アナザー・エール 風一陣 後編
「『声姫』様……、……本物の?」
「少なくとも、この国の中でその二つ名を騙る馬鹿の話は聞いたことがないね」
その、やけにオドオドとした少年の声に気付いたのは、本当にたまたまだった。
『声姫』。
少なくともエルダロンでは唯一無二のその二つ名で呼ばれるようになって1年がたつ頃には、有効領域にして半径30キロに達していたボクの【声吸】。
その魔導が、無数に呼ばれる「『声姫』様」の中でも、特に弱々しいそれを拾ったからだ。
「本当に、声だけをここまで届かせられるんですね……」
「まぁ、君がいる8区はギリギリの場所だけどね」
若い、……というよりは幼い。
それが、その声の第一印象だった。
ボクとそう変わらないか、1、2歳上くらいの子供。
多分、男。
喉や胸に、怪我や病気はない。
ただ、それを差し引いてもあまりに声に力がない。
既に万をはるかに超える人数と声だけで会話してきた経験が、さほどの苦労もなく相手、少年の姿を浮かび上がらせていく。
……あまり、満足に食べられていない。
おそらくは慢性的な栄養失調で、おそらくその瞳は絶望に澱んでいる。
7区を過ぎた辺りから明らかに増えてきたそんな種類の声に、ボクは小さく舌打ちをした。
読んでいる本から目も上げずハー君から「下品よ」と声だけが飛んでくるが、それは軽く寄ったボクの眉間のしわに叩き落とされる。
停滞と、貧困。
声が届き、届く範囲が広がる毎に聞こえてくるこの国の現状に、ボクは苛々と斜め下へ視線を向けた。
ロクに見えていない、薄暗い視界の先。
目にはかろうじて自分のベッドのシーツの白が映るだけでも、ボクの耳には階下の寝室でメイドの一人を組み伏せる男の犬のような吐息が聞こえている。
エルダロン皇国現皇、ブライ。
血統上はボクにとっての父であるらしいその男に今聞こえているのは、だけどそんな国民の声ではなく、目の前のメイドが上げる嬌声だけのようだった。
ちなみにそれは皇からの誘いを断れないからの演技であって、本人は以前「ブライ様は生理的に無理」だと言っていたよ……。
そんなアドバイスも唇の中で封殺してあげたボクは、乾いた笑みを浮かべながら視線を右の床へと向ける。
2区の邸宅街、それこそ8区とは別の国かと思うほどに清潔できらびやかな街並みの一画にある上品な屋敷。
その寝室の大きいベッド上では、1人の半裸の女が猫のように伸びをしている。
ブライの妻であるはずの母が体を起こしたのは、ボクを産んだ後からずっと関係が続いている某伯爵、つい最近侯爵となった男のベッドの上だった。
朝の内に出かけた恋人を見送りもせず、もうすぐ参の鐘が鳴ろうかという今の今まで他人の家で寝ていられる神経はすごいと思うけれど、憧れの気持ちは1ミリたりとも湧かない。
皇妃としての務めどころか妻や母としての務めも放棄し真昼間から他家の使用人に酒を持ってくるよう命令する女の姿は、ボクには一種の災害のようにすら映った。
救いは、これらが空気を結んだ透明な像であるが故に、生々しい色が付いていないことか。
「文官長の4人」
「「!?」」
今更怒りも呆れも感じない光景に若干の笑みさえ含んだ声は、皇搭アイクロンの各所で書類と格闘していた4人の文官長と、その周囲にいた秘書や部下たちを硬直させた。
「以前に言った皇国内全48区の現況調査の報告書だけどね、期日を早めても構わないかな?
