閑話:『奴隷市場』
アルター王国の王都にある商業街の外れ。
貴族街に近いその一角にある豪華な屋敷の前でヴェルダートは知り合いの"チート主"であるタケルを伴いその門戸が開かれるのを待っていた。
「つ、遂にやって来ましたね兄貴っ!」
「おう、気合いれていけよー」
ヴェルダートが本日この場所へとやって来たのはタケルによるたっての願いがあったからだ。
目的が目的の為、今回は女性陣を連れてきていない。
「はい! もちろん! 兄貴がわざわざいつも侍らせているハーレムのペッタン娘達を置いてまでついて来てくれたんです! ここでヘタレては男がすたるっす!」
「いや、オイ。違うぞ、胸で選んでいるんじゃないぞ?」
タケルはヴェルダートの声が聞こえていない。
気合十分なのであろう、拳を強く握り上げ目の前に構える屋敷を見つめている。
「俺はでっかい花火を挙げてみますよ、この――」
「いや、話を聞けよ」
ヴェルダートが突っ込む、彼はいつの間にか周囲よりペチャパイ大好きさんのレッテルを貼られている為なんとしてでも誤解を解きたいのだ。 もちろんタケルは聞いていない。
タケルは本日の目的で頭がいっぱいだ。最近あまりにも女性運がない彼は遂に実力行使に移ることにしたのである。
そうして『お約束』に詳しいヴェルダートに頼み込み、わざわざ王都にあるこの店までついて来てもらったのだ。
「――奴隷市場でっ!!」
そう、タケルは奴隷市場に新しいハーレム要員を探しに来たのであった。
◇ ◇ ◇
「さてっと、じゃあまずはコレについて説明してもらおうか?」
気合十分に輝かしい未来への道を切り開く事を決心したタケルにヴェルダートが冷静な突っ込みをぶつける。
ヴェルダートがコレと指さした先には、のじゃのじゃとウルサイ少女がいた。
「うっ……」
「酷いのじゃ! コレじゃないのじゃ! 妾をないがしろにしないで欲しいのじゃ!」
タケルが言いよどむ。
そう、タケルの元ハーレム員、魔王バニラである。
ヴェルダートは当然のごとくこの場にいるバニラに対して大きなため息をつく。
「なぁ、これから奴隷を買いに行くんだよ? どうして魔王バニラさんが居るの?」
「いや、なんかコイツそういうのすんごい鋭いんすよ、隠してたつもりなんすけど気がついたらいつの間にか居て……」
バニラは本来ならば二人だけで行く予定だった奴隷購入についてどこからか嗅ぎつけ、本人達の了解なくいつの間にかついて来てしまっていたのだ。
「妾に黙って他の女を見繕うなんて言語道断なのじゃ! 第一婦人としての貫禄を魅せつけるのじゃ!」
バニラはビッチ特有の嗅覚の鋭さと自分の立場を棚に上げる行動力をもってタケルに新しい女が出来ると判断。新しい女が増長しないように釘を刺しに来たのだ。
まさにビッチの名に相応しき面倒臭さである。 もちろん彼女は第一婦人ではないしそもそもタケルのハーレム員としても既に解雇通告を出されている。
「つーか、お前まだコレと別れていなかったんだな? 何? 情でも湧いた?」
「いやー、何度か叩きだそうとしたんすけどコイツその度に泣きながら心を入れ替えるってウルサイんすよね、それでまぁ置いとくだけならいいかなぁって」
バニラは泣き真似だけは上手であった。
そうやって相手の同情を買い、なし崩し的に自分の不貞を許してもらうのだ。ちなみにそれでも許されない場合は逆切れである。
男性の神経をおろし金で逆なでするような愚行であるが現実では割りと珍しくもないタイプの女であった。
「た、タケル! さっきからあっちに居る男が妾を舐め尽くすような目でみているのじゃ! NTRフラグなのじゃ! はじめは嫌がりながらも最終的にアヘ顔ダブルピースになる予感なのじゃ!」
バニラは既にヴェルダート達の話を聞いていない。
先程から自分によこしまな視線を向けてくる野性的な容姿の男性に首ったけだ、彼女の尻の軽さはもはや大気圏をゆうに突破する勢いであった。
「はいはい、分かったからサッサとその男と寝て来るっすよ、バニラ」
「お前将来大物になるよ、タケル……」
タケルが一言声をかけるとバニラはフラフラと男の方へ歩いて行く。
過去あれほどまで入れ込んでいた女に対する何の感情も存在しない扱いに流石のヴェルダートも感心する。
「あ、市場が開いたみたいっすね兄貴。行きましょう!」
「そーだな、いい女がいると良いな」
