わんちゃんと一緒 秋の夜長
ばたん、とドアの閉まる音。
自分たちの部屋じゃなく、隣の部屋の開閉音に、うとうとしていたこむぎちゃんが顔を上げた。こむぎちゃんが顔を上げたから、僕もひょっこり顔を上げる。うーん、ねむねむ。
「……帰ってきた」
ちっちゃな声で呟いて。
覚悟を決めた顔をして、用意していたタッパーを持って、玄関に向かった。あれ、お外行くの? うーん、お外暗いから、僕も行く!
お外に出たこむぎちゃんは、お隣のドアをノックした。ピンポンじゃなくてノックなのは、音が意外と響くからかな。たくさん音がする所では聞き逃されちゃうノックだけど、ここではちゃんと相手に届いたみたい。
びっくりした顔で、疲れた顔の雄が顔を出す。
「お兄さん、お帰りなさい」
「う、うん。びっくりした……まだ起きてたの?」
この雄、数年前にダイガクセイからシャカイジンに進化した。
所属で名前が変わるんだって。びっくりだよね。こむぎちゃんもチューガクセイからコーコオセイになったらしいよ。でもこむぎちゃんはこむぎちゃんだから、こむぎちゃん!
こむぎちゃんはちょっと眠そうだけど、むすっとした顔で、でもちょっと心配そうにシャカイジンを見上げていた。
「私は、受験が近いから。それより最近お兄さん帰って来るの、遅くない? ちゃんと休めてる?」
「はは……繁忙期で……社畜の哀しい宿命だよ」
困ったみたいに笑うダイガクセイ。間違えたシャカイジン。
こむぎちゃんは不満そうだ。僕も不満。
だって、ここ最近はシャカイジンが帰ってこないから、全然撫でて貰えていない。撫でて貰っても、わしわしと力強くじゃなくてとっても弱々しく撫でられる。不満。
「夕飯、まだでしょ。栗ご飯あるから、食べて」
「いやいや俺にはコンビニで買ったおにぎりが……」
「私の手作りが食べられないの?」
「女子高生の手作りご飯とか食べたら事案じゃない?」
「こないだまで食べてたじゃん」
「中学生と社会人も事案だけど、女子高生と社会人は説得力が増して更に事案だから……!」
「考えすぎだよ」
断言するこむぎちゃんに力強さを感じた僕は、ドアの隙間からシャカイジンのお部屋にお邪魔した。「あ、こら!」なんて声が聞こえたけど、知らない。こむぎちゃんがシャカイジンをご所望だもんね!
どや顔で振り返る僕に、こむぎちゃんがどや顔で笑った。
「お邪魔します」
「ハイ」
挟まれたシャカイジンは、しおしおの顔で頷いて、またジアンって鳴いた。
というわけで、レンジでチーンッ
「美味しい?」
「美味しい」
こむぎちゃんの作った栗ご飯をもりもり食べるシャカイジン。それを満足そうに見るこむぎちゃん。
嬉しいよね。栗の下処理、半泣きだったもんね。ご近所さんにたくさん貰ったけど、どうしたらいいのって泣いちゃったもんね。サツマイモも貰ったね。僕、サツマイモ大好きだから嬉しい!
ちなみに僕はそんな二人の間、お疲れのシャカイジンの足元で、モフモフした身体を押しつけていた。
モフモフは癒される。僕はモフモフ。つまり僕で人は癒される。知ってる!
カレーを食べながらシャカイジンは僕を撫でるから、間違っていない。もふっ。
「栗ご飯かぁ、これ作ったの? すごいな……こむぎちゃん料理上手だね」
「まあ、大変だったけど、これもある意味、勉強だし……その、これから、受験勉強の夜食ついでに、夕飯作ってあげようか」
「嬉しいけど、受験勉強に集中して欲しいな。絶対おじさんに構っている暇はないぞ」
「普段から勉強しているし、若いから大丈夫」
「う、それは連日だるさの抜けないおじさんに刺さる……」
「お兄さんはお兄さんだから大丈夫。ちゃんと休めてないから疲れがとれないだけでしょ。ちゃんと寝なよ」
「正論も刺さる……」
どうしたのシャカイジン。なんで撫でながら泣いてるの? もっとモフモフする?
僕が首を傾げたら、こむぎちゃんも僕の首回りを撫でてきた。あれれ? どうしたの? 触り方、ちょっと緊張しているよ?
「私はたくさんお世話になったから、そのお礼がしたいだけだけど……でも、迷惑ならしないよ。か、彼女の、作ったご飯、の、方が、いい、だろうし?」
痛い痛い、痛いよこむぎちゃん。どうしたの? 僕ハゲちゃうよ。あつあつサツマイモの皮みたいにつるってむけちゃう。
「彼女の手作りご飯か……憧れるけど……いないからなぁ」
なななな撫でられすぎて身体が揺れるー! どうしたのー!?
「じゃあ問題ないね! ご飯、作ってあげる!」
「いやいや、それこそこむぎちゃんは彼氏に作ってあげて」
「彼氏とかいないから問題ないもん」
「ええ? いないの? 料理上手ってポイント高いと思うんだけど。栗の下処理ができるって余程だろ?」
「私が手作りをご馳走するのは、お兄さんにだけだもん」
こむぎちゃんが僕を自分の膝に乗せて、自分の身体をシャカイジン身体にぴったりくっつけた。
今日のこむぎちゃんは、寒くなって気からたもこもこしたうさぎの部屋着。僕には負けるけど中々の毛並み。
…モフモフでシャカイジンを癒したくなったのかな?
