4 ヴィクター サイド
今日は伯爵家のシェフが作ってくれたランチを二人分持参した。マリエッタ嬢の分は一回り小さい。デザートの果物も別添えで持たされた。訳知り顔で漸くなんですねと言って渡されたが無視をした。ランチが楽しみで仕方がない。
いつかギルバートと行った屋上で食べようか。邪魔をされずに食べたい。
父上は人が良くて騙されやすい。そのせいで没落寸前にまで追い詰められた。
それを救ってくださったのが学院時代の友人クロス子爵様だった。父上が土下座して援助をお願いし、お金だけではなく人まで手配してくださった。
その時にマリエッタ嬢との婚約が纏まった。信じられなかったが僕の真面目さを見込んでいただけたようだ。しっかり勉強をするように家庭教師まで派遣してくださったのだ。
貧乏な頃は金目の物は全部売り払い使用人はキッチン担当と下働き担当と古くからいる家令の三人で回していた。母上も慣れない掃除や洗濯や料理をされていた。
僕も台所で芋の皮を剥いたり食器を洗ったりした。子供だったのであまり役に立たなかったけど。
食事は固いパンと野菜が少しのスープになった。お金が無いということを骨の髄まで理解した。
母上は慣れない生活で身体を壊されて儚くなられた。父上が騙されたと言って嘆いていても笑っている強い人だった。
母上に美味しい物を食べさせてあげたかった。援助ではなく自分の力で。
援助の意味を学院に入るまで馬鹿な僕は理解していなかった。家令のセバスチャンが懇懇と説明してくれるまで。
ありがたいとは思っていたのだ。しかし相手の子爵家にも利があるのだろうと勝手に思っていた。よくある伯爵家と子爵家の縁を繋げておきたいというような。
それが婚約という目に見える形になれば、貴族社会で都合良く使えるものになるのだろうと愚かにもずっと思い込んでいた。
セバスチャンによれば、クロス子爵家は大きな商会を経営しているので今更伯爵家と縁を繋がなくてもやっていけているのだそうだ。助けられてばかりなのは我が家だけだった。自分の狭い世界で思い上がった考えをしていたことが恥ずかしくて堪らず、ベッドの中で布団に包まり芋虫のようになって呻いた。
淡々としたお茶会しかしていなかった僕は恥ずかしくなり、まともにマリエッタ嬢の顔が見られなくなった。
とても手の届く様なお嬢様ではなかったのだ。
屋敷が昔のように綺麗になり、食事も洋服も格段に良くなっていた。使用人も増えた。それなのにお茶会に持って行くプレゼントも元はと言えば子爵家のお金だと思い、無駄使いしないように花や人気だという焼き菓子にしていた。
だが髪飾りくらい贈れば良かった。
愛想のない会話も随分失礼だったと思う。何様のつもりだったんだ。阿呆過ぎて穴を掘って埋まりたくなった。
結婚して貰ったら家の仕事を精一杯頑張って不自由の無い生活を約束できるようになろう。それまではこのままで良いと思っていたらギルバートにからかわれた。注意してくれたと言うべきだな。
「いいか、マリエッタ嬢は男子生徒の憧れの結婚相手だ。可愛いし条件も良い。愛想をつかされないうちにさっさと告白をしろ。思いつく限り褒めるんだ。褒めるのが貴族男性の嗜みだ。顔を見たら褒めまくれ。良いな。政略結婚なんだよな、お前の家が援助されているのだろう?ならばせめて真心を尽くせ。贈り物もしているんだろうな」
「お茶会も贈り物もしている。あまり褒めてはいないがそれがどうした。政略は貴族として当たり前のことだ。今のところ何も問題はない」
「褒めてないのか、残念な男だな。本当にそれでいいなら良いが、そこに隙があるんじゃないのか。子爵家に買われたと噂になっているんだぞ」
「構わない。政略結婚とはそんなものだろう。貧乏な家が金のある家と繋がる。よくあることだ。実際助かっている。綺麗な身体で全てを捧げる覚悟はあるからな」
「どこか違っているような気がするが。そ、それはそれで凄いな。良ければ良いけどさ。嘘でも良いから告白しろ、きっと喜ぶぞ」
「嘘だぞ、喜ぶわけがない」
「喜ぶかどうか賭けよう・・・」
後で分かったことだが、ここでの会話の一部分をまさかマリエッタ嬢に聞かれていたとは思いもしなかった。
その上であの神対応、勝てる気がしない。一生下僕で構わないと思う。
こんな没落寸前の伯爵家の僕に横恋慕する女がいてマリエッタ嬢に嫌がらせをしていたなんて気付かなかった。本当に情けない。分かったからには容赦しない。駄目な僕を見捨てないでくれたマリエッタ嬢に一生尽くす。
あの時嘘でも良いから告白をしろと言ってくれたギルバートには感謝してもしきれない。あいつが困った時に助けられるような友人でありたい。
しかし侯爵家次男で王宮官吏になる友人の方が優秀だ。
未だにクロス子爵様が僕を選んでくれた理由が分からない。
父との友情だけならマリエッタ嬢に申し訳なさ過ぎると思う。
相応しい男にならなくてはと誓った。まずは誉めるところからだ。
Sクラスの教室にマリエッタ嬢を迎えに行った。メンバーだけで目が眩むようだ。しかも生温かい視線。
「マリエッタ嬢迎えに来たよ」
「ヴィクター様」
笑った顔が可愛すぎる。ああ〜可愛い、僕の婚約者最高。今更だな、阿呆な僕。
浮かれていた僕は一緒に行った屋上でこてんぱんにやっつけられることをまだ知らない。
婚約の解消以外何を言われても幸せだけどね、下僕だから。
読んでいただきありがとうございます! 漸く気が付いた阿呆なヴィクター。
これからマリエッタのターンが始まります。




