岡本千夏(6)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。部の面々を率いて、文化祭でも頑張っている。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで身長138cm、幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。文化祭でも、文集としずるで一儲けしようと企んでいる。今回は、「語り」を担当。
・水島由紀:文芸部のOGで、大学一年生。大学では、ミステリー研究会に所属。
・那智しずる:二年生、文芸部所属。学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。
遂にこの日がやって来た。今日は、文化祭の当日っす。
あっしはといえば、クラスの出し物の屋台で、タコ焼きを焼いていた。
「さぁさ、焼きたてのタコ焼きだよ。今が食べ頃。買った、買ったぁ」
あっしは、自分でも驚くほどの大声で客引きをしていた。
「さっちゃんも、もっと大きな声出そうよ。ほらほら」
あっしは、隣でお好み焼きを作っている級友に、発破をかけた。
「こういうのは、声が大きいもんが勝ちなんですぜ。気張って客引きしようよ」
「えー。でも、高橋さん、こんな所で大きな声を出すなんて、恥ずかしいよ」
「恥ずかしがっていては、商売にならないっす。そっちの男子、気張って声かけるっす」
そう言われた男どもは、頭を掻きながらも、果敢に客引きにチャレンジしていた。
大儲けにはならずとも、せめて差し引きトントンにはしたい。そのためには、売って売って、売りまくって、在庫を残さないことだ。
そんな事を考える一方で、あっしは千夏部長達の事を心配していた。
(文芸部の方、ちゃんとお客さん来てるかなぁ。困ってることが無いといいんすがね)
しばらくすると、あっしに声がかかった。
「高橋ちゃん、交代の時間だよ。今までご苦労様。後は、私がやっとくね」
やった、交代だ。
「ありがとうっす。じゃあ、後は任せていいっすかね」
「オッケイ、オッケイ。任せといてよ」
交代のクラスメイトは、そう言って親指を立てて見せた。
「じゃぁ、あっしは、文芸部の方に行くっすから。何かあったら、スマホに連絡してくだせい。そんじゃぁ」
と言う事で、あっしは踏み台代わりの木箱から飛び降りると、白い割烹着を脱ぎ捨てて、文芸部の展示室へと向かった。
あっしが現場に着いた時、店番をしていたのは部長一人だった。
「すんません、部長。お待たせしました」
部長はあっしを見ると、笑顔で迎えてくれた。
「あ、舞衣ちゃん。待ってたよう。今まで一人で寂しかったんだ」
「しずる先輩は、どうしたっすか?」
あっしは、一番大事な事を尋ねた。
すると、部長はちょっと苦笑いをしながら、こう応えた。
「今、クラスの方なんだ。午前中は、ずっとね」
うう、午前中いっぱいなんだ。
「もしかして、例の、コスプレメイド喫茶っすか?」
「う、うん。そなんだ。わたしが交代で抜ける時は、ネコミミだったけど……。しずるちゃん、また着替えさせられてるんだろなぁ」
「ネコミミっすかぁ。ツボを押さえてるっすね。あっしも、しずる先輩の抵抗がなければ、同じような戦略をとるはずだったっす」
(くっそう。あっちにも、やり手の軍師がいるっすね。勝てないまでも、こっちも相応の対策を立てねば)
あっしが難しい顔で考え込んでいると、
「まぁ、ホドホドにしてあげてね。しずるちゃん、朝から、写真ばっか撮られてるから」
部長は、あっしの考えを見抜いてか、そう声をかけてきた。
「やっぱりそうっすか。しずる先輩とのツーショットなんて、一生の思い出っすからね」
「男の子だけじゃないよ。結構、女の子もいてね。しずるちゃんの人気って、凄いよね」
(そうか。しずる先輩は、クラスの方でも主力として使われてるんすね。ならば、午後の戦略を考え直さなければ)
あっしが、考え込んでいると、教室の入り口から誰かが覗くような気配があった。お客さんかな?
