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【ギャグ満載の本格推理】瀬川歩の事件簿  作者: 瀬川歩
【問題編】密室ダイビング
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第5話 被害者の愛人

 俺と羽田が橋本宅の現場検証を行った時から、四時間が経過し、時刻は午後一時になっていた。


「け、け、警部! 大変なことがわかりました!」


 暇を持て余した俺が、捜査一課の自分のデスクに座って、ルービックキューブで遊んでいるところに、血相を変えた羽田が駆け寄ってきた。


「ちょっと待て、羽田。もうちょっとで揃いそうなんだ」


 羽田の方を一瞥もせずに、俺はルービックキューブをかちゃかちゃ回す。


「って、仕事中に何をしているんですか! そんなのは飲み屋でやってください!」


 羽田のもっともな指摘に、やれやれと言いながら、名残惜しそうにルービックキューブを片付けた。


「それでどうした? また、新しいショートギャグでも思い付いたのか?」


「私がいつ警部にショートギャグを披露しましたか……。そんなことより、今朝の橋本宅で橋本祐介が転落死した件です。関係者への聞き込みを行った結果、すごいことがわかりました!」


「落ち付けって」


 興奮する羽田を宥めるように、俺は手のひらを羽田に向ける。


「それで、何がわかったんだ?」


「なんと……、橋本の愛人が隣のマンションに住んでいたんですよ!」


「何だと、本当か?」


 この報告は俺にとっても予想外だった。確かに殺人の可能性を提起したのは自分だが、まさか被害者の橋本の愛人が隣に住んでいるとは……。


「どうやら橋本が奥さんや子供と別居していた原因は、その愛人にあったようです」


「ふむ、察するに橋本と愛人が浮気している情報をつかんだ奥さんが、腹を立てて出て行ったということか」


「その通りです。聞き込みに行った捜査員の話では、奥さんはかなり腹を立てていたそうですよ。奥さんは『愛人とすっぱり手を切れ。完全に別れるまで戻らない』と橋本に強く言い残して、家を出たそうです。それと、まだ新情報があります」


「聞かせてくれ」


「倒れている死体を発見して通報した二人組、実はそのうちの一人が橋本の愛人だったそうです」


 羽田の話では、二人の通報者、田中と鈴木、そのうち田中の方は橋本の愛人だったらしい。


「つまり、最初に警察に事情聴取を受けた田中はそのことを隠していたわけか」


「そうなりますね。わざわざ言う必要はなかったかもしれませんが……」


「それにしても、愛人関係にあることを全く言わないってのも不自然だな。愛人関係が発覚した後で、再び田中に聞き込みに行ったのか?」


「はい。昼前に捜査員が田中のもとを訪れて、そのことを聞きに行ったらしいです」


「それで、田中は何て言ったんだ?」


「愛人関係にあることはあっさり認めました。田中曰く、必要がないと思ったので言わなかったそうです。おそらく自分にあらぬ疑いが掛かることを懸念してのことでしょう」


「それにしても怪しいな。田中が別れを切り出した橋本に腹を立てて殺した可能性はある」


「そうですね。犯行動機としては充分あり得ます」


「発見及び通報当時の状況を詳しく聞き直したか?」


「ええ。もし殺人事件だとすると、痴情のもつれという、田中には立派な動機がありますからね」


 羽田は田中に聞き込みを行った捜査員の報告を丁寧に伝える。


「田中の証言によると、当日の田中の行動はこうです。午前三時に至る少し前に、どさっ、という何かが落ちるような音が窓の外から聞こえ、不審に思った田中は窓を開けて、ベランダに出て橋本宅の方を見た。すると、中庭に人が倒れているではないか。慌てた田中は二階に降りて、鈴木を叩き起こして、二人で鈴木の部屋のベランダから、倒れている橋本を確認したそうです」


「どうして、田中は二階の鈴木に声をかけたんだ? 倒れている人物を発見したんなら、すぐに通報すればいいだろう」


「その点について、田中は、深夜で辺りが暗く、三階からだとはっきりと倒れている人間を視認することができなかったので、下の階の鈴木の部屋に行って、改めて確認したのだと話しています」


「ふむ、筋は一応通っているな」


 捜査員の報告では、橋本が転落した瞬間を直接見た目撃者はいなかったが、何かが落ちる音を聞いていた付近の住民は二人以外に多数いたらしい。


 これらの証言を総合すると、橋本が転落したのが午前二時五十五分であることは疑いようがない。そして、田中が鈴木の部屋を訪れたのがその直後であることも、通報があったのが午前三時であることから明白である。


 つまり、田中は橋本がベランダから転落したと思われる時間、マンションにいたことに疑念の余地はない。


「なんだ。ということは田中が犯人であることは物理的に不可能だな」


 俺はいかにも拍子抜けした言わんばかりの様子でそう呟いた。


「そうですね。私も愛人が隣のマンションに住んでいて、さらに目撃者の一人だということを聞いて興奮したんですけど、どうやら橋本が自宅のベランダから転落したときにはマンションの自分の部屋にいたみたいなので、どう見ても犯人ではありませんね」


