6 デート
卒業をすると伯爵夫人としての教育が待っていたが、小さな頃から一流の家庭教師をつけられていたマリエッタには簡単な事だった。マナーも家政も申し分無しと教師のお墨付きを貰ったので、今日は休みにしてヴィクターとデートに行くことになった。久しぶりのデートに嬉しくて仕方がない。
宮廷楽団の演奏会のチケットが手に入ったのだ。一番良い席を買った。
朝から侍女に手入れをされピカピカに磨き上げられた。
マリ商会の化粧品とヴィクターの愛情で輝くばかりの美貌になった。もう自己肯定感の低い女性はいなかった。
ヴィクターから贈られた最高級シルク素材のドレスは軽い。身体も侍女達のエステで細さをキープしていた。コルセットのない時代になっていた。水色のマーメイドドレスが細い身体を包んでいた。ネックレスとイヤリングもヴィクターが贈ってくれたものだ。
彼は卒業と同時に伯爵位を継ぐことになった。
小父様は領地を守るそうだ。父推薦の文官が二人付いて行く。老後を田舎で過ごしたいと二人とも奥様連れだ。
綺麗な景色の所なのでゆっくり出来るだろうとヴィクターは言っていた。
「お嬢様お迎えが来られました」
侍女に声をかけられた。
階段をゆっくり降りていくとヴィクターが待っていた。黒いスーツにマリエッタの瞳の色の紫色のポケットチーフを覗かせていた。前髪を上げているので凛々しくなった顔の造作がよく分かる。
「マリエッタ今日も凄く綺麗だ。水色のドレスがよく似合っている」
「ヴィクターも素敵よ。ドレスやアクセサリー贈って貰ってありがとう」
「どういたしまして、贈れるようになって嬉しいよ。じゃあ行こうか。お手をどうぞ、私の女神」
「随分褒め上手になったわね」
「貴女に捧げる言葉は惜しまないことにしたからね」
「嬉しいわ、女性は褒められると綺麗になれるの」
「実例があると真実味が増すね」
「本当に上手なんだから」
赤くなった顔を扇で隠しながら色気のにじみ出るようになったヴィクターを見上げた。
宮廷楽団の演奏は心に染みるような音楽だった。荘厳でいて軽やかさもあり、とても楽しかった。
「魂を奪われた様な顔をしているよ。さあ私のところへ戻ってきて。
素晴らしい音楽だったね。次は美味しいレストランを予約してあるんだ」
「素敵な演奏だったわ。この後は食事なのね、楽しみだわ」
二人は手を繋いで大ホールを出ることにした。
「やあアレクサンドロ伯爵ではありませんか、奇遇ですな。お時間を少しだけよろしいですか」
サントス子爵だった。父より年上だろうかビア樽のようなお腹が目立っていた。
「今日は休日でしてね、婚約者と楽しく過しているところなのですよ。これから予定もありますし」
「美しい婚約者様ですからな、分かります、分かります。では十分程で構いません。お時間をいただけませんか」
格下から話しかけてはいけないのをいい年をした子爵が知らないのだろうか。若造だと思って侮っているのかしら。マリエッタはイラッとしたが顔に出さないようにした。
「運河の件ですが、何卒お力添えをお願いしたくお声をかけさせていただいたのです」
「申し訳ありませんが、それは義父上の管轄で私は何も関与しておりませんし、そういう力もありません。お分かりこなりましたでしょうか。ではこれで失礼します」
「そこをなんとか」
「お義父上に口出しする力はありませんので。では今度こそ失礼させていただきます」
悔しそうな目で見ているが、ヴィクターの言う通りお父様の管轄なので口を出せるはずもない。社交界の力が誰にあるか良く見られた方がよろしいかと思いますわ。奥様だろうか腕をしきりに引っ張っておられた。お気の毒に。
「とんだ邪魔が入ったね。さあ行こうか」
「いいのよ、気にしないで。常識のない方は困りますわね」
「若造だと思って舐めて貰っては困るのにね。どちらが格上か下か考えて動いて貰わないと」
「お父様に叩き込まれたのね。厳しいから」
「お陰で貴女も守れるし経営も順調にやれている。義父上には頭が上がらないし一生付いていくよ」
「家には三人怖い人がいるものね、頑張ってね」
「貴女がいる限り頑張ってみせるよ。任せて」
微笑み合ったその時鈴を転がす様な声がした。
「まあ、マリエッタ様ではありませんか。お久しぶりですわね」と。
元同級生のローズマリー侯爵令嬢だった。
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