清水なちる(6)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。編集長から、小説のイメージガールにならないかと提案される。
・那智しずる:二年生、文芸部所属。一人称は「あたし」。学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出している新進気鋭の小説家でもある。
・千葉さん:清水なちる担当の編集員。まだ高校生のしずるを、作家として対等に扱っている。編集部の中での地位は、上の方であるらしい。
・編集長:出版社のノベル部門のリーダ。千夏を小説のイメージガールとして抜擢した。
・鍋丘:青年誌部門の編集員。何とかして、しずるをグラビアモデルに担ぎ出そうと、策略を練っている。
「岡本さん。君には『萌える惑星』のイメージガールになってもらいたい」
この編集長さんの言葉に、わたしは驚いてしまった。
「イメージガールって……、わ、わたしがですか?」
思わぬ提案に、わたしは混乱していた。
「千夏にイメージガールをやらそうって……。編集長、一体何を考えているんですか」
しずるちゃんが、詰問するように編集長さんに詰め寄った。
「清水先生、そんなに興奮しないで下さい。特に変なことをやってもらうわけではありませんよ。雑誌広告などで、『萌える惑星』や、他の『フラッシュ文庫』の作品を宣伝してもらうんですよ。本名が嫌でしたら、作中の『岡田夏希』名義でも構いませんから。どうです?」
(ええ! 急にそんな事言われても……。どしよ。わたしみたいにドン臭い子に、そんな事が出来るはずないよう)
わたしが困ってしずるちゃんの方を見つめていると、彼女は力強い目で応えてくれた。
「編集長、その案は、鍋丘さんが持ち込んだものじゃないでしょうね」
しずるちゃんは、きつい言葉で編集長さんを問い正した。
「さっき、『お昼の間に鍋丘さんが来ていた』って言ってましたよね。その時に、千夏のことを聞かれたんじゃありませんか?」
しずるちゃんの言葉に対して、編集長さんは口の端っこでニヤリと笑った。
「清水先生、君は名探偵になれるねぇ。でも、ちょっとだけ違うかな。岡本さんが、ヒロインの岡田夏希ちゃんにそっくりだってのは聞いたけれど、イメージガールになってもらおうと考えたのは僕だよ」
「どっちでも似たようなものです。あたし達は、来年から受験勉強に入るんですよ。千夏に迷惑がかかるのであれば、了承できません」
「そうですよ、編集長。彼女達は、未だ高校生なんです。だからこそ、清水先生も、『顔出ししない』っていう約束でお願いしてたんじゃないですか」
千葉さんが、わたし達に味方してくれた。
でも、ホントにこれでいのかな? わたし、ホントはどしたいんだろ?
「鍋丘さんは、千夏を引っ張り出せば、彼女を守るためにあたしが矢面に立つって考えたんだろうと思うわ。千夏をそんな事に利用するなんて、卑怯だわ」
しずるちゃんは、えらく憤慨していた。
「清水先生、それは考え過ぎでしょう。それより岡本さん。君はどう思う? 僕は、君が『岡田夏希』として『萌える惑星』を宣伝してくれれば、大ヒットすると思うんだが」
わたしは、未だ編集長さんの提案に迷っていた。
「わたしが、ですか? あ、えと……どしよかなぁ」
「千夏、嫌だったら嫌っていうのよ。勢いに負けて、引き受けちゃダメよ」
しずるちゃんは、あくまでも、わたしを守ろうと考えていたのだろう。
「でも、わたしが宣伝のお手伝いをすれば、本がもっと売れて、しずるちゃんも助かるんでしょう?」
「そ、それは、そうかも知れないけれど。……本が売れるのと、千夏が嫌な目に遭う事とは別問題よ。嫌がる千夏にどうしてもって言うのなら、あたしが『清水なちる』としてプロモーションをするわよ。それこそが、鍋丘さんの思惑なんでしょうけれど」
しずるちゃんは、断固たる姿勢を崩さなかった。
「清水先生、それに千葉くんも。君達は、鍋丘くんの掌に乗るのは嫌だったんじゃないかな。僕だって、嫌さ。それなら、こちらは独自の手を打たなけりゃならないよね。僕はそう考えたんだよ」