……というか、いつまでになら持って来られる?」
「……その、東は現在とりまとめの最中でして」
「南も、あと2週間は……」
「北は、まだ全ての」
「ボクが聞きたいのは理由じゃなくて、日時なんだけどね。
……10日で持って来れるかい?」
「「……はい」」
「君たちには申し訳ないとも思うけれど、その地位にある以上は悟ってくれたまえ。
君たちの仕事が遅れる分、ボ……いや皇の決断が遅れる分、皇国の民が苦しみ、そして死ぬんだから。
きちんと報告を上げてこない部署があるなら、それもすぐに報告するんだ。
ボクが直接声をかけよう」
「「はっ!」」
それが解けるのと同時に、ボクも深い溜息をつく。
もともと、ブライとレイダが夫婦としても、そして両親としてもロクに機能していないのは知っていた。
だけど、皇と皇妃としてもロクではないと再確認したのは、ボクが再び『声姫』と呼ばれるようになってからしばらくしてだ。
……まぁ、そのいずれもボクにも原因があることは否定できないのだけれど。
「……それで、君の名前は?」
本を閉じて気遣わしそうな視線を向けるハー君に片手で問題ないと返し、ボクは耳をまた北8区へと向けた。
「オ、オニキス……です。
オニキス=ベオ=オクラサス」
「……その名前の構成だと、もしかして獣人かい?」
「は、はい」
オニキスの声は、変わらずか細かった。
「なるほど、つまりは父上と一緒にサリガシアから渡ってきたはいいものの、いい働き口が見つからず食うに困っていると」
「……はい」
それから少しの時間を使っての会話でわかったのは、まぁ、ありきたりといえばありきたりな話だった。
意外に思うかもしれないけれど、森人とは違って実はサリガシアを出る獣人というのは結構多い。
出稼ぎやら、見聞を広げるための冒険やら、あるいは内戦で敗北した逃亡者として。
特にサリガシア大陸の南東端とエルダロン大陸の北端は海で隔てられているとはいえ近いため、運が良ければ小舟でも渡れるらしい。
オニキスとその父オクラサスも、数ヶ月前にサリガシアを出たという話だった。
「母上や弟たちは、住んでいた村が『牙』に落とされたときに亡くなりました。
そのときに、父上も大怪我をして……。
だけど、『牙』の戦奴になってそれまで仕えていた『爪』に攻め込まされるくらいならと、ベオ家の生き残りでサリガシアを出たんです。
結局、無事にエルダロンまで来られたのは……僕と父上だけでしたけど」
『牙』に『爪』に、そして『毒』。
サリガシアでは特別な意味を持つその単語を頭の中でジャグリングしながら、ボクは甘くないカティを啜る。
『浄火』を退けてからの建国以来、大陸で唯一の国となったが故に内外含めて1度の戦争も経験したことのないエルダロンに対して、逆に『創世』以来ほぼノンストップで内戦を続けていたサリガシア……。
その当事者の声を聞きながらも、ボクの中で「戦争」というものがリアルな像を結ぶことはない。
そもそもが、このアイクロンから半径30キロの中には敵国どころか魔物すらもいないのだ。
記憶の中でも実際に剣が人を害するところなど、それこそ最初の乳母たち4人が斬首されたときくらいしかなかった。
「父上は、仕事は?」
「荷運び、らしいです。
でも、怪我もあってあまり働けないので……」
「ふうん」
だから、とりあえずボクは視線をエルダロンへと戻す。
今ボクがやるべきことは、生涯実物を見ることもないだろう戦争を空想することではなく、実際に聞こえるエルダロンの声に応えることだからだ。
「だから、最近は父上に内緒で、僕も少し働いています。
……な、内緒にしておいてくださいね!」
「内緒も何も、そもそもボクは君の父上を知らないよ」
「あ、そうですね……」
父であるオクラサスの名誉を守るためだろうオニキスの必死の声に、ボクは苦笑を返した。
声音からは自分が抱けない父への素直な尊敬が伝わってきて、その笑みはさらに深くなる。
「ともかく、君の状況はわかったよ。
さしあたって、3日ほど我慢できるかな?
