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わんちゃんと一緒 冬のぬくもり


「わんちゃん」


 大好きな声が聞こえて、大喜びで飛び起きた。

 尻尾がはち切れそうになるくらいぶんぶんぶん。匂いを探してぐるぐるぐる。

 あれ? おかしいな。

 呼ばれたのに、大好きなあの子がどこにもいない。


 え、ええー!? なんでぇ? 確かに聞こえたのに。聞き間違えたりなんかしないのに。


「わんちゃん」


 あ! 声が聞こえた! こむぎちゃんだ! こっちだこっちだ!

 いた! やっと会えた! どこ行っていたの? たくさん探しちゃった!


 ……なんで泣いているの?

 オヤに泣かされたの?


「わんちゃん……わんちゃん」


 ねえーちょっと! オヤってばこむぎちゃんに何をしたの? だめだよ? 僕だって怒るんだからね!

 プンスコしながらこむぎちゃんの足にスリスリした。だけどこむぎちゃんは撫でてくれない。あれおかしいな。反応がないぞ?


 どうしたの? 何があったの? なんで泣いているの?

 どうしてこっちを見てくれないの? 僕はここだよ。

 なんでどんどん遠ざかるんだろう。おかしいな。床が動いているみたい。

 待って待って、僕そっちに行きたくないよ。こむぎちゃんが泣いているんだ。こむぎちゃんと居るんだ。僕はここだよ。ちゃんと居るよ。一緒だよ。泣かないで。ねえここに居るよ。

 待って待って。置いていかないで。

 僕を置いていかないで!


 たくさん吠えたけれど、こむぎちゃんはこっちを見てくれなかった。そのまま、見えなくなっちゃった。


 それから僕は、ずっと走り続けている。


 どれだけ走ってもこむぎちゃんは見付からない。匂いはするのにずっと近寄れない。前も後ろもわからないけれど、こむぎちゃんに向かってずっと走っている。なのに床が動いて居るみたいに、全然近付けない。


 なんなの! 冷たい水も降ってくるし! 身体はどんどん動かしにくくなるし! 酷いよ!

 プンプンしながら一生懸命走る。時々ちょっとゆっくりになって、ちょっと休憩しながらもずっと走った。

 走り続ける僕の身体を、冷たい水が冷やしていく。


 うーん、この冷たい水。きっと雪だ。僕知っている。僕が拾われたときも降っていたから。


 僕はずっとこの冷たい水を、雨だと思っていた。だけどこむぎちゃんと過ごす中で、雪が正解だったって気付いた。僕の兄弟を冷たくした水は、雪だった。そう、僕は冬生まれ。

 冷たいのは、嫌いだ。暑いのも嫌いだけど、冷たいのはもっと嫌い。寒さは全部奪っていくから。

 今まで平気だったのは、冷たく感じても、すぐこむぎちゃんが温めてくれたから。シャカイジンが撫でてくれたから。

 寒くても、冷たくなることが無かったから。


 だけど今は僕しかない。


 寒いねっていいながら一緒に寝てくれる、こむぎちゃんがいない。

 お前はいつも温かいなって撫でてくれる、シャカイジンがいない。


「きゅぅーん。くぅーん」


 どうしてどうして。寂しいよ、寂しいよ。

 手足が冷えて氷みたい。目を開ける前に力尽きた兄弟達を思い出す。

 後ろの方で、ぽかぽかした安らぎの気配を感じる。きっとそっちに行ったら温かくて、疲れなくて、不安になることはないと思う。なんとなく、安心感? そんなのを感じる。

 でもそっちじゃないの。こむぎちゃんがいるの、そっちじゃない。

 こっちこっち。

 進めている気がしないけど、こっちなの。

 僕が帰らなくちゃいけないのは、こっち。


 ……あ、見えた! 誰か居る! こむぎちゃーん!


「え、まさかわんちゃん!?」


 じゃ、なーい!!

