里美大作（１）

　わたしとしずるちゃんが部室に来た時、例の双子ちゃん達がもう先に来ていた。

「あっ、二人共待った？　今お茶淹れるからね」

　わたしがそう言うと、双子ちゃんは、

『さっき来たとこですぅ』

　と、ハモった返事を返してきた。

「じゃ、すぐに用意するね」

　そうやって、わたしがお茶の用意をしていると、舞衣(まい)ちゃんと大(だい)ちゃんがやって来た。

「今日は、部長のためにメイド服を作ってきたんだなー」

「ホラホラ、部長。見て下さい。可愛いっすよ」

　そんな二人の様子にしずるちゃんは、チラッと衣装を見ると、

「あら、可愛いじゃない。舞衣さんが作ったの？」

　と、問いかけた。

「いやぁ、あっしはこんな細かいこと、出来ないっす。これは大ちゃんが作ったんすよ」

　そ、そなんだ。人は見かけによらないんだ。

「へぇ、大作くんは意外と器用なのね。千夏(ちなつ)、折角だから着てあげれば」

　普段、しずるちゃんは舞衣ちゃん達に写真を撮られたりしてイジられている所為(せい)か、わたしに向かってサラリとそんな事を言ってきた。

「え、ええっ、何でぇ。こんな衣装着るのって恥ずかしいよ」

　いくら普段からお茶を淹れてるからって、メイド服はやだよ。わたしが抵抗してジリジリと後退ろうとしてはみたものの、今度は両脇から声がかかった。

「大丈夫ですよぉ。私と美久(みく)とで、手伝いますからぁ」

　双子の西条(さいじょう)姉妹も乗り気のようだ。これを四面楚歌と言うのか。

（う〜ん。折角大ちゃんが作ってくれたんだよね。部室の外に出るわけでなし……。今日くらいは、着てあげよかな）

　わたしが、少し絆されかけているところ、

「部長だったら、きっと可愛いと思いますよぉ」

　と、久美(くみ)ちゃんかな？　美久(みく)ちゃんかな？　が、最後の一押をした。

「そかなぁ。じゃぁ、今日一日だけってことで、着てあげよう」

　皆が着て欲しいって言ってるんだ。わたしは、先の事も考えないで、気楽に返事をしてしまった。まぁ、メイド服で校内を練り歩くことも無いだろうし。

「決定っすね。ささ、部長はこちらへ。大ちゃんは、ちょっと席を外すっす」

　舞衣ちゃんに言われて、

「うぃ〜す」

　と言って、大ちゃんは図書準備室の外に出た。

　しかし、こんな服、わたしに似合うのかなぁ。疑問を持ちつつ、わたしは制服を脱ぎ始めた。ブラウスのボタンを外している時、

「部長って、身長のわりには結構胸ありますよねぇ」

　久美ちゃんだか美久ちゃんだかが言った。やっぱり、どっちがどっちか見分けがつかない。

「そかなぁ。あんまり気にしたことないけど」

「あ、部長、ブラのサイズ合ってないっすよ。ちゃんとしたのを付けないと、形が悪くなるっすよ」

　そんな雑談の途中で、舞衣ちゃんが指摘してきた。こいつ、意外と細かいところ見てるなぁ。

「そお？　チョットきついだけで、なんとも無いよ」

　わたしが気にしていない事を告げても、彼女は引かなかった。

「ダメっす。こういうちょっとしたところから、女子は体調を崩したりするっす。部長、今日は帰りにランジェリーショップに行きましょう」

　ただの変態ヲタク少女と思っていたが、存外女の子らしいところがあるんだなと、わたしは驚いていた。でも、今日、道草をするのは想定外だ。

「ええっ。今日行くの？　でも、下着って結構高いし、今月お小遣いピンチなんだけどな」

　この点でも、わたしは抵抗したが、それは空振りに終わる。

「ダメですよ部長。私達で選んであげますからぁ」

　と、双子ちゃんの一方が言った。う〜ん。やっぱり、いい加減に区別出来るようにならないとなぁ。

　一方のしずるちゃんはといえば、久し振りに自分がターゲットじゃないものだから、例のノートパソコンに向かって創作活動をしていた。そんな彼女のところに舞衣ちゃんが近づいた。

