ぶんげいぶ(4)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。ひとつ下の大ちゃんが彼氏。雑誌の小説紹介コラムを担当するようになった。勉強に、仕事に大忙しの毎日を過ごしている。
・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出す新進気鋭の小説家でもある。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。千夏やしずるのマネージャー気取りで、仕事の手配にも手を出し始めた。
・里見大作:大ちゃん。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は右で結んでいる。
彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。どうやら、某アイドルグループの大ファンであるらしい。
冬休みも差し迫った、十二月のある日、わたしとしずるちゃんは、舞衣ちゃんの前に立たされていた。
「来週からは冬休みっすが、二人共気を抜かないで元気にバリバリ働くっすよ」
舞衣ちゃんの発言に、しずるちゃんがいつもの不機嫌そうな態度で、
「そんな事、わかっているわよ。それより、何で舞衣さんにそんな事を言われないといけないのかしら」
と、切り返した。
「それは、あっしが、お二方のマネージャーだからっす」
「舞衣さん、それ本気だったの! ということは、もしかして冬休みも……」
「そうっす。当然、あっしの管理下で働いて貰うっすよ」
ええ! 冬休みの期間まで舞衣ちゃんに牛耳られてるなんて、ちょっとヒドイよ。しずるちゃんもそう思ったのか、
「長期の休みの時まで口を出されちゃ、堪ったもんじゃないわ。いい加減にしなさい」
と、キツい言葉を返した。
すると、舞衣ちゃんは突然両手で顔を覆うと、
「うう、ひ、ヒドイっす。あっしが、こんなに、千夏部長やしずる先輩の事を思っているのに。それを邪魔っけにするなんて、……ヒドイっす」
と言って、肩を震わせたのだ。わたしは、少し言い過ぎたんじゃないかと思って、舞衣ちゃんに近づくと、左手で彼女の背中を擦った。
「ごめん。ごめんね、舞衣ちゃん。ちょっと言い過ぎちゃったよね。わたしだって、しずるちゃんだって、舞衣ちゃんの事を邪魔になんか思ってないから。だいじょぶだよ」
すると、舞衣ちゃんは両手の影から、か細い口調で、
「じゃぁ、あっしがマネージャーを続けても、いいっすか?」
と、訊いてきた。
わたしはしずるちゃんの方を見ると、彼女は両手を広げて肩をすくませる仕草をした。
「いいよ。でも、やり過ぎちゃダメだよ。程々に、ね」
わたしが、そう返事をすると、舞衣ちゃんの口元から「クックック」と笑い声が聞こえてきた。
「確かに聞いたっすよ。この冬休みも、お二方はあっしの管理下でバリバリ働くっすよっ」
と、彼女は大見得をきったのである。
「え、ええ? あ、あれ? これって……」
「騙されたってことよ、千夏。この娘がそんなに殊勝なわけ無いでしょう」
(ああ、しまった。やられた。こんなんじゃ、大ちゃんと遊びに行くことも、文芸部の活動だってやってられないよ! 何よりも、大事な勉強の時間が取れないじゃないか)
いや、別にわたしが勉強熱心という訳ではない。今のうちから受験対策をしておかないと、三年生から希望のクラスに入ることさえ出来ないかも知れないからなのだが。
どちらにしても、これは由々しき事態だ。
「舞衣ちゃん。お仕事も大切だけど、わたし達、高校生なんだよ。だから、勉強とかも大事なんじゃないかなぁ。雑誌のお仕事は、後から付いてきたことじゃないかと思うの」
わたしは、一縷の望みをかけて、舞衣ちゃんに意見した。
「それは大丈夫っす。勉強と仕事は両立できるっす」
舞衣ちゃんは、あっさりそう断言した。
「ええ! 無理だよ、そんなの。毎日こんなにお仕事入れられたら、勉強する時間なんて無くなっちゃうよ」
わたしは反論したが、
「しずる先輩は、立派に両立してるっす」
と言い返されてしまった。
「うう……。それは、しずるちゃんが凄いからであって。わたしは、そのう、普通の人だから……」
と、そう言いながら、わたしは、しずるちゃんの方をチラと見た。ところが、彼女は『当然』といった感じで、澄ましていた。
(くそう、いつか見返してやる)
わたしがそう思っていると、舞衣ちゃんが、わたし達に表のようなモノが描かれた紙を差し出した。
「何これ?」
わたしが訊くと、
「この冬のスケジュールっす」
と、彼女は平然と応えた。
「ええっ! もう決めちゃったの。わたしだって、やりたい事とか色々考えてたのに」
「大丈夫っす。千夏部長のやりたい事くらい、だいたい分かるっす」
「ヒドイよ、そんな言い方。文芸部の部長は、わたしだぁ」
「その辺は気にしなくていいっす。部長達は、もうすぐ受験で引退っすから」
(ああ、ダメだ。わたしの引き継いだ由緒ある文芸部が、芸能プロダクションとなっていく。ここで踏ん張らねば、いつ踏ん張るのだ。今でしょ!)
