岡本千夏(5)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。ひとつ下の大ちゃんが彼氏。文化祭に向け、文集の作成の音頭を取っている。
・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。文化祭も文集で一儲けしようとしているらしいが……。今回は、「語り」を担当。
・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。その見かけに反して、裁縫やイラスト、パソコンの組立などの細々としたことが得意だったりする。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった過去がある。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。姉よりもホンの少し積極的、かな?
彼女達二人は、髪型をサイドテールに結んで違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。イラストやポスターの作成で活躍していたり、意外と多芸だったりする。
待ちに待った文化祭を週末に控えて、文芸部だけでなく、学校全体が活気を呈していた。
あっし等一年生にとって、初めての文集も、ラストスパートをかけていた。
「本番までには未だ数日あるけれど、部数刷って製本する時間を考えると、今日のが最終校だからね。皆、誤字とか特に注意してね」
千夏部長の熱い激が飛ぶ。あっしも、今、血眼で原稿をチェックしているところだ。
「ページ数の変わった人がいたら、教えてくださいー。構成に反映しますからぁー」
大ちゃんも、原稿の取りまとめ役で頑張っている。
「舞衣ちゃん、合宿の時の写真て、どこだったっけ?」
「あー、部長。その時の写真や他の写真も、サーバーの『Photoフォルダー』に分類して入ってます。適当に使って下さい」
「舞衣ちゃん、ありがとう。大ちゃん、こっち来て。熱海の時のレポートなんだけど……。この写真はもっとはっきりしたのに差し替えて欲しいの。看板が隠れてて、何のお店か分からないでしょう」
「あ、そうなんだなぁー。了解です。差し替えますぅー」
千夏部長は、大ちゃんを呼ぶと、そう指示をしていた。熱海合宿のレポートとかも、大ちゃんの担当だった。
(熱海合宿かぁ。海鮮丼とか美味かったなぁ)
てな事を考えていると、<グゥ>とお腹が鳴った。うっひゃぁ、恥ずかしい。
「ふぅ。あたしも、何かお腹空いてきたな。千夏、一旦休憩して、ティータイムにする?」
「そだね、しずるちゃん。皆、一息入れよ。今日は、お茶とコーヒーと、どっちがい?」
「じゃぁ、ガツンと来るコーヒーで」
『賛成。私達もそれでお願いしますぅ』
「それじゃ、あたしも、コーヒーでお願いするわ」
皆の意見が一致した。
「よし! じゃ、コーヒーね。特製の『ガツンと来るやつ』で淹れよう。ちょと待っててね」
部長はそう言うと、コーヒーを淹れに席を立った。
「やっぱり、おんなじ文章ばかり見てると、脳が麻痺しちゃうの。それで、どこが良いか悪いかも、分からなくなっちゃうのよね。適度の休憩は必要なのよ」
「そうっすね、しずる先輩」
あっしは、フォローしてくれた先輩に感謝していた。やっぱり、年頃の女の子がお腹鳴らすなんて、恥ずかしいっすからねぇ。しずる先輩の、こういうところで細かい気遣いをするところには、さすがって思ってしまうっす。これで、歳が一個しか上じゃないなんて信じられん。あっしも、来年になれば、あんなふうになれるのかな? まぁ、今回は目の前の事で頑張ろう。
「コーヒー、出来たよぉ」
千夏部長がコーヒーの入ったマグカップを乗せたお盆を運んできた。
「部長、ありがとうございますぅ」
「熱いから、気をつけてね」
それぞれ自分のカップを手に取ると、コーヒーを口に運んでいた。時々、お菓子もつまむ。
「う〜ん、やっぱり千夏のコーヒーは最高ね。今度、淹れ方を教えてよ」
しずる先輩がそう言った。
『私達にも教えて下さいませぇ』
こっちは双子の西条姉妹ね。
「ブレンドした豆から挽いているからね。ちょっと面倒だけれど、頑張れば良い味と香りになるんだ。そだね、機会があったらね」
と、部長はニッコリ笑って、そう応えた。そして、こう付け加えた。
「えーと、それじゃ、皆そろってるし、ついでだから今後の予定を話しておくね。文集の最終校は今日の夕方──そうだねぇ、四時まで。それで、一冊作って最終チェックをします。これが今日までのノルマ。それから、当日まではプリンターでガンガン印刷して、製本します。えーと、取り敢えず、百部くらいかな」
