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クール・エール  作者: 砂押 司
第5部 世界を変えるもの

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150/179

ショート・エール コンフリクト

conflict=英語で「戦い、争い」の意、また「衝突、葛藤、矛盾」。

それは、あまりに強い魔力だった。

混乱と衝撃で動かせない体の中で、唯一それだけを感じ取れた。


……ここは、…………これは?


いくらけんじても求めても与えられなかったものを、望んでいたはずのわたし

だからこそライズに全て託し、エルダロンで決戦に臨んでいたはずの私。


……それが、なぜ?

また、ミレイユに戻っている?


記憶にあるのは……、……転移に似た光?


「……ぅ……、……ふ?」


この場から急速に離れていく……竜の匂い?

なぜかバターや砂糖の香りを漂わせるそれがこの状況の何かを知っているらしいが、今はそちらを追う気にはなれない。


……それよりも、この魔力!!


残る力をかき集めて、そちらに走る。

途中、どうやら騎士か冒険者からしい人間たちが飛びかかってくるが、邪魔でしかない。

失った分の魔力だけは返してもらおうかと片手間に【吸魔血成ヴァンピング】するも、既に鼻が捉えている香りとのギャップがありすぎて、やっぱり飲む気になれない。


この強い、大きな魔力。

冷たくて、透明な魔力。


……全身に、衝撃!


降り始めた雨粒とともに体を貫通していくのは、その冷徹な温度の魔弾。

私の永い記憶の中にもないその魔導は、速度も精度も破壊力も『水鏡みかがみ』すらを遙かに超える。


やっぱり、あの黒ずくめの人間ヒューマンか……!


「シャアッ!!」


「ハッ!!」


しかし、その余韻をじゃれついてくる獣人ビーストたちに邪魔される。

鬱陶しい……、……【爆灼炎エクスファイア】!


……あぁ、それでもさすが、さすが。

半径10メートルを脳筋ビーストたちごと消し飛ばすつもりだった【爆灼炎エクスファイア】を、あの男……青年と言ってもいいあの若い魔道士はあっさりと押さえ込んでいる。

仮にも騎士隊や冒険者パーティーを壊滅させる火属性高位魔導を、あの一瞬で完封するとは……すばらしい!


「後ろだ!」


「後ろですぅ!」


感知能力も、超一級。

散闇思遠バッティング】で回り込んだ私を最初に、聴覚に優れるラブの獣人ビーストと同時に補足したのも、この黒い魔導士。

後衛に控えていた獣人ビーストが【創構グラクト】で作った石の鞭で、森人エルフが……このはそれなりに強いけれど、何かの木属性魔導で……!!!?


「「……!?」」


ただ、私の意識はすぐにそこから奪われた。

違和感だと思っていたものはすぐに畏怖へ、そして恐怖へと変わる。


時間が、停まっている。

いや、雨が全て静止している……?


中空で、降り落ちてきたままの崩れた雫の形のままで、全ての雨はその動きを停止させている。

そして、その全てが凍りつき……。


……あ、これは死n!!!!!!!!


「死ぬかもしれませんわー」と思い終わる前に、全身が粉砕された。

全方位からの、全雨粒。

もはや弾丸や嵐というよりも、単なる圧力に等しい氷雨の軍勢。

ブラックアウトする前に刹那見えたのは、唇だけがつり上がった不遜な笑み。


なるほど、強い。

この男は、強い。


……ただ、魔人ダークス相手に限るなら詰めが甘い。


粉砕される最中さなか、【散闇思遠バッティング】で放ったのは右の犬歯。

他の全身を失いながらも、それは男が手袋をしていない左手の甲をんっ!?!?


恥を忍んで言えば、別の意味で死ぬかと思った。


透き通った、無垢なる塩味えんみ

仄かで自然な、静かな甘み。

それと共存する、ほろ苦さ。


たった1滴の血が作り出したのは、正三角形のような完璧なバランス。

無限に重なり続けていくそれは……最後には、ふっ、と消え去ってしまう。

あれだけの悦楽と快美で魂まで侵し尽くしておいて、最後に残るのは透明すぎる、冷たい水を飲んだあとのような清々しさと喪失感。

残酷なまでの、潔さ。


…………そして、莫大な魔力!!!!


