アフター・エール 烈なる戦い 後編
私、マルチェラ=シオ=ケイナスは一度死んだことがある。
もちろん、15年後の今に私自身がそれを回想できている以上、これは比喩だ。
あの夜に私は死んでいないし、肉体的にはずっと変わらず心臓も動いている。
でも、精神的には違う。
あの夜、私は確かに「死」を経験した。
それは、5歳になったばかりのことだった。
家族や親族に囲まれての盛大な誕生会の翌日、父上は私を船に乗せてくれたのだ。
それも、小舟や民間の商用船ではない。
かつてコモスで見かけて以来ずっと乗ってみたいとせがんでいた、『爪』の海軍が誇る正式な軍船だった。
既にコトロードのギルドで副部長を務めていた父上は、そのコネクションも最大限に活かして海軍に所属していた親友に無理を利いてもらったらしい。
ハロッカ=シオ=ボルツ。
父上と同じく異例の出世を重ね30歳という若さで小海将にまで昇っていたその人は、人目がつきにくい夜間演習を狙って父上と私、そして当時4歳だった自分の娘を船に潜り込ませてくれた。
とはいえ、陸に比べれば大らかな海軍の、しかも信任厚い若き船長自らのやること。
海兵や船員たちは憧れの甲板ではしゃぎ回る少女2人に目くじらを立てることもなく、むしろ率先して各所を案内してくれ、挙句には操舵輪を握らせることまでさせてくれた。
楽しい、誇らしいその夜が一転したのは、ひとしきり船の中を見終わりルピ、ハロッカ殿の娘と並んで甲板から黒い海を眺めていたときだ。
凄まじい、としか言えない衝撃。
両手が手摺から、両足が甲板から……離れた。
そう実感した直後、私の視界の中では上下逆さになった軍船が、ゆっくりと空へ落ちていくところだった。
同じく上下逆さになったルピと父上も、のんびりと黒い空へと落ちていく。
ルピは何かを叫び父上は私に手を伸ばしているけれど、どちらの声も何の音も私には聞こえない。
軍船の上で、波打つ黒。
視界の上……、……黒!?!?
世界が上下逆さになったのではなく、私が頭から海に落ちた。
そう実感できたのは、単に息ができなくなったからだ。
重い。
暗い。
痛い。
怖い。
苦しい。
冷たい。
塩辛い。
何も見えない。
上も下もない。
私は、死ぬのかもしれない。
黒一色の中で、それより黒い何かが動いた。
船ほどに大きい、海の生き物。
本で見た『竜魚』だと思い出す前に、黒が口を開く。
冷たさと塩辛さの中で、やっぱりそれも……ゆっくりで…………。
……青!
死んでいく私のすぐ隣で、その色の泡が爆発した。
人の形、感じ慣れた魔力。
父上は私を抱えつつ、同時に【創黒】でオリハルコンの大剣を生成。
落水の勢いそのままに、『竜魚』の頭を叩き斬る。
「マルチェラ!!」
父上のオリハルコンのような力強い両腕に抱かれながら、極彩色と言ってもいい夜の空気に首を出しながら、私は激しく咳き込んだ。
……でも、やっぱりあのときに私は死んだのだと思う。
『竜魚』など、恐ろしくもなんともなかった。
それより遙か手前、夜の海に落ちた時点で、私は生き残ることを諦めていた。
あの冷たさ。
あの大きさ。
あの暗さ。
あの黒さ。
ただ、闇。
あれは、人間にどうこうできるものとは思えなかった。
父上でも『爪の王』でもどんな英雄でも、それは変えられないと思った。
5歳にして、私は悟ったのだ。
あの果てしない恐ろしさに、あの深すぎる怖さに比べれば、人間の世界はあまりに平坦であることを。
絶対だと思っていた私の存在など、全てだと思っていた私の感情など、そこに転がるちっぽけな砂粒にも満たないのだということを。
実際、それから私が恐怖を感じることはなくなった。
ルピと同じように母上を亡くしたときも。
『服従の日』を迎えたときも。
父上の名代としてコトロードのギルドを任されていたときも。
その父上が、討たれたときも。
戦後すぐに家長に推されたときも。
今更目覚められたソリオン殿下の軟弱な言葉に、一部の有力者たちが不満を募らせていたときも。
