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私の世界


「大丈夫、俺は間違っていない」


 誰もいない室内に、自分の声がぽつりと反響する。

 目の前の姿見から、彼女とは似ても似つかぬ自分の姿が見返してくる。


「あの子の為にも、あいつの為にも……そう納得しただろう」


 頭ではわかってはいても、先程の彼女の様子に動揺は収まらない。

 何時もの彼女とは違う……自分を優先し、それ故に我を通す彼女とはまるで……。


「……いや、そんなはずは無い」


 彼女は無知で、それ故に醜悪だ。


 力無い者の無知は許される。けれど、力ある者の無知は許されない。それが腕力だろうと、権力だろうと。

 彼女はいつだって力のある無知だ。彼女はなにも考えようとしない、知ろうとしない。

 様々な要因があって与えられているものを、それが当たり前だと享受する。周囲の為に使うべき力を、自分の為だけに使うのだ。

 力ある無知は強欲だ。何時だって自分の置かれた環境に甘え、それ以上を望む。我慢を知らず、必要としない。


 そう、彼女は何時だって無知だった。……そのはずなのだ。


「揺れるな。己が信じた正義は、貫かなくてはならない」


 そうでなければ、それは最早正義では無くなってしまう。

 見つめる先の自分は、もう何時もの自分と変わらなかった。




_______________





 世界はいつだって、私を中心に回っている。

 前はいい意味で、今は悪い意味でそう思っている。


 初め、繰り返される1年はその結末を憐れんだ神様が、私の為に情けを与えてくれたのだと思っていた。運命は変わらないのだと、理解するまでは。

 けれどそれを知り、理解したとてやはり世界が私を中心に回ってる事に変わりはない。世界は私の破滅を望み、私の為だけに繰り返される。


「そのはずなんですけれど……ね」


 心のもやもやは、時折こうして顔を出す。どうしても感じる、言いしれぬ違和感。

 この正体を知るとっかかりになりそうな方法はある。この繰り返しでどうしても試せなかった事の一つ。

 何度頭に浮かんでも、実行できなかったそれは、死よりも恐ろしく、ループよりも面倒で……非情だ。


「結局何度繰り返しても、知恵はつけども本質は変わらないと言う事ですわね……」


 私の呟きに答えるように、馬車が緩やなスピードになる。恐らく屋敷へと着いたのだろう。

 あの後授業が終わり次第、学園から逃げるように屋敷へと戻った。きっと今頃は噂が飛び交っているに違いない。

 外側から馬車の扉が開く。扉の横で待機しているアルに、ふと聞いてみたくなった。



「ねぇ、アル。もしも時間が戻るのならば、貴方は何をなさいますかしら?」


 馬車から降りながら、アルに問いかける。唐突なその問いに、彼はゆっくりと顔を上げ少し悩んでから口を開く。


「それはどの程度戻るのかにもよりますね。昨日に戻るならば、ヴォルフガング様にはお嬢様は気分が優れないとお断りを入れておきます」


「ああ、なるほど」


 そう言えば彼は、あのドタバタ愛憎劇を傍らで見ていたのだったと思い出す。

 彼も彼なり、にアレックスには思うところがあったのだろう。……まぁ仮にも主人があれだけ馬鹿にされていれば、怒りもしますわよね。


「子供の頃に戻るのならば、そうですね……今よりも優秀な執事になる為に、勉強を更に頑張るでしょうか」


「貴方って、本当に真面目ですわねぇ」


 屋敷に向かって歩きながら、呆れた声をだしてアルに視線をやる。彼の家は代々執事を輩出している家系で、彼は子供の頃から執事になる事のみを目標としていたらしい。

 けれどせっかく"もしも"の話なのだから、今度は執事以外を目指すくらい言えばいいものを……。優秀なのも考え物ね。