そうしてどこの誰とも分からぬ男と共に宿屋街に消えていくバニラを他所に、二人は奴隷商の経営する店へと入っていくのであった。
◇ ◇ ◇
屋敷の中は高価な調度品に満たされており、その金のかけ方から貴族やそれに準じる者達への商売を考えられているようであった。
実際タケルも冒険者ではなく貴族としての服装であり、付きそうヴェルダートも普段とは違いこの場でも恥ずかしくないレベルの服装を着ている。
実はこの場へと赴くことが出来たのもひとえに貴族の長男であるタケルのコネによるものである。この場所は一般には利用できない高級店であった。
「ようこそいらっしゃいました。本日はどの様な奴隷をお探しでしょうか?」
「ああ、性奴隷を探している。見た目が良くて従順な処女をピックアップしてくれ、予算は大体1000ゴールドだ」
支配人と見られる男性がエントランスの奥より出てくる。
ヴェルダートは彼を一瞥すると、挨拶終わらぬ内にタケルより聞き出していた希望を伝える。
通常の『お約束』ではここで支配人との心理的駆け引きがあり"俺スゲー"が行われるのであったが今回は貴族であるタケルを連れているのでその必要はない。
高級店であるこの奴隷市場では下手に値段をふっかけたり相手を試すような真似をして客である貴族の怒りを買うような事はしない為だ。
ヴェルダートもそれを理解していた為にすぐに要件を伝えた。
「かしこまりました、すぐにご用意いたしますのでそちらにお掛けになって少々お待ちください」
「ちょ、直球っすね兄貴」
緊張からか、雰囲気に飲まれていたタケルが感心したようにヴェルダートへ話しかける。
ヴェルダートはソファーにどかりと座ると早速タケルの為に奴隷購入にあたっての『お約束』をレクチャーし始めた。
「いいか、タケル。折角だからアドバイスしてやる、ヘタレるな。間違っても戦闘奴隷が欲しいだの冒険のパートナーとして迎えたいだの上辺だけの言葉で誤魔化すな。直球で行け」
「は、はぁ。何かあるんすか?」
事情が分からないタケルは対面するソファーにゆっくりと座ると不思議そうにしている。ヴェルダートはそんな彼に対して真剣に説明を続けた。
「ある、おおいに有る。そういう『お約束』だ、ここで中途半端にヘタレた奴は大抵奴隷を手に入れても手を出せずにウジウジと冒険に出たりレベルアップに励んだりする。お前は自分の自由になる女が欲しいんだろ? なら突っ走れ」
奴隷を買う"チート主"さんは2種類に分けられる。
ド直球で下半身の欲望に身を任せるか、興味は有るくせに変に良い人ぶってダラダラと日常を過ごすかである。
ヘタレの典型的行動として名高い後者は大抵がウジウジと日常を過ごす内に主人と奴隷の関係性が希薄になりタメ口で喋られたり酷い時には奴隷の癖に『暴力ヒロイン』になったりする。
全ては毅然とした行動の取れない"チート主"さんの問題であった。
「わ、わかったっすよ。でもいいんすかね? そうやって女の子を自分の好き勝手にするって評判良くないんじゃ?」
「まぁお前が女を大切に扱って幸せにしてやれば大丈夫なんじゃね? それに評判が悪いわけないだろ? ああ、お前はあの御方の事を知らなかったんだな?」
「へ? 誰っすか? 何か凄い人が居るんすか?」
確かに女性を奴隷として扱うなどその人権を無視した言語道断の行いであろう。
しかしながら異世界の『お約束』ではそれは違った。
ヴェルダートはタケルが例の人について知らなかった事を思い出すと早速その偉業を説明する。
「ああ。"チート主"さん達の憧れ、"世界一位"さんだ……」
「な、なんか凄そうな人っすね」
「凄いなんてもんじゃないぞ"世界一位"さんは。あの人は異世界に転移するなり速攻で奴隷を入手、その後ひたすら"俺ツエー"、"ご主人様凄いです"、"ベッドイン"のサイクルを繰り返して"世界一位"にまで上り詰めた偉大な御人だ。気合の入り方が違う」
そう、それこそが全ての"チート主"さん達の頂点に立つ男、"世界一位"さんである。
彼は典型的な『お約束』使いでありながらもその鋼鉄の如き意思を持って一貫したハーレム重視の生活を実施、それによって世界一位に成り上がったのだ。
異世界では奴隷ハーレム以外に興味はないと言わんばかりのその生き様はまさにあっぱれの一言である。
「そ、そんな事で一位になれるんすか? じゃあ俺にも出来るかも?」