 僕は目前に現われたシャカイジンに向かって、全力で頭突きした。


「痛い! 嘘だろ感動の再会じゃなくて頭突きなのかよ」

「ギャンギャンギャンギャンッ!」

「聞いたことのないタイプの吠え方! ごめんなさい許して下さい事案だってわかっているけどちゃんと卒業まで手を出さなかったからむしろ褒めて! 角部屋姉さんにはヘタレって罵られたけど若い子の将来を考えたら慎重にならざるを得ないんだからな!? 気持ちは嬉しいけど学生と社会人は責任能力に差があるんだからな!!」


 ちょっとなに言っているのかわからない。


 シャカイジンがいるのにこむぎちゃんがいない事実に抗議しただけなのに、シャカイジンは不思議な言い訳を繰り返した。何故か怯えたように身を竦ませている。なんで? 僕怒りすぎちゃった?

 うーん、違うんだよシャカイジン。僕はこむぎちゃんに会えなくてイライラしちゃっただけで、シャカイジンにだってちゃんと会いたかった……あれあれ?


 シャカイジン、ダイガクセイに戻ってない?


「きゅーん?」

「そりゃぁ寂しいって泣いて迫るあの子に抗うのは辛かったけど、寂しさを理由に無責任なことは出来なかったというか……なんで成人年齢引き下げた。嬉々として迫るあの子と応援するご近所さんの一致団結怖すぎ。こっちがどれだけ覚悟を決めて我慢していたと……本気なら事案じゃないとか、そうじゃないんだ。責任や覚悟を決めて交際しても世間様に色々言われるのはあの子も一緒で、余計な目から守りたかっただけで……ハイ意気地なしは俺です。子供の頃から知っている近所の女の子を性的な目で見た犯罪者です……事案です捕まえてくれ……捕まったわ……ご本人に……」


 まーたすぐジアンって鳴く。

 何故か床に両手をついてがっくりしているシャカイジン。うーんダイガクセイ? どっち? 多分ダイガクセイ。

 しょんぼりしているダイガクセイを慰めるように身体を擦り付ける。今の僕はひんやりだからびっくりさせちゃうかもしれないけれど、ダイガクセイは慣れたように僕の毛並みを撫でた。


 おっきな手。変わらない手に、僕は満足してはふんと鼻から息を吐いた。

 だけどダイガクセイは、僕を撫でながら自分の手を見てびっくりしていた。


「わ、若返った……?」

「わふ?」

「……あぁ。まあ、いいか」


 驚いたみたいだけど、すぐ納得して僕を抱き上げた。

 あれあれ? 簡単に抱き上げられちゃった。僕結構大きくなったはずなのに。


「お前、ずっと待っていたのか?」

「わん!」


 違うよずっと追いかけていたんだよ! お家に帰ろうと必死なんだから!


「そっか……なら俺も、待っていようかな」

「わふ!?」


 えー!? どういうこと!? 一緒に帰ろうよ!

 僕の動揺なんて知らず、ダイガクセイはどっこいしょって腰を下ろした。そのまま膝の上に僕を乗せて、大きな手で撫でてくれる。

 撫でてくれるのは嬉しいけれど! 僕はこむぎちゃんに会いたい! こむぎちゃんに会いたい!

 ここで、ダイガクセイと休んでいるわけには…………すやぁ。


 ぽかぽかの手が撫でてくれるのが嬉しくて、僕はあっさり眠ってしまった。

 たくさん走って疲れていたから仕方がないね。


 眠る僕を撫でながら、ダイガクセイはとても優しい顔をしていた。

 若い身体で、ぴすぴす寝息を立てる仔犬を撫でながら、泣きそうな顔で笑う。


「こむぎちゃんを守ってくれて、ありがとうな。わんちゃん」








 ――突然現われた男は銀色に光る包丁を持っていた。

 それがよく切れるのは、キッチンに立つこむぎちゃんやシャカイジンを見てきたから知っていた。あれを持っている人間に近付くのは「危ない」のだと、よく注意を受けていたから。

