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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
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花澤彩和(4)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。年下彼氏の大ちゃんとの距離を詰めようと奮戦している。

・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。その見栄えに反して手先が器用で、多彩な技能を隠し持っている。


・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。

・花澤彩和:写真部の副部長兼スタイリスト。スレンダーなボディーで漢前なお姐さん。ルポライターを目指しているらしいのだが……。


・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部の一年生。大ちゃんの幼馴染。一人称は「あっし」。ショートボブで、身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。









 大ちゃんと天体観測の日、わたしは夕方六時過ぎに待ち合わせ場所の公園に来ていた。


 服装は、昨日しずるちゃんにアドバイスを受けて、ライトブルーのタンクトップに萌葱色のミニスカートだった。左肩にクリーム色のトートバッグを引っ掛けている。中は勿論、レジャーシートと特製のお茶の入った水筒だ。

 足下は、少しでも大ちゃんに近づきたくて、やや踵の高いサンダルを履いてきた。山道にはちょっとキツイかな? まぁ、山というほどの山じゃぁ無いからダイジョブだろう。

 夏だからかなぁ、思ったより暗くなるのが遅かった。未だ、仄白く太陽の名残が残ってる夕空だった。

 しばらくすると、

千夏(ちなつ)先輩ぃー」

 と、いつもの、のほほんとした声に呼ばれた。大ちゃんだ。

「すいません。僕から誘っといて、遅れちゃって」

「ダイジョブだよ。未だ六時半来てないし。それに、未だ星もあんまり見えないしね」

 と、わたしは大ちゃんをフォローした。

「じゃぁ、大ちゃん。少し明るいけど、今のうちに場所確保しちゃおうよ」

「そうしましょー」

 と言う事で、わたし達は公園の向こうの小山の頂上を目指して歩き始めた。

「大ちゃん、この山ってさぁ、『古墳の跡地じゃないか』って噂があるんだって。知ってたぁ?」

「そうなんですかぁ。古墳て大昔の偉い人のお墓ですよねぇ。お化けとか、出ませんよねぇ」

 大ちゃんて、意外と怖がりなんだ。お化けかぁ。ま、どっちかってゆーと、出て欲しくないなぁ。お化けであろうと誰であろうと、今夜は誰にも邪魔しないで欲しかった。

「そだね。今日は流星を見るんだよね。空、晴れて良かったね」

「そうなんだなぁ。今日一日中、七夕の気分だったんだなぁ」

 ああ、なる程、七夕かぁ。アレって、考えようによっちゃ、遠距離恋愛だもんねぇ。

「あっ、そだ。大ちゃん、虫除けしてる? 山だから必要と思って」

 わたしはそう言って、虫除けのスプレーを取り出した。

「ありがとうなんだなー。ち、ち、ちち、千夏先輩は、もう塗りましたかぁ」

「うん。ダイジョブ。じゃぁ腕をを出して。顔とかは、手にかけるからそれを塗ってね」

 そう言いながら、わたしは、大ちゃんの腕と手に虫除けをスプレーした。

「香り変じゃない? 気持ち悪くない?」

「大丈夫なんだなぁー。やっぱり、千夏先輩は気が利くんだなぁ」

 へへへ、大ちゃんに褒められちった。これも、しずるちゃんのお陰なんだけれど。あー、昨夜(ゆうべ)相談しておいて良かったぁ。さっすが、気が利くわ、しずる先生。拝み拝み。


 そんな事をしながら、わたしは大ちゃんと小さな山を登っていた。山道は整備されていて、コンクリートの階段とステンレスの手すりが付いていた。小山を斜めに回るように階段を登ると、すぐ頂上だった。しばらく道なりに進むと、小さな展望台の有る広場に出る。

 わたしは広場を見渡すと、そこから少し離れた斜面にレジャーシートを敷いた。そして、大ちゃんに座るように薦めた。空はようやく暗くなり、星々が光を取り戻しつつあった。わたしは、バッグからステンレスのマグカップと水筒を取り出すと、作ってきた紅茶を注いで、大ちゃんに渡した。

「はい、大ちゃんの分。流星が見えるようになるまで、未だちょっと掛かりそうだから、お茶にしよう」

「ありがとうなんだなぁー」

 大ちゃんは、わたしからマグカップを受け取ると、ふうふうしながらお茶を飲んでいた。

「こんなところでまでお茶なんて、何か部室に居るみたいなんだなぁー。他の皆が居ないのが不思議なんだなぁ」

「そう言えばそうだね。ごめんねぇ。わたしが気が利かないから、二人っきりの時間が全然無くって」

「そ、そんな事無いんだなぁ。合宿の時に夜空を見た時も、最後は二人っきりだったんだなぁー」

「あっ、覚えてたんだぁ。あの時は、皆が気を利かせてくれたんだよね」

「僕は、皆とお茶している千夏先輩も好きなんだなぁ。何故か、あの部室は落ち着けるんだなぁ。僕は昔からこんなで、我を忘れると大惨事を引き起こしたりしたから、友達らしい友達も舞衣(まい)ちゃん以外に居なかったんだなぁー。そんな僕を、好きって言ってくれたのは、千夏先輩だけだったんだなぁ。だから、それだけで……、千夏先輩がそこにいるだけで、嬉しいんだなぁ」

