藤岡淑子(8)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。文芸部の合宿と称して熱海にやって来ている。
・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。重度の不眠症を患っている。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで、身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。その上、性格がオヤジ。合宿では、デジカメ担当。
・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。熊をも倒す豪腕の持ち主ながら、彼女の千夏には頭が上がらない。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった過去がある。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。どちらかというと、姉よりもホンの少し積極的。
彼女達二人は、髪型をサイドテールにして違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。小さい頃からイジられてきたので、コスプレ写真の撮影なんかも平気だった。
・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば、超のつく美人と言われている。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。かなりの酒豪で、潰した男は数しれず。
・民宿の皆さん:おじさん、おばさん、息子さんの三人で、民宿の経営をしている。おじさんも息子さんも酒豪を自称していたが、呑み比べで藤岡先生に大敗した。
今日は、熱海合宿の最終日。太陽の陽射しは暑かったが、海からの風が心地よかった。
「今日の朝ご飯は、焼ジャケと肉豆腐、玉ネギの味噌汁だよ。焼き海苔もあるからね。おこんこもね」
わたし達は、簡単ながら田舎の愛情のこもった朝ご飯に箸をつけていた。
「今日、帰りなさるんかね」
民宿のおばさんに訊かれて、
「ええ、今日の午後の新幹線に乗ろうと思います」
と、わたしは応えた。
「部長、午前中はどうするっすか?」
舞衣ちゃんが、今日の計画を確認してきた。
「うん、予定通りだと、駅前付近の聖地を巡る予定だったよね」
「確かぁ、志賀直哉のお気に入りのお店とかがあるんですわよねぇ」
これは久美ちゃん情報。
「千夏っちゃん、買い物してもいいよね。地酒よ、地酒を買っとかなきゃ」
文芸部顧問の藤岡先生だ。この人の人生は奈良漬のようだな。アルコールにどっぷり漬かっている。
「女先生、家の御用達の店を紹介してやるよ。一昨日と言い、昨夜と言い、参ったよ。今回は、完全に俺の負けだ。今度は、花火大会の時にでも来てくだせい。そん時ゃ、リベンジだ。絶対ぇ負けんからな」
「おう、またこさせてもらうよ。そっちの兄ちゃんも、覚えといてよ」
「今度こそ、『朝まで良い事』な」
「さあさあ、朝から呑む話は置いといて。ご飯のおかわりいる人は?」
「スンマセン、おかわりお願いしまーす」
そうお願いしたのは、大ちゃんである。やっぱり、たくさん食べている。
「あらあら、大っきいお兄ちゃんかい。たんと食べてきな」
彼は、おかわりをもらうと、お漬物をかじりながら白いご飯を口に運んでいた。
朝ご飯の後、わたし達は帰るために荷物をまとめていた。
先生は、未だ、民宿のおじさんに、地酒情報をヒツコク訊いているところだ。
「あ、わたし、民宿のお会計してくるね。皆はその間に、荷物とか作っててね」
「分かりましたぁ」
と、皆の声が聞こえた。
板の階段を、トントンと階下に降りて厨房へいくと、おばさんが丁度後片付けを終えたところだった。
「あら、お嬢さん。どうしたんかい」
「あっと、民宿の宿泊料をお支払いしようと思いまして」
「あらあら、そうだったわね。ちょっと待っててね」
と言って、おばさんは奥に入った。しばらくすると、メモ帳と手提げ金庫を持って表れた。
「はい、これがお会計。お金、足りますか?」
と、おばさんは、明細を見せてくれながら言った。
「いえ、丁度です。……はい、これでお願いします」
「はい、ありがとうよ。これお釣りね。今回は、可愛いお嬢さん達で楽しかったよ。これに懲りんで、また来ておくんなよ。熱海は花火大会もあるからね。その時期も、いいよ」
「ありがとうございます。機会があったら、また来させてもらいます」
