モノクローム 後編
「……いや、おい待て待て待てバカネ……コ!?」
数歩通り過ぎ慌てて振り返った俺は、【万珠車解】の黒い嵐に向かって自然に歩いていくエレニアを止めようとして、……その違和感に気がついた。
いや、それは違和感などというような小さなものでは断じてない。
威圧感と呼ぶにも、あまりに大きい重力と圧力。
まるで目の前に地の底を貫く巨大な奈落が広がっているような。
あるいは逆に、天を衝く巨大な岩山がそびえているような。
押し固められ、圧し潰されそうな……存在感。
「お前……、……どういうことだ?」
それが俺の背後から放たれるテンジンのそれと大差のない、膨大な魔力によるものであることをようやく感じ取れて、混乱する俺の脳裏に冷たい予感と鋭い戦慄が走る。
「結局、追いつけはしなかったけどニャ」
足を止めた俺に、エレニアは迷いのない歩を進めながら答えになっていない答えを返した。
が、視線の先。
「……!」
エレニアの前に、「答え」は顕現する。
足元に飛んでくる、大量の黒い小石と砂。
俺たちを追いながら都市を粉砕してきた【万珠車解】は、まるでその在り様を全否定されたかのように分解されていた。
直径2メートルの石球は、自身が都市をそうしてきたように端から散りぢりに粉砕され、崩壊。
同時に円周回運動を作っていた強力な魔力も霧散し、粉砕された黒い土砂が力なく大地にばらまかれる。
木をなぎ倒し船を沈める風や嵐も頑強な岩山は避けるしかないように、黒い嵐はエレニアを前にしてただの石と土の塊に還された。
周囲の魔導の強制解除。
魔法というこの世界の理を捻じ曲げるようなそんな暴挙が許されるのは、しかしこの世にたった7人だけ。
「……何者か?」
風切り音も破砕音もなくなり静寂が戻ってきた黒い地面の上では、流石に動揺しているらしくテンジンが錫状を体の前に構えている。
微動だにせず音も立てない杖頭が睨むのは、どこか金属質な金色の瞳。
「ある意味、お前の主人だニャー」
俺などよりもはるかに不遜な言葉を口にしながら、泰然と土の大精霊は腕を組んだ。
「と、いうわけで。
ソーマも以後はウチのことを『偉大なる当代の土の大精霊、エレニア様』と呼ぶニャー」
安堵と、畏怖。
その場にへたり込むルルとゴードンを残してエレニアの隣に立つと、当代の土の大精霊はニヤリと笑みを浮かべる。
エレニア=シィ=ケット。
俺がこの世界で最初に親しくなった獣人は、およそ4年を経て想像もしていなかった形で俺の前に現れていた。
「……後で説明しろ」
「初めてアーネルで会ったときから今この瞬間まで、ウチはソーマから詳しい説明を受けた記憶はないニャー」
「……エルベ湖で先代から移譲されたんだよ」
「似たようなもんニャ。
ウチもアトロスで、ガエンから貰っただけニャー」
「ガエン……、……死んだ、ということか」
「ニャハハ、前は完全にウチのことをバカ扱いしてたソーマが対等に喋ってるニャ。
本宮に顔パスで入れたり、殿下にサインをせがまれたり、エイドリアンに指1本で勝てたり……。
大精霊になって色々嬉しいことはあったけど、これはその中でもかなり上位にくるニャー」
「……ああ、安心しろ。
心の中では見下しているし、お前に『様』を付けるくらいなら俺は舌を噛んで死ぬ。
たとえ俺が大精霊でなくなり、お前が『神』と呼ばれる存在になり、時代がサリガシア中心に回り、死んでお互いに生まれ変わったとしても、永遠にお前はバカネコだ」
「なんでニャ!?」
土の……、いや、先代の土の大精霊であるガエンが死んだという事実。
その住処である霊山アトロスにおいて、エレニアが当代の大精霊に選ばれた理由。
「……主人、と?
