第85話 最終決戦二日目後半
最終周回 エルデネサントの野 アドラブル
だが、忘れてはいないだろうか。
ゴブリンの特効とも言える重騎士隊が勇者軍にいるのならば、騎兵の天敵といえる部隊が魔王軍にいる事を。
「よし、行くぞ」
アドラブルは、背後の飛竜部隊に声をかけると《《自ら》》も騎竜に乗り、先陣を切って重騎士が暴れる戦場に突入した。小高い丘上から滑るように戦場に突入した飛竜部隊は重騎士に火の息を浴びせかけると、何体もの騎馬兵が炎に包まれる。そして、飛竜部隊は一斉に咆哮を上げた。
途端に恐慌状態に陥る騎馬達。精鋭部隊はともかく近くにいたゴブリン兵まで恐慌状態に陥ったのはご愛敬だ。飛竜の数は三十程だったが、それだけの飛竜が空中から火の息を何度も浴びせかけるとそれだけで戦場の空気は一変した。
バランスの針は再度魔王軍に傾いた。
そのまま飛竜部隊でこの場の魔王軍の優勢を決定付けたかったが、この場にとどまり続けるのは危険だ。かつて飛竜部隊を見せた事がある以上、移動式の大弓などが出てくるかもしれない。勇者一行の魔法使いにも狙われるだろう。
なのでこの場は精鋭部隊に任せて、アドラブルは更に《《前》》に出る事を選んだ。
アドラブルが片手を上げると、それぞれ戦っていた飛竜隊の面々はアドラブルの飛竜の背後に勢揃いした。
「目指すは敵本陣、勇者の首だ。行くぞ!!!」
勇者軍の中軍はほぼ全軍が前方で魔王軍と戦っている。とはいえ、予備兵数千が勇者に付き従っており、飛竜三十騎でどこまで戦えるかという部分はある。そこでアドラブルは事前に部隊に作戦を授けていた。
副隊長を兼ねるエルデネトが半数の飛竜隊を引き連れて勇者軍の更に後方に控える物資の集積所及び野戦病院を襲うのだ。恐らくまだ勇者が前線に出ないうちは聖女もそちらにいる筈で、聖女を勇者から引き離しておくのもエルデネトの役目になる。
エルデネト率いる十五騎が離脱したのを確認すると、アドラブルは残りの十五騎を引き連れて勇者の本陣に突撃した。
「いたぞ、あそこだ!」
正面に勇者が見える。勇者もアドラブルに気付いたのだろう。勇者は火球の魔法を唱えると、小手調べとばかりにアドラブルに撃ってきた。アドラブルは破軍刀で一閃、消し飛ばすとお返しとばかりに飛竜に火の息を吐かせて、そこいらにいる勇者軍の兵士ごと野営地を焼き払った。後続の飛竜隊もそれに倣い、野営地をブレスで吹き飛ばしていく。
アドラブルだけはそのまま自らの飛竜に前進を命じ、勇者の近くまで接近すると飛び降りながら勇者に斬りかかった。
「勇者ぁぁぁ!」
―――ガキン、ガキィィン!ドガッ!
勇者はアドラブルの空中からの勢いの乗った二連撃をかろうじて耐えきったが、三発目ともいえる回し蹴りはガードこそ間に合ったものの、勢いまでは殺せず勇者は吹っ飛んだ。いくつもの天幕を巻き込んで吹き飛ばす形でその勢いは止まった。
その間にアドラブルは着地して態勢を整えると、周囲から群がってくる勇者軍の一般兵に火球魔法の範囲版である火爆の魔法を三連でぶつけてまとめて吹き飛ばし、格の違いを見せつけた。
アドラブルは周囲の一定時間の安全を確保すると勇者が吹っ飛んで行った方向に追撃に向かう。勇者はようやく起き上がるところだった。間髪入れずに斬りかかろうとしたところを、何かの気配を感じすんでのところで思い止まった。すると目の前を雷の槍の魔法が通り過ぎていく。あぶない、攻撃しようとしたら、横から食らっていただろう。勇者一行の魔法使いか。横を見ると更なる雷の槍を用意しており、撃ってきた。アドラブルはそれを確認するとひょいっと後方へ飛び下がり避けた。
それからは勇者と魔法使いとの二対一が続いた。流石に二対一では一時的に優勢になる場面も無い訳では無かったが、押し切るのは無理な話だ。次第に周囲の帝国軍一般兵も連携してくるようになると、流石のアドラブルも苦戦は免れなかった。
「閣下!お話があります。」
そんな中、エルデネト率いる残りの十五騎の飛竜隊が合流してきた。後方の補給集積地を焼き払うなどの戦術目標こそ達成できたものの、聖女を抑えきることが出来ずいずれこちらの勇者に合流されるとのことだった。今でも苦戦しているのに、この上聖女に合流されてはとても勝ち目がない。そう判断したアドラブルは、撤退命令を出した。
勇者がそのまま追撃してくるかと思ったが自軍の立て直しを優先したのか、追撃してくることはなかったため、アドラブルはそのまま撤退する事にした。本陣の勇者一行が再編成を終え予備兵を率いて前線に顔を出したころ、奇しくもだいぶ日も傾き始めていたため、バルダッシュは潮時かとそれ以上の戦果を求める事をやめて魔王軍が退く形で二日目が終わった。
中央での両軍の激突は飛竜部隊出現後は終始魔王軍の優勢で推移した。飛竜が戦場を離れても自軍後方で飛竜が戦っている音が聞こえる以上、重騎士隊の騎馬が落ち着くことはなく、バルダッシュ率いる精鋭部隊が中心となり、タスク率いる勇者軍を押し込んだ。
尤も不利だっただけで潰走したという訳でもないので、勇者軍としても勇者の援軍が来るまで粘りきる事ができたとも言えるだろう。
一方で左右軍だが、不利と思われた魔王軍だったが中央での優勢が伝わると、左右でも士気があがり、劣勢だった事に違いはないが耐えきったとの事だった。
開戦前はほぼ五分もしくは微かに勇者軍が良いかと思われた戦況は、二日目の結果を受けて魔王軍が優位になったと言えるだろう。勇者軍中軍の被害はもちろんの事、勇者軍中軍の野営地及び物資が焼き払われた事は、左右軍から補給すればいいので致命的ではないが、地味に痛い被害だった。
そして中軍を現状のままにして再度今日の魔王軍の攻勢を受ける訳にはいかないので、左右軍重視の作戦を明日以降も続ける訳にはいかなそうなのが、勇者にとって一番の悩みの種であった。