皇家の持ち出しで、東西南北のそれぞれ7区より外側では炊き出しをやることにしよう。
とりあえずは、それで腹を満たせるだろう」
頭を枕の上に戻しながら、ボクは3日以内に計24区分で炊き出しをやるためには誰に声をかけねばならないか考え始めた。
文官長たちは倒れるかもしれないが、国民の飢えすらも解決できないような無能ならそれも仕方がないだろう。
問題は国民の飢えを理解しようとすらしない現皇だけど、まぁ、対して予算はかからない割に国民からの支持を得られるからと説得すればいいだろう。
どうせ、現皇妃と一緒で、そもそもエルダロンの収支も炊き出しにかかる実費もよくわかっていないのだろうから。
それから、後は……。
「……いえ、あの……それよりも」
「?」
頭の中でこの件に関わる数十人の名前を思い出していく作業を止めたのは、だけどその発端となったはずのオニキスだった。
「それよりも……、サリガシアの戦いを、……お、終わらせていただくことはできないでしょうか?」
「……え?」
何故、どうして、どうやって。
突拍子もないオニキスの言葉は、さしもの『声姫』すらも一時的に思考停止させた。
「炊き出しで、確かに僕や父上、エルダロンで必死に暮らす同胞たちはお腹を満たせると思います。
……だけど、その炊き出しは僕たちにしか届かないんです。
サリガシアには、……届かない」
「……と、当然だろう」
絞り出したような、か細い声。
「だけど、サリガシアには父上以上の痛みや、僕以上の苦しみを感じている同胞たちがたくさんいるんです」
「……」
そのはずのオニキスの声は、だけど、ボクが未だ聞いたことがないくらいに強い響きを持っていた。
「母上とオマリは斬られて死にました。
オットーは手当てをしたけれど、次の日に死にました。
エランドさんは僕たちを逃がすために、囮になってくれました。
もう一つの舟に乗っていたアカザさんとアルキナさんは、波にのまれました」
オニキスは、ボクが見たことのない「戦争」というものを知っていた。
「だけど、サリガシアではそれ以上に同胞たちが殺し合いをして、死んでいるんです。
……いいじゃないですか、別に3王が仲良くすれば。
食べるものに困っているわけでもないし、皆で静かに暮らせばいいんですよ。
……母上は、甘芋餅を作るのが上手だったんです。
僕もオマリもオットーも、父上もそれが大好きで……」
それに大切な人を奪われ、家族を愛していたからこそ苦しんでいた。
「『声姫』様、……お願いします」
「……」
家族を愛せないボクに、それはとても眩しく映り。
「……ハー君、ちょっとお願いがあるんだけどね」
そして、それを壊したサリガシアの王たちに、澱んだ感情を与えた。
「……ねぇ、フリーダ」
「くどいよ、ハー君」
限界まで薄く延ばした純ミスリルと風布を幾重にも重ね、防御力と軽さを追求したミスリルの軽層合衣。
腰から下をたっぷりと覆うスカートに、肩口や背中から翼のように伸びる6対の帯。
一部の隙間もなく肌を覆い隠す銀と白のこの甲冑の名前は、鳥甲冑。
庇というにはやや長めの突起と冠羽、こちらもレムを模して造らせた兜の中で、ボクはハー君と数十回目になるやりとりをしていた。
「ボクの行きたいところに行ってあげるし、ボクが進みたい方へ飛んであげる……。
君はそう約束してくれたよね、ハー君?」
「アタシは、こんなつもりでアンタに甲冑を造らせたわけじゃないのよ……」
おそらくは急激に下がっているはずの気温も、熟達の風竜たるハー君の背には届かない。
サリガシア大陸の南端、上空1キロ。
鉛色の雲の下を疾駆するその背の上で、ボクは静かに笑う。
オニキスと会話をしてから、実に半年。
エルダロン現皇の名でサリガシアの3王へ秘密裏に送られた停戦調停の申し入れは、見事なまでに黙殺されていた。
いずれも要約すれば「関わるな」という内容の返事があったのは最初の1通か2通だけで、それ以降は完全な無視だ。
武力介入をにおわせる最後通牒を送って1ヶ月が過ぎた段階で、ボクのサリガシア侵攻を阻むものはなくなった。
