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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
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西条美久(4)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。彼氏は一つ下の大ちゃん。コーヒーやお茶を淹れる腕は、一級品。

・那智しずる:文芸部所属。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ないが、後輩からは「しずる先輩」と尊敬されている。背が高くてスタイルも申し分ない美少女。その上、成績も常に学年トップクラス。実は「清水なちる」のペンネームで活躍している新進気鋭の小説家。過去に遭った『何か』の所為で持病をかかえている。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部一年生。ショートボブで千夏以上に背が低く、幼児体型。一人称は「あっし」。変態ヲタク少女にして守銭奴。写真部を巻き込んで、しずるの写真集を作って大儲けしようと企んでいる。

・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。二メートルを超す巨漢。見た目に似合わない、のほほんとした話し方ののんびり屋さん。裁縫やお菓子作りなど、細かいことも得意。

・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまう。一時は退部も考えたが、今は千夏と仲直りしている。

・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。失恋した姉をいたわる言動をする。

・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば超のつく美人。しずるについて、中学校からの申し送り事項を受け取っている。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。

 商店街に買い物に行った翌週の月曜日、わたしとしずるちゃんは早くから図書準備室に来ていた。


 舞衣(まい)ちゃんは、何か写真部との交渉事があるとのことで、今はいなかった。

 わたしは大ちゃんと二人でチョコンと並んで、しずるちゃんの正面の席に座ってお茶を飲んでいた。

「あなた達も、そうやって並んで座っていると、案外絵になるわね」

 しずるちゃんは、いつものようにパソコンを打ちながら、わたし達をちらりと見てそう言った。

 大ちゃんは、今、先週買った毛糸で、何かを編みあみしている。

「大ちゃん、それ、しずるちゃんの水着?」

「そうなんだなー。しずる先輩は肌が白いから、この色が似合うと思うんだなぁー」

 と、大ちゃんは編み物をしながら応えてくれた。

「はあぁぁ、そうゆうのあったわねぇ。大作くん、その編み目、ちょっと荒くない? あんまりスケスケになるのは恥ずかしいんだけれど」

 と、しずるちゃんは、いつも以上にイラッとした口調で、抗議するように大ちゃんに注意した。

「大丈夫なんだなー。見えそうで見えない、ギリギリのラインでやってますからぁー」

 応える方は、気の抜けるほどにのほほんとしていた。

「そう。まぁ、仕方ないかぁ」

 彼女は、パソコンを高速でタイプしながら、そう言っていた。


 その時、準備室の扉が開いて、西条(さいじょう)姉妹のどっちかが入って来た。う〜ん、今だにどっちかどっちだか、よく分かんないや。

「ああ、美久(みく)さん。久美(くみ)さんは? 今日は、遅いのかしら」

 しずるちゃんは、一瞥もせずにそう言うと、

「そうなんですよぉ。久美ったら、今週、掃除当番が当たっちゃっててぇ」

 と応える。


(ふ〜ん、そなんだ)


 と思ったわたしは、ある重要な事実に気が付いた。

「あれ、しずるちゃんて、美久ちゃんと久美ちゃんを見分けられるの?」

「え? まぁ、大体はね。止まってると、全然分かんないけれど。喋って動いていれば、ちょっとした仕草や表情が微妙に違うから。大作くんほどではないけれどね」

「それに、身体のラインも微妙に違うんだなぁ」

 しずるちゃんに続けて、大ちゃんも彼女達の見分け方を披露してくれた。

 しかし、

「大作くん、それ、セクハラ発言よ」

 と、しずるちゃんは、キーを打つ手を一旦止めてまで、大ちゃんに教育的指導をした。勿論、眼鏡のレンズの向こうからは、心臓を射抜くような鋭い視線が発射されている。

「あっ、ごめんなんだなぁー」

 と、さすがの大ちゃんも、謝っていた。


(でも、そなんだぁ。しずるちゃんも、久美ちゃん達二人を見分けられるんだぁ)