「了解したわ。千夏、当日の部屋のセッティングは?」
「当日はね、前にも言ったけど、二階の一年生の教室を半分借りて使います。この図書準備室は、図書室が当日閉館になるから、使えないんだ。間仕切りとか、掲示とかは皆で協力してやろうね。ポスターの掲示も、手分けして。これが文化祭直前の明後日にすること。過去に作った文集も、保管しているバックナンバーを持って行って並べるよ」
部長がそこまで言った時、久美ちゃんが手を挙げた。
「あのう、部長。私達、文化祭の前日は、クラスの準備が少しあるんですけど……。どうしたらいいでしょうかぁ?」
「ああ、その辺は、皆で融通をつけながら、臨機応変に対応してね。部活の出し物との掛け持ちの子は多いから、ちゃんと言えば解ってもらえるよ」
「分かりましたわぁ」
と、久美ちゃんは答えると、ホッとして妹の美久ちゃんと顔を見合わせた。
「そういや部長達のクラスって、何を出すんですかい?」
あっしがそう訊くと、部長としずる先輩は、「えっ」という風な顔をして苦笑いをした。
「サテン、茶店よ」
「そ、そう、茶店なんだぁ」
二人は、何故か口籠ってそう応えた。
「怪しいっすねぇ。普通の茶店っすかぁ」
あっしは、ちょっと探りを入れてみた。
「えっとぉ、そのう……、メイド、喫茶なんだ。しずるちゃん、メインで」
「何スカ、それ?」
突然にそう言われて、あっしは訝しんだ。
「あっとぉ、そのう……。この前に出した写真集で、クラスでもしずるちゃんが注目されちゃったんだ。でね、『しずるちゃんのコスプレ』を中心にした茶店を出すことになったんだ。ついでに、写真集も増刷して売るんだって」
な、何ということだ! 部長達のクラスも、あっしと同じ事を考えていたとは。
「そりゃマズイっす。文芸部だって、しずる先輩のイチオシで文集と写真集を売るつもりだったのに。もしかして、しずる先輩は、クラスの方に取られっぱなしっすか」
あっしは、焦ってそう尋ねた。
「えーと、そうね。あたしは文芸部の方もあるから、時間で区切ってシェアする事になってるわ。ちゃんと文芸部に来る時間も確保されているから、心配しないで、舞衣さん」
「いやいやいや。心配するっすよ。なにせ、売上に響きますから」
「まぁね。そう言うと思ってたわよ。大事なのは売上なのね。あたしじゃなくって」
しずる先輩は、丸淵の眼鏡をキラリと光らせるように顔を斜めに傾けると、あっしを睨みつけてきた。
「い、いや。勿論、しずる先輩の方が大事っすよ。当然じゃないっすか」
「金の成る木だから?」
先輩はちょっとイラッとした調子で即答した。で、あっしも、つい、
「勿論、そうっす」
と、脊髄反射で応えてしまった。
「やっぱりそうかぁ。いい加減にしなさいっ!」
と、いつもの如く、先輩のお怒りをかってしまった。
「ズビマセン」
と、あっしは謝ると、コーヒーを飲んで誤魔化していた。
「まぁまぁ、それくらいで。皆、クラスの出し物もあるから、スケジュールは臨機応変に調整してね」
との部長の言葉で、この件は一旦区切りがついた。
「そう言えば、美久さん達のクラスは何を出すの?」
しずる先輩が、興味深げに西条姉妹に訊いた。
「私達のクラスは、人形劇をするんですのよぉ」
「小さな舞台を作ってぇ、可愛いお人形を使ってぇ、童話のお芝居をするんですのよぉ」
と、二人がニッコリ笑って、そう応えた。
「へぇ、面白そうだね。わたしも、どっか時間の空いた時に觀てみたいなぁ」
可愛い人形劇と聞いて、部長は興味が湧いたようだ。
「舞衣さんのところは?」
一方のしずる先輩は、あっしにもクラスの出し物を訊いてきた。
「あっしのクラスは、出店っす。タコ焼きと焼きそばを作って売るんすよ。是非、味わいに来て欲しいっす。そして、売上の増進に一役買って欲しいっす」
クラスの出店にも、あっしは心骨を注いできた。元を取るために、文芸部の皆にも宣伝しなくてわ。
「舞衣ちゃんちも、面白そだね。大ちゃんのところは、特大のハリボテを作るんだよね」
千夏部長は、隣に座っている彼氏を見上げなから、そう言った。一方、急に訊かれた大ちゃんは、ちょっと口ごもりながら、
「は、はい、千夏さん。そうなんだなぁー」
と、応えていた。大ちゃんは、見かけによらず器用だからなぁ。彫刻とか、ハリボテとか、こういったモノを作るの得意なんすよね。
あっし達は、クラスの文化祭の出し物のことも交えて、仕事を忘れてしばらく談笑していた。
「さぁーて。じゃぁ、続きに取り掛かりましょう」
しずる先輩は、両腕を天井に向けて伸ばすと、大きく伸びをしていた。
「そだね。頭もリフレッシュしたし、始めましょ」
部長もそう言って、テーブルの上のマグカップを片付け始めた。
さぁ、泣いても笑っても、今日が〆切っす。
初めての高校文化祭、あっしも頑張るぞぉ!