シオ家の中でもその声がどんどん高まっていったときも。
その声に応えて、コトロードを捨てる決意をしたときも。
同じようにエルダロンを捨てた人間たちの話を、バルナバで聞いていたときも。
大戦後の混乱に漂流する戦者や、魔具をかき集めていたときも。
ハロッカたち、父上を慕う強硬派を将としてエルダロンとの戦端を開いたときも。
勝敗に関係なく、その先にあるものがシオ家の破滅だとわかっている今も。
それぞれ悲しみや怒り、誇らしさや苛立ち、憎悪や申し訳なさは感じていても、怖いと思ったことは一瞬もなかった。
『継黒』。
周囲からそう持ち上げられる私にとって、全てはあまりに淡々としていた。
あの夜の、果てしなく深い闇の中。
あれ以上の恐怖に、結局私は出会わなかったからだ。
「……で、お前が今のシオ家の家長か?」
「その通りです、……『魔王』殿」
15年前の、その感覚。
それを今まで生きてきた中で最も強く思い出したのは、目の前にこの男が……いや、「それ」が座っているからだろう。
「マルチェラ=シオ=ケイナス、……『黒』のケイナスの娘か。
知っているとは思うが、ソーマ=カンナルコだ」
『魔王』、あるいは『霊央』。
『氷』、そして『黒衣の虐殺者』。
たった1人で1国に勝利し、『大獣』にも『浄火』にも打ち勝った当代の水の大精霊。
そして、父上を討った人間。
「マルチェラ=シオ=ケイナスです。
こちらはルピ=シオ=ハロッカ、私の侍武官を務めています」
「……お前がルピなら、これは先に伝えておこうか。
10日前にフランドリス沖で『アイザン』と商船団を襲撃した軍船団は、サーヴェラ=ウォル率いる『スピリッツ』が撃滅した。
捕縛できたハロッカ=シオ=ボルツ大海将以下5人についても、昨日処刑が終わっている」
「「……」」
その唇から最初から放たれたのは、私もルピも、ハロッカ殿自身も覚悟していた言葉だった。
だから、一瞬だけ視線を交わしたルピも朱色の瞳を揺らがせはしない。
こうなることなど、わかっていた。
わかっていた上で、ハロッカ殿は立ち止まらなかったのだから。
そして、それはルピも、私も。
「……そうですか、それはご迷惑をおかけしました。
ただ、当家の元大海将のハロッカとその一軍は先月初めより無断で持ち場を離脱しており、こちらも行方を捜していたところなのです。
エルダロン、ウォル、商人ギルド、いずれにも大変申し訳なく思いますが、管理不行届以外の責をバルナバに問われるのは筋違いというものです」
「本人が自白したのに、家長は認めないのか?」
ルピと共に対峙するその姿は、確かに人間の若い男のものだった。
でも、そこから受ける圧力は明らかに人間のそれではない。
決戦級や『王』を鼻で笑うような魔力もその一因ではあるけれど、ルピから私へと戻った黒い瞳に映るのはそれとも違う底知れなさだ。
「指示していないことを『自白した』と言われましても、やっていないことを証明する方法がこちらにはありません。
何より、自白を根拠とされているなら、私の発言もまた等しく反証として扱うべきではありませんか?」
……そう、黒。
私がよく知っている、その色。
「確かに、その通りだな。
まぁ、ハロッカのことがそっちでそういうことになっているなら、こっちとしてもどうでもいいことだ。
悪いが、悼む立場にもない」
冷たく、大きく、暗い、黒。
果てしなく深い、闇。
「お気遣いだけは、いただいておきます。
ただ、生憎と我がバルナバはどこぞの『木竜』殿のせいで今も取り込み中です。
唐突なお越しでしたし、大したおもてなしはできませんよ?」
何とか表現するならば、これは人の形をした夜の海だ。
全てを飲み込んで余りある、冷たく暗い夜の海。
英雄も軍船も『竜魚』も意に介さない、圧倒的な存在。
ただ、巨大なる死。
「もちろん必要ないし、心にもないことを言う必要もない。
建前を楽しみ合えるほど俺とお前は親しくないし、そうなろうとする間柄でもないだろう?
