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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
28/66

荒木努(5)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一つ下の大ちゃんの彼氏。お茶を淹れる腕は一級品。無理やりながら写真のモデルを引き受けた。

・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ない。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。背が高くスタイルも申し分ない美少女で、成績も全国トップクラス。撮影に難色を示していたが、結局はいいように踊らされてしまった。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。どう見ても幼い少女に見えるが、本人はロリータ扱いされることを嫌がっている。変態ヲタク少女にして守銭奴。しずるの写真で大儲けしようと企んでいる。

・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。実は、ムッツリかも知れない。

・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった。今は失恋から立ち直っている。

・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。失恋した姉をいたわっている。

   彼女達二人は、サイドテールの髪型で違いを出してはいるものの、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。小さい頃からイジられてきたので、コスプレ写真の撮影も平気だった。





 撮影終了から数日後、やっと夏休みに入ったばかりというのに、わたし達文芸部員は学校の図書準備室に集まっていた。


 部室には、わたしとしずるちゃん、西条(さいじょう)姉妹の四人が集っていた。舞衣(まい)ちゃんと大ちゃんは、写真部に打合せに行っていた。

「やっぱり、ここが一番落ち着くわねぇ」

 しずるちゃんが、キーボードを打つ手を一瞬止めると、ホッとしたように呟いた。一方、わたしと西条姉妹は、『夏休みの宿題』と格闘していた。

「何で宿題がこんなにあるのですかぁ。折角の夏休みなのにぃ、全然遊べないのですわぁ」

 双子の姉の久美(くみ)ちゃんが、根を上げてしまった。

「あー、分かんないですぅ。しずる先輩、少しでいいので、教えてもらえないですかぁ?」

 美久(みく)ちゃんもギブアップして、しずるちゃんに助けを求めた。

「ええ、いいわよ」

 しずるちゃんはそう言って立ち上がると、美久ちゃん達のところへ行った。

「どこの辺りが分からないの?」

 長身の美少女は、双子達の間に立つと、少し腰をかがめてそう質問した。

「えーっとぉ、数学の、この問題なんですぅ」

 問題集を指差し困り果てている美久ちゃんに、しずるちゃんは静かにこう言った。

「あー、これね。この問題は、この公式を使うのよ。ここに値を代入して、ちょっと項を移動してみましょう。すると……、ほら、こうなるでしょう」

「あ、分かりましたぁ。なるほどぉ、こう解くのですねぇ。すんごく、よく分かりましたぁ。ありがとうございますぅ」

 たったあれだけのアドバイスで、分かったのか。きっと、教え方が上手なんだろな。

「分からなかったら、また呼んでくれていいわよ」

 しずるちゃんは二人のノートを交互に見ると、そう言ってから戻って来た。

「しずる先輩、ありがとうございますぅ」

 美久ちゃんは、問題が上手く解けたので喜んでいた。

「久美ぃ。夏休みが少し削られるのは嫌だけど、こうやって勉強を教えてもらえるとなると、いいよねぇ」

「そうですよねぇ。中学の時は、八月末になっても、必死で宿題をしてましたからねぇ」

「先に宿題が終わってしまえばぁ、思い残すことなく遊べますよねぇ。それに、部長の美味しいお茶も飲めるしぃ。一石二鳥ですわねぇ」

 彼女達の会話を聞いたわたしは、少し伸びをすると、

「わたしも一区切りついたし、この辺でお茶にしよっか」

 と、ブレイクを提案した。

『お願いしますぅ』

 西条姉妹のハモった声が返ってくる。

「じゃぁ、用意するね。少しだけ、待っててね」

 わたしは椅子から立ち上がると、お茶を淹れるために部室の奥へ向かった。



 そうやってわたし達が、お茶で一休みしていると、舞衣ちゃん達が帰ってきた。

「部長、しずる先輩、写真集のゲラ刷りがあがってきたっすよ。時間、空いてたら、ちょっと校正をお願いしまっす」

 そう言う舞衣ちゃんの手には、薄い冊子が握られていた。

「ふぅん。もう出来たんだ。舞衣ちゃん、見せて見せて」

 わたしにこう言われて、舞衣ちゃんは、冊子をテーブルの上に置いた。中庭で制服で撮った集合写真が表紙を飾っている。表紙の上の方に『ぶんげいぶ』と、平仮名でタイトルが書かれてあった。

