守山千尋（３）

　遂にその時が来た。今から写真集(フォトブック)『ぶんげいぶ』の発売だ。

　手渡し係はしずるちゃんだ。さっき、手鏡で髪の毛とかをお手入れしていた。

　会計は西条(さいじょう)姉妹。ちゃんと出来るかな？　お釣りとか間違えないでね。

　で、わたしと大ちゃんが、しずるちゃん達の補佐である。

　さて出撃だ！

　しずるちゃんは写真部部室の戸を開けると、優雅な足取りで廊下に出た。既に写真部の人達がテーブルと椅子を用意してくれていた。

「随分お待たせしましたが、只今から写真集の発売を行います。今回は予約者に限ってですので、会計の際には、予約券をお見せ下さいね」

　しずるちゃんが笑顔でそう言った。列に並んでいる学生達から声が溢れていた。

　わたしと大ちゃんは、写真集の束を抱えてしずるちゃんの側に座った。その向こうに、久美ちゃんと美久ちゃんが、お釣りの入った箱などを持って机に座った。

　さて、販売会の始まりだ。ダイジョブかな？　少し心配になってきた。

「番号十三番さんですね。三冊で七千五百円になります」

「は、はい。これで……」

「一万円ですね。お釣りが二千五百円になります。こちらでお受取り下さい」

　と、久美(くみ)ちゃんがテキパキと会計をすると、お客さんが横のしずるちゃんの前にやってくる。

「三冊ですね。ありがとうございます」

　と、しずるちゃんが、三冊の写真集を手渡すと、

「あ、あ、あ、ありがとうございます！」

　と言って、本を受け取った男子は真っ赤になって駈けて行ってしまった。

　だいたいがこんな調子である。当面は上手くいっているようだ。

｛大ちゃん、在庫とかダイジョブ？　少なくなってきたから、もう一回、取って来てくれないかな｝

｛分かったんだなぁ｝

　わたしと大ちゃんは、小声でやり取りしながら裏方をこなしていた。もう半分くらいは販売したかな？　確か五百冊くらい売るんじゃなかったっけ。しかし、舞衣ちゃん達のマーケティングで、恐ろしい勢いで売れてゆく。

　一冊二千五百円で、五百冊だと、……え？　百二十五万円！　スゴイ金額だ。舞衣ちゃんじゃないけど、夢中になるはずだ。久美ちゃん達、お金の管理、ダイジョブかな？　スゴイ金額だけど、この後どするんだろ？　印刷屋さんとかに、お金払うんだよね。

　まぁ、お金に関しては、舞衣ちゃんと荒木部長に任せっきりなんだが。あの二人なら、きっと何とかなっているだろう。と、わたしは、分からないものだから勝手に想像していた。

　二時間ほど経ったろうか。ようやく最後尾が見えてきた。はぁ、しんどかった。美久ちゃんの脇の箱の中には、一万円札がどっさり入っていた。なんせ、百二十五万円だもんね。

（あ、そだ。守山先生に頼まれていたんだ。十二冊取っとかなきゃ）

　わたしは図書室で言われた事を思い出していた。きっと、後でこっそりと渡すんだろな。見つかったら職員会議で問題になりそうだ。

　わたしは、写真集の在庫から十二冊を引き抜くと、手近の紙袋にそっと仕舞った。

「三百二十八番さんですね。お待たせしました。二冊でよろしいでしょうか？」

「は、はい。これでお願いします」

　と、最後の男子生徒が五千円札を久美ちゃんに手渡した。

「ちょうど、いただきます。本はこちらでお受取り下さい」

「二冊ですね。長いことお待たせしました。どうぞ」

　と、しずるちゃんが、笑顔で写真集を手渡すと、

「あ、ありがとうございます」

　と言って、最後の本が売れた。

「ふう。やっと終わったね」

「あ〜〜〜ぁ、肩凝った。おすましも長時間だと、顔引きつるわぁ」

　しずるちゃんが、伸びをしながらそう言った。

「しずるちゃん、ご苦労様。後で大ちゃんに指圧してもらう？　すんごく上手いんだよ」

「へぇ、そうなんだ。千夏もやってもらったの？」

「う、うん。気持ちよかった……」

　わたしは、先週末に大ちゃんを家に呼んだ時のことを思い出していた。結局、あの時も二人っきりになれたけど、キスまで持ってけなかったんだよなぁ。ううう、わたしの意気地なし。

