アフター・エール カンナルコ・デイズ 中編
「おはよーございますっ!」
「はーい、アイリちゃん、おはよー」
1組の教室に駆け込んだわたしは、靴を脱いだ後、まずガルテ先生に「れんらくノート」を渡す。
わたしのクラスには他にキンドラ先生や学校から来てるお兄さん先生やお姉さん先生もいるけど、その先生たちの代表はガルテ先生だ。
「アイリちゃんたちの班は、今日はガルテ先生でーす。
よろしくねー」
「よろしくおねがいしまーす!」
班の先生は、組の中で毎日変わっていく。
その中でガルテ先生はママより少し年上の間獣人で、「ちょーぜつ」優しい先生だ。
……まぁ、キンドラ先生も1ヶ月くらいで交代していくお兄さん先生もお姉さん先生も、みんな優しいんだけどね!
「おはよー!」
ガルテ先生に「れんらくノート」を渡した後は、自分の班の棚のところに鞄を置きに行く。
わたしと同じ4歳生は……いっぱいいて、わたしがいる1組の他に4つの組がある。
1つの組は20人までで、1つの班は4人まで。
わたしのいる4班も、わたし、チーちゃん、マーくん、タキちゃんで4人だ。
「……」
床に座り込んでるチーちゃんは、例の超「ちょーぜつ」美少女だ。
いつもの真っ赤な服もかわいいけれど、4歳生の薄緑の制服を着たチーちゃんはまるでリコリのお花みたいに見える。
……というか、チーちゃんの場合は何を着てもかわいいまんまだから、服の色や種類はあんまり関係ない。
校長先生の横にいられなくて「ゆーうつ」な溜息をついてても超「ちょーぜつ」美少女な魔人、……やっぱりおそるべし!
「おはよ、ギリギリだったねぇ?」
その隣、タキちゃんとおしゃべりしてたマーくんは普通の人間だ。
黒っぽい髪の毛に、銀色の目。
ヨーキさんとロザリアさんの息子のマーくんは、すっごくのんびりしてるからいっつもタキちゃんに怒られてる。
マーくんのお兄ちゃんのニル兄ちゃんもいっっつもスー姉ちゃんに怒られてるから、多分これは「いでん」なんだろう。
「おはようですの、アイリ」
で、そのタキちゃんは2ヶ月前にウォルに越してきた獣人だ。
「しゅらっ」とした顔で、右の目が金色で左の目が青色。
長い髪の毛は紫色だけど、光の当たり方によっては緑色にも見える。
1人でクレヨンの色を「こんぷりーと」できそうな、チーちゃんとはまた違った意味でキラキラしてる女の子だ。
さっそく、わたしもおしゃべりに混ざろうとして……。
「はーい、朝の体操を始めますよー」
「「はーい!」」
だけど、ガルテ先生がケンバロを弾き始めたから諦める。
……ママ、もっと早くお送りしてくれればよかったのに!
体操が終わった後のお外遊びは、お散歩だった。
私はまだ「ゆーうつ」なチーちゃんと、タキちゃんはマーくんと手を繋いで、ワイワイおしゃべりしながらみんなで歩いて行く。
ガルテ先生は、すぐ後ろからついてきてくれる感じだ。
お仕事してる大人の人とか馬車が来たら、ちゃんと先生たちの言いつけ通り道の端によって「おはよーございます!」ってご挨拶しながら、小エルベ湖の端をグルっと回っていく。
「でねっ、チーちゃん。
わたしが『かれん』になるには、どーしたらいいと思う?」
お散歩しながらの話題は、「かれん」になる方法についてだ。
そして、わたしの隣には実際に「かれん」なチーちゃんがいるわけだから、本人に聞かない手はない。
「パパは、『かれん』な人はおっきな声出さないって言ってたんだけど、それでなれる?」
「……」
「チーちゃん、元気だそうよ!
校長先生には、夕方になれば会えるんだから」
「……」
聞かない手は、ない。
いつも通り朝一番の「ゆーうつ」を引きずるチーちゃんの手をブンブン振ると、思いっきり面倒くさそうな赤い目がわたしの方を向く。
……うーん。
ご機嫌ななめでもこれだけ可愛いんだから、やっぱりチーちゃんは超「ちょーぜつ」美少女だよねぇ……。
「……今のアイリの声は、そこそこ大きいと思うけれど」
「(こ、これでいい?)」
「そういうことではない」
そんなチーちゃんからの言葉に慌てて自分の声を小さくするわたしを、赤い両目がじっと見つめる。
ちょっと、元気出てきたのかな。
「ゆーうつ」な美少女から「あんにゅい」な美少女に変わったチーちゃんの口からは、一気に言葉が流れ出した。
「『可憐』には、『可愛い』の他に『弱さを感じて守ってあげたい』と思わせることが必要になる。
その観点から言えば、声の大小に関係なくアイリは元気すぎる。
『弱さ』を感じないし、『守ってあげたい感』もない」
「守ってよ!」
「ほら」
「うー!」
でも、一気すぎるよね!?