 と、部長なのに見分けられないわたしは、彼女に尊敬の眼差しを送っていた。

 で、しばらく四人でお茶をしていると、しずるちゃんが立ち上がった。

「あっ、もうこんな時間だわ。あたし、用があるから、先帰るわね」

 彼女はそう言うと、そそくさと帰り支度を始めた。

「しずるちゃん、何? お買い物か何か?」

 と、わたしが尋ねると、

「病院よ。心療内科。あたし、重度の不眠症(・・・)なのよ。眠剤無いと、全然眠れなくって。中学の頃なんて、ひどい時には、四日間以上も眠れなくって、フラフラになってた時もあったのよ。ようやく最近になって、まともに眠れる薬の配合とかが分かって、安定してきたけれどね」

 学生カバンにノートパソコンを詰め込む彼女から、わたしは意外な理由を聞かされた。


(そなんだ。しずるちゃんにも、弱点ってモノがあるんだ)


「じゃぁさ、しずるちゃん。いつも<キッ>として、機嫌が悪そうにしているのは、眠いのを我慢してるから?」

 わたしがそう訊くと、

「機嫌が悪そうって……。まぁ、それもあるけど、あたし感覚過敏(・・・・)でもあるのよ。この通り視力は悪いけれどね。他の聴覚(・・)とか味覚(・・)とかの四感は、凄く敏感なの。まぁ、それも不眠症の原因でもあるんだけどね。だから、電車やバスの中とかで遠くの人達の雑談なんかの、普通の人ならノイズとして聞き流してるようなことも、あたしには意味のある会話として頭の中にどんどん入ってくるの。だから、雑踏とか教室とか、人の多いところって苦手なのよね。飲食店で出される水も、水道水だと不味くって飲めないし」

「何か、聖徳太子みたいだね」

 と、わたしが感心していると、しずるちゃんは、

「あたし的には、やっかいで迷惑なだけなんだけどね。……ああーっと、千夏。後ろの隅っこの窓が少し開いてるから、帰る時にちゃんと閉めといてね」

 と、言った。それで、美久ちゃんが立ち上がって窓を確認しに行った。彼女がカーテンを開けてみると、本当に窓が開いていた。

「あっ、本当ですわぁ。少し開いてますぅ。しずる先輩、凄いですぅ。どうして分かっちゃうんですか?」

 と、美久ちゃんも不思議そうにしていた。

「ああ、別に大したことじゃないから。外の音の聞こえ方とか、空気の流れとかでね。……あっ、誰か図書室に入って来た。こっちに向かってるわね。この足音だと、……久美さんかなぁ」

 そうしずるちゃんが言うのと同時に、図書準備室のドアが開くと、本当に久美ちゃんが入って来た。

「すいません、部長。今日は、掃除当番が当たっちゃいましたのぉ。……あらあら、皆、どうしたんですかぁ?」

 わたしは、しずるちゃんの言った通りに久美ちゃんが入ってきたので、本当に驚いていた。

「凄いや、しずるちゃん。本当に当たっちゃったよ」

「そんなに驚くほどの事じゃないけどね。それじゃぁ、お先ぃ」

 と言い残して、学校一の美少女は部室を出ていってしまった。

 一方、久美ちゃんの方は、「訳が分からない」って顔をしていた。

「しずる先輩、今日は何か用事があるのですかぁ?」

 と、久美ちゃんが訊いてきたので、

「病院だそうですわぁ。しずる先輩って、不眠症なんですってぇ」

 と、美久ちゃんが返事をした。

「不眠症ですかぁ。あれは、辛いですよねぇ。私も、一時期なったことがありますからぁ。結局、原因は「美久のイビキがうるさかったから」でしたけどねぇ」

「何よ、久美ぃ。こんなところで、私の黒歴史をバラさなくてもいいじゃないのよぉ」

 と、美久ちゃんは、恥ずかしそうに言っていた。

 うーむ。こう言うところが「微妙に違う」って事なのかな?