「そっか。じゃぁ、この後、大作くんを借りちゃおうかな。いい、千夏？」

「うん、いいよ。大ちゃんには、わたしから話しとくね」

　と、応えた。すると、廊下の向こうから、わたしは声をかけられた。

「やぁ、問題なく販売できたようだね。集金とか合ってる？」

　写真部の荒木先輩だ。

「それは、今、私達で計算しているところです」

　美久ちゃんが、荒木部長に応えた。

「初回予約分、四百九十二冊かぁ。百万超えるよねぇ」

　荒木部長が感慨深げに言った。

「何人か、受け取りに来ていない方がいますが、今日売れた分の帳尻は合っていましたぁ。確認をお願いしますぅ」

　久美ちゃんがそう言って、現金の入った箱と予約券を、荒木部長に渡した。

「ありがとう。後で確認しておくよ。あれ、岡本さん、これは？」

　荒木部長は、わたしの足元の紙袋の中身に気が付くと、そう質問してきた。

「ああ、これは知り合いに頼まれたんです。今日は取りに来れないって言うんで」

　荒木さんはわたしの顔をじっと見つめていたが、

「ああ、ナルホドね」

　と、したり顔で頷いた。何を察したんだろうか。少し、不気味だった。

「あ、そういや、あたしも頼まれてたんだ。四冊持って行って良いですか？　お金はここで払いますから」

　それを聞いた荒木さんは、

「いいよ。那智さんも知り合いから？」

「そうです。あたしの弟の知人が、何処かから嗅ぎつけたらしくって。未だ中学生なのに、おませさんですよね」

「ははは、それは大変だな。じゃあ、四冊どうぞ。……ああ、ありがとう。一万円ちょうどだね」

　そう言って、二人はお金と写真集を交換した。

「すいません、荒木さん。わたしの分の十二冊は後で払うって事でいいですか？　今立替できるだけ、お金を持ってないんです」

「ああ、いいよ。じゃぁ、忘れないようにメモっとくか。えーと、岡本さんに十二冊……と」

「すいません、お手間取らせます」

「いいよ、いいよ。何にせよ、売れたんだから。今日はご苦労さん。後始末は僕らでやっとくから、ゆっくりしなよ」

「ありがとうございます。わたし達は図書準備室にいますから、何かあったら声をかけて下さい」

「分かったよ。今日はお疲れ様」

「お疲れ様でした」

　と、わたし達はそう言って、撤収したのだった。

　図書準備室で、わたし達は休憩していた。

「みんな頑張ったね。やっとこさの休憩だから、お茶でも淹れるね。今日はウエールズにしようと思うけど、どかな？」

「あたしは、ウエールズでいいわよ」

『私達もそれでお願いします』

　ということなので、今日の紅茶はウエールズになった。

　わたしがお茶を蒸らしている間、各自それぞれ好きなことをしていた。特に、大ちゃんは写真集をめくっては、うっとりした表情を浮かべていた。

（大ちゃんは、正直だからなぁ。きっと、わたしの写真を見ているんだろうなぁ）

　などと、わたしは自惚れた事を考えていた。

　あ、時間だ。わたしは温めていたカップに紅茶を注ぐと、テーブルに運んでいった。

「お待ち道様。お茶が出来たよ」

「悪いわね、千夏」

　しずるちゃんが、わたしを見上げながらそう言った。

　わたしが皆にお茶を配っていると、準備室に舞衣ちゃんが入ってきた。彼女は、代金精算のため、写真部と話し合いをしていたのだ。

「お疲れっす、部長。売上の配当の件は、ナシつけて来ましたぜ。おっと、今日はお茶の香りが違いますね」

「今日はウエールズだよ。ちょっと待っててね。舞衣ちゃんの分もすぐ淹れるから」

　わたしはそう言うと、残ったお茶を一杯注ぐと、テーブルに戻ってきた。

「しかし、何ですね。随分長い間やってきたような気がするのに、終わってみると呆気ないっすねぇ」

「舞衣ちゃんは、特に頑張ってたもんね」

「そうなんだなぁー」

「そういや、売上は何に使うの、舞衣さん。どうせ、例のキャッシュフローとかを考えてるんでしょう」

　しずるちゃんが、舞衣ちゃんにそう訊いた。すると、彼女は頭を掻きながら、

「いやぁ、今回は特に考えてないんすよぉ。欲しい物は、しずる先輩の写真の売上で、だいたい揃っちゃいましたからぁ」

　しずるちゃんはそれを聞いて、ちょっとイラッとした顔をしたが、鋭い目付きでこう言った。

「で、だいたい、いくらぐらい儲けたの？」

「文芸部の分で、概ね三十万くらいっすかね」

「ええっ、三十万！　舞衣ちゃんは凄いのですぅ」

　美久ちゃんが驚いていた。

「確かに凄いわね。じゃぁ、文芸部のパソコンを更新したら。もう少ししたら文化祭の準備をするのだから。文集だって、作らなきゃね」

　と、しずるちゃんが提案してくれた。

「そだね。秋には文化祭があるんだった。舞衣ちゃん、パソコンってのは金額的にもちょうどいいと思うんだけど」

　わたしも、しずるちゃんの案が良いと思った。

「う〜ん。んじゃぁ、考えとくっす。大ちゃんに手伝ってもらって、部品から組み立てれば、そうとう高性能のパソコンが手に入るっすよ」

「それもいいけど、あたし的には、ワープロソフトとＤＴＰソフトにお金をかけて欲しいわね。自分達で刷る時も、印刷所に持ち込む時も役に立つから」

「わかりやした」

　と言う事で、写真集『ぶんげいぶ』の初回販売会は、大成功のうちに終わったのだった。

　文化祭の準備の為の資金も手に入ったし、なかなか良いんじゃないのかな。