西条美久（１）
◆登場人物◆
・岡本千夏：高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一つ下の大ちゃんとつきあっている。
・那智しずる：文芸部所属。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ないが、後輩からは「しずる先輩」と尊敬されている。背の高い美少女で、成績も常に学年トップ。今では校内のアイドル的存在。
・高橋舞衣：舞衣ちゃん。文芸部一年生。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。一人称は「あっし」。変態ヲタク少女にして守銭奴。写真部を巻き込んで、しずるの写真集を作って大儲けしようと企んでいる。
・里見大作：大ちゃん。千夏の彼氏。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さんだが、メイド服を自作したり、双子の西条姉妹を見分けたりと、色々な特技を持つ。
・西条久美：久美ちゃん。一年生、双子の姉。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまう。
・西条美久：美久ちゃん。一年生、双子の妹。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。失恋した姉をいたわる言動をする。
彼女等は、サイドテールの髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は二人を見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。
・荒木勉：三年生で写真部部長。文芸部の部員をモデルに、写真集を作る企画を進めている。
・花澤彩和：写真部の副部長兼スタイリスト。
その日は週末だった。
わたしは、大ちゃん達と撮影の衣装の材料を揃えるために、商店街の入り口で待ち合わせをしていた。
「皆ぁ、遅れてごめーん。あ、久美ちゃんと美久ちゃんも来てくれたんだ。あの日から部活に来なかったから、もう辞めちゃうんじゃないかって、心配してたよぅ」
わたしはそう言って、久美ちゃんと美久ちゃんに抱きついた。一瞬、二人はバツの悪そうな顔をしていたが、久美ちゃんは、
「だ、大ちゃんの事は、私の横恋慕でしたから。あの時は、お騒がせして済みません」
と言ってくれた。
「そんな事ないよ。お陰で、わたし、大ちゃんにちゃんとお返事ができたし、何より文芸部の皆のこと、大好きだから」
わたしは、こう言って、更に二人を抱きしめた。
「もう、千夏ったら。来るの、遅いんだから。皆、待ってたのよ」
そんなわたしに、しずるちゃんがいつものイラッとした口調で話してきた。その後ろには、大ちゃんと舞衣ちゃんが立っていた。大ちゃんは、少し赤い顔をしている。
「へへへ、ごめんねぇ」
わたしが謝ると、舞衣ちゃんが二人の男女を紹介してくれた。
「部長、こちら写真部の部長の荒木さん。こっちは副部長兼スタイリストの花澤さんっす」
企画のもう一本の柱である写真部の部長さん達を紹介されて、わたしは、
「あ、お世話になります。わたしが文芸部部長の岡本千夏です」
と言って、頭をペコリと下げた。
「こちらこそ、お世話になるよ。写真部部長の荒木努です。今回は、那智しずるさんだけでなく、文芸部の部員の皆さんにもモデルになってもらおうと考えているんだ。岡本さんも、ドレスアップすると、良い絵になると思うんだな」
荒木さんは、そう言いながら両手の指でアングルを作って、わたし達をその中に納めて見ていた。
「と言う事は……、あっしらも、ですかい？」
と、舞衣ちゃんは自分を指さしながらそう言った。
「そうだよ。いけないかな？」
と、荒木さんは不敵な笑顔で答えた。この人、見かけによらず、やり手かも知れない。
「う〜ん。文芸部の『記念誌』？ みたいな物でしょうか」
と、わたしが訊くと、
「そうだね。肩の力を抜いて、気楽にやってもらえたら、と思うよ」
と、荒木部長が答えた。