妥結ができれば、それで充分だ」
あの夜に死んだ心が、私の中にそれを告げる。
ただ、あの日と違うのは、もう父上が飛び込んできてはくれないことだ。
「妥結、ですか」
『魔王』の対面に座りながら、私は顔から一切の力を抜く。
そう、大海の前に1人の人間の行動など些事にすらならない。
それを再確認するかのように、社交辞令と威嚇のための微笑をやめた私を見ても、『魔王』の黒い瞳には全く変化が起きていなかった。
……いや、あるいは1人も1家も1国も、この男にとっては大差がないのかもしれない。
「妥結を求めるのであれば、相応の礼が必要なのでは?
先触れも何もなく直接来られましても、何の準備も心構えもできていないのですが」
「礼を求めるなら、そもそも殺し合いを挑むな」
軽く皮肉を投げてみても、その瞳には何も浮かばない。
言葉の通り、『魔王』の来訪はあまりに唐突だった。
昨夜コトロードからコモスへ転移し、少なくとも今日の朝時点ではそのままコモスにいたはず。
そこからバルナバへの国境までは、不眠不休の強行軍でも2日はかかるはずなのだ。
でも実際に、こうして参の鐘が鳴る前に『魔王』は私の居城で欠伸を噛み殺している。
「コモスから海に入って、そのまま国境まで海中を移動しただけだ。
監視できていることに安心するから、相手が想定外の手段や速度で移動したときに面食らうことになる。
……お前らの知っているものだけが世界の全てじゃないし、その世界すら実は絶対のものじゃないということさ。
大した理由もなくただ腕試しをしたいだけの馬鹿が、命を懸けて国を守ろうとしている軍隊を圧倒してるようにな」
「っ……」
茶化しているならまだしも、コーコンリ平原を抜け今はリース中城角まで迫っている『木竜』のことに触れた『魔王』は、本気でくだらなそうに思っている口調だった。
それを命じたか、最低でも黙認したのはあなたなのでは?
その馬鹿に圧倒されている軍隊と国の長として漏れそうになった声を、軍隊と国の長としてのプライドが堰き止める。
背後では鈍く、ルピが長剣の鞘を握り締める音がした。
「まぁ、それでもこれでシオ家の軍属は再確認できただろう?
シオ家にせよ、旧『牙』の陣営にせよ、この世界をひっくり返せるほどの力はないんだよ」
でも、私もルピも動けない。
声を発することもできない。
どちらも最高の身体能力を誇る獣人の戦者であり、元『大獣』の一員として決戦級の高位魔導士でもある私たちが、さほど鍛えているわけでもない、ただ座っているだけの細身の人間相手に凍てつかされている。
圧倒、されている。
「そして、その力を持つことを許すつもりもない」
世界を変える。
世界を守る。
そんな美しい言葉に内包された、あたたかい光と冷たい影の部分。
その中心に立つと決めた、『霊央』たる者の覚悟の大きさに。
「……であれば、妥結など求めずにさっさと滅ぼせばいいでしょう」
「最悪は、そうするしかないだろうな」
ただ、そんなことは最初からわかっていた。
サリガシアの3分の1を従えた『爪の王』エリオット陛下よりも、その下でシオ家を率いた父上よりも、私は小さく弱い。
陛下ですら、父上ですら手が届かなかった世界に、私ごときが勝てるはずがない。
そんな私ごときを頂くしかないシオ家が、敵うはずがない。
それでも、陛下や父上を殺した世界を。
「間違いだった」とする世界を、私たちは認めることができないのだ。
「だけどな、それは本当に選べる道がなくなった後の、本当に最悪の場合の手段だ。
