ぶんげいぶ（１）

　二人で行った東京の編集部で、わたしは人生の転換点になるかも知れない提案をもらった。

　しずるちゃん原作の小説を漫画化(コミカライズ)する交換条件で、青年誌で小説の紹介をすることになったのだ。

　想定通り、親や学校への承諾もスムーズに行われた。紙面の構成や、しずるちゃん──清水(しみず)なちる先生以降の対談相手なんかも、あっという間に決まってしまった。だいたい一ヶ月くらいの時間をかけて、わたしとしずるちゃんは、編集部との幾度かのやりとりと、何回かの東京訪問を繰り返し、計画を進めてきた。

　そして、遂に問題の『週刊ヤングフラッシュ』が発売となる日が近づいてきたのだ。

　因みに、わたしとしずるちゃんは、自分達が雑誌に載ることを、家族と一部の先生以外には内緒にしていた。撮影や打ち合わせの間も、周りで騒がれるのが嫌だったからだ。

──そして発売当日……

　わたし達が、図書準備室でのんびり(・・・・)とお茶を飲んでいると、突然、舞衣(まい)ちゃんがドアを勢い良く開けて入ってきた。

「ぶ、部長！　なんすか、この写真は！」

　彼女は左手に持った雑誌のページを広げて、わたしの目の前に掲げた。

「あ、あぁ。それね……」

　わたしがなんの素振りもせずに、あやふやな返事をすると、彼女は、

「何言ってるんすか！　これ、千夏(ちなつ)部長っすよね」

　と、まくし立てた。指差されたページには、確かにわたしが写っている。

「い、いやぁ、何の事かなぁ……」

　尚もとぼけていると、

「とぼけても無駄っす。ここに『岡本(おかもと)千夏(ちなつ)』って書いてあるっす。『今号から、わたし、岡本千夏がフラッシュ文庫の紹介をしていきますね♪』って、書いてあるっす。何なんすか、これはっ！」

　はあぁぁ、やっぱりそうなるよねぇ。簡単に引き受けちゃったのは、やっぱり迂闊だったかなぁ。

「まぁ、確かにその雑誌に載っているのは、どう見ても千夏よね」

　しずるちゃんは、お茶を優雅に飲みながら、肯定するようなことを喋っていた。

　すると舞衣ちゃんは、くるりとしずるちゃんの方へ向き直ると、

「しずる先輩もっすよ。ここの、この写真はどう見てもしずる先輩(・・・・・)じゃないっすか！」

　と、またも雑誌を指差しながら叫んだ。

「あら、綺麗な人ね。作家の『清水なちる』先生って、そんな顔だったんだ」

　しずるちゃんは、舞衣ちゃんに、いけしゃぁしゃぁと言ってのけた。

「何とぼけてるっすか！　岡本部長が載ってて、一緒に写っているのがしずる先輩にそっくりな人だったら、それはしずる先輩に決まってるじゃないっすか。二人共、いつの間に雑誌に載るほど有名になったっすか！」

　舞衣ちゃんの追い込みに、わたしは、顔の前で両の人差し指をくっつけて、もじもじしながら俯くと、

「わ、わたしは……、それが初めてだよ。し、しずるちゃんは、もっと前から有名だけど……」

　と、ヒソヒソと呟くように返事をした。

　そんな時、

「やぁっぱり、千夏さんは何着てもカワイイんだなぁ～。僕は観賞用と保存用に二冊買ったんだなぁー」

　と、舞衣ちゃんの頭上から、のろけたような声が降ってきた。彼女の後ろで顔を赤くしているのは、わたしの背の君──大ちゃんだった。

　その声に、舞衣ちゃんはグルっと振り向くと、

「大ちゃんはそれで良いんすか！　大事な恋人が、いつの間にか青年誌に掲載されているのに、平気なんすか！」

「別にいいんだなぁ。千夏さんは千夏さんなんだなぁー。それにしても、カワイイんだなぁー。赤と黒のチェックのお洋服が良く似あってるんだなぁ。ぼく、また惚れ直しちゃったんだなぁー」

　と、大ちゃんは雑誌に頬をすり寄せていた。

（ま、まぁ、ちょっと変態っぽいけど……。許しておこう。わたしの方が、先に無断で載っちゃったんだから）

「あ、まぁ、大ちゃんも舞衣ちゃんも、こっちに来て。お茶、淹れるからねぇ」

「ありがとう、なんだなぁー」

　と、大ちゃんは、のっそりと山が動くようにテーブルに近づくと、わたしの隣にちょこんと腰を下ろした。なんか、まだニヤニヤしている。わたしには、それがちょっとだけ恥ずかしかった。

　それで、赤くなりそうな自分の顔が彼に見えないように、追加でもう二人分のお茶を淹れていた。

　そうするうちに、また準備室のドアが勢いよく開いて、双子の西条(さいじょう)姉妹が入って来た。

「部長、大変なのですぅ。部長にそっくりな人が、部長の名前で雑誌に載ってますぅ」

「大変ですぅ。しずる先輩のそっくりさんも、雑誌に載ってるのですぅ」

『私達、驚いちゃいましたぁ』

　と、彼女達もわたしに詰め寄って来た。

　すると舞衣ちゃんが、

「あー、久美(くみ)ちゃんも美久(みく)ちゃんも、目のつけどころが間違ってるっす。そっくりな人じゃなっくって、本人っす。どう見ても、部長としずる先輩にしか見えないっすよ」

