7 隠れ家レストラン
「ごきげんよう、ローズマリー様。素晴らしい演奏でしたわね。紹介いたしますわ。こちら私の婚約者のアレクサンドロ伯爵ですわ」
「デート中でしたのね、失礼いたしました。アレクサンドロ伯爵様ごきげんよう。隣にいるのが兄ですわ」
輝くばかりの美貌の兄妹がそこに立っていた。
「はじめまして、ギルクレス侯爵令嬢、ギルクレス侯爵令息様。
令嬢とは学院は同じですがクラスが違いましたので、お名前は存じあげておりましたがお会いするのは初めてになりますね。以後お見知り置きください」
「妹から新しい化粧品を見せて貰うのが楽しみでした。ご令嬢が責任者と聞いていましたが、こんなに可愛らしい方だとは思いませんでした」
ギルクレス侯爵令息が笑顔で挨拶をされた。
「よくマリエッタ様を迎えに来ておられましたわね。皆温かく見守らせていただいていましたのよ。言わば見守る会の会員でしたの。マリエッタ様しか目に入っていなかったのは皆様良く分かっておりましたわ。お幸せそうで何よりですわ」
「そうですか、それはありがたいことです。これからもマリエッタ共々よろしくお願いします。大変申し訳ないのですが、この後予定がありまして。ゆっくり出来ず申し訳ありません。マリエッタ急ごうか予約の時間が来てしまう」
「はい、ヴィクター行きましょう。ローズマリー様、ギルクレス侯爵令息様失礼いたしますね。お声がけ嬉しかったですわ。新しい化粧品が出来ましたら贈らせていただきますね」
「まあ、嬉しい。きっとですわよ。ではごきげんよう。楽しいデートを」
「ありがとうございます。必ず一番にお贈りいたしますわ。ごきげんようローズマリー様、ギルクレス侯爵令息様」
ローズマリー様とお兄様のお二人とは笑顔で別れた。
マリエッタが今作っているのは泡立ちのいいシャンプーとリンスだ。
石鹸で洗ってオイルで手入れをするのが主流だが、どうしてもごわつくのだ。
薬用植物から出来たシャンプーに変えればサラサラになる。以前から開発していたが漸く商品化に漕ぎつけた。マリエッタも使ってみて手触りの良くなった髪に売れると確信していた。
「仲が良かったの?」
ヴィクターが心配そうに聞いてきた。
「Sクラスは人数が少なかったでしょう?化粧品が出来ると皆様にお配りしていたから広告係かしら。気に入ると広めてくださって今のマリ商会の元を手伝って貰っていたのよ。高位貴族や王族の方もいらっしゃったのに私を見下さないで付き合ってくださって嬉しかったわ」
「良いクラスで良かったよ。馬鹿は私だけで沢山だ」
一瞬だけ暗い目をしたヴィクターが言った。
「ヴィクターは成長したじゃないの。素晴らしいことだわ。お父様はきっと分かっていたのね」
「期待を裏切らないように精進するよ」
「自分の悪いところに気がついて直せる人って素晴らしいと思うの。人は中々変われない生き物らしいから。でも無理はしないでね。剣術をしたり馬で遠乗りもしてね。息抜きは大切だもの」
「馬で遠乗りか、今度行こうよ」
「馬には乗れないわ」
「乗せてあげるよ、一緒に出かけよう。乗れるように練習もする?話している間にレストランに着いたよ」
「お願いしようかしら。馬に乗れたら楽しそう。本当にあっという間に着いたわね、二人で話しながら歩いたからかしら」
「きっとそうだよ」
レストランは街の中にひっそりと建っていた。一見すると貴族のタウンハウスのようで看板も出ていなかった。
「隠れ家的な知る人ぞ知るレストランだよ。さあ入ろう」
ヴィクターがドアノブをノックすると礼儀の行き届いた執事のような人が出迎えてくれた。
「ようこそおいでくださいました。こちらへどうぞ」
入口には大きな花が飾られていてセンスが良くうっとり見とれてしまった。
奥の個室に通された。外はきちんと高さを揃えた木々が植えられているのが窓から見えて落ち着く。
静かなので私達だけかしら。
「ここは海鮮が美味しいんだ。好きだよね」
「ええ、よく知っているわね。お父様に聞いたのね」
「そうだよ。此処は義兄上に教えて貰ったんだ。海の近くの別荘に行った時にマリエッタが美味しそうに食べていたと聞いたから、何処かないですかと尋ねたらあっさり教えてくださった」
「嬉しいわ、ありがとう。お肉の美味しいのは屋敷でも食べられるけど、海鮮は鮮度が命だから諦めてたの」
「貴方の家の力をもってすれば叶わないことはないだろうに。実はここ貴女のために義兄上がこっそり開いたレストランだよ。なんでも、魚を凍らせて運ぶ技術を開発したそうだよ」
「お兄様ったら昨日お会いしたのに何も言われなかったわ」
「サプライズにしたかったらしいよ。本当は私が開きたかったな、貴女のためのレストラン。でも最初に連れて来る役目を譲っていただいたんだ。感謝しなくてはね」
「そうね、一緒に来れて良かったわ。帰ったらお兄様にお礼を言うわ」
二人は微笑みあった。
「ワインをお持ちいたしました」
そう言って入ってきたソムリエの言葉と同時に食事が始まったのだった。
美味しい海老や蟹や白身魚をフルコースで食べ満足した二人は馬車で夕暮れの湖のほとりに来ていた。オレンジ色の夕日が辺りを染め上げていてとても美しい。
クロス商会の護衛たちがかなり後ろに控えていた。
「今日はとても楽しい一日だった。ありがとう、マリエッタ」
「私もとても楽しかったわ。今度は馬で遠乗りね」
「貴女と一緒だと、どんな未来でも楽しめる気がするよ。あの時気づかせてくれたギルバートに感謝だね」
(セバスチャンに説教されたことは、恥ずかしい思い出なので死ぬまで内緒だ。そのかわり後で報奨を出した。良い使用人がいて幸せだ)
「そうね、結婚式でお会いできるのよね。ありがとう、嘘告を提案してくださってって伝えようかしら」
「きっと驚くよ。慌てるだろうな。今や侯爵家の当主だからね。世の中何が起きるかわからない。お互いに中々会えなくなった」
ギルバート様はお父様とお兄様を事故で同時に亡くされて当主になられた。ご苦労も半端ではないだろう。
結婚式でお会いするのが楽しみだ。
読んでいただきありがとうございます。直していたら長くなりました。




