お互いの過去の話をできるようになるまでは、まだまだ時間が必要になるのだろうとは思う。

それでも、フリーダとサーヴェラの心の距離は少しずつ近づいていたし……。


それを実感できている当人たちにも、周りのアタシたちにも、1ヶ月なんていう時間は一瞬で終わるものでしかなかった。

















そして迎えた皇前会議から、5日ののち


「さて、それでは皆様、お待たせいたしました。

今回の演習の説明を担当します、『スピリッツ』第5小隊隊長、『為心いしん』ことジェクト=ウォルです。

……とはいえ、皆様とは健康診断でお会いしていますし、この姿ですから覚えていますよね?」


フランドリス領内の平原に響くのは、命属性低位【大声吼ライル】で増強された喉から発された、小柄な青年のものとは思えない大声。

黒いマントと対照的に日焼けしていない肌に、青みがかった黒髪。

その下の黒い目隠しの中央に1つだけ描かれた白い目の意匠は、実際に視力があるかのように向かい合った観客たちを見渡す。


昨日フランドリスに入ったフリーダとアタシ、キティを筆頭とするメイドたち。

近衛として連れてきた皇国騎士団が30名に文官が10名、シンガル率いるフランドリス領軍の精鋭たちが約50名。

もちろん『スピリッツ』のサーヴェラと、演習に携わる隊員が10名ほど。


「「……」」


そして、今回の演習を観せる対象である、フランドリスに引き取られた100名の孤児たち。


全員が座っているのは、『スピリッツ』第1小隊隊長のガーランが【創構グラクト】で直接大地から作り出した長大なベンチ。

後列は地面ごとかさ上げされているそれらの列は、装飾される前の演劇場の観覧席を切り出してきたようにも見える。


「一晩ゆっくりと寝て、移動の疲れは取れたでしょうか?

朝食もしっかり食べていたと聞いていますが、トイレや体調不良があったらすぐに申し出てくださいね。

飢えず、かわかず、凍えない。

健康診断でも皆さんに言った通り、僕たちがこの約束を守れないことは我らがウォルの精神と、その駐留を決断されたフリーダ陛下の顔に傷をつけることになってしまいますので」


その前で役者かあるいは道化のように声を張るジェクトの異装は、確かに会う者全てに強烈な印象と記憶を残す。

その証拠に、おずおずと頷く孤児たちの誰一人として、両肩のイオンとリューに悲鳴を上げることもない。

黒蛇と白蛇、そのどちらもが彼の契約する命の上位精霊。

シューシューと笑っている2匹を目にして身を強張らせているのは、むしろエルダロンの軍属たちだ。


「さて、それでは今回の演習の内容ですが……、……当代最強の風の魔導士であるフリーダ陛下の御前で恐縮ではありますが、『スピリッツ』所属の風属性魔導士による飛行訓練となります」