さすがに予想を超えていたその強力な魔力は、数秒後には枯渇するはずだった私の魔力を一気に回復。

高位魔導士を吸い殺したほどの魔力をわずか1滴で賄った血液は一瞬で飢餓感を満たし、同時に混乱や衝撃で不鮮明だった私の意識をクリアにする。


あらためて見つめる、魔導士の黒い瞳。

それは、人間のものとは思えないほどに冷淡で平坦。

魔力は冷たく、痛いまでに透明。


私の心に生まれるのは戸惑いと……しかし、確かな熱。


「……ふふふ、失礼しますわー」


自然と灯った、微笑みと敬語。





それが、私と旦那様の。

ミレイユと、ソーマの出会いだった。

















「……なぁ、いくらだ?」


「ふふふ、わたくしは娼人しょうにんではありませんわー」


『氷』こと超高位水属性魔導士ソーマの情報は、拍子抜けするくらい簡単に集まった。

……というか、ソーマとアリス=カンナルコはもう少し自分たちの強さや世界への脅威をおもんばかるべきだと思う。


当代の水の大精霊であること。

恋人の関係にあり、既に男女の仲でもあること。

どうやら、チョーカ帝国に向かおうとしていること……。

私が求めていた情報は、とりあえず潜伏したエリオの夜が明ける前にあっさりと集めきることができた。


「け、結婚を前提としてお付き合いしてください!」


「光栄ですけど、前提としてわたくしたちは初対面の他人ですわー」


同時に、私は自分が置かれている状況もかなり正確に把握することができた。


今は精霊歴2035年で、あの戦いから実に550年が経っていること。

浄火じょうか』は、その戦いで『五大英雄』たちと相討ちになったらしいこと。

エンキドゥはそのまま姿を消し、ずっとバンに眠っているとされていること。

ライズは性別だけしか、テンジンとチーチャと私は名前どころか存在すらも伝わっていないこと。


魔人ダークスは、既に滅んだとされていること。

それでも、魔人ダークスの強さと恐ろしさはのこっていること。


自陣片カードは、未だに絶対であること……。


……つい昨日だった550年前から変わったものと、変わらないもの。

誰にも覚えられていない魔人ダークスたちをいたみながら、私はどうしたものかと悩み始めた。


「あの、すみません。

ここは冒険者ギルドであって、娼人ギルドは2つ向こうの通りになるんですが……」


「……ですから、娼人ではないのですが?」


地理や歴史など他に集まった情報を総合すれば、私を召喚……という表現でいいのか正しいのかどうかはわからないがともかくこの時代に転移させたのは、おそらく当代の『風竜ふうりゅう』ハイアかそれに近い存在だろう。

つまりは、エルダロン皇国の『声姫こえひめ』フリーダとやらの意図である可能性が高い。

しかし、この場所がアーネル王国の王都であることを考えると……何らかの魔法の実験を、アーネルか、あるいはソーマへの牽制半分でやってみた、というところだろうか。

ミレイユの存在すら伝わっていない以上、おそらく私が対象になったのは偶然なのだろう。

……もちろん、フリーダがそれ以上の何かを知っている可能性も大いにあるわけではあるが…………。


なら、いずれにせよエルダロンへ向かうべきか?


