第72話 風前の灯火
第25周回 5月 大都市ゴブラン 勇者
いまだ勇者ではあるものの、その最大の恩恵ともいえる無限に復活出来るチート能力を失ってしまった。
―――なぜだ。馬鹿な、そんな事があるか。ありえない。こんな展開、あってはならない事だ。俺は世界を救う勇者で、最後には必ず勝つ勇者じゃないのか!?
焦りのあまり意味のない自問自答を繰り返す勇者。
だが、その一方でそんな自分を冷静に…いや、冷ややかに見つめる自分もいる。
―――そんな事はない、当然ありうる結果だ。
俺は敵の中枢近くにこちらが周回しているのを知覚している者がいると確信したばかりではなかったか。それならば、敵はこちらの何度でも復活してくるというチート能力をなんとかして封じようと動くのは当然の事だ。
相手が帝都に向かっている=目標は帝都とばかり思ってしまったが、周回を知覚している者が敵にいる以上は魔法陣があるほこらが狙われる危険性を考えねばならなかった。
そしてそれを阻止出来たのは勇者だけだった…。
しかし、なぜ敵はその鍵が魔方陣である事を…帝都東の森の祠にある事を突き止めたのだ?しかもなぜ今周回でいきなり魔法陣へ攻撃を仕掛けてきたのか…それっぽい動きは以前までの周回で無かったはずだ…。
とはいえ今更何を言っても無駄なだけで、今は現実を直視して、その先を見つめなければいけない。
と、簡単に割り切れればいいのだがそうもいかないのが実情だ。
先の事を考えなければいけないと思いそうするのだが、大きな不安を感じているせいなのか、気が付けば後悔や現状への愚痴が頭を支配している。
そんな内心の葛藤やら何やらの感情の動きを無理やり抑え込もうとしている俺の事を、タスクが心配そうな顔で見ているのに気付いた。
そういえば召喚当初から名前が失われた状態で皆と接していたので、タスクを始めとした近しい人間に具体的な自分の名前を名乗った事はなかったように思えるが、タスクが既に自分の名前を知っているかのように名前を呼んできたのは少し不思議な感じだ。
しかも勇者呼びではなくフミヒロ呼びになった事に、タスク自身は違和感を感じていないようだ。タスクは今までも名前を呼んでいたつもりだったけど、勇者と勝手に変換されていたのだろうか。ちょっと違う気もするが…だが今はその不思議を解明している暇はない。
とはいえ、今は頭の中がぐちゃぐちゃだ。これからの事を考えるにしても、少し一人で考えをまとめる時間が欲しい。が、同時に彼らと今後の事を相談したい。今までは自分が諦めない限り何度でもやり直しが効いた。だからどんな失敗をしても巻き戻れば無かった事になると考えれば、何をやっても迷惑は掛からなかったとみなして無責任に考えてもよかったし、そうやってきた。
ただしこれからは違う。
次に勇者が負ければ、それは全人類の敗北が確定し、もうやり直しは効かないのだ。その後の人類がどうなるかは分からない。最悪の場合、族滅…人類皆殺しや人類総奴隷化とかもあるかもしれない。そこまでいかなくても少なくとも人類に幸せな未来は無いだろう。その時、自分は死んでいるだろうからどうでもいいと言えなくもないのだが、それでも流石に全人類の未来は一人で背負うには大き過ぎた。
だから4人で話し合いたいというのは虫が良過ぎるだろうか?
タスクに今晩時間を夕食後にでもマミアとメルウェルを加えて4人で話し合いをしたい旨だけをなんとか伝えて、逃げるようにしてこの場を離れた。
勇者一行及び他高級士官の仮の宿舎として提供されているゴブラン内の高級宿に急ぎ戻った。そのうちの勇者に割り当てられた一室に引っ込むと俺はまず部屋に鍵をかけて誰も入れないようにした。鍵のかかった部屋にただ一人きりでいる事が確認できるとようやくほっと一つ息をつけた。
そして皺一つない真っ白なシーツに代えられた高そうなベッドに腰かけると、サイドテーブルにある水差しの水を振るえる手でコップに注ぎそれを一気に飲み干した。
さっきのあの場では、まず全人類の未来がとかそのプレッシャーがとかが思い浮かんでいた。だけど今は時間が経ったからなのか人の目が無くなったからなのかは分からないが、それらよりも単純に怖い、怖くてたまらない。魔王軍が、アドラブルが、そして自分が死ぬかもしれないという事が。
勇者とは勇気ある者。でも自分には勇気なんてない。勇者なんて器ではないのだ。現代の地球に生きる日本人にそんなものがある訳がない。あの最強のアドラブルに真っ向から挑もうとするなんて勇気ある者だ、なんて称えられた事もあったが、それは死んでもいくらでも生き返ってやり直せるというゲーム感覚で戦えていただけだ。
逃げたい、逃げちゃダメかな?逃げたらどうなるんだろう…魔王軍がこの世を支配したとしても、人類が皆殺しに遭う訳ではないだろう?
ちょっと住み難い世の中になるかもしれないが、そこは我慢してもらうしかない。俺はこの剣の腕があれば生きていくくらいはどうとでもなるんじゃないだろうか。いや、勇者というだけで魔王軍からは指名手配されるのではないだろうか。その時、人類の間でも戦いから逃げ出した裏切り者として、魔王軍に突き出されるかもしれない。今まで何十年も人族のために魔王軍と戦ってきたのに…でもそれは恐らく理解してもらえないことだろう。
それなら山中で隠れ住むのはどうだろうか…この剣の腕があれば、魔物を狩って山野の果物や植物を食べればとりあえずは生きていけるんじゃないだろうか。
…現代日本人の自分が、文明的な暮らしを捨てて――ここ数年は勇者としての旅路の途中で、野営や野宿など数えきれないくらいしてきたから、山中での世捨て人のようなそれらの生き方にも多少の耐性はできただろう。だけど本当にそんな暮らしをしてまで生き延びたいのか、自分は。
人類の希望である勇者という光の輝きは今大きく揺らめいており、まさに風前の灯火といえる状態だった。