名前を出されたフリーダを見上げる視線が集中するも、皇としてそんなことに慣れている本人は微動だにしない。

裏地に黒い布を重ねた白いマントとフードに、顔の部分も鳥甲冑とりかっちゅうの兜と同じデザインの白面。

ウォルのミレイユからの助言とフリーダの要望を合わせて新調された外出着は、当然ながら甲冑よりも遙かに過ごしやすい。

着替えも手入れも手軽になったと、キティたちからも大好評だ。


「それでは、あらためてご紹介しましょう。

第6小隊隊長、『伝真でんしん』オーサ=ウォルです」


「……」


一方で、呼び込まれたオーサはいつものバトルドレスとローブ姿ではなく、ある意味でジェクト以上の印象と記憶を叩きつけてくる異形となっていた。

動物か魔物の……多分、カイラン大陸特有なのだろうそれの黒い革で作られた上下に、首と胴、手足の関節を守る同色のプロテクター。

同じ素材で仕立てられた飾り気のない兜と、ジェクトのように両目を覆うゴーグル。

背負っているのは、やっぱり黒く塗られた金属質の何かで作られた骨組みと薄い布のような何かで構成された、まるでアタシたち竜が持つような巨大な翼。


無理矢理にでも表現するとするなら、黒い竜の仮装をした人間。

いや、決して思いつきや悪ふざけの類いではなく、人間を本気で竜にしようとした姿。


「ねぇ、ジェッ君……」


ただ、問題なのは中身の人間の顔が引きつりまくっていることだ。

天真爛漫と傍若無人を掛け合わせて、2で割らなかったような振る舞いがトレードマークのオーサ。

その少女が、大好きなはずのフリーダに手を振ることすらなく、必死で隣の白い単眼を見つめている。

あの表情は……、……命乞いをする人間が浮かべるやつだ。


「尚、今回の飛行訓練は、このオーサ=ウォルが以前レム様に無礼を働いたことへの懲罰も兼ねたものとなっています。

ここから飛び立ち、目印とした生やしたあちらの3本のヴェルディを回ってここへ戻ってくる。

ただし、僕以外の4人の小隊長たちからの攻撃を回避しながら。

そういう内容ですね」


ジェクトの指の先を辿たどると、その指先ほどにしか見えない白っぽい柱のようなものが確かに3本揺らいでいる。

ヴェルディ、ネクタ原産で……確か「タケ」か「カケ」か、『魔王』が生きていた異世界ではそんな名前で呼ばれていた植物だ。

ただし、この距離であのサイズに見えるということは、樹高は60メートル近いということになるけれど。

木材の相場には詳しくないけれど、多分、使い捨ての目印にしていい価値じゃないはずだ。

文官の何人かの目元が痙攣しているのを見る限り、もっと大事に扱うべきものなのだろう。


「ねぇ、ジェッ君! 無理だよ!?

アー君とかレイちゃんなら大丈夫だと思うけど、わたし飛ぶのはそんなに上手くないの知ってるよね!?


まぁ、今のオーサにとって大事なのは、ヴェルディより後の部分だとも思うけれど。


「だから、訓練するんじゃないですか。

単なる刑罰で無意味な苦しみを味わうよりも、今後に繋がる痛みになるんだから生産的でしょう?」


「死んだら痛みも感じないから!!」


「死にませんよ、僕とイオンとリューがいるんだから。

それに、人間は痛みを伴わないと成長しないんですよ?」


「痛みがなくても、成長はするよ!?」


「痛みがなくても成長できる人間は、そもそも初対面の相手に全力で触りにいって国際問題を引き起こしかけたりしないんです」


「レム様もフリーダ様も許してくれたじゃん!?」


「僕たちは、許していませんから。

仮にも隊長に任じられていながらウォルの精神に傷をつけるなんて、弟妹きょうだいたちに顔向けできませんよ」


「サーにぃたちはともかく、ジェッ君が許してないのはおかしいよね!?

わたし、散々に『おしおき』されたよね!?!?」


「えぇ、最愛の婚約者である貴女にあんな事をするのは……とても心苦しかったです」


「めちゃくちゃ楽しんでたじゃん!!!!

それに、最愛なら守ってよ!!」


「なら、守られるに値する行動をとってください。

僕たちからの信頼を裏切ったのだから、裏切られても当然です」


大半の大人たちが困った表情を浮かべ大半の子供たちがポカンとしている中、『為心』を名乗る命属性魔導士は、すがりついてくる自身の最愛からの命乞いをばっさりと打ち切る。

白い塗料の無機質な瞳は、視線をオーサからベンチの左端、自分たちの長兄へと。


「オーサ、諦めて」


そこで腕組みしているサーヴェラも、表情こそ苦笑いではあるものの瞳に宿っているのは無機質な金色。

公明正大、信賞必罰。

組織運営の基本原理を体現した青年に、いつもの無邪気な朗らかさはない。

苛烈な輝きは、どこか氷の結晶のようにも見える。


「……オ、オーサ=ウォル、出ます!」


そこに何を見たのか、オーサはベンチに背を向けて全力疾走。

風属性高位【起突風フートス】を自分に向けて発動することで、背中の翼には膨大な浮力が生まれる。

翼が上向きに湾曲するほど爆発的な力は、オーサの身柄を空へと移管。

続けて発動した低位の【起風フース】をコントロールすることで、少女は間違いなく竜となる。


孤児たちの歓声と、エルダロンの軍属が息を呑む音。

サーヴェラが張った巨大な【氷盾シールド】の先では、薄れる土煙を尻目にオーサがどんどんと高度を上げていく。

アタシの知る限りフリーダ以外には不可能だったはずの、実用的なレベルでの人間の飛行。

それをあっさりと更新したウォルの知識と技術、オーサの実力に、フリーダもアタシも感嘆の唸りを隠せない。


「…………?」


……ただ、そんな魔法史の一節に現在進行形でなっているはずのオーサからは、何の誇らしさも優雅さも感じられない。

焦慮と、恐怖。

翼開長5メートルと子竜、鳥に例えるならヒューカーにも匹敵する巨躯でありながら、空を疾駆するその姿から連想されるのは……何故か、そのヒューカーのような猛禽に追われる憐れな小鳥の決死の逃()行。

最短で、最速で、命を繋ぐためにゴールを目指す。


「「!!」」


そんな小鳥に飛びかかる大蛇のように、1本目のヴェルディの根元から濁流が天へと昇る。


水属性および土属性、高位【土石流撃ダートリーム】。

第2小隊隊長のリオンと第1小隊隊長のガーランが放ったのは、水属性の【水流撃ストリーム】に土属性【創構グラクト】で操った周囲の岩石や土砂を大量に混ぜ込んだ、超難度の複合魔導だ。

