第24話②
彼と付き合い始めて気づいた事がある。
彼は軽薄なのではなく、困っている人を放っておけないのだ。
その内容の大小に関係なく助けてしまう。
知ってしまったら見過ごせない。
そんな正義感の強い人だった。
だから、彼の周りには人が集まる。
みんなが尊敬の念を抱くと「俺はそんなすごいやつじゃない」決まってこう言っていた。
私も嬉しかった。
もう少し私に構って欲しいという気持ちもあったけれど、そんな正義感の強い所も私は好きだった。
交際はそのまま続き、大学を卒業してすぐに私達は結婚した。
金銭的に苦しい事もあったが、自分達の気持ちを優先した。
翌年には、子供を一人授かった。
勉強くらいしか取り柄の無かった私に宝物ができた。
子育ては大変だったけど、楽しかった。
彼も子供が大好きで、休みの日には色んなところに出かけたものだ。
幸せとはと聞かれれば、この時の事を思い出しながら答えるだろう。
時が流れて、息子が5歳になった頃、彼が携帯を見る時間が増えた。
私が話しかけても素っ気ない態度だったり、息子と遊ぶ時間も減っていた。
女の性なのだろうか。
その行動が怪しいと思い、子供を母に預けて彼を尾行した。
そして、見てしまった。
彼が入ったカフェには環奈が居て、二人は向かい合って話していた。
私の中に、今まで抱いたことの無い程の怒りが立ちこめた。
その夜、息子が寝てから私は彼に問い詰めた。
彼は白状し、環奈の今の状況を事細かに説明した。
旦那から暴力を振るわれていること、助けて欲しいと頼まれていること、自分以外に頼る人が居ないこと。
そして、
「頼む!このままじゃ環奈が壊れそうなんだ!俺は、見過ごせない!」
机に頭をつけて彼は頼み込んできた。
そんな事されれば、私は何も言えない。
友人である環奈の危機ということもあり、私は承諾した。
環奈の事は本当に心配だったので、連絡もした。
今だけ我慢すればいい。
あと少しすれば、また幸せな時間が戻る。
この時はそう思っていた。
しかし、数ヶ月経っても環奈の問題が解決することはなく、彼は仕事の合間に環奈と話し合いをしていた。
休日は家を空けるのが当たり前になった。
「……まだ、終わらないの?」
「すまない、でも、あと少しで解決しそうなんだ。そしたらまた3人で出かけよう」
堪らず聞いてしまった私に、彼は優しく微笑みながら言う。
そうだ、彼だって必死なんだから。
私は我慢しなきゃならない。
そうやって蓋を重ね続けた。
そして、その時は訪れた。
「実は今日、環奈の娘に会ったんだ」
3日後、彼は笑顔でそう言った。
「強い子だな。劣悪な環境なのに、環奈の事守ろうと頑張ってる」
そう語る彼は心底楽しそうで、幸せそうだった。
今思えば、友人があと少しで自由になれて、母子共に助けられると喜んでいただけなのだろう。
けれど、当時の私は限界だった。
「いい加減にしてよ!」
私の怒鳴り声に彼はピタリと動きを止める。
1度声を上げれば、止めることはできなかった。
「他人の娘に会う時間があるなら、自分の息子との時間を作ってよ!」
「た、他人って…環奈は友達だろ?」
「そうよ、友達よ!でも、私達は家族でしょ……」
その言葉は、ずっと我慢していた言葉だ。
それを聞いた彼は、申し訳なさそうに俯いた。
「……明日は、3人で出かけましょう」
「明日は、その……」
「約束だから」
大丈夫
彼ならきっと分かってくれる。
明日一日だけでいい。
明日だけ一緒に居てくれれば、きっと私は大丈夫。
翌朝、彼は既に出かけていた。
テーブルには『ごめんな』と書かれた紙が一枚置いてあった。
それを見た時、自分の中の何かが切れた。
「そうだよね、それがあなただもんね」
大切な人が居ても、困っている人が居れば助けてしまう。
そんな正義感が好きだったはずなのに、今は憎くて仕方がない。
友人のはずなのに、彼を取られた気がして環奈の事が嫌い。
「……どこで、間違えたんだろ」
ことが済むのを待てばよかった?
何も言わず我慢すればよかった?
きっと変わらない。
私の心は、彼が思うよりもずっと狭かった。
その日の夜、私は離婚届を彼に突き出した。
彼は何も言わずに書類に判をした。
自分の責任だと思っているのだろう。
親権は彼に譲った。
今の私では、息子に苦しい生活をさせてしまうと考えたからだ。
今でも、あの町に行くことはある。
あれ以降一度も会っていない息子に会うために。
そんな奇跡を祈りながら。
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「はじめまして、三井 絢士郎って言います」
夏が終わり、少しずつ涼しくなってきた頃、娘が連れてきた男の子がそう言った。
夢なんじゃないかと思った。
こんな奇跡が起きるものなのかと。
私は手に持っていた荷物を床に落としてしまう。
「ちょ!?大丈夫ですか!?」
男の子ともう一人の女の子が慌てて荷物を拾い上げる。
「そっか、そりゃそうか」
覚えていなくて当然だ。
分かれた時は、まだ5歳だった。
「お義母さん!?どうしたの!?」
「え?」
娘に言われて、視界がぼやけている事に気づく。
私の手に、一滴の雫が落ちた。




