第81話 勇者の奥の手
最終周回 6月 帝国領北部街道 アドラブル
勇者軍の左翼陣を突破し街道を北へ北へと撤退路を急ぐゴブリン兵達のうち数人が、ふと何かの物音を聞きキョロキョロとあたりを見回した。すると街道傍の森から重騎士隊が馬蹄の響きを轟かせて突如現れ、逃げるゴブリン兵の列に横から突き刺さった。
そのまま重騎士隊は左勇者陣を突破して魔王国へ逃げ帰ろうとするゴブリン兵を散々に追い回して蹴散らした。
【戦場略図】
[要塞エルグレア]
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| |
|撤|
|退|←[重騎士隊]
|路|
[左翼陣][中央陣][右翼陣](勇者軍防衛陣)
(陥落)
↑ ↑ ↑
[ 魔 王 軍 ]
↑
[帝国奇襲部隊]
勇者もまたアドラブル同様に奥の手を隠していたのだ。
それまでの連日の陣での防衛戦では、重騎士は陣防衛の観点から馬から降りて迎撃任務についていた。元々要塞エルグレアの守備隊なので防衛戦も得意で、馬を降りても歴戦の戦士である彼らは強かった。
しかしこの最終防衛線での戦いに臨むにあたり、勇者は勝っても負けてもその重騎馬の攻撃力が最大限に輝く瞬間があるとみて、優秀な戦士である彼らを前線から外すというのは結構な博打ではあったが、予備兵力として後方に待機させていたのだ。
しかし期待したその効果は劇的だった。
魔王軍は後方から奇襲を受けて全軍が動揺した。しかし、その動揺を収めるような左翼の突破と魔王国への逃げ道が示されて、魔王軍の士気は一定を保つ事が出来た。と思ったら、その唯一の逃げ道を敵重騎士隊の攻撃で塞がれてしまったのだ。心の拠り所を失った魔王軍は全軍が大混乱に陥った。
精鋭部隊を率いていたバルダッシュは勇者軍左翼陣があった場所で勇者軍中央陣からの攻撃を受けとめるようにして、左翼から魔王軍が撤退する通路を確保していたが、撤退路の先で敵の重騎士隊が大暴れして撤退路が塞がれているのを見るや、このままでは兵が撤退できないと思い重騎士隊を排除すべく動いた。重騎士隊があの場で暴れている限り、この陣を確保していても味方が撤退できないので当然の選択ではあった。
しかし、そこにはいくつか誤算があった。
第一の誤算としてはこれだ。
バルダッシュ率いる精鋭部隊が重騎士隊を討伐しようと左翼から動けば、勇者軍中央部はこれ幸いと左翼陣を取り返そうと攻めてくるだろう。精鋭部隊がいない左翼は劣勢になるだろうが、陣を奪われては帰れなくなるので、左翼にいるゴブリン兵達は精鋭部隊ほど上手くはいかなくても、それを押しとどめるように多少は働くと思っていた。その間にアドラブル様が何かしら手を打ってくれるだろう、と。しかし現実はそのようには動かず、左翼にいたゴブリン兵は右往左往するばかりで、アドラブルは我先に逃げようとするゴブリンの波が邪魔でなかなか現地に到着できず、その前に左翼の陣の魔王軍が容易く崩壊してしまったのだ。
そして最大の誤算は、
この重騎士隊がバルダッシュの想像以上に強かった事だ。
バルダッシュ率いる精鋭部隊が重騎士隊を抑えるべく移動を始めたのが遠くに見えた。バルダッシュよ、それはあまり上手くない手だぞ。せめてもう少し、本陣からの我らの応援が来てからにして欲しかった。
しかし、戦場は大混乱でバルダッシュへの指示が通るはずもなく、バルダッシュ率いる精鋭部隊は重騎士隊目指して移動していくのが見えた。
戦場全体を見れば、敵中央陣を攻めていた魔王軍も敵右翼陣を攻めていた魔王軍も、既に突破済の左翼陣を通って魔王国へ帰ろう左翼陣へ殺到した。戦場は強引な大移動によって魔王軍は大混乱に陥っていた。しかもその間も敵の中央陣や右翼陣からの魔王軍への攻撃が途絶えるわけではなく、一方で魔王軍からの反撃はまばらであり、勇者軍は嵩にかかって魔王軍を攻め立てゴブリン兵は次々に打ち倒されていった。
アドラブル以下本陣の面々も確保済の左翼陣を中央陣からの攻撃から守るべく戦場に急行しようとしているが、左翼陣から本国へ帰ろうとする味方の流れに押し阻まれて上手く移動が出来ない。その間も魔王軍は各地で容易く討ち取られていく。
それは重騎士隊に行く手を阻まれている左翼陣及びその先の撤退路に入ったゴブリン兵も同じだ。渋滞していても流れていれば左翼陣の混乱も多少は収まっただろうが、重騎士隊に堰き止められた撤退路方面へは進めば重騎士に討ち取られ、重騎士から逃げようと戻ろうしても左翼陣からは本国へ戻ろうとするゴブリンの波に押され戻る事も出来ず、混乱に拍車をかけた。
バルダッシュ率いる精鋭部隊は撤退を阻む重騎士隊を排除すべく動いたが、このような混乱の中で満足に部隊行動がとれなかったのは確かに痛かったのだが、それが無くても重騎士隊は強かった。
重騎士隊は兵数こそ一千ほどしかいなかったが、この時点では文句なく大陸最強の部隊だった。そしてそんな最強集団がゴブリンの天敵たる騎兵を駆ってゴブリンを蹴散らし押し潰すのだ。それは魔王軍の精鋭部隊といえど例外ではいられなかった。流石に精鋭部隊が相手では重騎士隊も無傷という訳にはいかなかったが、精鋭部隊がこれほど易々と打ち砕かれる姿はバルダッシュの統率力と相まって今までに見た事も無かった。しかし精鋭部隊はバルダッシュ以下の強い忠誠心をもって味方の退路を確保するために血路を切り開かんと奮闘した。その努力の甲斐あって、その試みは一部成功して退路を確保する事ができ、そこから魔王軍は順次撤退していったが、精鋭部隊は散々な状況だった。しかしそれは魔王軍全体がそうであり、日没まで魔王軍は各戦線で討ち取られ続けた。
翌朝、要塞エルグレア方面より無傷の魔王軍兵三万が出現した事で、勇者軍は深追いするのは止め退いた。だが北国街道には数えきれないほどのゴブリン兵の冷たくなった骸が打ち棄てられる結果になった。
この援軍が無ければその数は更に増えた事だろう。
アドラブル以下、帝国遠征軍は出発時と比べるとその数を大きく減らし、青息吐息といった感じでなんとか要塞エルグレアへ帰還する事ができた。とはいえ魔法陣破壊という主目的は達成させられたので、全体としてみればこの一連の戦闘は魔王軍の勝利になるのではないだろうか。ただし勇者が一方的にやられただけでは終わらせず一定程度やり返し、人類の勝利への道を途切れさせる事なく次の機会を残した事に成功したと言えるのではないだろうか。