　と、全力で訂正を求めた。

『そうなんですかぁ？』

　と、双子の二人は、同時に同じことを舞衣ちゃんに返した。

「そうっす。今、確かめたっす」

　と、舞衣ちゃんが不機嫌そうに言うと、

『すごぉいのですぅ』

　と、双子達は、揃って驚いていた。

「雑誌に載るなんて、凄いですぅ」

「綺麗に写ってて、驚きなのですぅ」

『さすがは、先輩達なのですぅ』

　と、久美ちゃんも美久ちゃんも、尊敬の眼差しでわたしとしずるちゃんを見つめた。

（ううう、純粋な瞳が眩しい……）

「先輩達が、雑誌に載るなんてぇ」

「二人共、全国区なのですぅ」

『これは、お祝いをしなくてわなりませんわぁ』

　西条姉妹ははしゃいでいた。だが、舞衣ちゃんは、

「ちがぁーう！　だから、論点が間違ってるっすぅー。二人共、部長達があっし等に内緒で雑誌に載ってるなんて、許せるっすかぁ」

　と、かなり不機嫌な様子だった。

「舞衣ちゃん、何を怒っているのですかぁ？」

「雑誌に載るなんて、凄いことなのですぅ」

　久美ちゃん達が、ポワワンとしているのが、気に入らなかったのだろうか。

「だぁーかぁーらぁーっ、二人共、どうして平気っすかっ」

　舞衣ちゃんが、尚も怒りを露わにしていると、テーブルの隅の方から声がした。

「二人共、取材されて写真も載ったんだから、けっこうなお金になったんじゃなぁい？　だったら、茶葉をグレードアップしたり、豪華なお菓子とかを持ってきてくれてもいいんじゃないかしら」

　おっと、顧問の藤岡(ふじおか)先生だ。こちらも、相変わらずズレてるなぁ。まぁ、一升瓶を持ってこいと言わないだけ、節度を守っているともいえるが。

「うおぉ、びっくりした。先生、いつからいたっすか」

「さっきから、ずっといたわよ」

「先生は知ってたっすか！」

「まぁ、顧問だし、担任だしぃ……。知ってはいたわよ」

「何で教えてくれなかったっすか！」

「え？　特に訊かれなかったから」

「キー、皆、おかしいっすよ」

　と、舞衣ちゃんは両手で頭をかき混ぜながら、まだ騒いでいた。

　わたしとしずるちゃんは、まだプンプンしている舞衣ちゃんに、事ここに至った経緯を簡単に話した。そして、皆でテーブルを囲んでいるうちに、やっと彼女も落ち着いてきたらしい。

「で、部長は、今後も雑誌に載るんすか？」

　私の正面に陣取った舞衣ちゃんは、じっとりとした目でわたしを睨んだ。

「だ、たぶん……」

　わたしは、ようよう、それだけを応えた。

　彼女は、今度はしずるちゃんの方を向くと、

「しずる先輩も、作家『清水なちる』として、小説を出していくんすか？」

「え？　あ、ああ。まぁ、そうなるわよね」

　と、しずるちゃんも、半ば、そっぽを向きながら答えていた。

「で、どうだったんすか？」

　続けて舞衣ちゃんが訊いた。

「な、何が？」

　わたしには、彼女の質問の意味が、分かりかねた。

「ギャラっすよ、ギャラ。結構、入ったんでしょう」

　舞衣ちゃんが、右手の親指と人差し指で輪っかを作った。

「ま、まぁ、それなりに……。相場は良く知らないんだけど」

　わたしは、オドオドと返事をした。そんな時も、しずるちゃんは相変わらずそっぽを向いて、優雅にお茶をお召し上がりになっていました。

　舞衣ちゃんは、そんなわたし達を見て、不満そうな口調でこう訊いてきた。

「で、部長は、どっかの事務所に入ったんすか」

「え？　いや、別に事務所とかは……」

　すると、舞衣ちゃんは、わたしの方に身を乗り出してきた。

「って事は、フリーっすよね。うぉー、間に合ったっす。これからは、部長の事はあっしがマネージメントするっす。決して安売りなんかしちゃダメっすよ」

　わたしの答えに、彼女の機嫌は百八十度変わっていた。。

「もしかして、舞衣ちゃんが不機嫌だったのって、お金(ギャラ)の事？」

　わたしがそう訊くと、

「当然っすよ。あっしを抜きにこんな勝手をされちゃぁ、儲けられないじゃないっすか。あっしなら、もっと上手にプロデュース、ア〜ンド、マネージメントをして、ガンガン儲けるっす。だから、今度からは、勝手に雑誌になんか載せられちゃダメ！　っすよ」

（ああ、やっぱりそうか。この娘(こ)は相変わらず、お金しか頭にないんだね。それで、あんなに怒ってたんだ）

　わたしのマネージャーをすると宣言した舞衣ちゃんは、タヌキの皮算用をしているのか、目を輝かせてニヒニヒと笑っていた。

　わたしは、この通常運転に、自分の将来の危うさを想起しないわけにはいかなかった……。