もう少し、気をつかおうよ!
「マグナ、タッキェ、あなたたちはどう思う?
アイリに、『弱さ』や『守ってあげたい感』を感じる?」
「え、ぜんぜん?」
「ぜ、ぜんぜんなの!?」
マーくんもね!
振り返って聞き返すわたしに、だけどチーちゃんから話を振られたマーくんはニコニコ「よーしゃ」なく笑う。
「だってアイリ、ぼくよりケンカつよいよねぇ?
ぼく、アイリを泣かしたことはないけど、泣かされたことなら何回かあるし」
つ、強いけど!
確かにマーくんに泣かされたこと、ないけど!
今日がその初めてになりそうな目で、わたしはマーくんと手を繋いでるタキちゃんに救いを求める。
「えっと、あの、その……、……ど、どちらかと言えば、『守ってくれそう感』の方があると……思いますの」
今だよ!
わたし、今すっっごく「守ってほしい感」出してるよ!
……ていうか、「守ってくれそう感」って何!?
「じゃあ、わたし『かれん』の真反対じゃん!?」
「だから、そう言っている」
「言い切らないでよ!」
チーちゃん!!!!
ニコニコ笑ったまんま遠くに見えるヤギに興味が移ったマーくんときまり悪そうなタキちゃんから右隣に顔を戻したわたしを、超「ちょーぜつ」美少女は無表情のまんま見つめてくる。
「それが事実である以上、仕方がない」
だとしても、本人にハッキリ言っちゃダメだよ!
「アイリちゃんはー、『爛漫』って感じですかねー」
そんな、もっと大きくなりそうになったわたしの声を、だけど小さくしてくれたのは、笑いの混じった優しいガルテ先生の声だった。
「らんまん……?」
「花が元気に咲いていたり、太陽がキラキラと輝いていることを指す言葉。
『無邪気』の意味も合わせるなら、『天真爛漫』になる」
「て、『てんしらんらん』!」
「少し違うけど……、……まぁ、そっちでも正しい気はする」
ガルテ先生の笑顔を見上げたわたしに、横からチーちゃんが「てんしらんらん」の言葉の意味を説明してくれる。
お花に、お日様!
それに、なんか楽しそう!
「……じゃあ、タッキェは『けんらん』かな?」
後ろを向いたまんまのわたしの次に笑顔になったのは、……意外なことに、ずっとヤギの方を見たまんま歩いてたマーくんだった。
「けんらん」。
隣のタキちゃんにそう言ってニコっと笑った後、銀色の目は今度は空に浮かんだ雲に「ろっくおん」される。
「け、けん……ど、どういう意味ですの?」
ほったらかしのタキちゃんに答えてあげるのは、やっぱりチーちゃんの赤い目だ。
「『豪華絢爛』の『絢爛』。
主に『華やか』や『煌びやか』な様子を表す言葉。
どちらかと言えば、『可愛さ』というより『美しさ』を例えるのに使う」
「う、うつくしさ……」
「けんらん」の意味を聞かされたタキちゃんの顔は、あっという間にそれと同じくらい真っ赤になった。
……だから、マーくん!
今見るのは、右上じゃなくて左隣!
1人クレヨンになってる、タキちゃんの顔だよ!
「マグナ君は『自由闊達』、チーチャちゃんは『温和怜悧』ですかねー。
……まぁ、先生から見れば皆『可憐』なんですけどー」
「やった、『かれーーーーん』!」
そう言おうとしたわたしの口は、ガルテ先生が「かれん」と言ってくれたことでまた大きく開いてしまう。
やったね!
わたし、「かれん」になれたもんね!
「やっぱり、……『爛漫』」
隣でチーちゃんが何か言ってたけど……、……ごめん、よく聞いてなかった!
教室に戻ってきた後はつみき遊びの時間になって、組のみんなでウォルの半分くらいを作ったところで給食の時間になった。
今日のメニューは……野菜が入ったオムそば!!!!
すっごく、おいしかった!
で、その後は歯磨きして……。
「よし、行くよ!」
お昼のお外遊びだ!
「はーい、それじゃあパーティー名を登録してくださいねー」
「『ちょーぜつヒーローズ』です!」
みんなで相談して、今日は「冒険ごっこ」をすることにする。
頼れるリーダーが、わたし!