「あっと、そなんだ……」

 大ちゃんがそう言うのを聞いて、わたしは息が詰まる思いがした。大ちゃんがこの事に触れるのは二度目だけど、小さい時から皆に嫌がられて、距離をとられるのってどんな気持ちだろう。小さい子は、時に残酷なくらい正直だ。それに、小さい子の母親達も、残酷なくらい子供達を大事にする。そんな事が小さい時から積み重なるって、どんなに辛かったろう。

「ゴメンね、大ちゃん。どうして、わたし、もっと早く大ちゃんに会えなかったんだろ。そしたら、大ちゃんに、そんな思いをさせなかったのに」

 わたしはバカだ。大ちゃんが他人に対して『好き』って言うのに、どんなに思い悩んだか。そんな事も知らずに、今まで大ちゃんの横に居たなんて。そんな自分が恥ずかしかった。

「ど、どどど、どうしたのかなぁー。ち、千夏先輩、何で泣いてるのかなぁー。僕、何か悪いことしたかなぁ。謝るから、許して欲しいんだなぁー」


 大ちゃんが困った顔をしている。そのガッチリした体格とは裏腹に、脆くて壊れやすい心を持っているんだ。だから、余計自分に厳しくて、すぐ謝ったりするんだ。大ちゃんは何も悪くないのに。


「大ちゃんは悪くないんだよ。何も悪くない。わたしが知ってるよ。わたしが見てるから。だから、そんなに謝らないで。……ゴメンね、大ちゃん。わたし、今まで気が付かなかった。大ちゃんがどんなに不安でいたか、全然分からなかった。でも、今なら分かるよ。公園で大ちゃんを待っていて、『もし大ちゃんが来なかったらどしよう』って思ったら、すっごく不安になったの。大ちゃんは、もっと小さい頃から、ずっと不安だったんだよね。でも、もうダイジョブ。わたしが居るから。こんなチッチャイわたしじゃ不安かも知れないけど、そのうちにわたしも強くなるからね。だから、謝らないで。もっと自分に自信を持ってよ。大ちゃんは素敵な人なんだから」

 わたしは涙を拭いて、大ちゃんを見上げた。何だか不思議そうな顔をしている。ふふふ、可愛いなぁ。大ちゃんの事、もっと知りたいなぁ。今度、舞衣ちゃんに訊こうっと。幼馴染って言ってたもんね。

 そんな時、目の隅を光が走った。

「あ、流れ星だ。見えた? 大ちゃん」

「あっ、見逃したんだなぁ」

 わたしは、レジャーシートに横になると、傍らをポンポンと叩いた。

「ほら、ここに横になって。もう、天が綺麗だよ」

 大ちゃんは小さく頷くと、お茶をグイッと飲み干した。そして、わたしの側で横になった。大ちゃんの頭が、わたしのすぐ横にある。

 ふうん、こんなんだったんだぁ。いつも見上げてばかりいたわたしには、大ちゃんの横顔がちょっと新鮮だった。

「あっ、また流れたんだなぁー。って、あれ。千夏先輩、ドコ見てるのかなぁ。空を見ないと流星は観測できないんだなぁー」

「え? いいの。流星ならいっぱい見えるよ、大ちゃんの瞳の中に。何か不思議。こんなにすぐ近くに大ちゃんの顔があるなんて。いつもは、見上げてばっかりだったから」

「僕も、不思議です。いつもは見下ろしてばかりで、ちゃんと正面から千夏先輩の事を見てなかったような気がします」


 わたしが見つめている大ちゃんの瞳の中に、わたしが見えているような気がした。


 いつの間にかシンと静かになった夜空の下、わたしと大ちゃんの顔が、自然に近づいて行った。もう少しで唇が重なる。大ちゃん、好きだよ。


『ガサッ』


 その時、すぐ近くで何かが動く気配があった。わたしは慌てて、大ちゃんから顔を離した。大ちゃんは、素早く立ち上がると、

「誰だ!」

 と言って、拳を強く握りしめていた。


(誰? こんな所で覗き? チカンとかだったら、ヤだなぁ)


 わたしがそんな事を思ってると、茂みの影から見知った顔が見えた。

「しずる先輩! それに花澤(はなざわ)先輩も。こ、こここ、こんなところで、どうしたんだなぁー」

 意外な人物の登場に、大ちゃんが、拍子っ外れな声を出した。

 彼の言う通り、茂みから出てきたのは、しずるちゃんと花澤先輩だった。


「あーと、千夏。ゴメン、邪魔しちゃって。覗くつもりは無かったんだよ。覗くつもりは」

 と言うしずるちゃんは、ノースリーブの白いブラウスにデニムのスリムパンツを履いていた。頭の真後ろから結ってある三つ編みが、涼しいそよ風に揺れていた。スポーティーな格好をしていても、彼女の美しさは一筋たりとも失われていなかった。


