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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
33/66

藤岡淑子(5)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。今回、文芸部の合宿と称して熱海の民宿に来ている。

・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。その上、性格がオヤジ。合宿では、カメラを担当。

・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。千夏には頭が上がらない。

・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった過去がある。

・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。どちらかというと、姉よりもホンの少し積極的、かな?

   彼女達二人は、髪型をサイドテールにして違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。小さい頃からイジられてきたので、コスプレ写真の撮影も平気。


・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば、超のつく美人と言われている。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。かなりの酒豪で、潰した男は数しれず。





「ふぅわあー、いい湯だね。やっぱ、温泉はこうでなくっちゃね」


 わたし達は、着いたばかりの民宿で、早速お風呂を借りることにした。温泉の、それも露天風呂である。これで、伸びのび出来なかったら、閻魔様(えんまさま)に怒られてしまう。

 中でも温泉を一番堪能していたのが、藤岡(ふじおか)先生であった。誰よりも真っ先に入ると、湯に浮かせた盆に、ちゃっかりと徳利とお銚子が乗っかっていた。

 今は少し顔を赤らめたぐらいで、三本目の銚子を空けてしまったところだ。

「先生、お風呂でお酒をあんまり呑むと、酔って倒れちゃいますよ」

 美久(みく)ちゃんが、先生を気遣ってそう言った。

「いやぁ、風呂ん中だと血行が良くなって、酒が回る回る。少しの酒で酔えるんだから、効率的だねぇ」


(酒豪だ)

(呑兵衛だ)

(酒をドブに捨てているようだ)

(でもこれで酔いつぶれてくれれば、今夜は平和に過ごせるぞ)