サブリーダーで回復役が、チーちゃん。
火属性のアタッカーが、マーくん。
土属性のアタッカーが、タキちゃんだ。
「はーい、確かに登録しましたー。
どのようなご依頼を受けられますかー?」
「宝さがし!」
「かしこまりましたー。
じゃあ、ケガをしないように頑張ってきてくださいねー」
「「はーい!」」
ギルドの人の役はガルテ先生にやってもらって、『ちょーぜつヒーローズ』は庭に走って行く。
テラスの空いてるテーブルを囲んで、まずは作戦会議だ。
やっぱり、大人なら会議は大切だよね!
「……で、リーダー。
どういうものをさがせばいいんですの?」
早速手をあげてくれたタキちゃんに、私はリーダーとして「目標」を示す。
「きれいなひも!」
「……?」
「それか、うすいぬのでもいいよ」
「それは……宝物なんですの?」
だけど、残念ながらそれはあんまりメンバーの「さんどう」を得られてないみたいだ。
首を傾げたタキちゃんに「じゅうだいせい」をわかってもらうため、わたしは「ぐたいてき」な説明を始める。
パパも会議ではそれが大事だって、言ってたし!
「すっごい宝物だよ。
だって、うちのママがカギのついた引き出しにしまってるんだもん!
緑とか青とか黒とか、すっっっっごくきれいなの!」
その紐や布を見つけたのは、昨日のことだ。
パパとママの部屋のクローゼットの奥にあったその引き出しはカギが刺しっぱなしになってて、中にはいくつもの紐やリボン、ハンカチより小さい布や網みたいなやつがいっぱい入ってた。
緑、青、紫、白、黒……。
どれもすっごく綺麗で、わたしはそれをベッドの上に広げ……、……ようとしたところで、ママに見つかって怒られた。
「それに、高いから子供は触っちゃダメなんだって」
自分じゃない人の持ち物の引き出しを、勝手に開けちゃダメ。
そう言われてちゃんと謝った後、ママからはそうも言われてる。
高い、つまりは宝物だ。
「……そういうの、ぼくの母さんも持ってたかも。
色は赤だったけど」
「わたくしは……母上がそういうものをしまっているのは見たことがありませんわ。
人間の女親が持つものなのでしょうか……」
どうも、その紐や布はロザリアさんも持ってるみたいだけど、タチアナさんは持ってないらしい。
首を傾げて考え込んでいたタキちゃんの2色の目が、わたしとマーくんに向く。
「ちなみに、何に使うものなんですの?」
「「……さぁ?」」
今度は、わたしとマーくんが首を傾げる番だ。
ママも、「とにかく子供は触っちゃダメ!」って言うばかりで、これが何に使う紐と布なのかは教えてくれなかったんだよね……。
「チーちゃん、知ってる?」
で、こういうのも知ってるのがわたしたちのサブリーダーだ!
「……多分、裁縫用のリボンやレース。
とても高価だし破損しやすいものだから、確かに子供が触るべきものじゃない。
……タッキェの母親の場合は、裁縫を趣味にしていないのでは?」
チーちゃんはわたし、マーくん、タキちゃんの顔を順番に見た後、少しだけ目を閉じてからそう言った。
お裁縫用の、高いリボンやレース。
それなら、確かにわたしたちが触っちゃダメかもしれない。
……それに。
「その辺りに落ちているようなものじゃないから、別のものを探した方がいい。
……綺麗な石とか」
うん、そうだよね。
絶対、落ちてないよね。
「よし、じゃあ目指す宝物は宝石で!
『ちょーぜつヒーローズ』、しゅっぱーつ!」
「「おー!」」
目指す宝物を「きれいな石」に変えたわたしの声に、マーくんとタキちゃんも手をあげる。
「……あなたたちには、まだ早い」
小声で何か言ってたチーちゃんも、遅れて手をあげてくれた。
『ちょーぜつヒーローズ』の冒険は、白くてツルツルの石を1つ見つけたところで終わりになった。
石はガルテ先生にプレゼントして、わたしたちは手を洗って教室の中に戻る。
ここからおやつの時間までは、「おやすみ」の時間だ。
お昼寝するか、眠くないならお昼寝する子の邪魔にならないように静かにしてないといけない。
本を読むか、おえかきするかだ。
もちろん、わたしはお昼寝なんかしない。
だって、もうすぐ5才だもんね!
だいたい、お昼寝するのはまだ小さい子たちがほとんど……。
「アイリ、おやつの時間だけど」
「……ふばっっっっ!?」
チーちゃんの声に飛び起きると……、……わたしはいつの間にか、お昼寝用の教室にいた。
体の上にはタオルケット、体の下にはお布団……。
……え、わたし、寝てた?
