第78話 前門の虎後門の狼
最終周回 6月 帝国領北部街道 アドラブル
一方で、魔王軍も…アドラブルも決断を迫られていた。それは背後に三度目となる帝都からの義勇軍中心部隊による追撃が迫ってきているからで、これをどうするかの決断を迫られていた。
目の前の勇者軍の陣地は、そこから東へ延びる大きな街道…北部諸都市へ通じる街道を補給路として利用出来ているからか、これまでに魔王軍が奪ってきた両手の指程の陣地の中でもかなり良い部類である。
そしてその勇者軍陣地から後方5日分程の距離には現在魔王軍が確保している要塞エルグレアがあり、そこまでの距離と北部諸都市との補給線を考えれば、勇者軍にとってここが最終防衛ラインになるだろうか。最後でなくても、要塞エルグレアとの距離を考えれば、今後はそちらと魔王軍との連携がとり易くなるであろうことから、それを撃破する事は今までより遥かに容易になるのは間違いない。
今でも一応は飛竜部隊を大きく迂回させて、要塞エルグレアにいる腹心のハキムと連絡をとってはいる。内容的にはこちらの現在位置と戦況報告と勇者軍の行動予測だ。行動予測といっても勇者軍がとっている作戦は、予め準備しておいた陣を使って防衛しては戦況が不利になるとその陣を捨てて次の後方の陣に移って防衛するというのを繰り返し、時間稼ぎと防衛戦による魔王軍の出血を強いようとする遅滞戦術を狙ってやっている事は明らかなので大した予測ではないが。なお要塞エルグレアからも偵察を密にするようには指示しているが、エルグレアには進化していない素のゴブリン兵しかいないので、複雑な作戦行動は向いておらず無理をさせるつもりも無かった。何かがまかり間違って要塞エルグレアが陥落するような事があれば、魔王国に帰還するのが非常に困難になるからだ。例えここで魔王軍が勇者軍に軍としての形を保てない程の完敗を喫したとしても、散り散りに逃げれば要塞まではそれなりの数が辿り着けるだろう。
だが要塞エルグレアが陥落してしまうような事があれば、魔王軍との国境に聳え立つように存在する要塞エルグレアが大きなダムのように立ちはだかり、ほとんどの魔王軍の敗残兵は要塞に堰き止められる事になりほぼ全滅してしまうだろう。
だから勇者軍を要塞駐留軍とで挟み撃ち…等と色気を出して要塞エルグレアを万が一にでも失陥させるような事が今一番やってはいけないことで、そのような事にならないようにと予めハキムとは共有してある。
ちなみに飛竜を大きく迂回させているのは、それなりに高度をとっていたので大丈夫かと勇者陣の比較的近くを通ったらごっつい炎の魔法に討ち落とされた事があるからだ。
話は戻るが、帝都からの義勇軍はここから後方5日分くらいの行軍距離にいた。
兵数はそれまでと同じく一万五千程度との報告を受けている。数もこちらより少ないし所詮は烏合の衆だ。正面から一当てすれば容易く蹴散らす事が出来るだろう。
ただ、そうするためには五日分の行軍距離を戻って撃破する必要がある。その間に奪った二つの陣を放棄して…だ。
帝都からの義勇軍を撃破するために後方に戻れば勇者軍はその2つの陣のうち少なくとも1つ、おそらく2つ取り戻してくるだろう。
そうすると義勇軍を撃破後、要塞エルグレアまで辿り着くために必要な戦いがまた1つか2つ増えてしまう。
既にここまで10戦以上を重ね、要塞エルグレアを出陣する際には7万以上いた兵は、既に5万を割り込んでいる。
もちろん連戦続きで満足に休息もとれないので疲労もかなり溜まっている。一戦でも減らせるのならば減らしたいのが正直なところだ。ここまでの戦いは全て1日で決着してきたが、勇者軍もこれ以上は下がれないだろうから、今まで以上ギリギリまでこの陣で粘るだろう。そうすると1日での突破は難しい事もあるかもしれない。それでも2日あればいけるのではないだろうか。後方の義勇軍は行軍距離で5日。普通に考えれば彼らがここに辿り着く前に目の前の勇者軍との決着はつくだろう。通常の軍であれば強行軍を重ねれば1日か2日分は短縮できるかもしれない。が、彼らは義勇軍であり訓練されていない兵であるため強行軍は無理だ。そんな事をすれば軍が瓦解してしまう。万が一上手くいったとしても5日のところを4日にするのがせいぜいだろう。それならば、義勇軍到着前に勇者軍を撃破出来るのではないか。
これが私アドラブルを含む魔王軍首脳部の共通した見解だった。
後顧の憂いを絶つためだけにここで五歩下がるのは正直苦しい。あと一歩でゴールなのだから。
なお、2~3日戦って勇者軍の陣を落とせなかったら、反転して近寄ってきていた義勇軍を倒せばいいのでは?それならば2日分の距離を戻るだけで済むのだからと思う人もいるかもしれないが、それは机上の空論となるだろう。
2日かけて勇者軍の陣を落とせなかった以上、それは苦戦しているという事であり、簡単に反転迎撃を出来るほどの余力はないし、それを容易に切り替えるメンタルが我らがゴブリン兵にあるとも思えない。そして目の前の勇者軍もその時は我ら同様に苦しいだろうが、それでもおいそれとその転進を見逃してはくれないだろう。
結果、全てが中途半端になって後ろも前も交戦状態になって全軍が崩壊する未来が待っていると言える。
義勇軍が来る前に目の前の勇者軍を倒してしまえば何も問題無い。
わざわざとって返して更に数戦増やす必要も無い。これまでも1日で撃破してきたのだから。
そして勇者軍最終防衛ラインでの激闘が始まった。




