荒木努(1)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一つ下の大ちゃんの彼氏。お茶を淹れる腕は一級品。自分も写真のモデルになることを知って狼狽えている。
・那智しずる:文芸部所属。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ない。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。背が高くスタイルも申し分ない美少女で、成績も全国トップクラス。今では校内のアイドル的存在。撮影には難色を示すが、全てが徒労に終わった。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部一年生。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。どう見ても幼い少女に見えるが、本人はロリータ扱いされることを嫌がっている。変態ヲタク少女にして守銭奴。写真部を巻き込んで、しずるの写真集を作って大儲けしようと企んでいる。
・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さんだが、衣装を自作したり、双子の西条姉妹を見分けたり、素手でクマを倒したりと、色々な特技を持つ。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった。今は失恋から立ち直っている。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。失恋した姉をいたわる言動をする。
彼女等は、サイドテールの髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は二人を見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。小さい頃からイジられてきたので、撮影を楽しんでいる。
・荒木勉:三年生で写真部部長。文芸部の部員をモデルに、写真集を作る企画を進めている。実は舞衣以上の策士で、芸術のためなら悪魔にも魂を売りそうだ。
撮影の初日、今日はよく晴れた一日だった。撮影さえなければ、皆と海水浴にでも行きたいくらいだった。
期末試験も終わり、夏休みに入ったばかりのこの時に、撮影とはよく言ったものだ。
今日は、図書室を占拠しての撮影である。
「じゃぁ、まずは制服から行ってみようかぁ」
写真部の部長の荒木さんである。その他にも、スタイリストさんや小道具の係の人もいて、図書室の中は思ったよりも混雑していた。
今日のしずるちゃんは、長い髪をほどいて、ツーサイドアップにしていた。腰まである黒髪が、時折ゆらゆらと揺れて、凄くキレイだなって思った。顔は少しお化粧をしていて、薄い口紅が、いつもの表情を柔らかくしていた。
「まずは那智さんからいきましょう。那智さん、ちょっと、そこの机の端っこに腰掛けてみて。うん、いいよぉ、いいよぉ。今度は、本を読んでる仕草してみて。うん、いいなぁ。いいよ、その調子で。今度は、本棚の本を選んで、……そうそう。ちょっと背伸びしてみようかぁ。うん、そうそう。一冊取り出して、パラパラと捲って……。そう、その調子。今度は、眼鏡少しズラしてみようか。いいねぇ。もう一回」
てな感じで、しずるちゃんの撮影は好調に進んでいるようだ。
「ようし、休憩にしましょう。澤田さん、今のうちに那智さんの髪型、変えてみようよ。頼んだからね」
しずるちゃんは、手渡されたオレンジジュースの紙パックを吸いながら、やれやれと言う顔をしていた。
「あたし、撮影がこんなに大変とは思わなかったわ。何ショットも撮ったけど、掲載するのはごく一部なのよねぇ」
「しずるちゃん、なんか、すんごく良かったよ。いつもとはちょっと違うしずるちゃんの表情も見れて、少し嬉しかったな」
「ふぅ、愛想笑いだけどね」
休憩の間、そんな話をわたしとしずるちゃんはしていた。そのスキマ時間で、写真部の人が、しずるちゃんの長い髪をせっせと編んでいた。
しずるちゃんが休憩の間、双子の西条姉妹の撮影が行われていた。
「そう、そこで両手をタッチして。いいねぇ。今度は、顔、こっち向けて。オーケイ。今度は背中合わせてみようか。そうそう。照明、もっと光下さい」
その傍らで、大ちゃんと舞衣ちゃんが、二人で並んで立っていた。
「ううう、高校生っぽい服が、これだけなんて……。屈辱っす。あっしは、ロリータじゃ無いっす」
彼女は、まだブツクサと文句を言っていた。
「舞衣ちゃんは、背もちっちゃいし、胸も小さいから仕方がないんだなぁー」
「大ちゃんまで、そんな事言うっすか!」
「部長も背はちっちゃいけど、胸はそれなりにあるんだなぁー」
「大ちゃんは、おっぱい星人だったっすか!」
幼馴染の性癖を初めて知って、舞衣ちゃんは更に機嫌を悪くしたようだ。
「おっぱいが大きいのは、大事なんだなぁー」
それを聞きつけたわたしは、少しイジワルして、
「大ちゃんって、わたしの胸が大っきかったから、好きになったの?」