同じ程度のレベルかつスムーズな連携を可能にする高位魔導士2人が揃って初めて成立する魔導だけど、『廻橋かいきょう』と『崩鍵ほうけん』は当然ながらその条件を満たしている。

激流の速さで大地の重さを叩きつける、土石流の再現。

戦場で放てば射線上の全てを押し潰すだろうその局地災害が狙うのは、だけどたった1羽の黒い小鳥。


「~~~~!」


もちろん、小鳥ことオーサは死に物狂いで回避する。

ここまで聞こえる悲鳴を上げながら、体を捻り急激に旋回。

容赦なく追撃してくる【土石流撃ダートリーム】を振り切り、1本目のヴェルディの横を通過する。

追加発動した【起突風フートス】の爆風は泥のあぎとに呑み込まれるも、オーサ自身はその射程範囲から脱出することに成功。

急加速のまま目指す、次のチェックポイントである2本目のヴェルディは……。


「「……!?!?」」


大きく後ろに倒れ、いや、しなっていた。

天を突く巨樹が根元から曲がり、むちのように振りかぶられているという異常。

異常ではあっても、当然の帰結として予想できてしまう込められた暴力の行き先。

死の、予感。


「~っ!!」


かすむ、薄い緑。

袈裟けさ斬りに叩きつけられたヴェルディの先端は地面と激突し、数百メートル離れたここまで届く爆音で大地を粉砕する。

葉や枝どころか幹の破片、噴き上がる地面をすり抜けて加速する黒い翼。

2撃目、を描きながらの斬り上げは樹高が数メートルだけ短くなったことで間合いが足りず、オーサは轟音を背に、殺傷圏から逃れることに成功した。


その特大の教鞭の根元、オーサを見送っている第3小隊隊長のミスティーが放ったのは、木属性中位の【撲撃ビート】……のはずだ。

普通は急激に動かない植物の体組織そのものに干渉し、高速での動作を可能とする。

同時に簡単な命令を与えることで、主に自律の罠として運用する……難度の割にかなり使いどころが限られるマイナーな魔導、のはずだったんだけど。

……これ、魔力が高くて干渉する木が大きくなると、こんなことになるのね。


しかも、育ちきったヴェルディの硬度はミスリル合金にも近かったはずだ。

それがあの速度、あの角度で打ち込まれるとなると……本物の竜でも死ぬんじゃないだろうか。

質量こそ、ナガラがフリーダを撃破した『十二牙ついのきば』には及ばないとしても、

あの速度と柔軟さはまずい。

それ以前に、『緑領ろくりょう』の本領は大量の有毒植物を使役することでの軍団形成なわけで……。


対生物戦での殺傷能力という点に限れば、木属性が最強だし最恐。

その木属性の最高位と結婚している『魔王』の言葉が揶揄やゆでも冗談でもなかったということを、アタシは今更ながらに理解する。

単なる事実として、木属性の高位魔導士はヤバい。

生物の一端である竜としてあらためて戦慄しつつ、アタシは同じ生物であるオーサを心からの応援の視線で追いかけた。


「「……」」


そして、その応援が届かないかもしれないことに、深い寂寥せきりょうを感じた。


3本目、最後のチェックポイントとなるヴェルディの根元には、小さな太陽が浮かんでいる。

第4小隊隊長、『慮燎ろくりょう』ホロー=ウォル。

双子だというミスティーと確かによく似た顔立ちの、だけど遙かに目つきの悪い青年の頭上に浮かんでいるのは、自身の背丈と同じ程度の直径を持つ、巨大な火球。

それがオーサに向かって急加速しながら……。


「!!!!」


弾ける!