とはいえ、元からアイクロンにボクを止められるような存在や絆なんてものはない。
騎士団も文官たちもボクが単身で乗り込むと宣言した後は実務的な確認しかしてこなかったし、ブライとレイダに至っては声をかけてくることすらなかった。
むしろ、最後まで強固に反対していたのはハー君だ。
そのハー君も、「じゃあ、1人で行くからいいさ」と言ってついに折れてくれた。
レムに対しては、許可を取る必要すら感じなかった。
契約以降も何度か会う機会はあったけれど、その度に感じるのは彼の徹底した自由主義だ。
彼がボクの選択に嘴を挟むことは、決してない。
ただ、同時に自身の自由を削ってまで手伝ってもくれないだろうと、ボクは予感していた。
だけど、それでよかった。
レムがボクに望むのは、ただひたすらに「自由」であることだ。
かつてレムがそうしてくれたように、サリガシアにそれを吹き込ませる。
脆弱でなくなったボクの自由な姿を、むしろレムには見せつけたかった。
「だけど、ボクはこれを選んだ。
これがボクのやりたいこと……」
「……」
それに、戦争をなくす。
これは、一般論として善行なのだ。
何より、ボクは同じく人の上に立つ者として、サリガシアの王たちの在り方を認められなかった。
ボクたちは王だと仰ぎ尊ばれる以上、民を守り導く義務がある。
……だというのに、何の足しにもならないような無為な戦を延々続け、挙句オニキスのように国を捨てる者さえ出す。
そんな不自由な政治しかできない暗君たちに、生きる価値があるとは思えなかった。
「……いや、やるべきことなのさ」
「……わかったわよ。……だけど、本当に危なくなったら引き返すからね?」
「ならないさ」
高度を下げる先に見えるのは、『毒』の勢力の本拠地たるティアネスト。
歪めた唇から放つのは、超高位魔導【天声鳴動】。
建物と王族たちが等しく悲鳴を上げる中、ボクは一陣の風となってそこに降り立つ。
「うるさいんだよ、君たち」
不自由を強いる無能な王たちが【鼓破宮】で爆ぜ飛ぶのを眺めながら、ボクは自分が正義だと。
自由だと信じて、疑わなかった。
事実、その日を最後にサリガシアからは一切の戦争が消えた。
「……そうかい」
『爪』のプランセル。
『牙』のザイテン。
だけど、ティアネストに続き各王家の本宮を落としたボクを待っていたのは、凱旋を喜ぶ高揚でも両親の安堵の顔でもなく、オニキスとオクラサスが死んだという報告だけだった。
より正確に言うなら、当日に北8区で起こった強盗殺人の被害者の名前がその2人だったのだ。
犯人、これもまた食い詰めた労働者だったらしい人間は逃走中に自殺したものの、目撃者が多数いてそれ以上の調査が必要な事件とも思われなかったらしい。
実際、ボクもそれ以上この報告の詳細を聞く気にはなれなかった。
「ままならないものだね……、……地に繋がれるというのは」
サリガシアの統治案やその後の手続きに関しては文官たちに丸投げした後、ボクはハー君の視線を無視してベッドに沈みこんだ。
……彼の母が作る甘芋餅というのは、どんな味だったんだろうか。
その思い出を話していたときのオニキスの声を少しだけ思い出した後、ボクは静かに目を閉じた。
何故かはわからないけれど、何もかもがどうでもよかった。
……とにかく、少し眠りたかった。
「……リーダ、フリーダ!」
「…………ハー君、かい?」
「フリーダ! ちょっと、目を覚ましたわ! すぐに回復魔導士を呼んで!!」
目を開けてすぐに感じたのは、いつもの清潔なシーツのにおいじゃなくて、土の混じった埃っぽい空気のにおいだった。
そこにものが燃えるときの酸っぱい煙のにおいと、……生臭い鉄の風が吹く。
……ああ、そうか。
エルダロンは今、サリガシアからの侵攻を受けているんだった。
ここは、……どこだろう?
暗くて、何も見えない。
体に力が入らない。
ハー君が叫ぶ以外の声が、聞こえない。
……そうか、魔力切れか。
中央は『魔王』に任せて、ボクとハー君は東へ飛んで、そこでチーチャを退けて、……アイクロンが落ちて。
ハー君が……ネハンに斬られ、て……!