魔の上に立つつもりか、獣風情が?」
再会の挨拶代わりのくだらない会話をしながらそれらのことを考えつつ、割り込んできた声で、俺はそこに「その大精霊が今ここにいる理由」も加えなければならないと思いだす。
「ニャ、上位精霊が契約してるなら、強制的に解除してやってるところニャ。
Sクラス討伐対象、テンジン。
3王の命により、ここで死んでもらうニャー」
「まぁ、……とりあえず後にするか」
テンジンは土属性の超高位魔導士であるが、どうやら上位精霊との契約はしていないこと。
いつの間にか、ギルドからテンジンに正式な討伐依頼が課されていたこと。
それに、サリガシアの3王家も絡んでいるらしいこと。
エレニアが、このままテンジンと戦う気でいること。
頭を冷やしつつ、俺もあらためてテンジンに向き直った。
それに、この状況は俺にとっても望むところだ。
援軍。
3王家の1つである『毒』のネイ家の直属を筆頭に、ヴァルニラのギルド支部長である『金色』のオーランドや、他ヴァルニラに逗留しているAクラス以上の冒険者たち。
船着場での時間稼ぎの間や【万珠車解】から逃げている間にそうした援軍、あるいは使える囮が来ることを狙ってはいたものの、それが大精霊。
ましてやテンジンの全魔導を封じることができる土のそれとなれば、これ以上の援軍はない。
無論、俺ももはや捕縛などという高望みはしない。
仮にミレイユと関係があるとしても、ここまで害悪となる男を生かしておくのはあまりにリスキーすぎる。
ここで、テンジンは殺しておく。
「……発動まで少し時間がかかるが、近接戦なら確実に殺る手段がある。
陽動と足止め、頼めるか?」
「ニャー……、……ま、あのソーマから頼まれたことだし、頑張ってやるニャ。
……ルル様たちは、もっと下がってるニャ!」
「頼んだー!」
手袋に包んでいる右手を、静かに握りこむ。
後ろに走っていくルルの声が合図となったように、エレニアの姿は残像となった。
「……やるな」
隣で噴き上がった土煙と、目の前5メートルで破裂した地面。
その先で爆煙のような土煙と共に地面にめり込むテンジンを見ながら、俺は素直に感嘆の言葉を吐いた。
【軽装】と同時のダッシュで間合いを詰め、さらにその間【創構】で得物のクローを両手に構成。
加えて、土属性高位魔導【土鹵井】でテンジンの足元にピンポイントの流砂を発生させ、機動力を奪う。
振られた錫状は【重撃】をかけた左手であっさりと弾き、さらに加速。
フェイントを入れて背後に回りこみ、【重撃】及び【拡構】で巨大化させた右クローの裏拳を首から袈裟がけに叩き込む。
10メートルほど離れたテンジンに対しておよそ1秒でそれを完遂したエレニアの動きは、【水覚】があるからかろうじて把握できる素早さだ。
視界の中では地面が爆発しオレンジ色の残像が霞むだけだった光景の中で、こちらを向いたエレニアは当てつけのようにテンジンの背中を踏んでいる。
肉体や物体を限界まで軽量化、ないしは重量化する重力操作の技術と、何よりもそれに耐える強靭な肉体。
そして、この刹那の瞬間に中位を4つ、高位を2つ連携させる魔導の処理能力。
跳ね起きるテンジンに逆らわず8メートルほど奥へと飛び退いたエレニアは、前衛を極めた命属性魔導士である超戦士ですら届かない、物理の限界に限りなく近づいた戦者を体現するものとして完成していた。
「……」
「ニャ」
無言のまま、しかし素直な賞賛の視線を送る俺に気がついたのだろう。
エレニアが、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「!!」
次の瞬間、立ち上がったテンジンはその場で倉庫と商店に挟み潰されていた。
50メートルほど先、左にあった半壊していた倉庫の基礎と、同じく右にあった2階建ての無人の商店の一部。
土を操るエレニアに支配された土造りの建物は胸の前で叩き合わされた大精霊の両手の動きそのまま水平に飛んできて、軽く数千トンの力でテンジンを圧砕する。
「が、あぁっっっっ!!」
激突の衝撃で互いを破壊し、瓦礫となって爆発する2棟の残骸。
その間で粉塵と化したテンジンは、瞬時に実体化し怒りと共に錫杖で前方を薙ぎ払う。
延伸し10メートル近くに達した黒い一振りは同色の瓦礫も土煙も貫通し、ノーガードのエレニアの顔面に吸い込まれ……。
コ、キン!!!!