「千夏部長、冊子の名前も考えてあるんすよ。『ぶんげいぶ』ボリューム・ワンってのは、どうっすか」
舞衣ちゃんのこの提案に、しずるちゃんはちょっと驚いたように確認した。
「舞衣さん、今何て言ったの」
「冊子の名前を考えてるって」
「その後よ」
「平仮名で『ぶんげいぶ』」
「その後」
「ってのは、どうっすかって」
「いや、その前」
「ぼ、ボリューム、……」
「そのすぐ後」
「わ……、ワン」
尋問の末に、舞衣ちゃんが犬の鳴き声のような声を発すると、それを待っていたかのように、しずるちゃんが噛み付いた。
「ちょっと待って。ボリューム・ワンって事は、その後に２や３がある、って事なの？」
しずるちゃんは、一言々々確認するように尋ねた。
「いや、大丈夫っすよ。絶対当たりますから。続編なんてすぐっすよ」
と、舞衣ちゃんは、しずるちゃんから目をそむけながら答えた。
「ああ、やっぱり思った通りだわ。どんだけあたしで儲ければ気が済むのよ」
と、しずるちゃんは額を手で押さえると、いつものイライラした口調でボヤいた。
「あ、あははは。絶対大当たりっすよ。ね、荒木さん」
「その通り。大当たり間違いないさ」
と、舞衣ちゃんと荒木さんは、お互いにガッツポーズをして笑っていた。あの舞衣ちゃんと渡りあえるなんて、やっぱり荒木さんは油断できないぞ。わたしは、この事を胸に刻み込んだ。
改めてしずるちゃんを見ると、今日は白のノースリーブにオレンジの膝丈のスカート、上には少し青みのかったパーカーを羽織っている。足元はややヒールの高いサンダルだ。元々上背があるので、ひときわ背が高く見えた。ツーサイドアップの髪が、時折風に吹かれて揺れていた。ああ、やっぱりしずるちゃんは、いつも絵になるよなぁ、ってわたしは羨ましかった。
一方、西条姉妹はというと、同じ形のワンピースだが、久美ちゃんが薄いピンク、美久ちゃんがブルーだった。服の色が違うから、今日は間違えないぞ。
「やっぱり那智さんは、ヒラヒラよりシンプルにまとめた方が映えますね」
と、写真部の花澤さんが言った。
「西条さん達は、色にコントラストのある服装が良いかと思いますが、部長はどう考えます？」
花澤さんの言った部長は、写真部の荒木さんの方だ。
「そうだね、例えば白と黒のワンピースの水着で、二人に対象のポーズをしてもらうと、絵になるかな。那智さんは、基本シンプルでいいけど、猫耳メイドも、岡本さんと対でやってもらうと面白いかも知れないな」
と、荒木さんが応えると、花澤さんはそれをメモしていた。
「髪型とかも、何種類かやってみましょう。那智さんは、髪も長いから、いじりがいがありますね」
と、花澤さんが付け加えた。
「あたし、コスプレなんかしませんよ」
と、しずるちゃんは、少し怒った口調で言っていたが、舞衣ちゃんと荒木さん達は、それを無視するように打ち合わせを進めていた。
「里見くんは、裁縫も上手なんだって聞いてるけど。うちにも、衣装担当がいるけれど、里見くんにも手伝ってもらえると、助かるなぁ」
荒木さんは、大ちゃんにそう頼んだ。すると、彼は、
「分かったんだなぁ。どうせうちの部長も撮るんだったら、最高に可愛く撮って欲しいんだなぁー」
って、答えた。
今日の大ちゃんは、半袖のＴシャツに、Ｇパンだった。シャツの上からでも、筋肉の盛り上がりが見て取れた。
（大ちゃんって、脂肪太りじゃなくって、筋肉の塊だったんだ。これなら、クマも殴り殺せるかも知れないなぁ）
なんて、変な事をわたしは考えていた。
「久美、私達も可愛く撮ってもらって、部長や大ちゃんを見返しましょうよ」
と、美久ちゃんが久美ちゃんに言った。
「いや、仕返しなんかしなくてもいいよ。でも、可愛く撮っては欲しいかな」
と、久美ちゃんは、ちょっと慌てて返事をした。美久ちゃんは、妙に張り切っていた。わたしは、別に張り合おうなんて思って無いんだけどな。
「まぁ、衣装の方は、写真部でデザイン画を起こしてあるから、それに沿って材料を選びましょう。あと、やっぱり水着は外せませんね。後で、デパートの水着売り場に行きましょう」
と、写真部の花澤さんがまとめた。
それで、わたし達は、商店街へと入っていったのだった。