 わたし達は、めいめい似たようなことを考えていた。

 そんな時、舞衣(まい)ちゃんがしずるちゃんにチャチャを入れた。

「しずる先輩、目付き悪いっすよぉ。折角の温泉なんだから、もっと和やかにしてくだせぇ」

「ありがとう、舞衣(まい)さん。でも、お風呂って眼鏡が曇るから置いてきたんだけど、やっぱりよく見えないわねぇ」

「いやいや、元々湯けむりの中で見えにくいっすから……て、しずる先輩、胸が湯に浮かんでるっす!」

「え? ああ、何のかんの言っても、中身は脂肪が詰まってるだけだからね。比重の差で水に浮くのは当然ね」

「ズルいっす。あっしは、全然浮かびやしないっす。何か凄く傷付いたっす」

「部長も浮いてますわねぇ」

「部長も、結構胸有りますものねぇ」

 舞衣ちゃんがしずるちゃんに絡んでいるすきに、久美(くみ)ちゃんと美久(みく)ちゃんが、わたしに話しかけてきた。

「そ、そかなぁ。大きさなんて、あんまし気にしたこと無いんだけど」

 照れ隠しにそう言って誤魔化そうとしたら、今度は藤岡先生が声をかけてきた。

千夏(ちな)っちゃん、ここだけの話、カップいくつあんの? 秘密にしておくから、先生に教えてよ」

 うわぁ、悪酔いしてるな。絡み酒かぁ。先生は引率者なんだから、もっと周りのことを考えようよ。ううう、それに、隣の男湯には大ちゃんだって居るんだよ。

「そ、そんなぁ、胸の大きさなんて訊かれても、困っちゃいますよ」

 この湯けむりの中、わたしは何とか受け流そうと必死だった。

「あ、それなら、私達が知ってますぅ。この間、千夏(ちなつ)部長とランジェリーショップに行った時、測り直してもらいましたよねぇ」

 しまった! そう言えば、だいぶ前だけと、久美(くみ)ちゃん達と行ったんだっけ。

「美久ちゃん達、恥ずかしいから黙っててよ。お願い」

「大丈夫ですわよぉ。小声で教えるだけですからぁ」

 美久ちゃんがそう答える後ろで、久美ちゃんが先生に耳打ちをしていた。すると突然大声で、

「え〜〜〜、Dぃぃぃぃ!」

 と、温泉中に響きそうな叫び声が轟いた。

「わぁぁぁ、先生、声大きい」

「えっとぉ、念の為に聞くけど……、千夏っちゃん、身長いくつ?」

「し、身長ですか? 145ですけど」

「うっわぁ、それはないわ。身長145でDカップは無いわ。大っきい。千夏っちゃん。あんた、オッパイ大きかったんだねぇ」

「わわわ先生。だから、声が大きいですよ」

 わたしは真っ赤になって、先生を制しようとした。

「ううう、ズルいっす、部長。その身長でDは大きすぎるっす。あっしなんか、身長だって138で、やっとこさAAなのに……」

「え、いや、だってさぁ、仕方ないじゃん。好きで大きい訳じゃないんだから」

 わたしは、必死で言い訳をしていた。

「やっぱ、リア充は言う事が違うっすねぇ。ううう、あっしなんか……、あっしなんか……」

 修羅場と化しそうな予感がしたので、わたしは攻撃の矛先を変える作戦に出た。

「い、いや、……あっ。あそこで、タプンタプンさせている人がいるからぁ」

 と、わたしは、しずるちゃんの方を指して言った。

「やっぱり、学園のアイドルは違うねぇ。先生が大きさを測っちゃうぞぉ」

 わたしの読み通り、藤岡先生は、しずるちゃんの背面からそっと近づくと、彼女の胸を鷲掴みにしたのである。

「きゃ。ちょ、ちょっと、先生。何するんですか!」

「うん? これは、E? くらいはあるかな? いや、もっとか?」

 歳が違うとはいえ、文芸部の誇る二大美女の絡みは、艶めかしい雰囲気があった。大脳のどこかの部分が痺れたようになって、<ボウ>っとしてしまう。


(えっとぉ……。わたしも、酔ってるのかな? それとも、湯あたり?)


 自分で振っておいてなんだが、わたしも何か変な気分になりそうだった。


「離して下さい先生。訊いてくれれば教えたのに」

「えー、それじゃぁ、触れないじゃない。先生、つまんない」

「先生、悪酔いしていませんか? いったい何の目的があって触らなけりゃならないんですか」

 元来真面目人間のしずるちゃんは、こういった事でも無碍(むげ)にしないで、ちゃんと応じてくれる。わたしには、到底真似できないことだ。

「もう、しずるちゃんもつれない事言うねぇ。教師と生徒のスキンシップじゃないの」

 と、先生は全く離れようとしない。

「もう。あたしは90のFです。分かったでしょう。離れて下さい」

「何だぁ、詰まんないの。先生、詰まんないよぉ」

 あっさりとサイズを知らされて、藤岡先生は、またも我儘(わがまま)を言い始めようとしていた。

「先生、おっさん臭いっすよぉ」

 と、舞衣ちゃんが指摘すると、

「そりゃぁ、おっさん臭くもなるわよ。この歳で彼氏いないなんて、寂しすぎるでしょう」


(え? 先生、今、何て言ってた? いけない。これは先生が暴走する前兆だ! 何とかせねば)


「せ、先生。夕食は海の幸がタップリだそうですよ。刺し身で一杯なんて、粋じゃないですかぁ」

 再度、わたしが話題をすり替えようと試みた。すると、先生は急に真顔になって、

「そうだったわ。海の幸で、クイッと一杯。これは、たまらんですなぁ」

「そうですよ。だから、温泉の中ではこの辺にして、ゆったり浸かりましょうよ。ね、先生」

「そうだねぇ。さすが、千夏っちゃん。伊達に部長をやってるわけじゃ無かったんだよねぇ。よし、先生は心ゆく迄温泉に浸かるぞぉ」

 ふぅ。取り敢えず、この場は収まったぞ。


 そうして、わたし達は時間を忘れて温泉を楽しんでいた。もしも掛時計が置いてなかったら、本当に時間を忘れて湯に浸かっていたろう。わたしが、ふと、壁を見ると、かれこれもう一時間半は入浴していたことが分かった。