「こんなのは文芸部じゃなぁい。皆で色んな本を読んで感想を語らったり、まったりお茶会したり、それから、それから……」
「ちょっと落ち着きなさい、千夏」
わたしがパニックになりかけていると、しずるちゃんが一声掛けてくれた。
「千夏、よくスケジュールを見て。ちゃんと、勉強時間も取ってあるわよ」
「え? そなの?」
わたしは、しずるちゃんに言われて紙を見直した。
「ほんとだ。勉強時間が書いてある。あれ? 明後日の放課後のところ、『本屋へ行く』って何?」
「勿論、読書会の題材を決めに行くんすよ」
「わぁ、文芸部の活動まで考慮してあるんだぁ。スゴイや」
わたしが感心していると、
「当然っす。スーパー・マネージャーの舞衣ちゃん様にかかれば、冬休みの予定なんか、一瞬で決まっちゃうっす」
と、彼女は無い胸を張っていた。すると、今度はしずるちゃんが、少し驚いてこう言った。
「『渋谷でサイン&お渡し会』って、何なのよ、これ。それに、年末年始に『ニコ生放送』とか、訳分かんない!」
何だそりわ? どれどれ……。あっ、ホントに書いてある。
「ああっと、それは年末年始にニコ動で年越し生放送をする企画っす。ニコ生でフラッシュ文庫の宣伝をするんすよ。これは、あっし主導の一大イベントなんすよ。台本はあっしが作るんで、お二人共ご心配無く」
「何が、『ご心配無く』よ。あたし、年末年始は予定があったのに!」
いつもは冷静に相手に決定的なダメージを与えるしずるちゃんが、珍しく声を荒げた。
「彼氏さんと年越しっすか? 大丈夫。先方には、もう伝えてありますから」
「ええ、何で知ってるのよ。てか、どうやってアイツと連絡取ったのよ!」
自分の知らないところで、舞衣ちゃんが彼氏さんに接触したことが、しずるちゃんはショックだったに違いない。そんな彼女にも、舞衣ちゃんは平然としていた。
「あっしにかかれば、容易いことっす。有能な助手達もいますっし」
そう言って舞衣ちゃんが目をやった先には、双子の西条姉妹がいた。
「私達、これでも情報分野は得意なんですぅ」
「小さい頃から珍しがられて、色々と変なとこにも行かされてましたからぁ」
『ITなんか、得意分野なんですぅ』
と、久美ちゃんと美久ちゃんがVサインで返してきた。
「その代わりぃ、舞衣ちゃん」
「約束は守ってもらうのですぅ」
「分かってるっすよ。例のヂャニーズの年越しコンサート、バッチシ最前列を確保してあるっす」
『やったぁぁ、嬉しいぃ。さすがは舞衣ちゃんなのですぅ』
と、西条姉妹は揃って小躍りしていた。
お、おのれ。ちゃんとアメとムチを使い分けている。す、隙がない。見事な戦略だ。
しかし、しずるちゃんは、そんな舞衣ちゃんの仕打ちに、完膚なきまでに打ちひしがれていた。
「そんなぁ、ずっと前から楽しみにしてたのにぃ。あたし達、普段はなかなか会えないから、お正月には一緒に初日の出を見ようって。そう思ってたのに。ああ、何て事するのよ。ヒドイわ舞衣さん」
しずるちゃんはそう言ったきり、テーブルの前の椅子に崩れるように座り込んだ。あの、いつもはキリッとして、威厳のあるしずるちゃんが……。
そんなしずるちゃんに、舞衣ちゃんは、次のように話しかけていた。
「その代わりじゃ無いっすが、クリスマスイブの夕方から夜を空けてあるっす。二人で見る映画のチケットも、ディナータイムのレストランの予約も、バッチリ取ってあるっす。しずる先輩、ちゃんとプレゼントを忘れずに用意するっすよ。『プレゼント交換をする』って、彼氏さんには伝えてありますんで」