 視線を前に戻すと、もう屋敷の扉はすぐだった。入ったらまずに着替えて、猫に会いに行って……等とやる事を色々と思い浮かべながら、最後にもう一度口を開く。



「では、一年前なら?」


「一年前、ですか?」


 私の問いに一つ瞬きを入れて、さして考えるでも無くアルは答える。


「一年前なら戻ったところで、おそらく何も変わらないですね」


 なんの感慨もなく答えた彼に、知らず口角を上げて頷いていた。


「そうね。一年では何も変わりませんわよね」


 そう、何も変わらない。変わりはしない。アルが扉を開ける。さあ、こんな"もしも"なんて話はお終いだ。







「ねぇ聞きまして? ほら、例の子を口実にして……」


「ええ、自分だけ上手くおやりになりましたわね。やはり平民出は……」


 朝から私を見るにつけ、ひそひそと交わされる会話にうんざりとする。

 どんなに嫌われようが、陰口を叩かれようがそれはいい。むしろそうなるように仕向けている。けれど、その理由が頂けない。

 やはり自分の意志でそうなる事を選ぶのと、そうなる事を強要されるのでは全然違う。


 教室に着くまでに、あと何回こんな胸糞悪い会話を聞かなければならないのだろう。いい加減面倒ですわね……。


「ねぇ貴女達、言いたい事があるのなら、はっきりおっしゃってはいかが?」


 教室に向かって歩いていた足を止め、彼女らに向き直る。

 途端、蜘蛛の子を散らすように逃げていくその後ろ姿に舌打ちをしたくなる。正々堂々正面から話を聞いてくれれば、即座に違うと否定してさしあげますのに。


「本当、あの眼鏡やってくれましたわ」


 昨日のサロンの話は、捻じり捻じれて尾ひれが付いた。

 曰く


 ーウェルベルズリーのご令嬢は、白薔薇のサロンに行きたいあまりに転入生の平民を使い、副会長を半ば脅すように約束をとりつけたー

 ーなんという恥知らずー


 これが意図的に流されたものか否かはわからないが、アレックスが関わっているのだからそう仕組まれていてもおかしくは無い。

 野次馬の前で恥を忍んであれだけ大立ち回りを演じたと言うのに、あそこで起きた出来事は全てこの噂で塗り替えられてしまった。


 噂とはそういうものだ。面白い所だけ切り取られ、繋ぎ合わされて広まる。

 直接見たわけでも聞いたわけでもないだろうに。けれど、誰が語ったのかもわからないそれを、さも正しい事のように彼らは話す。

 より声が大きい方を、より面白そうな方を……そうやって取捨選択する。真実かどうかは二の次だ。

 そして定着した噂は、真実として扱われる。当事者なんて置いてけぼりだ。


 勿論、私もそれを利用しようとあんな事をしたのだが、見事に返り討ちを喰らってしまった。

 今度こそ、情報戦は先手を取れたと思いましたのに……。


「何回繰り返しても、身に覚えの無い噂と言うのは腹に据えかねますわね」



 教室に入ると同時に視線が集まるが、いつもの事ながらそれらを無視して席へ向かう。

 今日もエステは、既に自分の席に座っている。また面倒な絡み方をされなければいいけれど……。

 そのまま彼女を通り過ぎて着席すると、予想に反してエステが満面の笑みで私を振り返ってきた。


「おはよぉ~!アメリア、一緒にサロン行くんだってね!っていうか行きたいなら行きたいって言えばいいのに~、あんな言い方じゃわからないよぉ」


「……私一緒に行きたいなどと一言も言っておりませんし、行く気もありませんけれど」


「えぇ~?だって私をダシに、一緒にサロン出入りする許可貰ったんだよねぇ?」


 指を顎に当て、小首を傾げながらそんな事を言う。

 くぅ……この女の口から、こんな屈辱的な言葉を浴びせられようとは。


「違いますわ。昨日お兄様のところへ貴女のお話をお断りに行ったら、オールストン様が無理矢理私を貴女のお目付け役にしたんですのよ」