『誰かを守る』ということが『他の誰かを守らない』ということと同義である以上、俺は力による排除を全面的に否定するつもりはない。
……誤解のないように言っておくが、俺はお前たち『真王派』の心情を理解はできているつもりだ。
敬愛する者や肉親を殺した相手を赦すことはできない、手を取り合って同じ道を生きることはできない。
全てを奪われたのだから、全てを奪い尽くしてやりたい。
人間として当然の感情だし、自然な行動だと思う」
「「……」」
そんなシオ家の矛盾を、意外なことに『魔王』は認めてくれていた。
「お前たちの怒りを、悲嘆を、苦悩を、不幸を、狂気を、絶望を、俺は理解できる。
本心から、肯定できる。
……俺も赦さなかったし、本当に滅ぼした。
そのときの感情と行動が間違いだったとは、今も思っていない。
他の正しい道があったのかもしれないが、少なくとも他人からそれを諭されるつもりもない」
……いや。
というよりも、単に知っていたのだろう。
私たちシオ家が納得しようとして納得しきれなかった、この激情と諦念を。
そこから至る、破滅への覚悟を。
この世界への、葛藤を。
「お前たちは間違っていないし、悪じゃない。
フリーダが憎い、そのフリーダが治めるエルダロンが憎い、そのフリーダへの憎悪を飲み込めというソリオンが憎い、そのソリオンに従えという俺のことが憎い、それらを正しいとしてくる世界のことが憎い……。
その通りだろうと、想う」
でも、それを認めているからこそ、知っているからこそ。
『霊央』の言葉には容赦がない。
「が、だからといってフリーダを、エルダロンを、ソリオンを、俺を、世界を、お前たちが滅ぼすことを許容はできない。
お前たちが間違っていなくて悪でもないように、俺たちも悪であるつもりはないからだ。
俺たちと同じ道を歩め、とは言わない。
お前たちが他の道を往く限りは、干渉や邪魔をするつもりもない。
が、それでもお前たちが俺たちの歩む道の前に立ち塞がると言うのなら……どちらかが、滅ぶしかないだろうな。
それぞれの未来を守るために、他の方法はない。
この世界の誰も……それを思いつけていない」
約4万と5千人。
史上でも5指に、存命の人間としてなら世界最多となる数の命を奪ってきた『黒衣の虐殺者』。
悪罵でしかないこの二つ名を今も否定しない男の瞳は、あたたかく凍えていた。
「だけどな、実際にお前らが世界を滅ぼすのは無理だろう?
ヒエンが本気を出すか俺がその気になった時点で、バルナバは終わるんだから。
それでも何かのイレギュラーが起きて俺とヒエンを殺せたとして、シオ家ないしは『真王派』は、他の大精霊をどう攻略するつもりなんだ?
エレニアは土属性しか使えない獣人の天敵だし、呼吸する生物は絶対にフリーダに勝てない。
アリスが大陸中の植物を枯らすか毒性のものに変えれば動物は餓死するだけだし、魔人で火の大精霊のミレイユに至っては単純に俺より強いんだぞ?
これを全部どうにかできるなら、むしろ俺が教えてほしいよ」
声には笑みを含んでいるが、その黒は一切楽しそうではない。
「逆に、俺らがシオ家を滅ぼすのも言うほど簡単じゃない。
そもそも、『シオ家』っていうのはどこで区切ればいいんだ?
お前を殺せばそれでいいのか、軍属を殺せばそれで終わりなのか、それを支持してる市民まで殺さなきゃいけないのか、支持してなくても従いはしてた連中はどっちなのか。
今バルナバに住んでいないシオ家の人間は、生まれたばかりの赤ん坊や遊んでるだけの子供は、シオ家の人間と結婚してる他の種族の人間は、その間の子供は?
どこまで殺せば、シオ家は完全に滅ぶ?