と、訊いてみた。すると、大ちゃんは少し慌てて、
「そ、それだけじゃ、ないんだなぁー。ぶ、部長は、僕にとって、大切な特別な人なんだなぁ」
と、言った。
「じゃぁさ、何でコスプレの衣装とか作ったの?」
「ぶ、部長が着た姿を想像したら、凄く似合ってて可愛かったから。それで、つい勢いで作っちゃったんだなぁー。きっと似合うと、思ったんだなぁー」
と、大ちゃんはそこまで言うと、少ししょんぼりした顔になった。
これ以上は、ちょっとイジワル過ぎるかな? わたしは大ちゃんに言った。
「この前の衣装合わせ、全部わたしにピッタリだったよ。それだけ大ちゃんは、わたしの事、よく見ててくれたんだね」
「え? あ、ああーっと。気が付いたら、部長の事を見てたんだなぁー」
と、大ちゃんは言ってくれた。
「じゃぁさ、そろそろ『部長』じゃなくって、『名前』で呼んで欲しいな」
わたしの言葉に、大ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに、
「ち、千夏……先輩……」
って、小さく口ずさんだ。
「先輩も、抜きでいいよ」
「そ、それ以上は、僕が、は、恥ずかしいんだなぁー」
と言って、大ちゃんは真っ赤になってしまった。仕方がない。まぁ、当分はこれでいいかぁ。
「じゃぁさ、呼べるようになったら、『千夏』って呼んでね」
「わ、分かったんだなぁ。が、頑張ってみるんだなぁー」
て、大ちゃんは恥ずかしそうに言った。
その時、わたしにお声がかかった。
「次、岡本さん。準備いいですかぁ」
「あ、はーい。オーケイですよ」
「じゃぁ、次の撮り入ります。撮影データのバックアップ、二重にしといて。じゃぁ、岡本さん、お願いしまーす」
「じゃ、大ちゃん。行ってくるね」
「うん。ここで見てるんだなぁー」
そんなこんなで、午前中いっぱいかけて、図書室での撮影が一通り終わった。
「皆、お疲れ様。昼食にしようか。午後は、予定通り、外で撮ってみよう。暑いから、熱中症に気を付けて。水分補給はこまめにね」
外かぁ。何か暑そうだなぁ。多分、荒木さんは、制服での撮影を、今日一日でやっちゃうつもりなんだろうな。
「うちの娘達が、お弁当作って来てくれたんだよ。文芸部の皆も一緒にどう?」
お昼に入ってすぐ、写真部の荒木さんが誘ってくれた。
「じゃぁ、お昼、奢ってもらおっか?」
わたしは振り返ると、皆に訊いてみた。
「そうね。あたし、お昼はコンビニ行くつもりだったから、助かるわ」
そう言うしずるちゃんは、いつもの編み込みの三つ編みに戻っていた。
「私達も、一緒でいいんでしょうかぁ?」
久美ちゃんが、心配そうに訊いた。
「誘ってくれたんだから、大丈夫だよ。これからも撮影があるんだし、それくらいの見返りがないと、割が合わないじゃん」
わたしはそう言って、皆を連れて、写真部の集まっている所に行った。
「お昼、甘えさせてもらいますね」
「ああ。大丈夫、大丈夫。そこ、ちょっとずれてくれないかな。席を作ろう」
荒木さんの一声で、わたし達の座るスペースが出来た。
「わぁ、この玉子焼き美味しいですぅ。これも全部、写真部で用意したんですかぁ」
久美ちゃんが、ちょっと驚いたように言った。
「えへへ、私達で分担して作ったんです。文化祭の前や、コンクールへ応募する時なんかは、いつもこんな感じなんです。美味しいと言ってもらえて、嬉しいです」
「美味しく作る秘訣なんか、あるんですかぁ。レシピとか、ありますぅ?」
と、今度は美久ちゃんが訊いた。
「う〜ん、レシピは秘密だけど。そうですね、一番大事なのは、愛情でしょうか」
「そうですね、やっぱり愛情でしょう。里見さんの衣装作りにも、愛情を感じますよ」
「一目ひとめ、丁寧に縫ってありますよねぇ。とてもじゃないけれど、私達だけじゃぁ、あれをこの短時間のうちには、とてもじゃないけれど作れませんから」
そうなんだ。大ちゃんも頑張ったんだな。そう思うと、午後や明日からの撮影は、もうちょっと本気モードを出さないといけないなぁ。
「ナルホドね。どおりで、千夏の衣装だけ、やたら細かい訳だ。あたし、なんか納得しちゃった」
しずるちゃんが、わたしの方を見ながらそう言った。
「そ、そかなぁ。しずるちゃんや、久美ちゃん、美久ちゃんの衣装も、よく作り込んであると思うけど」
と、わたしはちょっと恥ずかしくなって、そう言った。大ちゃんはというと、
「そういう風に言われると、ちょっと恥ずかしいんだなぁー」
と、言いながら頭を掻いていた。
「ようし。じゃぁ、昼一の撮りは、表紙からにしようか。文芸部の全員が入るようにしてさ」
と、荒木さんが提案してくれた。
「表紙の撮影なんて大事なところを、制服でやっちゃっていいんですか?」
わたしは、ちょっと気になって、質問してみた。
「うん。思いついたところがあってね。やっぱり、表紙は制服じゃないとね。それに、舞衣さんにも、ちょっと釘を刺されてるし……」
そんな荒木さんは、少し蒼い顔をしているように見えた。
「当たり前っす。制服じゃないと、あっしが高校生だって分かんないっす。これはとっても大事なことっす」
舞衣ちゃんは、ロリータの衣装を着せられることが、そうとう悔しいらしい。
そして、午後からの撮影が始まろうとしていた。