滅ぼす。

真実を語らせる。

単純に、今のエルダロンを見に行く……。

そんな私の逡巡は、しかし数十秒で却下された。


それをやったところで、自分が幸せになれるとは思わなかったからだ。


「……貴女あなたは、運命という言葉を信じるだろうか?」


「いいえ、その言葉は嫌いです」


ライズに、テンジンに、チーチャには申し訳なかったが……、……私は、もう魔人ダークスであることに疲れ切っていた。

あれほどの怨念と覚悟を持って世界に挑んだというのに、結局550年後の今にその怨念と覚悟は、どころか魔人ダークスそのものの存在すら遺せはしなかったのだ。


「ちょっと、ここでの客引きはルール違反よ?」


「……だから、わたくしは娼人ではありません」


現に、先程から私はひたすら娼人か、あるいは美女として声をかけられている。

顔も隠さず、この目もそのままにしているのに、だ。


人間として生きたい。


魔人ダークスの宿願の1つがこんなにも簡単に叶ってしまった現状に、私は喜びよりも酷い虚しさを感じていた。


「おっ、姉ちゃ……」


「失礼しますわー」


適当な路地に入り、【散闇思遠バッティング】。

酒臭い息のまま追いかけてきた冒険者たちがキョロキョロしているのを尻目に、雲を抜けて夜の闇の中へと紛れる。

月の光が、美しい。


「ままならない、ものですね……」


どれだけ人間に献じようとも、求めるものは永遠に手に入らない。

魔人ダークスはそういう存在だと、人間たちに、この世界に定義されているから。


かつてライズに宣告され、それを反証するために『浄火』と化した自分。


全く望まない形でそれを全否定された私の中には、もはや世界を滅ぼすだけの炎が残ってはいなかった。

あれほどに求め、憎み、望み、そして狂った激情。

灰となったそれに、あえて新しい火をくべる意味は……おそらく、もうない。


魔人ダークスの怨念など、覚悟など。

人間から、世界からすれば、どうでもいいことだったのだ。


「……ふふ、ふ…………」


残酷なまでに、滑稽だ。


「……」


月に照らされ、闇に揺蕩たゆたいながら赤い目を閉じる。





もういっそ、このまま消えてしまおうか……。





「……」


ただ、閉じたまぶたの中にふと浮かんだのは、それと同じ色の先程出遭った魔導士の瞳。

当代の水の大精霊にして世界で2番目に強い人間、ソーマ。

冷淡で平坦で、透明な……黒。


「どうせ、もうわたくしにとっても世界にとっても後日譚ごじつたんなのですからね。

……少しだけ、寄り道していきましょうか」


適当に姿を変えて、向かうのは王都アーネル。


それは、彼の瞳とその魔力に。





ライズに似た「何か」を、感じたからだった。

















「……随分、俺のことを調べてくれたみたいだな?」


「手に入れたい者のために全力で尽くすのは、当然のことですわー」


やはり、ただの人間ヒューマンではない。

チョーカ帝国領、プロン近辺の山中でソーマに売り込みをかけながら、私は内心で首を傾げていた。


アーネル王城の上に氷塊を浮かべて脅迫する。

仮にも城塞であるクロタンテを超長距離から完封する。


「手に入れたい物のために全力を尽くす、の間違いだろ?」


「ふふふ、解釈はお任せしますわー」


それだけのことを単独でできる強さを持っていることを差し引いても、このソーマという人間はあまりに異質だ。

端的に言えば、善悪についてあまりに区別がなさすぎる。

これで中身がチーチャのような無垢な子供なのならまだ理解もできるが、この青年はあまりに冷淡で冷徹だ。

おそらくは、アーネルの王権やクロタンテの敵兵のことなど「駒」か「数」として俯瞰しかしていない。


恐るべきことに、それは私に対してもだ。


「ソーマ、こいつはアーネルで6人も殺してるニャ。

迷うべきじゃないニャ?」


目の前にいる私が、魔人ダークスである。

それに対する反応として、正しいのはこのエレニアたちの反応だ。


忌避感。


「……」


かなり小さいとはいえ、アリスにしてもそれは抱いている。

この期に及んで、責めるつもりはない。

この時代の魔導士として550年前から伝わる魔人ダークスの恐ろしさの知識があるなら、客観的に見てむしろ当然の反応だろう。


「……」


が、ソーマの瞳にはそれがない。

そこに映っているのは、忌避ではなく奇異の感情だ。


エレニアたち獣人ビーストにも、恋人の森人エルフであるはずのアリスにも、どころか同じ種族であるはずの人間ヒューマンにさえも、この瞳は同じ距離を隔てている。

……いや、「距離」という言葉は正しくない。

もっと遠い、もっと違う……「何か」だ。


獣人ビースト森人エルフ人間ヒューマン、……世界。

信じ難いことに、この青年にとって魔人ダークスとはそれらと同じく睥睨へいげいするものでしかない。

ソーマという男が立っているのは、もっと完全に別の場所だ。


「……振りかかる火の粉は払うのが当然ですわー」


しかし、そうだとしてそれはどこなのか?