「それが、岡本さんの起用なんですか、編集長」
千葉さんが、そう尋ねた。編集長さんは、わたし達を見渡すと、ニッコリと笑った。
「どうだね、岡本さん?」
編集長さんの再度の問いかけにも、わたしは迷っていた。実は、わたしも『何かしずるちゃんのお手伝いが出来ないかな』、って考えていたのだ。でも……、
「でも、わたしみたいな、チンクシャが宣伝しても、足を引っ張るだけになりませんか? わたし、しずるちゃんみたいにキレイじゃないし、魅力も有るように思えないんですけどぉ」
わたしは、おどおどと応えていた。
「君は、充分に魅力的な女の子だよ。そのことは、先生が君をモデルにして書いた『萌える惑星』を読めばよく分かる。読者は、主人公の『岡田夏希』に魅力を感じ、共感し、そしてヒット作になった。違うかな?」
「そう……なんですか?」
わたしは、自信なさげに応えた。そうして、しずるちゃんの方を見上げると、
「しずるちゃん、わたしに魅力なんて、あるのかなぁ」
と、訊いてみた。すると、彼女はわたしの手を両手で包むように握ると、
「千夏は充分魅力的よ。あたしが保証するわ。あたしの書いた小説を読めば、千夏にも分かるはずよ」
と、言ってくれた。
「じゃぁ、わたし……やってみよかなぁ」
わたしはこれまで、綺麗で何でも出来るしずるちゃんが羨ましかった。わたしも、しずるちゃんみたいになりたいなぁ、とも思っていた。もし、編集長さんの言う事がほんとなら、わたしも綺麗になれるかなぁ、なんて思っていたのだ。
それで、ちょっと怖かったけど、思い切ってやってみたいと思ったのだ。
「千夏、本当にいいの? 思いつきで言ったのなら、考えなおして」
しずるちゃんは、心配そうにわたしを見つめていた。
「いんだ、わたし。わたし、しずるちゃんからいっぱい色んな事を教わったから、そのお礼なの。ほんのちょっとだけど、『わたしにも何か出来るかなぁ』なんて思ってたの。少しでも、しずるちゃんのお手伝いが出来たら良いなぁって。思いつきじゃないよ」
ホントは、『しずるちゃんに良いとこ見せよう』と思ったってこともあったんだけどね。それは言わなかった。内緒のことだ。
わたしの言葉を聞いて、しずるちゃんは、しばらく険しい顔をしていたが、少ししてこんな事を言った。
「千夏が決めたんだったら、あたしも覚悟を決めるわ。編集長、あたしも『清水なちる』として顔出しします」
それを聞いた編集の千葉さんは、
「ええ! いいんですか、先生。それこそ鍋丘の思う壺じゃないですかぁ。考え直してくれませんか」
それに対して、彼女は、
「あたしの親友が覚悟を決めてくれたのに、あたしが影に隠れたままなんて、おんぶにだっこじゃありませんか。千夏が決めたのなら、あたしも一緒に頑張ります」
と、言ってくれた。
「し、しずるちゃん、ホントにいいの?」
「だぁいじょうぶよ。千夏のことは、あたしが必ず守るから」
そう言うしずるちゃんは、いつもの強気で自信満々な彼女だった。
「でも、清水先生。あんなに顔出しを嫌がっていたのに……。本当にいいんですか?」
千葉さんは、未だ心配そうにしていた。
「ああ、勿論グラビアモデルなんてやりませんよ。それに、大学入ったら顔出ししてもいいかなって思ってましたから。プロモーションやサイン会くらい、平気でやれないとね。それを考えれば、一年くらいの誤差は許容範囲です」
「では、決まりですね」
編集長さんが、わたし達に声をかけた。
「ええ。漫画化は賛成だけど、その代わりに誌面で『フラッシュ文庫』の宣伝をしてもらう。イメージガールは千夏にやってもらう。あたしは、清水なちるとして、対談形式で登場するけれど、グラビアモデルはしない。これで、いいかしら」
編集長は笑顔で、
「うまく、まとまりましたね」
と締めくくった。
一方の千葉編集員は、まだ納得がいかないという顔をしていた。そのうち、ブツブツとしずるちゃんの言った方針を繰り返すと、
「仕方がない。この線で行きましょう」
と、最後には渋々だが賛成してくれた。
よし、今度こそ『ヤングフラッシュ』の鍋丘さんと対決だ!
勇ましいことを言ったものの、実は内心ドキドキのわたしであった。