「あっははは、悪かったねぇ、お二人さん。一番良い所を邪魔しちゃって」

 そう言う花澤先輩は、しずるちゃんとは対照的に、ダークグリーンのスリムなワンピースだった。首にはちゃっかりと、C社の高級一眼レフデジタルカメラがぶら下がっていた。そう言えばしずるちゃんも、最新型のスマホを片手に持っている。


「何ですか、二人共。カメラ構えちゃって、覗く気マンマンじゃないですか。後ちょっとだったんですよ。後、一センチくらい。こんなくらい。こ、この短くて長い距離を埋めていくのに、どんなに体力と気力を使ったか! 分ってるんですかっ!」

 わたしは涙目になって、二人に訴えていた。

「ゴメン、ホントにゴメン。昨夜の電話から、ちょっと千夏の事が心配になって。覗く気は無かったんだよ。ホント、すいません」

 いつに無く低姿勢なしずるちゃんに、わたしは思わず『プッ』と吹き出してしまった。

「な、なによ、千夏。あたし、どこか変だった?」

 いつもの気位の高い彼女と打って変わって、済まなさそうな彼女は、借りてきた猫のようだった。勿論、それは、血統書付きの高級な猫ちゃんなんだけれど。

「変だよしずるちゃん。しずるちゃんは、もっと偉ぶって女王様みたいじゃないと」

 わたしがそう応えると、彼女はいつもの表情に戻った。

「え? あたし、いつもそんなに偉そうにしてる? それは心外だわ」

 ついさっきまで低姿勢だった筈のしずるちゃんは、背をすっくと伸ばすと、反論を始めた。

「偉そうだよ、しずるちゃんは。いつも、自信家で、すぐに先回りされるし。いつも、二歩も三歩も先読みしてるし。いつものしずるちゃんは、綺麗で凛々しくて、わたしが『敵わないなぁ』って思ってるしずるちゃんだよ。で、どうして花澤先輩も居るの? もしかして、しずるちゃんがリークした?」

 わたしは、もう彼女達を怒ってはいなかった。しずるちゃんも、それなりにわたしの事を心配してくれたんだなぁって思ったから。

「あ、あたしは、リークなんてしてないわよ。花澤先輩とは、公園で偶然遭っちゃったのよ」

 無実を訴える彼女に、わたしは、少し嫌味っぽく質問してみた。

「じゃぁ、何で花澤先輩は、完璧な取材体勢、な・の・か・な?」

「千夏、ホントにホント。あたしも知らなかったの。本当に偶然に出遭ったのよ」

 しずるちゃんは、焦りながらも、全否定した。ふむん、嘘では無いようだ。今度は、ジロリと花澤先輩の方を睨んだ。

「ゴメン、千夏さん。私は昨日のお喋りから今日の事を推理した結果、ここに辿り着いたんだよ。しずるさんは悪くないのよ。『記者の勘』ってやつでねぇ。スマンねぇ、大事な時に邪魔しちゃって」

 と、何の悪びれもなく、頭を掻きながら近付いて来た。

「ホントにもう。こっちは一生事だったんですよ。ね、大ちゃん」

 そう言って見上げた大ちゃんは、笑ってない笑みを浮かべて、拳を握りしめていた。あああ、こんな所で、怒りを爆発させないで!

「大ちゃん、もういいでしょう。仕方ないよ。でさ、大ちゃん、今度、わたしんち、おいでよ。お茶ご馳走するから。ねっ」

「ち、千夏先輩がそこまで言うのなら、……仕方ないです」

 と言って、拳を下げてくれた。あー、危なかった。もし、大ちゃんのアングリーモードが発動したら、死人が出るとこだった。ふぅ。


「ふぅー、助かった。ゴメンね大作くん。ホントにごめんなさい。今度、写真部と交渉して、千夏の可愛らしい写真をたくさんもらってくるから。ゴメンね、それで許して」

 そう言われて、大ちゃんは渋々大人しくなった。

「ほ、本当ですね。約束! 約束ですからねぇ」

「ホントよ、本当。約束するわ。ところで、大作くんは、キレイなのとキワドイのと、どっちが良い?」

「あっ、えーと、出来れば両方を……」

「了解。大作くん、あたしに任せておいて。勿論、花澤先輩も協力してくれますよね」

「ははは、勿論だよ。この間の撮影のメイキングの中に、お宝写真があったはずだから。任しといて」

「じゃぁ、契約成立ね、大作くん」

「成立なんだなぁー」

 と言った大ちゃんは、何故か今日一番良い顔をしていた。


 でも、わたしの『お宝写真』て何? いったい、どんな風に写ってるんだろ。少しだけ心配になってきた、わたしだった。




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