「はっ! 馬鹿を言うんじゃねぇ! あの御方の様式美とも言えるそのサイクルはもはや芸術の域だ、そこらのぽっと出の"チート主"さんに真似できるものじゃねぇよ、俺もあの人みたいになりたいぜ……」
一見すると簡単に見えるサイクルであるが、実はそれを模倣する事は並大抵の事ではない。大抵が物語のどこかに粗がでて読者離れを起こして永久する事となる。
完全にして究極。頂点に立つとはつまりそういう事であった。
「あれ? ヴェルダートの兄貴もペッタン娘達がいるんだからその気になれば似たような事は出来るんじゃないすか? そのサイクル」
「え? だって自分からアタックして断られたら凹むじゃん」
ふと気付いたように放たれたタケルの疑問にヴェルダートは真面目な顔で答える。
ヴェルダートはヘタレであった。
「どんだけヘタレてるんすか! どう見てもイケるでしょ! さっさとアタックするっすよ!」
「えー? でもなー、今の関係が心地よくてそれが崩れちゃうと思うとなかなか行動に移せなくてなー!」
堪らずタケルが立ち上がり叫ぶ、あまりにもヘタレた返答だったからだ。
「アンタは恋愛物の女主人公か!? さっさと全員に告ってヤッて来るっすよ! どうせ向こうも待ってるっす!」
「馬っ鹿! お前! ヤルって! マオとか11歳だぞ! ネコニャーゼだってまだ早い! そんなの可哀想だろう!?」
ヴェルダートが怒りのあまりソファーより立ち上がる。ボルテージは加速度的に上昇していた。
「じゃあエリサの姉貴やミラルダ嬢で済ませばいいじゃないっすか!?」
「誰かだけを贔屓したくないんですー、それにタケル! お前アイツラの事を物みたいに言うんじゃねぇよ、ぶっ殺すぞボケがっ!」
この様に中途半端にヘタレているとその関係は決して進展しない。これが奴隷購入の際にさっさと目的を済ませておく必要がある理由であった。
「あ゛ーっ! ヘタレうぜぇー! そりゃ"世界一位"さんは一位になるっすよ! さっさと進展しろっす!」
「ふざけんな! こういうのは過ごした時間が大切なんだよ! ゆっくりとお互いの気持ちを育み合うんだよ!」
「ピュアすぎるっす! じゃあ何でハーレム作ろうとしてるんすか!? いい加減にして欲しいっす!」
「うっせーーー!」
ヴェルダートが大声を出して暴れだす。
なんだかんだでタケルの言っていることが正しいと理解している為だ。彼は哀れなまでに子供じみていた。
「お待たせいたしましたお客様、こちらの部屋へどうぞ」
「おお! ナイスタイミング! おら、さっさと行くぞタケル!」
奴隷の用意が出来たらしく、自分達を呼びに来た支配人を見て事態を打開する糸口を見つけたヴェルダートが先程とは一転嬉しそうに会話の流れを変える。
「この話は後でもう一度するっすよ! このままじゃペッタン娘達が報われないっす!」
しかしながらそうは問屋がおろさない、タケルはこの件に関しては徹底的に話し合うつもりであった。
◇ ◇ ◇
案内された部屋には様々な人種の女性が立ち並んでいた。エルフ族、ドワーフ族、人族、犬族、猫族。要望通りそのどれもが美しい女性であった。
ヴェルダートは女性達の美しさに感心の声を上げる、タケルもどこか嬉しそうだ。
「おー、なかなか綺麗どころがそろっているな! もちろん奴隷の身分をわきまえた奴らなんだろうな?」
「それはもちろん、これだけ高額のご予算を提示して頂いたのです。私共も安心して最高の商品をご紹介できますよ」
「凄いっす! 可愛いし美人ばっかりっす! テンション上がるっす!」
タケルが予算として提示した金額はそれなりになる。
通常の奴隷であれば数人は買えてしまうであろう価格の奴隷ともなればその全てにおいて高い能力を有している。彼らが興奮するのも無理はない。
「んじゃ、さっさと決めろタケル。取り敢えず一人にしておけよ? 一気に複数ヒロインを出すと読者が混乱してお気に入りが減るからな」
「うーん、迷うっす。この犬族の女の子っすかね? 美人さんだしおっぱいも大きくて俺好みっす!」
タケルは支配人に説明を受けながらジロジロと遠慮なしに並べられた女性達を見定めていたが、その中でも一際美しい少女の前に立ち止まるとヴェルダートへと振り返り嬉しそうに報告する。
少女も自分が見初められたのを理解したのか、やや頬を赤らめながら小さくお辞儀をしている。