「おはよう」
「お、おはよー……」
どうやら、そうらしい。
ちょっとぼーっとしたまんまのわたしの髪の毛を直してくれながら、チーちゃんの声は淡々と続く。
「いつも言っていることだけど、アイリは外遊びで全力を出しすぎ。
椅子に座った瞬間いきなり寝られると皆も焦るから、せめて昼寝の部屋に行って横になってからにしてほしい」
あぁ……、……うん。
確かに、1組で自分の席に戻ったところまでしか、覚えてないね。
「運んでくれたガルテ先生には、お礼を言うように。
……行こう、マグナとタッキェが食べるのを待っている」
そっか、ガルテ先生がここまで抱っこしてきてくれたんだ。
……うん、気をつけよう。
もうすぐ、5才なんだし。
教室に戻ろうとするチーちゃんが、「そういえば」と振り返る。
「あと、口の周りが涎ですごいことになっている」
「べっ!?」
それ、先に言おうよ!
「『可憐』とは、言い難い」
「……ぶぅ」
で、それは言っちゃダメだよ……。
今日のおやつは、甘芋のアミシアシロップがけだった。
みんなでワイワイ言いながらこれを食べ終わる頃には、準校も終わりの時間が近づいてくる。
手を洗って、おしゃべりしたりおえかきしたりしてれば、すぐにお迎えの時間だ。
「……あ」
ネルさんがマーくんを、タチアナさんがタキちゃんをお迎えに来た後、スッと空気が涼しくなった。
冷たいけどあったかい、そんな不思議な魔力が近づいてくるのを感じて、ガルテ先生から「れんらくノート」をもらうわたしとチーちゃん以外の全員がソワソワしだす。
「じゃーね、チーちゃん!」
「さよなら、アイリ」
教室の入り口から、チーちゃんとバイバイするわたしに手招きするのは……。
「アイリー、帰るぞー」
「うん!」
パパだ。
「はーい、ソーマ様ー。
今日もアイリちゃんはいい子にしてましたよー」
「そりゃどうも。
ん、ガルテ先生にお別れのご挨拶は?」
「ガルテせんせー、さよーなら!」
「はーい、また明日ねー」
だけど、パパはわたしのパパであると同時に、領主としてウォルのみんなのパパでもある。
「……皆も、また明日な。
元気に、登校するように」
「「はーい!」」
みんなのパパとして、教室に残ってるお友達やビシっと気をつけしてる先生たちを見回した後、パパはわたしの手を握った。
ちょっと長くなった影を踏みながら、一緒に歩き出す。
パパの手は、やっぱり大きい。
ママは、それが「ウォルを守って、世界を助けるための手だから」って言ってた。
「アイリ」
だけど、今はわたしだけのパパの手だ。
みんなのパパじゃなくなったパパの、黒くてあったかい目。
その中では、小さな「えれまるど」の色が光ってる。
「準校、楽しかったか?」
もちろん、そんなの決まってるよね!
「うん、すっっっっごく!」
あー、今日も楽しかった!
ウォル準備学校
4歳生1組4班
・アイリ=カンナルコ
間森人、水属性。
ソーマとアリスの娘。
可憐になりたいものの天真爛漫、どちらかといえば「天使らんらん」な『魔王の愛娘』。
両親それぞれが「自分のダメなところに似ないように」躾けているため、性格的にはどちらとも違う方向に成長している。
家庭ではフリーダムであるが、4班にはさらにフリーダムなメンバーがいるため準校ではまさかのツッコミポジション。
・チーチャ
魔人、命属性。
最古の魔人にして、「自称」ミレイユの妹。
かつては『強者』にして『狂者』……だったものの、現在は姉様至上主義の超々絶美少女としてウォルで人生をやり直している。
空気を読めるようになったり気を遣えるようになったりと、めざましく成長中。
ちなみに、スリプタで存命中の人族としてはぶっちぎりの最高齢である。
・マグナ=ウォル
人間、火属性。
『十姉弟』ヨーキと同ロザリアの息子。
のんびりした性格で、良い意味でも悪い意味でも自由。
空気など一切読まずやりたいことをやり、思ったことを言う。
それが、余計な勘違いを生むことも……。
尚、ヨーキは『十姉弟』のネルとも結婚しており、その息子がニルド。
ニルドと同じ5歳生のスピカは、『十姉弟』ニアとランティアの娘である。
・タッキェ=ピカ=オーカー
獣人、土属性。
かつて『毒』の傘下にあったピカ家の娘であるが、ネハンの死によるネイ家の凋落と『新旗派』による混乱から難民となり、母のタチアナと共にウォルへ亡命してきた。
尚、父親のオーカーは生まれる前に事故死している。
マグナに「絢爛=美しい」と言われて以来、彼を見るとドキドキする。