「「……」」


 二人で黙り込む。


「って、じゃあ何だったんだ今の報告は……」


「何かわかったら報告しろと言ったのは警部ではありませんか!」


「羽田さんが興奮して話しかけてくるから、もっと事件性や犯人を浮き彫りにする何かが見つかったんだと思うだろうが」


「そんな推理小説のように現実の事件は動きませんよ。興奮して話し掛けた方が盛り上がるかと思って」


「変な気の回し方するなよ……」


 やれやれ、といった表情で羽田は冷静に答える。大発見したと言わんばかりの口調で桜井に話し掛けたのは、どうやら演技だったようだ。朝の現場検証の時に、靴の履いた死体の写真を見せて桜井の観察力を試したりと、羽田という人間は一見堅物に見えるが、桜井が思うより、遊び心のある人間なのかもしれない。


 今度、お笑いのビデオを勧めてみよう。意外とハマるかもしれない。


「田中の死は事故死と結論で報告書をまとめてもよろしいでしょうか?」


 羽田の事故で片付けるという提案に、うーん、と首を傾げながら、俺は頭を悩ませた。


 本当に事故なのだろうか、確かに一見田中が橋本を殺害するには不可能な状況に思える。


 だが、それにしては不自然な点が多い。俺は事故死と断定することにためらいがあった。俺は普段は論理的に物事を考えるようにしているが、今回の橋本の死に関しては、何となく感覚的に、事故死と断定することに踏み切れなかった。


「どうしたんですか、警部?」


 自分の呼び掛けに、すっきりした返事をしない俺に、不思議に思った羽田が話し掛ける。


「もう少しだけ待ってくれ。事故死と結論づけるにはまだ早い気がする」


「はあ。でもこれ以上捜査員がすることはありませんよ。殺人事件の可能性が低い以上、死体の解剖もできませんし……」


 通常、死体が解剖されるのは、他殺が明らかである場合や、不審死や異状死といった外見だけでは死因が判明しない場合、並びに家族が特に希望する場合等に限定される。


 今回発見された橋本の死体は、転落したことによる脳挫傷と、死因が明確であり、さらに事故死の可能性が高いため、橋本の死体が解剖される可能性はまずないだろう。


「別に死体を解剖する必要はない。ただ、もう少し考える時間がほしいんだ」


 捜査一課に配属されてから、ろくに仕事もせずに女性ばかり口説いていた俺が、普段の様子とは打って変わって、真剣な表情で懇願するように部下に自身の願いを聞かせた。その姿に何かを汲み取ったのか、羽田も結論を焦らせることはしなかった。


「わかりました。それでは最終報告の方は遅らせて、もう少しだけ、私の方でも橋本の死亡について、検討してみます」


「悪いね、羽田さん」


「いえ、お気になさらず」


 羽田は自分のデスクに戻り、今までの聞き込みを基に報告書を作成に取り掛かった。


 さて、部下は自分の仕事を果たした。ここからは俺の仕事か。


 そう意気込み、俺は改めて今回の事件について、思考を巡らす。


 今回の事件は気になる点が多い。橋本がタクシーから降りてから死ぬまでの約十五分の間、何をしていたのか。酒に酔ってふらふら歩いたとしても時間が掛かり過ぎている。


 愛人が隣のマンションに住んでおり、さらに第一発見者であったことは本当に偶然だろうか。


 さらに、現場検証の時に見た橋本の自宅前の路地の写真も何だか引っかかる。被害者の橋本と発見者の巡査の足跡しか、確かに写っておらず、程良い深雪のおかげで、足跡以外の路地はキャンバスのように真っ白く綺麗で、平面で整えられていた。一見奇妙な点は何もない。だが、何かがおかしい。この自分の中にあるもやもやとしたものは何なんだろうか。


 これがもし事故ではなく、殺人事件だとすると、犯人である可能性が高い、被害者の愛人の田中は、何らかの方法で足跡を残さずに橋本宅に侵入し、橋本をベランダから突き落とした直後に、僅かな時間で、これまた足跡を残さずにマンションに戻ったことになる。


 橋本の死亡時刻に、田中がマンションにいた場合は、マンションにいながら、ベランダから橋本を突き落としたことになる。


 何かあるはずだ、愛人が橋本を転落させる方法が……。推理小説に出てくるような、何らかの奇抜なトリックを使ったのだろうか。だとしたら、そのトリックはいったい何なのか。


 俺はじっと頭の中で考え、殺人事件であることを前提に、犯人が仕掛けたトリックを何とか解こうとするが、どうにも良い考えが浮かんでこなかった。


 思索に耽るうちに、終業時刻の午後六時になってしまった。


 もうこんな時間か、そろそろ帰らなければ……。諦めて帰ろうとした時、俺の頭にパッと一つの考えがよぎった。


 それは今回の転落死についてのアイデアではなく、とある人物のことだった。


 そうだ、今回のような事件に、うってつけの人間がいるじゃないか。


 シャーロック・ホームズ、エルキュール・ポアロ、金田一耕助といった物語に出てくる名探偵のように、現実世界に存在する名探偵並の頭脳の持ち主を俺は知っている。


 俺は早速その人物に電話を掛け、今晩飲みに行かないかと誘った。


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