西条久美(3)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一人称は「わたし」、部員を「〇〇ちゃん」と呼ぶ。後輩からは「部長」と呼ばれている。大ちゃんに告白されて意識している。お茶を淹れる腕は一級品。
・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ない。後輩からは「しずる先輩」と呼ばれる。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマークで、成績も常に学年トップクラス。背の高い美少女で校内のアイドル的存在。実は『清水なちる』というペンネームの小説家。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部一年生。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。一人称は「あっし」。変態ヲタク少女にして守銭奴。その上、性格がオヤジ。しずるの写真集を作って大儲けしようと企んでいる。
・里見大作:大ちゃん。舞衣の幼馴染のヲタク少年。一人称は『僕』。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さんだが、メイド服を自作したり、双子の西条姉妹を見分けたりと、色々な特技を持つ。千夏のことが好き。怒るとクマを殴り殺してしまうすほどの豪腕を持つ。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。一人称は「私」。最近、大ちゃんの事が気になっている。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。一人称は「私」。
サイドテールの髪型で違いを出してはいるが、大ちゃん以外のほとんどの人は、二人を見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。
わたしは、今日もいつものように、図書準備室でお茶の用意をしていた。
「今日は、ダージリンなんだよ」
わたしは、紅茶の入ったカップをお盆に乗せて、皆に配ってまわった。
「千夏部長、毎度、ゴチです」
舞衣ちゃんだ。
「今日は、あっしもお菓子持ってきたっす。皆さん食ってくだせい」
舞衣ちゃんはそう言うと、紙袋から一口サイズのケーキやスナック菓子の入った袋を取り出すと、中身をテーブル中央の籠に入れた。しかし、もうちょっと女の子らしい言葉遣いが出来ないかなぁ。
わたしがそんな事を思っていたら、双子の久美ちゃんと美久ちゃんも、手提げ袋からクッキーの包を取り出した。
「私達も、クッキー持って来たんですぅ。久美と二人で焼いたんですよぉ」
美久ちゃんは、そう言いながら、クッキーをテーブルの籠に追加した。
「あ、美味しそだね」
わたしは、一年生達が文芸部に馴染んできた事が嬉しかった。
「久美ちゃん達のクッキーも、美味しいんだなー」
と、大ちゃんは太い指でクッキーを掴むと、久美ちゃん──多分そうだと思うんだけど──の方を向いて言った。
久美ちゃんの方も、ちょっと顔を赤らめると、大ちゃんに、
「あ、ありがとうございます」
と言っていた。
「勿論、部長の紅茶も、美味しぃんだなぁー」
と、今度は、わたしの方を見て彼は言った。少しだけ、その耳が赤いような気がした。わたしも、自分の顔が赤くなっているのが分かった。それで、言葉が見つからなくて、少しだけ、気まずいような感じがしていた。
そんな時、舞衣ちゃんが、
「そうだ、部長。大ちゃんが撮影会の衣装の材料を買いたいって言ってたっすよ。週末に予定してるようなんで、手伝ってあげてくだせい」
と、唐突に、わたしに提案した。
「え、ええ。そなの、大ちゃん」
わたしは、ちょっとビックリして、大ちゃんを見上げた。
「いいんじゃないの、千夏。少しは、大作くんにも良い目をみせてあげたら」
そう言ったのは、今もパソコンに向かってタイプを続けているしずるちゃんだった。
「え、しずるちゃん。そんな事言われたって、どしようかな……」
わたしがちょっと困っていると、大ちゃんは、少し赤い顔をして、
「部長が手伝ってくれたら、うれしぃーんだなぁー」
と、言った。ええー、ホントにどしよ。
すると、さっきまで俯いていた久美ちゃん──多分そうだと思う──が、おずおずと声をかけてきた。
「わ、私も、一緒に行ってもいいですか? わ、私も、大ちゃんのお手伝いがしたいのですぅ」
そうは言ったものの、妹の方が釘を差してきた。
「久美ぃ、それはダメだよぉ。部長達、デートみたいなもんだからぁ」