こむぎちゃんは、大きな目でじっとシャカイジンを見上げた。
ごきゅっと、ご飯を呑み込むシャカイジンの喉が鳴る。
「これからもずっと、ずっと、お兄さんにだけだよ」
「んー……う――――ぐぐ!」
「ねえ、手、出したくならない?」
「う――――んん……事案……!」
「わふっ」
お膝の上で大人しくしていたのにシャカイジンに捕まって、顔の前で掲げられた。可愛いこむぎちゃんとコンニチハ。わーいこむぎちゃんだ! にこってしちゃう!
だけどこむぎちゃんはムッと唇を突き出して、僕越しにシャカイジンを睨んでいる。
どうして怖い顔をしているの? 可愛いよ?
こむぎちゃんがとっておきの可愛い顔をしているのに、僕を挟んだ所為で気付けないシャカイジン。とっても可哀想。視線を逸らしたまま、またブツブツ言い出した。
「ぐう、若さが怖い。頼む、俺を犯罪者にしないでくれ……! 周囲に対して長年培った信頼があるからこそ、裏切ったときの反応が怖い。俺はロリコンじゃない。ロリコンじゃないんだ……!」
シャカイジンは何か言っていたけれど、僕はこむぎちゃんにぺいって退けられちゃった。
僕は床にお座り。こむぎちゃんはグイグイ距離を縮めて、シャカイジンの膝に乗り上げた。シャカイジンがキャーッて叫ぶ。
「ねえ、それは誰に対する裏切りなの? 私の両親? あの人達、本当に何もしていないから、信頼も何もないよ。子供を他人に任せた意識すらないよ」
グイグイ、グイグイと距離を縮めるこむぎちゃん。何故か両手を挙げているシャカイジン。僕は二人の周りをお散歩。
「イヤ温かく見守ってくださったご近所の方々とか」
「そのご近所の方々の方が、私の恋愛相談聞いてくれているよ? 角部屋のお姉さんとか、年の差恋愛応援してるって。年下攻めが癖だってさ。お兄さんは押せばいけるって言ってたよ。年上襲われ攻めと年下誘い受けが至高って言ってた。意味わかっちゃったや」
「倫理ィ!」
「お兄さん、私ね」
どんどん二人の距離が近くなる。
……なんか、羨ましくなってきた。
なんで僕のこと忘れてくっついてるの? さっきまでくっついていたのになんで? 僕も一緒でよくない?
「私、お兄さんが」
いいよね!
というわけで突撃だ!
シャカイジンの背中に、どーん!
両手を挙げていたシャカイジンがそのままひっくり返って床どーん!
シャカイジンと床の間にこむぎちゃんがどーん!
これでみーんなくっついた!
「……」
「……」
「わふっ?」
あれー??
「あばばばばば」
「ひ、」
「ごごごごめんごめんごめんなさいすみませんわざとじゃないんです事故ですそんなつもりじゃああ警察に出頭しなければおまわりさん俺ですっ!」
「ひゃーっ」
「わふっ?」
あれー??
勢いよく起き上がったシャカイジンが両手を突き出している。こむぎちゃんは床に転がったまま、悲鳴を上げて顔を覆った。僕はそんな二人を見ながら首を傾げる。
よくわからないけど、二人とも体温がすごく高い。
うーん? 何か間違ったかな?
仲良くお口がくっついただけなのにね?
どうしたんだろう。
――それから。
あの日、二人は真っ赤になって、そのままお家に帰っちゃった。
混乱しちゃったみたい。何でだろうね。不思議だよね。
こむぎちゃんは赤いお顔でぽうっとしているし、時々会うシャカイジンは赤くなったり青くなったり。信号機みたい。青で発進していいの?
「……わんちゃん、お散歩行こ」
わーいお散歩!
……あれ、でもでもこむぎちゃん。暗いのにお散歩いいの?
ソワソワしたこむぎちゃんが可愛いコートを着て、僕にリードを付ける。
「そろそろお兄さんが帰ってくる時間だから、迎えに行こう」
わーいいね! シャカイジンってば忙しいのか、あれから全然会えていないもんね!
ご近所さんに相談したの? 角のお姉さん? ヘキガキタってよく鳴いているの聞くよ。人間っていろんな鳴き声があって面白いよね!
暗くなってからお外出ちゃダメって言われていた気がするけど……シャカイジンを迎えに行くならいいよね! こむぎちゃんも嬉しそうだし。もっと大好きな二人と一緒にいられたらいいのに。シャカイジンなんでなかなかお家に帰ってこないの?
しょうがないから、迎えに行かないとね!
暗いけれど、シャカイジンが来たらわかるよ。僕がすぐに教えてあげるからね!
あれ、誰か来た。知らない人だ。
何持っているの?
――――こむぎちゃんに何をした! 何をした! 許さない! お前許さない!
絶対に許さないからな!!
仲間はずれ反対のわんちゃんと高校生のこむぎちゃん。そして帰りが遅い社会人。
冬に続きます。
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