第91話 聖女の意地
最終周回 エルデネサントの野 聖女マミア
―――勇者が!!!
突如出現した不気味な杭に攻撃された勇者に慌てて近寄ろうとするが、魔法障壁が邪魔だ。迂回すればいいのだが、その時間すら惜しい。
「メルウェル!」
「合点承知の助!」
メルウェルがばばーんと魔法を撃ちこむが、少し揺れた程度で壊れない。魔王軍が張った魔法障壁は結構固いようだ。ええい、面倒な!メルウェルが更なる魔法を放とうとしたところで、魔法障壁が解かれる。恐らく魔王軍側が解除してくれたのだろう。私は慌てて勇者に近寄った。
なんだ、これは。勇者の全身が多数の暗紫色の杭によって地面に打ち付けられている。その貫いた杭からは血が流れ出ていた。勇者は…まだ生きている!
「貴様!!!勇者はもう抵抗していなかっただろう!それなのにこれは何だ、こうまでするのがお前らのやり方か!」
タスクが傍で何やら敵の総大将相手に喚いている。
「タスク、うるさい!」
私は勇者に向かって懸命に回復の魔法をかけるが、効果がほとんど無い。これは…この暗紫色の杭に阻害されている?
そっと暗紫色の杭に手を伸ばす。
―――バリバリッ!
触れた瞬間、激しい音を立てて私の全身に電撃が走る!くぅっ!
だが、触って分かった。これは呪いの一種であると。そしてこのままにして良い物ではないと。
己の神聖力のありったけを暗紫色の杭に注ぎ込む。その間にも電撃は聖女の肉体を苛み続ける。舐めるなっ!私は聖女なのよ!!!
―――パリンっ!
という何かが割れるかのような音とともに暗紫色の杭は真っ白になり、雷撃は止んだ。そして、白くなった杭はぽろぽろと崩れて無くなった。これがあと20本以上…だけど負けられない!
「勇者、頑張って。」
私は軽く回復の魔法を勇者にかける。先程よりほんの少し通りがよくなった気がするが、流れ出る血の量とはとても釣り合っていない。
「タスク、これは…この杭は呪いだよ。恐らくそっちの魔王軍は関係ない。一本祓うのにすら凄まじい力を持って行かれる。魔力ポーションありったけ持ってきて!」
『お、おう』といい、魔王軍の方をちらっと見て、敵の総大将…アドラブルが、いいから行けと手で促すとタスクはすまなそうに自陣に走って戻っていった。
私は二本目の杭に手を伸ばす。また凄まじい電撃が全身を貫く。耐えて耐えて杭に神聖力を流し込む。くぅぅぅぅっ!
―――パリンッ!
やっと…これで二本。本当は心臓近くやお腹あたりの杭から抜いてあげたいんだけど、この杭が回復魔法を阻害する以上、心臓近くの杭から抜くとそれだけで出血が余計に酷くなってアウトね。手足の先の方から抜いていかないといけないわね。
いくっ、三本目っ!
ぐうううううっ。キツイ、でも勇者が!!!
はぁぁぁぁぁぁっ!
―――パリンッ!
はぁはぁ、はぁはぁ。はぁはぁ、はぁはぁ。早く…呼吸を整えないと、時間がっ!
すると私の背後に誰かが立った。
「マミアちゃん。私にもそれ出来るかな?」
とメルウェルが聞いてきた。
「いや、無理よ。この電撃はあくまでも妨害手段の一つでしかなくて、本質は呪いなの。しかも恐らく邪神クラスのね。私みたいな聖女でもない限り、一瞬で呪い殺されるのはオチよ。」
そんな…と悲しい顔をするメルウェル。
「でも、メルウェルにも出来る事があるわ。私の魔法力だけじゃ、絶対にこれだけの数の杭を祓えない。だからメルウェルの魔法力を私に分けて欲しいの。」
わかった、と言ってメルウェルは私の背中に手を当てて早速私に魔法力を送り込んでくれた。正直助かったわ。たった三本の杭を祓うだけで私の魔法力はもう既に底が見えていたのだ。他人への魔力の譲渡の効率はかなり悪いが、メルウェルは私とは比べ物にならない程の魔力量を誇っている。メルウェルの助力があればっ!
四本目っ…!
―――バチバチッ!
―――きゃああぁっ!
電撃は私の背中に手を触れていたメルウェルにまで走った。そうよね、電撃なのだから。
―――ぐぎぎぎぎぎぎ
メルウェルが歯を食いしばって、女の子がしてはいけないような顔をして雷撃を耐えながら私に魔法力を渡してくれている。ありがとう、メルウェル。
食らえっ!はああああああっ!
―――パリンッ!