「何より、わたくしがあの日王都にいたのは、わたくしの意思ではありませんわー。

多分、あれは時属性の召喚魔法によるもの……。

ですがわたくしの知る限りで、現在においてもそんな魔法は存在しないはずですわー。

わたくしとしてもその召喚者を見つけられたら、ふふふ……、色々と教えていただくつもりですわー」


その鍵を開いたのは、焦りと苛立ちから漏らしてしまった偶然の言葉だった。


「お前は、どこから来た?」


爆発する、凍気。


「答えろ、お前は何だ?

何を見て、どこから来た?」


自分のことさえどこか他人事のように眺めていた人間と同じ目とは、思えなかった。


「ソーマ、落ち着いて。

落ち着いて……、……落ち着いて」


「……あぁ……、……大丈夫だ」


凍りつきながらも抱きしめたアリスに呆然としながら、揺らぐ瞳。

あまりに、人間らしい心。


「……何か、心当たりがあるのですか?」


同時に、私も慌てて笑顔を作り直す。


「……まぁな。

俺『も』……、その魔法を探してるんだ」


……残念ながら、無駄だったようだが。


この残酷な世界の中で、ソーマは私と同じ異邦人だった。

人間でありながら魔人ダークス以上に世界と隔絶した、圧倒的な異物だった。

虚無感に、絶望に、怨念に、自己嫌悪。

心を覗き合った一瞬でそれを理解できるくらいに、この青年も世界を憎悪していた。


……だというのに、透明。

無垢で、甘く苦い。

冷たくも、少しだけあたたかい。


人間しては強すぎる、狂ったように美しい魔力。


「……ふふふ、奇遇ですわー」


やっぱり、ソーマはライズに似ている。


「わたくしも、同じなのですわー」





だから、その歩んでいく道を見届けるくらいで。

そのくらいで、私の命も終わりにしようと思った。





だけど、やっぱりソーマはライズに似ていた。


私が献じよう、求めようと思っていたものなんて、この『魔王』からすれば鼻で笑う程度のものだった。


友達。

先生。

母親。


ソーマとアリスが作ったウォルで、私は世界を滅ぼそうとするほど渇望していたものをあっさりと与えられた。


顔も隠さず街を歩き、顔馴染みの店を巡った。

親友とお酒を飲みながら、新婚生活の相談を受けた。

これまで受け継いできた知識に光を当て、子供たちから『先生』と慕われた。

母としてのつもりで皆に愛情を注ぎ、普通の母ならあり得ないほどの数の愛を返された。


楽しかった。

嬉しかった。

夢が叶った。


幸せだった。


アリスに導かれたソーマが、徐々にあたたかく変わっていくように。

『魔王』に導かれた私は、いつの間にか人間へと変わっていった。





だから、忘れてしまえると思っていた。


魔人ダークスの、怨念など。

『浄火』の、覚悟など。


この残酷な世界も、それくらいなら私たちに許すだろうと。


勝手に、思っていた。

















しかし、やはり……ままならないものだ。


「動くな、……ミレイユ」


「……はい」


テンジンと、ライズ。

ルルが口にした、口にしようとしたその名前を聞いて、私は全てが終わることを悟った。

私を殴り飛ばしたソーマの瞳に映るのは、強い動揺。

4年を経て、ソーマ=カンナルコは随分と人間らしい目をするようになったと思う。


同時に、私もあまりにれすぎていたのだろう。

ウォルでの生活が幸せすぎて、この可能性から目を背け続けてしまった。


かつて、自分がこの時代に召喚されたように。

他の魔人ダークスが、召喚されることを。


「くかか……、仮にもAクラスのウチが、反応もできん。

それに、外すどころか緩めることもできんか。

……さすが、『もん』やな?」


「……」


エルダロンへの造反、その尖兵に魔人ダークスを……か。

軍師気取りで嘲笑うルルには悪いが、その考えは甘すぎる。


テンジン。

かつて『浄火』として同身だった私は、あの寂しき『弱者』でもあったのだ。