「あっ、こんな表紙になったんだ。キレイに写ってるね」

「当然っす。何枚もの中から厳選したっすから。大変だったっんすよぉ」

 舞衣ちゃんは、薄い胸を精一杯反らせて、大変さを強調しようとしていた。

 その時、しずるちゃんが、冊子の端っこから飛び出ている紙に気が付いた。

「あら、これは何かしら」

 そう言うと、冊子から折りたたまれた紙を取り出して、広げ始めた。

「おうっとぉ、しずる先輩。目ざといっすね。それは、初回特典の『特大ピンナップ』っす。今回の目玉(・・)なんすよぉ」

「ふぅん、そうなの?」

 しずるちゃんは、そう言いながら折りたたまれていた紙を広げ終えると、とたんに険悪な顔つきになった。

「何これ! あたしの水着写真じゃない。それも、一番エッチなやつ。しかも、おっぱいがはみ出してるじゃないの!」

 しずるちゃんの言う通り、ピンナップには、しずるちゃんのあられもない水着姿が大写しになっていた。黒の紐ビキニを着てうつ伏せになっているその姿は、刺激的だ。その上、ブラの紐が解かれて、胸が露わになっていた。

「これでも、あっしだってガンバったんすよ。荒木さんは、乳輪が少し見えてるような、もっとエッチなのにしようとしてたんすから。あっしが「こっちの方が表情が良いから」って、ゴリ押しで変えさせたんす。しずる先輩、眼鏡取ると、すぐ目つき悪くなるっすから」

「なんですって! もっとエッチなのがあったの! そんなの、ハードコピーは勿論、全データ回収して、廃棄よ。廃棄!」

 しずるちゃんは、物凄い勢いで舞衣ちゃんに抗議をしていた。

「それは無理っすよぉ。データは、写真部が管理してるんす」

 と、舞衣ちゃんは、さも済まなさそうに応えていた。

 そう言う舞衣ちゃんの後ろで、大ちゃんが、何故かいつに無くニコニコして立っていた。

千夏(ちなつ)先輩の、色んな写真をいっぱいもらったんだなぁ。冊子に載らないオフショットも、もらえたんだなぁー」

 あれ? そういや、わたしも、結構際どいのを撮られてたような……。わたしは少し心配になって、大ちゃんに尋ねた。

「だ、大ちゃん。どんな写真なのか、わたしにも、見セテ欲シイナァ」

 わたしが見上げる視線に気がついたのか、彼は少し慌てて、手に持っている写真の束を隠そうとしていた。

「ち、千夏先輩。千夏先輩の、とってもカワイイところが写ってるだけ、なんだなぁ。それよりも、千夏先輩はしずる先輩と一緒に、冊子の方のチェックをして欲しんだなぁー」

 大ちゃんはそう言ったものの、態度が怪しい。わたしは、強引に大ちゃんの持っていた写真の束を奪い取ると、自分の写り具合を検閲することにした。

「あ、何これ! これも、これもっ。これも、下からのアングルなんて、イヤラシイよぉ」

 案の定、中身は際どいモノばかりが大半を占めていた。

「ああーっと、それは、冊子に載せてないんだなぁー。だから、大丈夫なんだなぁー」

 狼狽える巨漢に、わたしは一言で否を下した。

「ダメ! 全部没収します」

「そ、そんなぁー。せっかくの千夏先輩のカワイイ写真なのに……」

 二メートルを超す上空から、如何にも情け無さそうな声が降ってきていた。

「わたしが恥ずかしいから、ダメ。これは没収だよ」

 わたしにお宝写真を取り上げられて、大ちゃんはショボンとなってしまった。


(ちょっと、可愛そうだったかな。でも、あんな写真なんて、恥ずかしいし)