火球は10に分かれ、それぞれの大きさは元の3分の1ほどへ。

一拍おいて、10の火球はそれぞれがさらに半分の大きさの10ずつの火球へと分裂した。

都合100の火球はもう一度弾けて合計1000、さらに分裂して、最終的には指先ほどのサイズの10000発の炎弾となり。


「~! ~~!!」


何か叫んでいるオーサがいる辺りを中心に、空へと放射された。

鍛冶で飛び散る火花に、自分から突っ込んでいく。

多分、今のオーサの目にはそんな光景が映っているのだと思う。


火属性高位【千片万火スパークス】。

魔導の内容は見たまま、火球を爆散させることで着弾点の数を拡げ、陣地や集落など広範囲を焼き払うための無差別殲滅魔導だ。

ただ一点、使い方を訂正するとすれば、本来は地面から空にではなく、高所から下に向かって撃つ魔導だということだろうか。

それに、いくら炎弾の数が万に届くとはいえ1発あたりの殺傷力はほとんどないに等しいため、人間に直接撃ち込むような魔導でもない。


「~~~!!!」


……まぁ、だからといって、これを実際に空で撃ち込まれた人間が平気なのかどうかは、わからないけれど。


「~~~~!!!!」


訂正、やっぱり平気じゃないみたい。

被弾を減らすために敢えて回避せず【千片万火スパークス】に突っ込んだオーサの体の数カ所からは、煙が後ろに流れている。

小さいし散らばっているとはいえ、やっぱりそれでも数十発は直撃してしまったらしい。

背中の翼に至っては、端で炎が上がっている。


それを【起突風フートス】の加速で強引に消し、ゴール、つまりはアタシたちの方へ向かってくるオーサの顔は、完全なる泣き顔。

その背後で昇る、4つの太陽。


「「……!」」


七兄妹ななきょうだい』で最恐かもしれない女、その双子の弟は、一切の慈悲も躊躇ちゅうちょもなく、【千片万火スパークス】4発を追加で発動。

数秒の後、黒いというか黒焦げになっているかもしれない小鳥を殲滅しようと、4万発の炎弾が無差別に炸裂する。

まるで、夜明けの瞬間を切り取った絵画を、無理矢理に実写で再現しているよう。

泣き声というか、声にならないオーサの絶叫がなければ、それはとても美しい煌景こうけいだった。


「エルカ、水の壁、手伝って。

ジェクト、回復の用意」


サーヴェラの指示に、彼の契約精霊エルカとジェクトの返答が重なる。

高さ10メートル、幅30メートル、厚さ3メートルの巨大な水の壁。

完成から数秒後、直前で翼を切り離したオーサはほぼ水平の勢いのままにそれに激突した。

受け身を取りつつも全ての衝撃は殺せず、壁を貫通して地面に落下。

ここまで届いた【千片万火スパークス】の炎弾数発も、小さな音を立てて消火される。


「最後の受け身で右腕を骨折……、……後は各所に火傷少々ですかね」


サーヴェラが抱え止めたオーサを下ろすと同時に、ジェクトが診察を開始。

イオンとリューが命属性【治癒リカバー】を多重発動する中、へたり込んだままのオーサはゆっくりとサーヴェラの方へ振り返った。


「久しぶりに、本当に死ぬかと思ったよ!?」


治った右手でゴーグルを外しながら始まるのは、当然の抗議。


「それくらいじゃないと、罰にならないだろ?

ちょっとは反省したのか?」


半ば呆然としているアタシたちの前で、サーヴェラはそれを受け流す。


「死んだら、反省もできないよ!?」


ぎゃくな、反省しないから死ぬんだよ。

飢えず、渇かず、凍えさせない。

だから裏切らず、怠けず、強くなれ。

今のオレたちは、それをこの子たちに約束する側の大人なんだ。

失敗するのは仕方ないけど、それを反省しないのは見過ごせないんだよ」


孤児たちを見渡した後にオーサへと戻った金色の瞳に浮かぶのは、冷徹な静けさ。

何を許せなかったのか。

何を省みてほしかったのか。

それを諭した『魔王の弟』は、『七兄妹の長兄ちょうけい』として肩をすくめる。


「それに、ガーランたちも全然本気じゃなかっただろ?

4人とも自前の魔力だけで契約精霊の力は使ってない、おまけに対個人戦術も避けてくれてるんだから」


「……」


色々な感情が渦巻いているだろうオーサの唇は、固く閉じられたままだった。

その右肩を、ジェクトが撫でる。


「ま、腕1本折る程度には反省も成長もできたでしょう。

ですよね、オーサ?」


「……すみませんでした、もう二度としません」


「そうだね、オレたちも、こんなことはもう二度とやりたくないよ」


立ち上がって下げられた、オーサの頭。

それをポンポンと撫でた後、だけどサーヴェラの視線はオーサの両腕を往復する。


「まぁでも……、……まだ二度まではできる、とも言えるのか」


「サーにぃ!?」


「冗談だよ、今のはね」


そううそぶいた後の『翔陽しょうよう』の笑顔はひどく朗らかな、無邪気な太陽のものに戻っている。


「……やれやれ」


それを眺める『声姫』も、仮面の中で小さく笑っているようだ。





「それでは皆様、目に焼き付けていただけたでしょうか?

これにて、我ら『スピリッツ』の演習を終了いたします」


風が静かに流れる中で、ジェクトの声にも明らかな笑みが含まれていた。

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

また、旧年中……というか、休載の間待っていただいていた皆様には、あらためての感謝を。

おかげ様で、楽しく執筆できております。

ペースが遅いのは心苦しい限りですが、引き続き本作を楽しんでいただければ幸いです。


また、不安事の多い昨今ではありますが、皆様にとって今年が良い年でありますように。

心より、お祈り申し上げます。


砂押

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