「ねぇ、皆、そろそろ出よっか。もう一時間半も入ってるし」

「ええー、そんなに長く入ってましたのぉ? 温泉て、時間を忘れちゃうのねぇ、美久ぅ」

「そうですわねぇ、久美ぃ」

「ぅぅ、一時間半かぁ。道理で<クラクラ>すると思ったわ」

 うわっ、しずるちゃん、顔が真っ赤だ。目もとろ〜んとしてるし。どうやら昇せたらしい。

「しずるちゃん、それ昇せてんだよ。ダイジョブ? 冷たい水とか無いかな」

「部長、水ならあるっすよ。ほれ」

 と、舞衣ちゃんは、すぐに蛇口から冷水を手桶に汲むと、いきなり、しずるちゃんの頭から浴びせかけたのである。

「うっ、キャー、冷たいっ! いきなり何すんのよ!」

「はい、これでしずる先輩、復活。ニャハハハ」

 相変わらずこの()は、自分がやることをよく分かっていないようだ。

「舞衣さん、普通は少しずつ飲ませるとかするでしょう。いきなりぶっかける人がありますかっ」

「おっとぉ、それでこそ、いつものしずる先輩。もう、大丈夫なようっすね」

 舞衣ちゃんの荒療治で、しずるちゃんはいつものピシッとした状態に戻ったようだった。

「もう、上だけ冷えちゃったじゃないの。あたしは、もうちょっと温まってから出ることにするわ。皆は、先に出てていいわよ。それから、舞衣さんは、何かやる時は一呼吸間をおいて考える練習をしなさい。分かった!」

 しずるちゃんは、いつものキッとした目付きを取り戻すと、舞衣ちゃんを叱咤していた。

 取り敢えず、しずるちゃんはもうダイジョブだろう。さて、先生は? もう、かけ湯をして、出るところだった。足取りもしっかりしてるし、これが本当に湯船で徳利三本以上も呑んだ人だろうか?

 まぁ、わたしの、見立てでは、まだ初期の初期で、暴走まではまだ余裕だろう。でも、しっかり見ておかなけりゃ。暴れられたら終わりだ。二度と来れなくなっちゃう。

 わたし達は、お風呂場の入口で、大ちゃんと合流すると、割り当てられた部屋に戻った。

 暫くするとしずるちゃんも帰ってきたので、民宿のダイニングに揃って行く事になった。


「おや、お嬢さん達、湯加減はどうだったかい?」

 民宿のおじさんが訊いてきた。

「とっても良かったですぅ」

「思わず時間を忘れてしまっちゃいましたぁ」

 双子の美久ちゃんと久美ちゃんが、おじさんに応えていた。

「そうだねぇ。一時間半は入ってたからねぇ。湯あたりとかしてないかい? ちょっとその辺にでも座ってなさい。もうちょっと待ってくれれば、すぐに夕食が出来上がっから」

 と、おじさんは言ってくれた。

「何かお手伝い出来る事はありますか?」

 わたしは、おじさんに訊いてみた。

「そうさなぁ。今日は人数も多いし、おっきな子もいるから、テーブルをくっつけてくれんかな。

それから、座布団を敷いてもらうと、助かるかな。……おっと、それから、こっちのお皿も並べてくれんかな」

「分かりました」

 それで、わたし達は、分担してテーブルを用意したりお皿を並べたりした。

「母ぁちゃん。嬢ちゃん達も腹空いてるべ。出来たのからでいいから、持ってってくれや」

「はいな」

 それを合図に、海の幸が山盛りの大皿がやって来た。刺し身も天ぷらもある。

 わたし達は、それも分担してテーブルに並べた。

「なぁ、先生、イケる口なんでしょう。後で、『これ』どうですか?」

 おじさんは、またもやお猪口を<クイ>っと飲み干す真似をしてみせた。挑まれた方の藤岡先生は、

「モチのロンよ。私が勝ったら、秘蔵の一本、頂くからね」

「言うねぇ。こちとら、海で鍛えてんだ。負けませんぜ」

「フッフフフ、ナメてると痛い目見るよぉ」

 二人の間には、火花が散ってるように見えた。

 あーあ。またこれだよ。先生も、黙って普通にしていれば、美人さんなのに……。やはり、酒の誘惑には敵わないのかなぁ。そんなところに、民宿のおばさんが声をかけた。

「これこれ、あんた。すーぐ調子に乗るんだから。学生の皆は、冷たい麦茶とかウーロン茶でいいかい?」

「はい、ウーロン茶でお願いします」

 と、わたしが応えた。

「じゃぁ、皆座って座って。用意はいいかな? ではいただきます」

『いただきます』

 と、そろって答えると、楽しい夕食が始まった。


 ただ、わたしには、藤岡先生のことが心配で、頭から消すことが出来なかった。





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