「結構、痛ったいニャー……」
「……おのれ!」
……そのまま、上に弾かれた。
金属同士がぶつかった甲高い音の後に聞こえてきたのは、殴られた方の呻き声と殴った方の怒号。
黒い煙が晴れた中から現れたのは、右手で鼻を抑えて顔を歪めるエレニアとそれ以上に唇を歪めるテンジンだった。
人体をあっさりと貫き、石を叩き割り、【氷鎧凍装】すらも破った錫杖の一撃。
それを受けて「痛い」程度で済ませているエレニアの全身は、深い漆黒に覆われている。
服や装備を残し、まるで墨汁を被ったかのようにその皮膚を塗り潰すのは、……この世界における絶対の黒。
「オリハルコン、か……」
最強にして最硬の超金属、オリハルコン。
その名を白か赤で刻む自陣片として、都市の象徴たる時計塔の鐘として、絶対に改竄できない印状として、あるいは国宝級の装備品の材料として。
この世界で絶対の、不変の象徴として崇められるその金属は、既存のいかなる高位魔導を用いても破壊できない硬度を誇る。
しかし、それもまた土を由来とする鉱物の一種には変わりない。
全身のオリハルコン化。
いわば、あれはエレニアの【精霊化】だ。
「次からは普通にかわすニャー……」
土に由来する物体の生成、操作、消失。
自身とその持ち物に対する重力の支配。
オリハルコンとなることでの、防御力。
正直、予想以上に土の大精霊の力は戦闘に向いている。
元から強靭な体を持つ獣人であればそれは尚のことで、おそらく今のエレニアは竜ですら殴り殺せるだろう。
「鉱物」と「重力」を支配する「土」。
この能力には俺が支配する「水」以上の汎用性と可能性、そして破壊力が秘められている。
が、惜しむらくは。
俺と違ってこの世界の出身であるエレニアには、おそらくその辺りの知識がないことだろうか。
……例えば、こんな風に。
「な……に……!!!?」
背後から胸を貫いた、俺の右手。
それが赤とも青とも紫とも言えない、炎のような揺らめきであることに気がついて。
いや。
その掌で貫かれた分の灰が、文字通りこの世から消滅したことに気がついて。
俺を振り返るテンジンの声音には、初めて恐怖が宿った。
固体、液体、気体。
三態と呼ばれるこの物質の3状態にはいくつかの例外があり、過冷却はその1つ……、……だという話を覚えているだろうか。
固体、液体、気体。
根本的な話になるが、これらの区別とはすなわちその物質を構成する分子の動きの差だ。
固体ならば分子は動かず、液体ならばある程度自由に動く。
そして、気体ならば遠く離れた場所を自由自在に動き回る……。
言ってみれば、三態とはその物体中の分子がどのような状態にあるかを指す言葉なのだ。
が、実は物質には「4つめの状態」と呼ばれる、三態や過冷却のようなその派生とは全く異なる状態が存在する。
それが、分子が電離しその物質が高度にイオン化した状態。
すなわち、プラズマである。
聞き慣れない言葉かもしれないが、最も身近なもので言えば火、そして雷がこれに該当する。
それこそオリハルコンや魔法のように、決して現実離れした超常現象というわけではない。
一般的に物質の最小単位として考える分子自体が変質した状態のため、イメージがしにくいだけなのだ。
ただし、だからと言って意図的にプラズマを作り出すのは極めて困難だ。
少なくとも、氷を水に、水をお湯に、お湯を蒸気に変えるのとはわけが違う。
過冷却水ですら条件がそろえば家庭用の冷凍庫で作れるが、プラズマは絶対に無理だろう。
それは、分子が電離、すなわち分子から電子が離れる状態を作り出すためには、最低でも摂氏2千から3千度という常識外れの高温が必要になるからだ。
