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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
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ぶんげいぶ(5)

 今日は、二学期最後の一日だ。明日からは冬休みに入る。


 文芸部では、例年通り、打ち上げのようなモノをしていた。要は、いつもよりちょっとだけ贅沢なお茶会である。この件は、舞衣ちゃんに早いうちから言っておいたので、スケジュールには反映されていた。

 しかし、ここ何ヶ月かの間、スケジュール、スケジュールである。ちょっとは、自由な時間が欲しいな。なんて言えるのも、受験が始まる前までだ。志望校に入るためには、まずは希望のコースのクラスに入っておかなければならない。その意味では、休み明けのテストは重要だった。その辺りの事情は考慮されているらしく、舞衣ちゃんの『スケジュール』にも、勉強時間が割り振られていた。


 お茶会の最中でも、しずるちゃんはいつもよりも三割増しくらいな速度で、パソコンのキーボードを叩いていた。こんな時ぐらい、休憩にすればいいのに。

「しずるちゃんも、一段落したら。それじゃぁ、お茶もゆっくり飲めないでしょう」

 わたしは、しずるちゃんに声をかけたが、彼女は、

「もうっ、あの()ったら、ただでさえ忙しいのに、『月刊フラッシュ・スーパー』向けのコラムを請け負ってきたのよ。しかも、あたしの写真入りで。写真撮影なんか、たかだか二コマ載せるだけでも何十枚と取るのよ。衣装選んだり、化粧したりして。丸一日かけての大仕事になるのよ。もう、やぁ~ってらんない」

 と、溜まっていた不満を一気に吐き出したのである。

 わたしは、持っていた紅茶のカップをパソコンの側に置くと、

「じゃ、じゃぁ、お茶ここに置いておくね。出来れば、冷めないうちに飲んでね」

 と言って、彼女の邪魔にならないように、その場は引き下がった。

「ええ、ありがとう、千夏(ちなつ)

 脇見もせずに返答したしずるちゃんは、右手でキーを叩きながら、左手でカップを取ると、口に運んだ。

「あ~、やっぱり千夏のお茶は美味しいわね。生き返るわぁ」

 と、言う間も、超高速でキーを叩いてる彼女は、優雅にお茶を味わっているようには到底思えなかった。


「しずる先輩は、やっぱり凄いっすねぇ。集中力がハンパないっす」

 と、舞衣ちゃんが他人事のように言った。

誰の所為(・・・・)だと思ってんのよ。自称マネージャーなら、無理に仕事をつめ込むようなのは、いい加減によしてよ。今の時期だから何とかなっているけれど、受験勉強中は勘弁してよね」

「了解であります」

 パソコンのディスプレイの向こうから睨みつける目に、舞衣ちゃんはとぼけたように明後日(あさって)の方向を向いていた。


 しばらくの間は、そうやって図書準備室で雑談をしていたが、あるとき、双子の西条(さいじょう)姉妹が、週刊誌を持ってわたしのところまでやってきた。

「部長、部長。今週の千夏部長のコラムも、可愛く撮れてますわねぇ」

 と、美久(みく)ちゃんが話しかけてきた。

「そ、そう? ありがと」

「部長、このセーター、素敵なのですぅ。いったい何処で買ったのですかぁ?」

 今度は久美(くみ)ちゃんが質問してきた。

「え? これはねぇ、スタイリストさんが選んで持って来てくれたんだ。渋谷か新宿? で買えると思うけどな」

『いいなぁ。私達も東京に行ってみたいのですぅ』

 と、羨望の声が両側からわたしを包んだ。

「あっと、でも、久美ちゃん達も、年越しライブを観に行くんでしょう。ほらほら、東京デビューだよ」

「そうだ! そうだったのですぅ」

「忘れてましたわぁ」

『今から楽しみなのですぅ』

 おっ、ハモった。さすがは双子。

 しかし、正直なところ、こんな田舎から在来線と新幹線を乗り継いで東京くんだりまで出るのは、結構しんどい。これが、ほぼ毎週末のペースだから、ちょっとシャレにならないなぁ。

