第1話 仙道葵
第ニ話 ツチノコを見つけたよ:事件編
仙道葵 十七歳
十一月七日。土曜日の昼頃。私は学校から帰り道に友人と喫茶店に寄り、コーヒーを飲んでいた。目の前に座っている友達は不安げな表情を浮かべている。
「で、相談って何?」
私は不機嫌そうに言ってやった。
何しろ今日は本来なら今日上映が始まった映画を観に行くつもりだったのである。私の大好きな渋いナイスミドルな俳優が主演する新作映画で、上映初日に観るのを、上映開始日が決まった三ヶ月前からずっと楽しみにしていたのだ。私の通う私立三田高校は、土曜は半日で授業が終わるため、午後一時から始まる回を観るはずだった。インターネットで事前にチケットを予約するという用意周到ぶりだ。
ところが、今朝の午前七時半頃、私が家で朝ご飯を食べていると、電話で、高校の友達、鈴木奈央に突然相談があると言われ、予定が狂ってしまったのだ。
私達二人は私立三田高校のニ年生。学校帰りに、喫茶店に寄ったんで、二人共制服を身に纏っている。
「映画を観に行きたいから無理!」と言って、奈央の相談を断ることもできたが、奈央は私が高校一年生の頃からの友達であり親友と言えるぐらい仲が良い。悩みがある親友を放って映画を観に行くほど、私は冷たい人間ではない。
私はよく他人から男っぽい口調と言われるんだが、反対に奈央はおっとりとした口調であり、いつもせかせかしている私と自分のペースで行動する奈央は性格的には真逆だ。性格的には反対の私達ではあるが、高校一年生の頃に席が隣になり、雑談を繰り返すうちに仲良くなった。奈央は、「葵ちゃんのツッコミが好き」とよく言っている。うん、人を芸人みたいに思っているなこの子は。
私達は高校一年生の時は同じクラスだったが、学年が二年生に上がり別のクラスになった。学校では顔を合わせる事ができない可能性もあると思い、奈央は私を今朝電話で呼び出したのだろう。
普段の奈央は脳天気で、悩み事があっても寝ればすぐ忘れるタイプの女の子である。それが、電話越しに話した奈央はどこか涙声で、ははあ、これは何かトラブルに巻き込まれたなと私は察し、泣く泣く映画を観に行く予定を取りやめ、授業後に彼女と合流し、二人で喫茶店に来て、こうして向かい合って座っているのである。涙声に弱い情の厚い女、それが私だ。
「面の皮も厚いけどね」
「うるさい、モノローグにつっこみを入れないで」
奈央が脳天気な顔でモノローグに茶々を入れてくる。すごいなこの子は……。
「それより、あんた、どうしたの? まさかドラマの予約を取り忘れたとかじゃないわよね。あんたが毎週楽しみにしている『恋愛のススメ』だったっけ? 塾が夜遅くまであるから、毎回録画したやつを観てるって言ってたけど。私は、そもそもそのドラマを見てないから、録画なんてしてないわよ」
「うん……。それは朝早起きして観てきたからいいけど」
観てきたんかい! と心の中で葵は突っ込む。深刻そうな面もちの割には意外と余裕があるのか。ん、朝観ただって……。
「何時頃観た?」
「ええと、朝の七時から八時まで」
「面白かった?」
「うん、中盤に主人公の女性が彼氏に振られたところで泣いちゃって」
「それで涙声だったんかい!」
「えっ、いきなり何っ!?」
私が言っていることがわからず、奈央は若干引いている。
それにしても、喫茶店に入るや否や、ダムが決壊したかのように、怒濤の勢いで奈央が相談内容をしゃべり立てるのかと思えば、席についても大した会話がなく、どこか意気消沈としている様子である。
無理矢理喋らせるより、自発的に話してくれるほうがいいと私は判断し、奈央が口を開くまで、黙って待つことにした。
待っている間、時間を持て余した私は、喫茶店の内部を見回した。
私達がいる喫茶店、「ペナント」は一杯一八〇円というコーヒーの安さが売りの大衆的な喫茶店である。店内にはその安さに釣られた老若男女が幅広くコーヒーを飲みながら、だらだら会話をしている。
「ペナント」は三田町という、そこそこ発展した町にあり、私達もそこに住んでいる。私立三田高校もこの近所である。私立でありながら、地元に密着した学校なのだ。
私達の右隣には、四十代半ばといった婦人が四人で席を陣取り、二つテーブルをくっつけて、貯金がどうとか、夫がどうとか、ツチノコを見つけたけどどうすればいいかな、とか話している。
おいおい、最後のだけ興味があるぞ。私は会話の内容が気になって、婦人達の話に聞き耳を立てた。
本日から新章「ツチノコをを見つけたよ」が始まりました!
瀬川歩16歳の時の物語です。
毎日22時に更新する予定です。
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