「おっ、そういや、しずる先輩の制服のベスト、胸のところキツくないっすか？」

　写メの話かと思えば、彼女は制服のことを訊いていた。

「あ、ああ。……そうなのよね。よく分かったわね」

　舞衣ちゃんの意外な問に、しずるちゃんも感心したように、キーを叩く手を止めた。

「ふっふっふ。大ちゃんの観察眼にかかったら、スリーサイズとか簡単に分かっちゃうんすよぉ」

　そんな種明かしを聞いて、彼女は少し嫌そうな表情をした。

「それはそれで凄い特技だけど……。何か視姦されているようで、あたしはちょっと抵抗あるわね」

　少し引き気味のしずるちゃんに、舞衣ちゃんは性懲りもなく迫っていった。

「それはそれで置いといて。あっし達で、しずる先輩のためにベストを改造したんすよ。体型にピッタリ合っているはずっす。これなら胸も苦しくないっすよ」

　舞衣ちゃんはそう言いながら、紙袋から濃紺のベストを取り出していた。

「それは助かるわ。制服って規定のサイズと形しか無いから、これより上のサイズにすると、今度はお腹のところがダボダボになるのよね。ちょうど困ってたとこなのよ」

　しずるちゃんはそう言うと、立ち上がって制服のブレザーを脱ぐと、椅子の背もたれにかけた。

　そのまま受け取ったベストに着替える。

　何回か腰を中心に上半身を捻ったりしていたが、しばらくすると、ちょっと驚いたようにこう言った。

「あら、ホント。ピッタリだわ。胸の形にフィットしてるのね。大作くんも器用なものね」

　そんな彼女を前にして、またもや舞衣ちゃんは、デジカメを操作していた。

「舞衣さん！　何またあたしの事撮ってるのよ。いい加減にしなさい」

　しずるちゃんの怒ったのも無理はない。しかし舞衣ちゃんの返事は想定外だった。

「いやいや、これは違うっす。大ちゃんのために、部長のセミヌードを撮ってたんすよ」

「ああ、そう。あたしじゃないならいいわ」

　何だとぉ。ちょっと待った！

「いや、ちょっと待って。それにわたしの下着姿が写ってんの。ちょっと、それ無し。消去、消去して！」

　しずるちゃんには遥かに劣るとしても、わたしだって女の子だ。こんなあられもない姿を撮られたら、たまったもんじゃない。

「いいじゃない、千夏。ヘアヌードじゃ無いんだし。あたしなんかしょっちゅう撮られてんだから、千夏も少しくらいサービスしたらいいのよ」

　普段から自分が槍玉に挙がっている所為か、しずるちゃんは冷淡にそう言った。

「いや、違うから。露出の度合いが、全然違うから。お願いだからそれは勘弁して」

　わたしは半べそをかきながら抗議したが、舞衣ちゃんからは、

「もうクラウドにアップされてるっす。今頃は、大ちゃんもスマホで堪能してると思うっすよ」

　と、ヒドイ言葉しか返ってこなかった。

「ああああ、そんなぁ。ヒドイよぉ、舞衣ちゃん。大ちゃんの顔、まともに見れなくなっちゃうよぉ」

　わたしは失意のあまり、床に膝まづいてしまった。

（そんなぁ。ヒドイよ。ええん、下着姿なんか、お父さんにも見せたこと無いのに）

　そんなわたしの心の内を知ってか知らずか、皆、勝手なことを言っていた。

「水着だったと思えばいいっす。露出度は同じくらいっすから」

「そうよ、千夏。気にしたら負けよ」

「大丈夫ですよぉ、千夏部長。きっと、キレイに撮れてますわぁ」

「撮れてますわぁ」

（わああ、皆ったら。問題点って、そこじゃないから）

「ちょっとぉ、論点が違うよ。ああっ、もうお嫁に行けないよぉ」

「大丈夫よ。千夏のことは、大作くんがしっかり面倒見てくれるわよ」

「そんなんで慰めにならないよぉ」

「まぁ、部長、そんなこと言わずにぃ。さぁ、後はおリボンだけですよぉ」

「ほらぁ、出来ましたわぁ。メイド服姿の部長も素敵ですよぉ」

『とぉっても、可愛いのですぅ』

　そうなのだ。わたしが泣き崩れている間も、双子ちゃん達はわたしの着付けを続けていたのである。

「そうやって、メイド服姿で泣きべそをかいているのも、それはそれで絵になるわねぇ。創作意欲を掻き立てられるわ」

　しずるちゃんも、こんなところでプロ意識なんか出さないでよ。

「ううう、しずるちゃん、ヒドイ！」

　わたしは、今になって舞衣ちゃん達におもちゃにされる(・・・・・・・・)のがどんなに辛いことか解(わか)った。ああ、終わりだ。わたしの人生がおわた……。

「じゃぁ、そろそろ大ちゃんを呼んで来るっす」

　そう言って舞衣ちゃんは、図書準備室のドアを開けようとしていた。

「ちょ、ちょっと待って。ま、未だ、心の準備が……」

　と、言ってはみたものの、間に合わなかった。

　準備室のドアをくぐって、大ちゃんが入って来たのである。彼は、鼻の穴にティッシュを丸めて突っ込んでいた。

「部長ー。ごちそうさまでしたぁー」

（え？　ごちそうさまって、見たの？　大ちゃん見ちゃったの？）

　わたしは真っ赤になって、その場から立ち上がれずにいた。うう、もう二度と立ち上がれないかも知れない。

「部長のメイド服姿、凄く似合ってるんだなぁー。物凄く可愛いんだなぁー」

　大ちゃんは、赤くなりながらわたしを見つめていた。

（うぐぐ、そんなに見つめないで）

　わたしは、羞恥心でいっぱいいっぱいになっていた。

　そんなわたしに、大ちゃんが近付いて来た。どうするのかと思えば、その太い両手でひょいとわたしを持ち上げたのだ。そうして、手近の椅子のところに運ばれたわたしは、ゆっくりと降ろされた。力が抜けていたわたしを、彼は、椅子の上に丁寧に座らせてくれた。

「今日は、僕がお茶を淹れるんだなぁー。部長みたいに美味しく淹れられないかも知れないんだけど、頑張るんだなぁー」

　大ちゃんは顔を赤らめながらそう言って、そそくさとお茶の用意を始めた。

　大ちゃんの淹れてくれたお茶は、涙の味がした。ちょっと苦かった。くすん。