鉄が液体になる融点が約1500度、気体になる沸点が約2800度。
こう言えば、それがどれだけ異常な温度かがわかるだろう。
必然、プラズマはそれだけの高温を持つ状態であるため、プラズマが触れた物質は瞬時に気化、どころかプラズマ化する。
分子を構成する電子が離れてしまうため、その分子はイオン化。
不安定な状態であるイオンは周囲に他の結合しやすい物質があればすぐに結合してしまうため、元の物質は作り変えられて不在となる。
そして、プラズマとは特定の化合物ではなく、あくまでも「物質の状態」であるため。
水をプラズマにすることも、できるのだ。
エレニアに気を取られているテンジンを背後から貫いたのは、実に摂氏3万度という超高温に到達しプラズマ化した俺の右手である。
普段から【精霊化】させ手袋で覆っていたその水の手は水プラズマの塊となり、今やこの世のほとんどの物質を消滅させ得る炎雷と化していた。
それは魔人の体を構成する謎の灰に対しても同様であり、人間であれば心臓のある位置を貫き胸から体表まで到達した俺の手は、その間に存在する全ての灰をプラズマ化。
水から遊離していた水素イオンや酸素原子がイオンとなったその物質と結合することで別の物質へと変化させ、再生すら許さず消滅させたのだ。
これは魔の頂によって再現された、現世の技術の極み。
触れるもの全てを貫き無に還す、雷のごとき絶対の刃。
【神為掌】。
それは、神をも消す人の御業である。
「熱っつぁ!!!!」
熱源は俺の手首から先だけとはいえ太陽の表面の5倍という超高温が突如出現たことで、エレニアは顔を覆って後ろへ飛び退いた。
オリハルコンなら火傷はしないだろうが、それでも熱さは感じるらしい。
ただ、それは俺も同じことだ。
水プラズマは、もはや水ではない。
プラズマ化した時点で分子が電離し「水」と呼ばれる化合物は存在しなくなってしまっているため、そこから生まれる輻射熱は単なる現象として容赦なく俺にも襲いかかる。
無論、【氷鎧凍装】は展開しているわけだが、そうでなければ俺自身も瞬時に炭化、どころか右半身に至ってはイオン化して消滅していただろう。
事実、発動に際して手袋と服の右肘から先は消滅、ヴァルニラについて早々いきなり服屋を探さなければならなくなるという不運に、俺は見舞われている。
「う、お、ぁあ゛あ゛!!!!」
が、それに直接貫かれている方の不運は、それどころではないらしい。
赤か青、あるいは紫色の炎とも雷ともつかぬ右手から逃れようと、テンジンは大きく体を捻り無理矢理に脱出。
しかしその代償として、通過点にあった右胸部から右上腕部にかけての全てが眩い光と共に消滅する。
「……お、の……れ!」
消滅。
それは、この世界から消えてなくなるということ。
そのまま膝を突いたテンジンは、右上半身の半分近くを失っていた。
繋がる部分のない右腕は黒い地面に落ちて白い灰となり、また腕に戻ろうとしてやはり灰に崩れる。
後ろの黒い瓦礫がそのまま見える、首や鎖骨の下。
そこからは幾条も白い灰が砂時計のように落ち続け、その修復に回すためか、足元に転がった黒い錫杖は中ほどまで灰に戻っていた。
結局のところ、魔人の体を構成するこの灰がどのような化合物なのか、俺は知らない。
融点も沸点も知らないし、酸やアルカリに対する耐性も知らない。
どれほどの加圧で構造が破壊される物質かも知らないし、もしかしたら本当に人間の細胞のようにミトコンドリアを持つ単体生物なのかもしれない。
だが、そんなことはもうどうでもいい。