「ほほぉ! "世界一位"さんにあやかるのか、いいと思うぜ!」
ヴェルダートはタケルの選んだ女性が"世界一位"さんの奴隷と似たタイプである事に気を良くしたのか楽しそうにその選択に同意する。
しかしながらタケルは他の女性にも興味がある様子だ、少し悩みながら今度は少し離れた場所にいる猫族の少女の前に立つ。
「でも、こっちの猫族の女の子も可愛らしくて凄い好みなんすよね。あ、共通語が少し不自由なんだってね君……」
「……そっちは止めておけ、不人気だ」
一転して真面目な表情でヴェルダートが忠告した。
タケルはヴェルダートの変化を疑問に思いながらもその忠告を受け入れる、『お約束』に熟知した彼の言は基本的に信じたほうが良いからだ。
「じゃあ最初の犬族の女の子で決定っす!」
「誠にありがとうございます、しかしながらお客様。大変申し訳ございませんがこちらの奴隷は当店一の奴隷でして、実は少々ご予算を超えており相手を完全に服従させる『お約束』として有名な奴隷の刻印などの諸経費含めますと価格が1500ゴールドとなってしまうのです」
支配人に犬族少女の購入を伝えるタケルであったが、彼よりもたらされたのは予想以上に高額なその価格であった。
もちろん、先ほどの説明からしてそれほどの価値は十分にあるだろうことは確かである。しかしながらそれ程までの大金を持っていないタケルは慌ててヴェルダートへと助けを求める。
「そこまで手持ちないっすよ! 兄貴、お金貸してほしいっす!」
「俺もそんな大金持ってねぇよ。まぁ安心しろ、奴隷がすぐに購入できないのも『お約束』だ。じきに金を稼ぐ算段が舞い込んで来るはずだぞ」
そう、これこそが『奴隷市場』のお約束であった。
どの物語においても奴隷はすんなりと購入することが出来ない。かならず何らかのイベントを挟むのだ、そうして用意されたかの如きイベントを消化してようやく奴隷が手に入る。
幾千万と繰り返された流れであった。
「ただいまなのじゃー! あんまりにも早すぎで妾は不満なのじゃー!」
不意に部屋の扉が開かれる。
現れたのは魔王バニラだ、やや乱れた服装の彼女はなんら悪びれた様子なく店の従業員に案内されこの場所へやってきた。宿野街に消えてからおおよそ30分であった。
タケルはそんなバニラを見ながら少し思案、そして唐突に笑顔になると支配人に向き直りごく自然に商談を持ちかけた。
「支配人さん、コイツは非処女っすけど見た目もいいし一応魔王なんで買い取ってくれませんかね?」
「ほほぉ! 魔王でございますか! 処女ではないのがマイナスですが見た目も非常に麗しいので引く手あまたでしょう。700ゴールドでいかがでしょうか?」
基本的に異世界において処女ではない奴隷の価値はゴミクズ以下である。
700ゴールドという大金がつけられたのはバニラの容姿と魔王というステータスであった。この世界の奴隷商はたとえ相手が魔王であっても商品にする豪胆さがあったのだ。
「それでおっけーっす、商談成立っすね!」
「にょわわわー! 妾を勝手に売るなんて酷いのじゃ! 承服しかねるのじゃ! タケルと離れたくないのじゃー!」
支配人とタケルのやり取りから自分が売られると理解したバニラが血相を変えて騒ぎ出す。
そんなバニラを見つめるタケルは落ち着き払った様子で切り出した。
「きっと俺より金持ちのイケメンが買い取ってくれるっすよ? バニラ」
「仕方ないのじゃ! ダメなタケルのために一肌脱いでやるのじゃ! 今から楽しみなのじゃ~!」
バニラは二つ返事で奴隷として売られることに了承した。
いまや彼女は新しいイケメン主にチヤホヤされながら夜も昼も充実かつ爛れた生活を送る未来しか見えていない。
魔王バニラは完璧なまでにビッチであった。
「万事解決っすね! いやー、よかったよかった!」
「おめーはスゲェ男だよ、タケル……」
呆れた顔でヴェルダートが呟く。
こうして、タケルは理想通りの従順な奴隷を購入する事に成功した。
ヴェルダートの教えもありこの後タケルと犬族の少女は仲睦まじく幸せな生活を送ることとなる。
これがヘタレた男と自分に正直になった男の差であった。
ちなみに、魔王バニラは売却された後、新しい主人である貴族が雇う男性使用人を全制覇するという暴挙を犯し、わずか3日で返却されてタケルの元へ戻ってきた。