その言葉に、はっとしたしずるちゃんは、舞衣ちゃんに顔を向けると、
「ホント!」
と叫んだ。
「ホントっすよ。あっしのマネージメントに、隙は無いっす。しずる先輩も、クリスマスイブは彼氏さんとイチャラブデートを楽しむっすよ」
しずるちゃんを前にして、堂々と言い切った舞衣ちゃんは、威厳に満ちていた。一方のしずるちゃんはというと、
「そ、そう。ちゃんと代替案があるのなら、何の問題も無いわね。じゃぁ、年越しは千夏とニコ生ね。分かったわ。引き受けましょう。千夏、年末は一緒に頑張りましょうね」
と、輝くような笑顔で、わたしに話しかけたのだ。
(おおお、一番強固な砦と思われていたしずるちゃんが、あっさりと攻略されてしまった。うぐぐ、どしようか)
「で、でも、わたし、大勢の人の前で生放送なんて……恥ずかしくて出来ないよぉ」
と、尚もわたしは渋っていた。だが、しずるちゃんは、わたしの手を取ってしっかと握ると、
「大丈夫よ、千夏。そんなの、愛と気合が有れば乗り越えられるわ。だから頑張りましょう」
と、真剣な眼差しで、わたしを説得にかかってきた。完全に舞衣ちゃんの策略にハマっている。
「ううう、だけど……」
まだ難色を示すわたしに、舞衣ちゃんは、
「千夏部長にも、ちゃぁーんと、イブの予定を組んであるっすよ。大ちゃんと秋葉原で散策っす。その日は、東京にお泊まりっすね。そんで、翌日の二十五日には、打合せとインタビュー&撮影があるんで、編集部に直行して下せい」
と言って、ニヤリと笑った。
「ちゃんとホテルも予約してあるっすよ。あっと、分かってると思うっすが、千夏部長、ちゃんと避妊するように」
「するかー」
舞衣ちゃんの言葉に、わたしは思わず叫んでいた。
「千夏、避妊は大事よ。そう簡単に許しちゃダメ」
と、しずるちゃんが、大真面目な顔でわたしに言った。
わたしは真っ赤になって、
「まだキスも出来てないのに、いきなりそこまで出来ないよ。二人共、何考えてんのよ!」
と、またしても声を荒げた。
「あれ、おかしぃっすねぇ。大ちゃんの反応から、お二人は大分進んでると思ってたんすが」
「まぁ、千夏は奥手だから」
「そおっすよね、しずる先輩。だから、部長は、思いっきり大ちゃんと羽根を伸ばしてくるといいっすよ」
そう言って、舞衣ちゃんはもう一度わたし達の方を向くと、「ゲヒヒ」と下品な笑いを浮かべていた。
一方のしずるちゃんは、
「それより舞衣さん。イブの夜は、どんな服装がいいかしら。あたしって、編集会議用のフォーマルっぽいのは持っているんだけれど。この季節のカジュアルって、ピンとこなくって」
ああ、いいですよねぇ、美少女作家は。きっと何着ても似合うに違いないんだから。
「あっはっは、何言ってるっすか、しずる先輩。先輩なら、どんな服装でも似合うっすよ」
舞衣ちゃんが、わたしの考えと同じことを口にしていると、双子の西条姉妹が、雑誌らしきものを手に、しずるちゃんの傍までやって来た。
「先輩、先輩。こんなのどうですかぁ」
「なにかしら、久美さん」
「これです、これ。大人っぽくってキレイですよぉ」
「あら、本当ね」
最後の砦と思っていたしずるちゃんは、まんまと策にはまってしまった。彼女は、西条姉妹とファッション誌を広げて、少しばかり頬を染めていた。
それを細い目で見つめる舞衣ちゃんに、底知れない暗いものを、わたしは見たような気がした。