「ん~?一緒に行くことは決定しているんだから、もうそれでいいんじゃないかなぁ」


 両手を合わせてエステがにっこり笑う。

 良くない。全然良くない。それにいたる過程も、私の意見が全く反映されていない点も、良いわけが無い。

 まぁエステからしたら、それは"どうでもいい"事なのだろうけれど……。


「それにしても貴女、随分嬉しそうですわね……」


 正直この反応は意外だった。エステの事だから、私が同行する事を絶対に嫌がるだろうと思っていたのに。

 それとも私が振り回されている事に喜んでいる……と考えるのは穿ち過ぎかしら。


「だって嬉しいもん!まさかこうなるなんて思ってもみなかったけどさぁ。頑張った甲斐があったよぉ~えへへ」


 何を頑張ったと言うのかしら。もしかして、噂をばら撒くのを頑張ったなんて言わないでしょうね。


「よかったですわね、貴女の思い通りに話が進んで」


 もし噂をばら撒いたならと嫌味のつもりで言ってやったが、彼女は言葉通り捉えたようだ。


「うん?まぁそうだね~っていうか、そうなるようになっている……って感じかなぁ~」


 何という傲慢発言。世界は自分の思い通りに進むと言うことですの?

 けれど、確かに平民なのに貴族の学校に入れたり、生徒会長に気に入られたりすれば、そう思ってしまうのも無理は無いのかもしれない。昔の私のように。


 眉を顰めて言葉を返さない私に、エステは特に気にする事なく笑顔を浮かべて口を開いた。


「あ!でも私物語はハッピーエンドが好きだから、ハッピーエンドの為には頑張るよぉ!」


 相変わらず何を言っているんだという感じだけれど、あれかしら……放っておいても思い通りの人生だけれど、ハッピーエンドの為に更に手を尽くすって宣言かしら。

 まぁ誰だって、自分の人生はできる限りハッピーエンドで終わらせたいだろう。その為の努力は、好きにすればいいんじゃないかしら、としか言えない。どうせ私は幸せな最後とは無縁ですし。


「子供の頃にね、読んだ物語の中に~王子様を違う女の子に取られて、失恋したお姫様は泡になって消えてしまうってお話があってねぇ」


 ぽんぽんと飛ぶ会話にはもう慣れてきた。しばらくすれば、向こうが飽きてくれるだろう。

 それにしても、似たような話は知っている。エステは大分端折っているが、勘違いから産まれる切なくも悲しい恋を書いた物語だ。


「私あれが許せなくってぇ、バッドエンドの部分だけ破いて、新しくページを書き直してあげたんだよぉ~!お姫様と王子さまが結ばれて、めでたしめでたし~ってね!」


 無邪気な笑顔でそんな事を言うエステに、何故だかゾッとした。

 背中を冷たい汗が伝い落ちる感覚に、ビクリと体が震えそうになる。


「ね?ハッピーエンドでしょ~頑張ったもん」


 ハッピーエンド?それは本当にハッピーエンドなのだろうか……。

 彼女や王子様の気持ちは無視して?彼の為に死を決意したお姫様の覚悟も無かった事にして?

 王子様とお姫様が結ばれて、本来王子様と結ばれるはずの女の子は?その家族は?彼女達も、ちゃんとハッピーエンドにしてあげたのだろうか。

 エステの表情から覗うに、そこまで深く考えてはいないような……。


 そんな自分の考えにハッとする。私こそ、何をムキになっているのかしら……。

 所詮は空想の物語。現実では無い世界の物語……。そんな世界の事を、誰だって真剣に考えるわけが無い。

 主人公が幸せならば、それがハッピーエンドだ。そのはずだ。


 しかし……そう思えば思う程、何故だか寒気が止まらなくなってくる。 



 『力ある者の無知は罪だ』


 ふと、子供の頃に兄が言っていた言葉を思い出す。

 あの時は何とも思わなかった言葉が、何故だろう……とても恐ろしく感じた。


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