はぁはぁ。はぁはぁ。メルウェルは、ガクリと膝をついた。辺りに二人の吐息だけが響き渡る。
「マミアちゃん、悪いんだけど、私ではあの電撃を何度も耐えるのは無理そうなの。だから合間合間にマミアちゃんに魔力補給する形でもいいかな…?」
この根性無しー!と言いたいところだけど仕方ないわね。割とメルウェルが避雷針になったのか、あの間はちょっとだけ楽だったのだけれど。
時間が惜しい!さぁ一気に行くわよ!
五本!六本!七本…!はぁはぁ、キツイ!でも勇者が!
タスクが持ってきたマジックポーションをがぶ飲みする。
そして、八本!
「タスク!あんたも魔力寄越しなさい!」
「えええ!?俺、あんまり無いぞ?」
「いいから!ポーション飲みながら、私に魔力渡しなさい!」
と言った遣り取りが先程あり、タスクは既に煙を上げて倒れている。
九本!十本!
魔王軍も協力してくれるのか、マジックポーションを提供してもらえたようだ。私はそちらに軽く会釈をしつつ、杭の呪いを祓う事に集中する。
十一本!
まずい、連続で飲んだせいか、マジックポーションの効果が薄れてあまり回復しなくなってきた。
十二本!十三本…!?
メルウェルがマジックポーションを飲み始めた。魔法力が尽きかけているって事!?そんな…まだこんなに杭は残っているのに!?
勇者を見る。勇者は気を失っているようだ。そして杭が抜かれた十三か所からは真っ黒な血がどくどくと零れ続けている。
いや、考えている暇はないわ!
十四!十五!…と数を重ねていく。
じゅ…う、ろっぽ…ん目っ!
―――パリンッ!
―――ドサッ。
思わず後ろを振り返ると、そこには無数の空のマジックポーションに囲まれ、顔は煤だらけまとったローブは焦げだらけのメルウェルがぶっ倒れていた。
「そんなっ!メルウェル、お願い!目を覚まして!貴女がいないと、貴女がいないと勇者を助けられないの!あと八本なのよ!」
メルウェルの頬を軽くたたく。しかし反応はない。限界まで頑張ってくれた後なのだろう。
既に勇者軍の人族の魔法使いは粗方マミアに魔法力を提供していた。変換効率が悪過ぎるせいで一人前程度では魔法力をマミアに分け与える事は出来ず、その対象人数は非常に限られていた。
そしてまた、回復魔法が使える僧侶なども総出で勇者に回復魔法を唱え続けていたが、こちらは黒い杭にほぼ弾かれてしまっており、半分以上の杭が抜けた今でも回復魔法がまともに効くのは聖女マミア本人くらいのものだった。
そして魔王軍だが、異種族間において魔力譲渡はほぼ効果が無いため、魔王軍に出来る事は魔法ポーションを提供するくらいだった。
相も変わらずメルウェルの頬をひっぱたく聖女マミア。
しかし反応は無かった。見かねたタスクがマミアを止める。
「もう、よせ。メルウェルは限界を超えている。」
「でも、だって!勇者が!」
黙って首を振るタスク。
「なんで勇者が!確かに負けて死ぬのは仕方がないわ。でもここまでこんなに頑張ってきた勇者の最後がコレだなんてあんまりじゃない!!!」
この時点では誰も知らなかったが、聖女マミアがこの一連の作業で暗紫色の杭を直接握りしめていたせいなのか、杭を一本抜いて解放する度に勇者の一周回分の記憶がマミアに流れ込んでいたのだった。だからマミアは勇者の過去の記憶の旅を見ながら、雷撃に耐え杭の呪いを祓っていたのだ。
「もういい!私が、私が、なんとかしてみせる!」
マミアの顔色は白を通り越して青に近くなっていた。雷撃に耐えつつマミアの握る十七本目の杭は、少しだけ白くなるものの半分以上白くなることは無かった。
「どうしてっ、どうしてこれ以上白くならないの!どうしてよっ!!!」
戦場だった場所に聖女の悲痛な叫びが響き渡る。その時だった。
―――ぽんぽん
マミアは振り返った。それは勇者の手だった。十六本の杭を祓った結果、手に刺さっていた杭は全て抜けており、自由になったその腕から血を流しつつも勇者はマミアの頭をぽんぽんと撫で続けた。
「うう…うう…どうしてよ、どうしてなのよ!誰か、誰か助けてよ!誰でもいいの!誰かお願いだから勇者を、勇者を助けてよぉぉぉ!」
戦場に聖女の悲痛な叫びが響き渡る。その声に応えられる者は誰もおらず、みな俯くだけだった。