どこまでやれば、シオ家の復讐心を根絶やしにできる?」
「「……」」
でも、本気だ。
あの夜以来で、私は初めて恐怖を感じていた。
私も想像したことのある、シオ家の滅亡。
それを語るソーマ=カンナルコの表情は、どこまでも凪いでいる。
「俺はな、自分の娘を復讐される対象にしたくはないし、憎悪に狂う復讐者にもしたくない。
その子供や孫にも、どっちにもなってほしくない。
それは、お前たちシオ家の子孫やこれからスリプタに生まれる全ての人間にもだ。
誰にもこんな思いはさせたくないし、できるだけ多くの人間に、できれば全ての人間に幸せに暮らしてほしいと思う。
そのためなら……俺は、どんな手段でもとる」
矛盾や、葛藤。
『魔王』として、『霊央』として、この男はそんなものを既に通り過ぎているのだ。
「……」
王。
全てを負う者。
冷たく透徹した黒が、シオの家長である私を見つめる。
恐ろしい、怖い。
ここから先の自分の言葉には、比喩ではなく命が懸かっている。
自分の命ではなくシオ家の、それも私が会ったどころか、場合によっては想像したこともないような人間たちの命が。
「……さて、本題に入ろうか。
偉大なる先代アイザンと、『魔の王』ライズよりこの世の幸を託された当代の水の大精霊、『霊央』ソーマ=カンナルコの名において、以下3項をシオ家に求める」
その先の、未来が。
「1つ、保管している立体陣形晶を全てこの場で破壊しろ。
どうせ、王家から流出したかエルダロンから馬鹿共が持ち込んだかで持ってるんだろう?
じゃなきゃ、ここまで強気な行動はできないだろうからな。
……でもな、やめておけ。
アレは、世界を見守る神の感覚でもって世界に変化をもたらすものだ。
使う側にせよ、使われる側にせよ、その世界の中でしか生きられない人間ごときが耐えられるものじゃない」
「……」
去来したのは、「やっぱり読まれていたか」と「やっぱりそれほど危険だったのか」という両方の戦慄。
立体陣形晶。
この世界の未来を私よりも深く冷たく見渡す『霊央』が、死そのものでしかない夜の海が、その黒に明らかな恐怖を滲ませるほどの魔具。
言葉の通り、エルダロンから流れてきたクズ貴族の1人が得意気に献上してきたそれ。
大将軍やハロッカ殿の、かつての大戦で『王』たちや父上の目の色を変えさせたあの紫色の輝きをどうしても好きになれなかった自分の感性に、今は感謝するべきか。
「……」
「……助かる」
ゆっくりと、右へ。
その視線の先で、見た目は何の変化も装飾もない石壁から突如白煙が上がる。
溶ける、というか消え去ったその場所から覗くのは、【創構】で壁に埋め込んであった立方体。
石の壁を消したのと同じ湯気のようなものは、そのまま塵も残さず立体陣形晶を溶かし尽くす。
座ったままそれを成した『霊央』からは、静かな目礼。
「2つ、大会談の会場を整備し、これに参加しろ。
大会談は今から89日後の再来月の10日、ここバルナシャに自称を含む全家長を集めて行う。
……今の件みたいに、この世で起きる悲劇の大半は事前に言葉を交わしておくことで回避できる、というのが俺の持論だ。
どうしても滅びの道を歩むというなら仕方がないが、それはサリガシアの未来を話し合った後でもいいだろう?」
それがあったからか、続く言葉の温度は幾分かやわらかくなったようにも感じた。
イデア平原の両城塞や、ベストラ、レンゲの各地を飛び回っているらしいテンジンからの布告。
既に各地から届いていたその内容に、今更驚くことはない。
『霊央』の方もそれを前提としているからだろう、無言のままの私の返事を待つことはなかった。
「3つ、それまでの間、他勢力に対する全ての敵対行動を停止しろ。
これはサリガシア内外問わず、直接戦闘の有無を問わずだ。
万が一、この大会談までの間にバルナバが攻められるようなことがあれば駐留する俺とヒエンが対応するから、安心しろ」
「……」
最後の項目も、前半は予想通り。
ただ、後半部分が善意なのか皮肉なのか判断がつかず、思わず渋面を作ってしまう。
というか、これだけの騒ぎを起こしておいて3ヶ月も居座るつもりなのか……。
「で、返答は?」
無意識に奥歯を噛みしめた私に、軽い声が降る。
夜の海に比べれば、そこに転がるちっぽけな砂粒にも満たない私の感情。
「……承知いたしました」
そこには明確な苛立ちと……そして、認めざるを得ない安堵が浮かんだ。