 わたし達がそんなやり取りをしていた一方で、しずるちゃんと西条姉妹とで、冊子の中身をチェックしていた。

「あ、私達のこの写真、これカワイイーですぅ」

「ふむん。デジタル処理をして、水鏡(みずかがみ)に映ったように見せてるのね。写真部も芸の細かいこと」

「わぁ、ホント。かわいく撮れてて、嬉しいですぅ」

「あっ、しずる先輩。この中庭で日傘をさしてる写真、とってもキレイですわねぇ」

「あら、ほんと。こう言う写真を中心にして選んでくれれば良いのに。どうしてあたしのは、水着とか、布の少ない服とかばかりなのかしら」

 と、しずるちゃんは、いつものイラッとした調子でぼやいていた。

「でも、キレイに撮れてると思うよ。荒木さんじゃないけれど、しずるちゃんはすんごい美人だから、本当に何着てもキレイだね。羨ましいな」

 わたしは、彼女の写真を見て、正直な感想を言った。

「あ、ありがとう、千夏。でも、こんな『特大ピンナップ』付きのが、300も刷られて配られると思うと、憂鬱だわ」

 ところが、鬱々とそう言うしずるちゃんに、舞衣ちゃんはこう答えた。

「300じゃないっすよ。500部。初版は、500部刷ることになりましたっす」

 増刷の報に、しずるちゃんは驚いていた。

「え? なにそれ。増えてるじゃないっ!」

「サイトで予約を受け付けるようにしたら、500近い応募があったんすよ。で、初回は500部刷ることに決定したっす」

「ご、500って、何それ。こんなのが、500部もバラまかれるのぉ」

「そうっす。うちの生徒以外にも、どっからか聞きつけて予約したヤツも居るらしいっすよ。ここだけの話っすが、先生が予約してるのもあるらしいっす」

 それを聞いたしずるちゃんは、

「な、何それ……。あー、もうイヤ。もう、ダメ」

 と言うと、テーブルに突っ伏してしまった。

「しずる先輩ほどじゃないっすけど、あっしもカワイク撮れてる写真を載せてもらったす。高校時代のいい思い出になったっすねぇ。ねっ、しずる先輩」

 舞衣ちゃんは、ニコニコ顔でそう言った。初めは、あんなにロリータは嫌だと渋っていたのに、ゲンキンなものだ。


「あっ、これこれ。この写真。私達がプールの中にいる所に、大ちゃんが飛び込んできたんですよねぇ。あれは凄かったですけれどぉ、連続写真で見ると、こうなるんですねぇ」

「そうなのですねぇ」

 と、久美ちゃん達は、ページを指差しながら話していた。


 こうやって改めて見てみると、つい先日のことなのに遠い日の思い出のようだ。出来れば、ヤミに葬りたかった……。


 その時、

「そうだわ。それよりも、文章の校正をしなくちゃ。写植の時に間違うこともあるし、掲載場所のレイアウトチェックもしておかなきゃ」

 と、不意に復活したしずるちゃんは、そう言って本格的に校正(・・)を始めた。さっきとは打って変わって、プロ作家の表情になっている。てか、本物のプロ作家さんなんだよね。


「ふーむ……。ここは、少し場所を移動させないと。それから、この部分は字体(フォント)を変更してもらわなきゃ。あーあ、これは改行が違っているわ。やっぱり、ちゃんと校正しておかなけりゃダメね」

 美少女小説家は、そう言いながら、真剣に文章のチェックをしていた。やっぱりプロは違うな。


 はぁ〜。これが500冊も刷られて、巷にバラまかれるのかぁ。そう思うと、しずるちゃんじゃないけれど、憂鬱になるわたしだった。




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