第1話 飛鳥翔子と御堂春香
飛鳥翔子は現状に不満を抱いていた。
翔子が御堂権蔵の屋敷に来てから、既に二週間が過ぎた。
自分は探偵として、御堂家の屋敷に招かれたはずだ。
御堂権蔵に脅迫状の件で依頼された当初は、
脅迫状の送り主を特定するために、
自分は雇われたのだと思っていた。
しかし、実際のところ権蔵は一向に翔子に脅迫状の調査を始めとして、
具体的な命令を下さなかった。
ひとまず御堂家の屋敷に滞在するようにという、
いわば待機命令しか出されていない。
滞在用に屋敷の一室を与えられた翔子は、
探偵としての本分を全く果たせないまま、
二週間の日々を漫然と過ごしたのである。
その間に翔子のしたことといえば、
権蔵の一人娘である春香と話すことくらいである。
今日も翔子は春香と、彼女の部屋で話をしていた。
「今日は眼球がえぐり取られた死体の話をしようか」
「まあ、何だか残酷そうな事件ですね」
翔子は事件の選択を間違えたかと一瞬思ったが、
言葉とは裏腹に春香の目は好奇心で輝き、
胸を踊らせているのが一目見てわかり、
安堵の溜息を気付かれぬよう漏らす。
今年で二十歳を迎えた春香は生まれつき身体が弱かった。
翔子も詳細は知らされていないが、
何らかの難病を患っているとのことである。
特に足の筋肉が弱っており、
歩けないことはないが、走ることはできず、
長時間歩き続けることもできない。
また、免疫力が普通の人に比べて格段に低く、
屋敷の外に出ることは殆どできなかった。
そのために、幼稚園や小学校を始め、
一切の教育機関に通えず、
全て通信教育で済ませていた。
幼少時から外界との接触は絶たれていたため、
友人と呼べる人間は一人もいない。
十歳の頃に母親を亡くし、
彼女の交流範囲は屋敷に住む父親と
使用人達で閉じられていた。
ゆえに、彼女の世界の外の人間、
それも名探偵として名を馳せる飛鳥翔子との邂逅は、
春香にとって奇跡であり、
翔子との会話は彼女にとって至福の時間だった。
メディアで何度も翔子の華々しい活躍が取り上げられたせいか、
春香は翔子のことを偉大な名探偵と信じ、深い憧憬を寄せていた。
今まで屋敷に閉じこもっていた反動か、
春香は好奇心が旺盛で、常に刺激を求めていた。
春香は翔子に、これまで彼女が遭遇した事件の話、
それも殺人事件を中心に血なまぐさい話を聞きたがった。
平凡な事件よりも、難事件、怪事件を春香は好んだ。
翔子と話したいという彼女の要望に、
特にすることのなかった翔子は応え、
こうして毎日、春香の部屋を訪れ、
自分が携わった事件の話をしている。
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