「こんにちわ。文芸部の展示室は、ここでよかったのかな?」
やってきたのは、大学生っぽい女性だった。ショートヘアに縞のセーター。ボトムはスリムパンツといった、カジュアルな服装をしている。手にしているのは、ブランド物のポーチかな。
彼女を見るなり、部長は、
「あ、水島先輩! お久しぶりです。大学はどんな様子ですか」
「おう、千夏っちゃん。お久ぁ。あたし達が卒業する時、一人ぼっちにしちゃったから心配してたんだ。こっちの子は? 一年生?」
「そうです。高橋舞衣ちゃんです。色々な企画を立てるのが上手なんですよ」
「ふぅん。あたしは、水島由紀。ここのOGだよ。舞衣ちゃん、だったかな。文芸部は楽しい?」
あっしは、大先輩に訊かれて、
「勿論っす。千夏部長に色々教えてもらっているところっす」
「そうなんだぁ。良かったね千夏っちゃん。一年生の新入部員、入ったんだね」
「はい。わたしも助かってます」
「で、『噂の彼女』はどこ?」
そう言って、水島先輩は、部屋の中を見渡した。
「ええっと、……もしかして、しずるちゃんの事ですか?」
「そうそう、それ。学校一の美人で、文才もあるっていう、その『しずる』さん」
部長は、それを聞いて、ちょっと苦笑いをすると、
「あのう、先輩。しずるちゃんは、午前中はクラスの出し物に出てるんです。文芸部は、午後からの予定なんですよ」
と、答えた。
水島先輩は、ちょっと残念そうな顔をしたが、
「そっかぁ。じゃあ、折角だから今年の文集を見せてもらおうかな。『彼女』の実力も見たいし」
そう言われて、部長は、積んであった文集を一部抜き出すと、水島先輩に差し出した。
「サンキュー」
先輩はそう言うと、空いている椅子に腰を下ろして、文集を捲っていた。
しかし、それにしても人通りが少ないなぁ。ただでさえ地味な部活動なのに、これじゃ文集がさばけないっすよ。
あっしがそんな事を考えていると、水島先輩は、ニヤニヤした顔で部長に話しかけていた。
「ねぇねぇ、千夏っちゃん。この短編って、やっぱりあの娘が書いたの?」
「あ、あの娘って、しずるちゃんの事ですか? そうですよ。今年の文集の半分くらいは、しずるちゃんが書いてくれたんです。それが何か……」
先輩は含みを込めた笑いを抑えずに、こう続けた。
「そうだと思ったわ。巧みな文章展開。独特な擬音表現。見事な伏線の張り方。そして、回収の妙。こんな短編を、ズブの素人が書ける訳がないわよね。『彼女』、『あの人』なんでしょう」
すると、部長は何か慌てた様子で、言い返した。
「あ、『あの人』って、誰のことですか。間違いなく、それはしずるちゃんの書いた作品ですよ」
「モチロンその通りよ。誰も違うなんて言ってないわよ。私、これでも、大学じゃ『ミステリー研究会』に入っているのよ。私が推理小説が大好きなのは、千夏っちゃんもよく知ってるでしょう」
「う、ううう……」
水島先輩の言葉で、部長は口ごもってしまった。なんでだろう?
「当たり、のようね。午後からは、『彼女』、来てくれるんでしょう。それまで、待ってていいかな? ついでに、そっちの写真集も見たいし」
先輩はそう言うと、文集の隣に積み上げてあった写真集へと目をやった。
「あのう、先輩。文集もそうですが、写真集も安価で販売しております。よろしければ、この機会にセットでご購入してはいかがでしょうか」
あっしの商売人モードに、スイッチが入った。部のOGだろうが、先輩だろうが、売れそうなときには売るのが鉄則っす。
「ちょっ、舞衣ちゃん。先輩にそんなの、失礼だよぉ」
「しかしっすねぇ、部長」
「ああ、いやいや。その娘の言う通りだよ。セットだと、値引きとかあるの?」
「値引きはしませんが、この『しずる先輩直筆サイン入り生写真』が付いてくるっす」
「ほう、それはなかなかのお値打ち品だね。よし、じゃぁ、二冊セットで」
「まいどありぃ」
「もう、舞衣ちゃんは、商魂たくましいんだからぁ」
と、部長は文句を言ってたけれど、これで1セット売れたぁ。グフフフ、この調子で午後は売りまくるぞぉ。
てな感じで、文化祭の午前の部は、滞りなく進んでいったのだった。