摂氏3万度の水プラズマでこの物質はイオン化、他の物質へと変質し、消滅させられる。
すなわち、【神為掌】で、魔人は殺すことができる。
それがわかれば、後は瑣末なことに過ぎない。
「何なのだ、これは!?」
顔を覆っていた帯も灰へと還り、血色の瞳が恐怖を叫ぶ。
船の上で不覚をとったあの魔導も、今は恐れる必要がない。
一応おおざっぱに原理は解明できているが、いずれにせよ土属性である以上エレニアの前では発動できないからだ。
「何なのだ、貴様は!!!?」
とはいえ、こちらにもあまり余裕はない。
俺はプラズマ化した水にはもはや干渉できないため、【神為掌】はその維持のためにひたすら水をプラズマ化し続けなければならない。
言わば【精霊化】した自分の右手を再生し続けているようなもので、発動しているだけで凄まじいまでの魔力を消費し続けている。
また、物質として極めて不自然な状態であるプラズマ化には、水への干渉と言えどそれ自体膨大な魔力と桁外れの集中力を要する。
【神為掌】が「掌」なのは、普段から【精霊化】し慣れていた俺の右手しかプラズマ化できないから。
そして、600万を超える俺の魔力ですら、それ以上に広範囲のプラズマ化を維持し続けるには心許ないからだ。
だから、問いには簡潔に答えよう。
「『魔王』だよ」
振り抜いた右手は、丸く見開かれたテンジンの右目に吸い込まれる。
赤い瞳に映るのは、憎悪すら塗り潰す絶望。
途中の空気もプラズマ化し、雷のごとく輝く手は……。
「ヤメデ、水ノ大精霊」
しかし、横から腕を掴まれることで止められた。
「!?」
【氷鎧凍装】に包まれた黒の袖を右から握るのは、白い小さな手。
雪のように舞い散る灰の中で、そこからは細い橈骨と尺骨が伸び、筋肉が張り、陶器のような薄い皮膚が延びる。
肩から愛らしい顔や平らな胸、腰から足と続いて現れたのは、140センチあるかないかの「赤い」少女の姿。
比喩ではない。
ボロボロの赤い修道服に身を包んだ少女は、首元と手首、膝から下以外の全てが赤だ。
頭巾も、その上のベールも、華奢な体を包むローブも、全てが赤。
そして、顔を覆う仮面も赤。
目と口元だけがわずかに開いたその仮面には、何の装飾も意匠もない。
まるで漆器のようにつるりとしたその表面には、強張った表情の俺が歪曲して映っている。
その中で輝く、赤よりも赤い少女の瞳。
それは刹那の瞬間、【水覚】を含む俺の全意識を飲み込むほどの濃厚な赤。
「……クソ!」
やられた……!
時間にして、数秒。
が、俺がその少女に完全に気を取られていた数秒で、正面にいたテンジンは既にその姿を消している。
「何なんだよ、お前は!?」
期せずして、テンジンと似たような台詞を吐いてしまう。
爪がなく赤い肉がむき出しになった少女の、いや魔人の手を振り払い、俺は【神為掌】を振りかぶる。
感じられる魔力量はせいぜい数十万、大したことは……!!!?
「どういうつもりだ、エレニア!」
視線は目の前に現れた黒い壁から外さず、俺は怒号を吐く。
「ソーマ、違うのニャ。
そいつは……」
魔人と俺の間、そこに2メートルほどの壁を作り出して少女を守った土の大精霊は、こちらに歩きながら溜息をついた。
オリハルコンの黒が光を差された影のように消え、その下からは元のオレンジと肌の色が戻ってくる。
気だるげな身のこなしと弛緩した疲労感からは、エレニアの中ではもうこの戦いが終わっていることが伝わってきていた。
「チーチャは、ウチらの味方なのニャ」
チーチャと呼ばれた赤い魔人に手招きしながら、エレニアは苦く笑う。
俺の右手を一瞥した金色の瞳には、紫色の光が反射していた。