と、わたしはお釣りを受け取りながら、返事をした。
「じゃぁ、荷物の取りまとめがあるので、失礼します」
「はいはい。……そうだ。ちょっと待ってね。ええっと、これこれ。お土産にはしょぼいけど、よかったらこれを持っておいき」
と、おばさんが渡してくれたのは、アジの開きだった。
「うわぁ、こんなに。いいんですか?」
「大したもんでなくて済まんね」
「いえ、いただきます。ありがとうございます」
わたしは何度もお礼を言うと、部屋に引き上げた。
わたしが戻ると、皆は帰り支度をほぼ終えたようだった。
「お会計終わったよ。見てみて、おばさんにお土産もらっちゃった」
わたしが、ポリ袋の中身を見せると、皆が集まってきた。
「何なに、何ですかぁ?」
「アジの開き。帰ったら、皆で分けようね」
「わぁ、これ、美味しかったよね。自家製なんだって」
「そうそう。これがまた、日本酒とよくあうんだよね」
そう言う先生は、いつの間にか、一升瓶を片手にしていた。
「せ、先生、それは?」
わたしが尋ねると、
「ああ、ここの兄ちゃんにもらった。取っときの一本だって」
と言いながら、先生は一升瓶に頬を擦りつけていた。
そんな藤岡先生は、来る時と違って、Gパンにタンクトップと言う、超ラフな姿だった。セミロングの髪をポニーテールに縛っている見た目は、大学生と言っても通じるだろう。
「千夏、お金足りた?」
そんなとき、どこかから戻って来たしずるちゃんにも尋ねられた。
「うん、大丈夫。予算内だよ」
わたしはそう答えると、明細書を渡した。それを一読して、しずるちゃんは眉をひそめた。
「うーん、やっぱり夕食代が結構かかってるわね。お酒の分を結構勉強してもらってるみたいだけども」
そう言うしずるちゃんは、白のブラウスに、シンプルな柄のブルーのエプロンドレスだった。長い髪は、アップにまとめてある。前髪の方は、分けてピンで止めてあった。
スゴく似合ってて、綺麗だなと見惚れてしまいそうだ。こういう時、「しずるちゃんには敵わないなぁ」と思ってしまう。まぁ、遺伝子だから仕方ないよな。わたしは、ちょっとしたジェラシーを振り払うと、自分の荷物をまとめた。
着替えなどは、大きいバッグに。お金と、ハンカチなどは、セカンドバッグに入れて、花柄のワンピースに着替える。鏡を見ながら髪を整えると、前髪を左に流して、ひまわりの飾りの付いたぱっちんどめで固定する。うーん、ちょっとは可愛くみえるかな?
「部長、何を鏡と格闘してるんですかぁ。もうそろそろ、お時間ですわよぉ」
美久ちゃんの声だ。……いや、久美ちゃんかな? まぁ、それは別として、わたしも早く支度しなきゃ。
「はーい。今行くよ」
と言って、わたしは荷物を担ぐと、階下に降りて行った。
「ごっめーん。遅くなっちった」
「皆さん揃っとるかね」
これは民宿のおじさん。その後ろには、迎えに来てもらったときのマイクロバスが控えていた。
「えーと、はい、揃ってます」
「んじゃぁ、乗りな。駅まで送るから」
「すいません。ありがとうございます」
わたしは、そう言うと、メンバーを確認してから最後にバスに乗った。
「熱海駅でいいんかいな」
「はい、駅でお願いします」
「そんじゃぁ、出すよ」
それで、わたし達は民宿を後にした。おばさんと息子さんが、入口のところで、いつまでも手を振っていた。
熱海駅には、二十分くらいで到着した。駅前で降ろしてもらったわたし達は、民宿のおじさんに口々にお礼を言った。
特に先生は、「今度つまみ持って来るね」とか、「とっときのヤツお願いね」とか、名残惜しそうにおじさんと話をしていた。
おじさんのマイクロバスが出てから、わたしは、皆を前にしてこう言った。
「午前中は、駅近くの未だ見てない所に行こうと思います。初日みたいに、駅のコインロッカーに荷物を預けてから、見学に行こうね」
『分かりました』
うん、返事も揃っている。よきかな、よきかな。
「舞衣ちゃん、デジカメの充電って出来てる?」
「問題なしっす」
舞衣ちゃんが、無駄に元気よく返事をした。確かこのデジカメって、しずるちゃんの隠し撮りを売りさばいたお金で買ったんだよね。そう思うと、傍らのしずるちゃんが少し不憫になるわたしだった。
「あーと、皆、携帯とかスマホとか、電池だいじょぶ? すぐに連絡が取れるようにしててね。迷子になった時は、わたしの携帯を鳴らすこと」
「了解っす」
そう言う舞衣ちゃんが、一番迷子になりそうに見えた。横縞のシャツに短パン姿の舞衣ちゃんは、その辺の小学生と見分けがつかないからだ。変なとこに行かないといいのだが。
「じゃぁ、行くよ」
『はーい』
元気な声が帰ってきた。そうして、わたし達は夏休みの合宿最終日を過ごしたのだった。