 そんな感じに、再度四人でティータイムを過ごしていると、顧問の藤岡(ふじおか)先生が入って来た。

「おやおや。今日もまったりしてるわねぇ」

「あっ、藤岡先生もお茶します? すぐ出来ますよぉ」

 と、わたしは先生にお茶のことを訊いた。

「それじゃぁ、私も混ぜてもらおうかしら」

 白のブラウスに紺の上下を着た先生も、テーブルまでやってくると、椅子にどっかと座った。こういう仕草に気をつければ、美人なのになぁ。


(タイトスカートで、そんな風に足組むとか、無いわぁ)


 心の中では、そんな事を思いながらも、わたしは笑顔を崩さなかった。

「じゃぁ、すぐに淹れますね。お菓子とかも、適当に摘んでて下さい」

「千夏っちゃんは、いつも手際がいいわねぇ」

 椅子の上で踏ん反り返っている先生は、若作りなのか、見た目だけは大学生くらいに見えてしまう。

「はは、毎度の事ですので」

 わたしはそう言うと、お茶を淹れに立った。

「しずるちゃんは、居ないのかい?」

 藤岡先生に訊かれて、わたしはこう応えた。

「ああーっと。しずるちゃんは、「病院がある」って言って、先に帰っちゃいましたよ」

「そうかぁ。あの()も大変だよねぇ。まぁ、もうちょっとだけでも愛想がいいと、もっと友達とかできるのにねぇ」

 先生は、年寄が昔話を語るように、しみじみと言っていた。

「先生は、しずるちゃんの『持病』の事を知ってるんですか?」

 わたしは、ちょっと気になって、先生に尋ねてみた。

「うん、そうだわね。中学校からの『申し送り』として聞いているよ。あれでも、大分ましになった方かな。これも、千夏っちゃんのお陰かも知れないね」

「わたしは、そんな大した事はしてないですよ」

 急に褒められたので、わたしは、ちょっと謙遜してみせた。

「彼女も、あの『持病』さえ無けりゃ、T高(・・)も余裕で合格出来たんだろうけどね」

「えっ、T高ですか! しずるちゃんて、そんなに頭良かったんですか?」

 わたしは、しずるちゃんの事が気になって、また先生に質問した。

「そうだよ。入学試験だって、ほぼ満点のブッチギリの一位だったよ。まぁ、あの()にしてみりゃ、進学校のT高みたいに、周りじゅうでピリピリしている環境には耐えられなかったんだろうね。この図書準備室は静かで人もあまり来ないから、千夏っちゃんに文芸部に誘ってもらって、本当に感謝していたよ」

「そう……、なんですか……」

 わたしは、しずるちゃんが、そんな『持病』を抱えてたことも知らずに適当に接していたことに、ちょっと反省していた。


 その時、美久ちゃんが先生に質問した。

「藤岡先生。もしかして、先生は、しずる先輩に何か用があったのではないでしょうかぁ?」

 すると、先生は、

「え? ああーっと、そうだったわ。ちょっと、プリントをタイプして欲しかったんだけど……。あの娘なら、一瞬で打っちゃうからね。でも、居ないなら、しょうがないかぁ」

「タイプくらいなら、私にも出来ますわよぉ」

 と、美久ちゃんは、しずるちゃんの代わりをしようと、先生に提案した。

「えーと、君は……、美久ちゃんの方だね。じゃぁ、お願いしようかな」

 それに対して美久ちゃんも、

「任せて下さいぃ。北○神拳のように、「アタタタタ」ってな感じでやっちゃいますわよぉ」

「そう? 悪いね。それじゃぁ、やってもらおうか。これが原稿。できたら、このUSBメモリにコピーしといてね。じゃ、お茶、ごちそうさん」

 と言って、先生は原稿とメモリースティックを渡すと、そのまま部室を後にした。


「美久ちゃん、ちゃんと出来そ?」

 と、わたしが訊くと、

「バッチリですわぁ」

 と、元気な声が返ってきた。

「じゃぁ、このパソコンを借りますわねぇ」

 と言って、文芸部の備品のノートパソコンを起動すると、本当に「アタタタタ」と叫びながら、タイプを始めた。

 双子の姉の久美ちゃんの方は、それを少しうんざりした顔で眺めていた。


 何だか、わたしにも、彼女達の見分け方が分かったような気がした。




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