あの男は基本的に嘘はつかないが、不都合な真実を自分から開陳するようなお人好しでもない。

そして、目的のためならば粛々とそこまでの道を歩き続けられる狂信者だ。


ライズ。

その名を口にした以上、テンジンは既に彼を復活させる算段をつけてしまえているのだろう。

チーチャの状況はわからないが、動機がないあのは協力しないかわりに制止もしない。


それに、他の強力な魔人ダークスがさらに召喚されない保証もない。

むしろ、私が憂慮しているのはそちらの方だ。

あの時代の魔人ダークスの多くが、その歪みから悪しき存在だったことは……否定しきれない事実なのだから。


おそらくエルダロンより先にサリガシアが滅ぶだろう、と私は思った。

澄まし顔の獣人ビーストたちには悪いが、私たち魔人ダークスはそのくらいには強く、恐ろしい存在なのだ。


しかし、ライズが復活すれば、それどころではない。

滅ぶのは、この世界そのものだ。


かつて『浄火』であった私は、ライズの内面も自分のこととして理解している。

32万と204人に私たち3人の分を合わせて、36万と5862人。


彼が背負った怨念の総数は、断じて忘れられるようなものではない。

『魔の王』としての覚悟は、簡単に変えられるようなものではない。


ライズを止められる言葉など、魔法など、この世界にありはしないのだ。


……これから、この世界は滅ぶのだろう。

そうなって当然だと、魔人わたしも思う。





だけど、今のミレイユは、人間わたくしは、ウォルを……。


「……ルル様…………。

……ご無礼を、いたしましたわー」


……この世界を、守りたい。





「ミレイユ、……大丈夫だから。

私もソーマも、あなたの味方で友達で……家族だから」


こう言ってくれる親友を、守りたい。


我が家の壁を覆う絵の送り主たちを、この笑顔を描いてくれた子供たちを、守りたい。


「ミレイユ……お前の知っているものだけが、世界の全てじゃない。

……その世界すら、実は絶対のものじゃないんだ」


私の世界を変えてくれたこの人を、守りたい。


「お前の世界に、囚われるなよ」


「……ありがとうございます、旦那様」





たとえ、ライズとこの身を滅ぼそうとも。





早急にエンキドゥを押さえ、できるだけ早く、必要最小限の力となるようライズを復活させる。

土と風の大精霊、その契約者といった大型戦力の命は助け、少しでもライズを討つ可能性を上げる。

再びライズと同化することで今の私の記憶を共有し、少しでもライズに迷いを持たせる。


そして、それでもライズが世界を滅ぼそうとするならば……。


『次にお会いできるときは、どうぞかたきとして』。


……私もろともライズを躊躇なく討てるよう、彼へ訣別の言葉を託しておく。





「……後は、皆に遺す手紙ですか。

明日までに、終わりますかね……」


ソーマ宛の手紙を封印した後、アリスへの手紙の文面を考える。

考えながら、必死で手を動かす。

手を動かしながら、次に書く相手のことを考える。

その次も、その次も、その次も、その次も……。


そうやって、ウォル以外のことを考えないようにする。


泣かないように、する。





夜が明けるまで、私はただひたすらに手紙を書き続けた。

友達として、先生として、母親として、人間として。

この世界に遺し、託せるだけの全てを綴った。


空が白み、光が天に降る。


最後の手紙を封印した私は、灰となって空へ消える。

見下ろしたり振り返ったりしないように、すぐに南東の空を目指した。


昇りつつある太陽が、眩しい……。

……だから、涙があふれてしまう。


さかしく自分を騙せたと思い込んでいた愚かな私は、だから最後まで不思議に思うことはなかった。





魔王ソーマ』ならば、『魔の王(ライズ)』を止められる。


何の根拠もなく、しかし最初から。

私が、そう信じていたことに。

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