妹にそう言われて、久美ちゃんは下を向いてしまった。わたしには、その時の彼女の肩が、少し震えているように見えた。
「……いです」
「え? 久美、どうしたの?」
姉の様子がおかしいことに気がついた美久ちゃんが、久美ちゃんに尋ねた。
「ぶ、部長は……、ズルイです……」
久美ちゃんは、下を向いたまま、震える声でそう言った。
「部長は、大ちゃんに想ってもらえて、皆にも手伝ってもらって。でも、それなのに、返事ははっきりしなくて……。部長は、大ちゃんの事、好きなんですか、嫌いなんですか。どっちなんですか!」
彼女はそう叫ぶと、顔を上げて、わたしの方を見た。その眼には、涙が溜まっていた。
「く、久美……。も、もしかして、大ちゃんの事……」
美久ちゃんが驚いたように、久美ちゃんに訊いた。
「そうよ、私も大ちゃんの事が好き。最初は、少し気になってただけなのに、気が付いたら大ちゃんの事を見てて。大ちゃんは部長の事が好きだからダメって、何度も思ったけど。でも、好きになっちゃったんだから、しょうがないじゃない」
久美ちゃんは泣いていた。美久ちゃんは、久美ちゃんの肩を掴むと、
「久美、何で早く言ってくれなかったの? 言ってくれれば相談にも乗るし、大ちゃんが間違わないように配慮も出来るんだよ。久美が言いにくかったら、私が久美になりすまして、言ってあげる事も出来たのに。何でよ。どうして言ってくれなかったの、久美」
と言った。
「分かるのよ」
「え? 何、久美」
久美ちゃんの囁くような言葉に、美久ちゃんは、少し困惑しているようだった。
「大ちゃんには、私達の事、どっちが誰だか分かるの」
久美ちゃんの声は、どこか疲れたようだった。
「ほ、本当? それ、本当なの、久美」
美久ちゃんは、本当に驚いていた。そして、大ちゃんの方を見ると、
「大ちゃん。ほ、本当に私達の事、見分けがつくの?」
「うん。そぉーなんだなぁー」
美久ちゃんの問い掛けに、大ちゃんはちょっと困ったような顔をして応えた。
「久美、だったら、何で早く私に相談してくれなかったの」
美久ちゃんが、再び久美ちゃんに問い正した。
「だ、だって、見分けがつくだけが理由で、好きになったって思いたくなかったんだもん。大ちゃんが私のことを久美だって見分けているように、私も大ちゃんが大ちゃんだから好きなのかどうか、悩んでたから……。そしたら、だんだん、大ちゃんと部長の事が気になってきて、辛くて。ああ、やっぱり私は大ちゃんの事、好きなんだって、分かったから」
ああ、そうだったんだ。わ、わたしが、いつまでも大ちゃんの事をはっきりしなくて、いい加減に済ませていたから、久美ちゃんを傷つけちゃったんだ。
「ご、ごめんね、久美ちゃん。わたしが、いつまでもはっきりさせないから……」
思いの丈を吐き出してしまった久美ちゃんは、ボロボロと涙をこぼしていた。
「ぶ、部長は、やっぱりズルイです。大ちゃんに想ってもらえて、皆に応援されてるのに。私だったら、大ちゃんの事を、こんな生殺しみたいな目にあわせません。大ちゃん、好きなんです。私の事を、西条久美という一人の女の子として見てくれる大ちゃんが好き。こんな私じゃ、ダメですか?」
泣きながらだったが、久美ちゃんは大ちゃんに告白していた。それに対して大ちゃんは、少し困った顔をして、こう答えた。
「久美ちゃん。ぼ、僕みたいな男を好きになってくれて、ありがとうなんだなぁー。でも、やっぱり、僕は部長の事が好きなんだなぁ。久美ちゃんの想いに、応えてあげられないんだなぁー。ごめんね、久美ちゃん。ほんとうに、ごめんなんだなぁー」
大ちゃんの答えを聞いた久美ちゃんは、
「やっぱり、そうなんですねぇ。そっかぁ、そうなんだぁー」
と言って、彼女は美久ちゃんの胸に顔をうずめて、泣きじゃくっていた。
「美久ぅ、私、振られちゃったよぅ。双子のかたっぽじゃなくて、一人の女の子の久美として振られちゃったぁ。あーん、美久ぅ」
美久ちゃんは、久美ちゃんの背中を、優しく撫でさすっていた。
「かわいそうに、久美。辛かったねぇ。でも、私がいるからねぇ。一緒に生まれた私が、久美と一緒に泣いてあげる」
そう言う美久ちゃんも、涙をボロボロこぼしていた。
「えーん、美久ぅ、美久ぅ」
「うん、分かってるよ、久美。辛かったね、久美ぃ」
二人共、そうやって、いつまでも泣いていた……。
そんな二人を前にして、わたしの喉は、言葉を忘れてしまっていた。
次の日の放課後、わたしは一番に図書準備室に来ていた。そして、以前に大ちゃんが作ってくれた、メイド服に着替えると、お茶の準備を始めた。
もうすぐ大ちゃんが来る。そしたら、今度はちゃんと言うんだ。「わたしも大ちゃんの事が好きです」って。
わたしの気持ちをちゃんと伝えるんだ、大ちゃんに。