 そいつは銀色をこむぎちゃんに向けて振り回した。

 こむぎちゃんが転ぶ。僕を繋ぐリードから手が離れた。こむぎちゃんは手を押さえている。

 血の匂いだ。

 怪我をした時に、痛い時に香る血の匂い。

 こむぎちゃんが怪我をした。

 僕はそいつの足に噛みついた。思いっきり噛みついた。

 叩かれても蹴られても、グサグサされても放さなかった。


 だって絶対許さないって決めたんだ。

 死んでも許さないって決めたんだ。

 だから。


 ぱかって目が覚めた。

 ……それからずっと、ここに居るんだ。

 え、どうしよう。こむぎちゃん、泣いていた! きっと怪我が痛いんだ!

 こうしちゃいられない! 目を覚ました僕は猛然と駆け出した。ちょっと休んで元気になったから勢いよく飛び出した。


 つもりだったけれど、僕の横には座ったままの大学生。

 あれー!?


 ここに来て僕は、やっぱり床が動いていたのだと知った。

 だって、こんなに走っているのに、一歩も前に進めない!


 しょんぼりして丸まった僕を慰めるダイガクセイ。仕方がないから僕はダイガクセイと一緒に、こむぎちゃんを待つことにした。

 本当は今すぐ駆けつけたいけどそれができない。ダイガクセイが一緒に待とうというんだから、仕方がないから待つことにした。


 待っている間、やっぱり身体は冷たかった。

 手足が冷えて、身体が動けなくなっていく。

 冬空の下、雪が積もっていくみたい。

 だけどダイガクセイとくっつけば、そこだけなら温かかった。だから僕らは身を寄せ合って、こむぎちゃんを待った。


 一体どれだけの時間が過ぎただろう。

 君が僕とはぐれてから、どれだけの時間が過ぎただろう。

 ダイガクセイはずっとこむぎちゃんの話を聞かせてくれる。僕の知らない話がたくさんで、なんだかとっても不思議な気持ち。

 やっぱりまだ時々事案って鳴くけど、後悔はないって。言っていることはわからないけど、よかったってことだよね。


 より一層冷える日のことだった。

 大好きな香りに、僕はぱっと身を起こす。はち切れそうになる尻尾。止める声も聞かずに走り出した。

 今まで一歩も進まなかった足が、その人に向かって駆けていく。


 そこに居たのは見知らぬおばあちゃん。

 だけど知っている雌だ。

 顔を上げたその子は、大きく目を見開いた。シワだらけの顔がどんどん張りを取り戻し、小さな身体がもっと小さくなっていく。

 短い足を一生懸命回転させて、僕はその雌へと飛びついた。


「わんちゃん…!」

「わん!」


 出会った頃の、幼いこむぎちゃんが、小さな僕をぎゅうっと抱きしめる。


「会いたかった、会いたかったよ……! ごめんね、ごめんねぇ……っ」

「わふわふ」

「助けてくれて、ありがとうねぇ……っ」


 零れ落ちてくる温かい水を舐めとって、僕は満足。

 まだ寒いけど、一緒なら大丈夫!


「これからは、ずっと一緒だよ」

「わふぅ!」


 勿論だよ!

 ただいま、こむぎちゃん!


 あ、ダイガクセイもいるよー!


やっとずっと一緒なわんちゃんとこむぎちゃん。と、その旦那。

ずっと一緒に居たかったんだ!


ご満悦なわんちゃん。ポチッとなよろしくお願いします。


旦那視点のお話が続きます。

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― 新着の感想 ―
前話の「本人に捕まった」のオチがよかったです。 不穏な方向な話にはらはらしてましたが、今話で、「ああ、そういう」と納得しました。ダイガクセイとわんこのコンビで待てて良かったです、寂しくない。 読んでい…
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