「……君は、無事なのかい?」
「アタシは大丈夫よ! アンタは無理に起きない! 寝る!」
「……」
起こそうとした頭を野菜でも掴むように上から押さえつけられながら、ボクはハイアの無事を知る。
同時に、周囲のざわめきからここがどうやら東のどこかに急造された救護テントの1つらしいことも理解した。
……そして、そこにボクが寝かされているという事実。
そうか……。
ボクは、エルダロンを守れなかったのか。
【音届】も【声吸】も使えなくなりひどく狭くなった、懐かしい闇の中で、ボクはわからないなりにそれを理解する。
同時に、ボクはこんなにもエルダロンを守りたかったのかと、凪いだ心のどこかで実感していた。
自由とは、選択すること。
強さとは、その自由を守ること。
わかっていたつもりだったレムの言葉の意味がようやく理解できてしまって、ボクはまた窒息しそうになる。
地に繋がれていたのは、……ボクの方か。
「……ハー君、ボクは間違えたんだね?」
「……」
エルダロンのこの姿は、ボクの選択の結果なのだ。
ボクに苦言をくり返しながら、いつかはこうなるとずっと思っていたのだろうか。
それとも、ボクの知らないどこかで誰かに同じようなことを言われたのだろうか。
ボクの囁きを受けた風竜は、まるで尖った石か焼けた鉄でも飲んだような顔をしていた。
その沈黙を聞きながら、ボクは確信する。
選択するということは、間違えることもあるということだったのだろう。
強さとは、それでもその結果に責任を持てる強さということだったのだろう。
それが、レムの言う自由なのだろう。
ボクは、自由な鳥などではなかった。
少しだけ空を飛べるだけの……あまりに幼く脆弱な、雛鳥だった。
「……こういうときは、どうしたらいいのかな」
何人が死んだのだろう。
何人が傷付き、何人が今も苦しんでいるんだろう。
何人が家族を失ったんだろう。
何人が、ボクのせいで何かを失ったんだろう。
ボクは風の大精霊の契約者で。
世界最強で。
エルダロンの皇で。
『声姫』だったのに。
「どうすれば、赦されるのかな」
失ったものは、還らない。
二度と世界に、孵らない。
それが、こんなに恐ろしいことだったなんて。
こんなにどうしようもないことだったなんて、ボクは今更に思い知らされていた。
「……とりあえず、アンタ1人で抱え込むのはやめなさい」
震えるボクの頬を、あたたかい掌が撫でた。
それは、そのままボクの冷たい頬を摘まみ……。
「……たい、痛い、痛い、痛い!!!!」
「それから、今更アンタ1人が死んだところでどうこうなるようなもんでもないからね」
……つねる!
「どうひゅうつもりだい!」
「生きるわよ、フリーダ」
ようやくボクの頬から指を離したハー君は、穏やかに笑っていた。
それは、どこまでも自由な。
選択と覚悟をし終わった、大人の微笑みだった。
「これから、エルダロンどころかこの世界が滅ぶらしいわよ」
「……」
嘘じゃないんだろう。
自分が倒れている間に世界が滅ぶような「何か」が起こったのだと、ボクは理解した。
「どうしてそれが起きたのか、どうすればそれを防ぐことができたのか。
未来のために何をすべきだったのか、未来のために何をすべきなのか……。
アンタは、どう思う?」
そして、おそらくはボクの選択の結果が、それを招いたのだということも。
「安心なさいフリーダ、アンタは一人じゃないの。
アンタが死ぬときは、この風竜ハイアの死ぬときよ。
何しろアタシはアンタの守役で、……それを選んだのは、このアタシなんだから」
「……その台詞は本当に死ぬ人間が言うやつだから、あまりオススメしないよ」
忠告を鼻で笑うハー君に抱き起こされると、幾人かの騎士が予備の鳥甲冑を運び込んできた。
再び鳥の姿になっていくボクを、ハー君は腕組みしたまま見守っている。
世界が滅ぶ……、……何があったかは知らないけれど上等じゃないか。
だけど、それがボクの選択の果てだというならば、いいだろう、ボクが責任を取ろう。
責任を取って、世界を生かす結果へと修正してみせようじゃないか。
だって、そうだろう?
それこそが、自由。
それこそが、強さなのだから。
……そして。
きっと、全てはその後だ。
地で震える雛鳥から空を舞う大鳥へと姿を変えたボクは、ハー君の背に乗って再び空へと戻った。
「……なるほど、確かに問題だね」
「……あの馬鹿女」
瞬間、はるか彼方で天を貫いた紫色の光とその後に現れた冷たい、だけどあたたかい魔力をにらみながら、ボクとハー君だそれぞれの感想を漏らす。
「「……」」
そして、全ての魔力が消えた後、突如として顕れる灼熱の魔力……!
「……行くよ、ハー君」
「行くわよ、フリーダ」
だけど、ボクは恐れない。
なぜなら、ボクは世界最強。
エルダロンの現皇にして、『声姫』。
そして。
【それが君の自由かい、フリーダ?】
当代の風の大精霊、レムの契約者なのだから。
「そういうことさ」
【ならば私も共に行こうか、君の自由の最果てへと】
太陽のごとき巨大な魔力を眼下にして、だけど天から降りてくるレムの声はどこまでも軽やかだった。