 舞衣ちゃんは、経費で落ちるからって、バンバン切符とか買っちゃうけど。お金、ダイジョブなのかな? って思っちゃう。

 そんな事を考えてるわたしに、舞衣ちゃんが、こう話しかけてきた。

「部長、もうすぐギャラが出るっすね。来年に確定申告するから、ちゃんと源泉徴収票をもらっといて下さいね」

「へ? げ、げんせんちょうしゅう……何だっけ?」

「源泉徴収票っすよ。経費の領収書と合わせて、取られすぎた税金を還付して貰うんすよ」

「すごぉい。舞衣ちゃん、難しいこと知ってるぅ」

 久美ちゃんが感嘆の声をあげた。

「いえいえ、これくらいマネージャーなら当然っす」

 と、ふんぞり返る舞衣ちゃんに、今度は美久ちゃんがこう言った。

「ねぇねぇ、舞衣ちゃん。美久達のマネージメントもして下さいなのですぅ」

「いや、美久ちゃんや久美ちゃんは、特に仕事とかしてもらって無いから……」

「だってぇ、スタジアムまでの新幹線のチケットの取り方が、よく分からないのですぅ」

「どうやって、乗り継いで行くのですかぁ? ちゃんと、マネージメントして下さいなのですぅ」

 にじり寄る西条姉妹に、さすがの舞衣ちゃんも音を上げたのか、

「分かった、分かったっす。大晦日はニコ生の準備であっしも東京に行くから、途中まで着いて行くっす。それなら安心でしょう」

「わ~い、ありがとう舞衣ちゃん」

「だから、舞衣ちゃん、好きぃ」

 と、左右から双子に抱きつかれて、舞衣ちゃんも暑苦しそうだった。

 その時、わたしの斜め後ろから、野太い声が聞こえてきた。

「あ、あのう、千夏さん。秋葉原で行きたいところとか、ありますかぁ?」

 大ちゃんである。怒れば熊をも殴り殺す巨漢は、ここでは借りてきたパンダのようである。出番も少ないし、不遇だわな。ここは、先輩がヨシヨシをしてあげよう。

「わたしはあんまりよく分かんないけど、大ちゃんのお薦めでいいよ」

 と、わたしはそう言いながら、ニッコリと微笑みを返した。

 大ちゃんは、ちょっと赤い顔をして、

「そうですかぁ。……じゃぁ、僕のお薦めのコースで良いですかぁ?」

「良いよ。大ちゃんのお薦めコースなら、きっとわたしも好きになると思うなぁ」

 と、わたしは返事をした。その時、後ろからクスクス笑いが聞こえた。

「大ちゃんのお薦めコースなら、ちょぉーっとヲタっぽいとこっすね。頑張ってラブラブしてくるっすよ」

 笑いの主は、舞衣ちゃんであった。でも、それは決して嘲笑ではなく、微笑ましいものを見た時の思わず出てしまう笑いだった。

「部長。大ちゃんは、昔っから奥手で、不器用で、少し引っ込み思案のところがあるっすが、すっごく良い奴だから、絶対に幸せにしてやって下せい」

 そう言う舞衣ちゃんは、いつも通りに明るく笑っていた。でも、わたしには、何だか泣きそうなのを必死で堪えているように見えた。


──もしかして舞衣ちゃんは……


 その時、しずるちゃんの声が聞こえた。

「大晦日の台本、作ったわよ。任せてなんて言っといて、どうせ何も考えてなかったんでしょう。ちゃんと、キッチリ、バッチリ作ったから、チェックしてよね、舞衣さん」

「ありゃぁ、しずる先輩。お疲れっす。いやぁ、何でもお見通しっすねぇ」

「御託はいいから、さっさとこっち来て!」

 問答無用で舞衣ちゃんを呼びつけたしずるちゃんは、一瞬だけわたしの方を見ると、ウィンクをしたように見えた。

 そうか……、しずるちゃんには、何でもお見通しなんだね。


 そうして、賑やかで、ありふれたことも、ありえないことも、ごっちゃ混ぜの、わたし達の二学期が終わっていこうとしていた。




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