第71話 勇者と呼ばれていた男
第25周回 5月 大都市ゴブラン 勇者と呼ばれる男
その頃、勇者軍は大都市ゴブランで補給を受けていた。
結局、勇者は3つのルートのうち、帝都へ直接向かう選択肢ではなく、帝都近くの大都市ゴブランで補給をしてから帝都を目指すこととしたのだ。
無論、この方針を諸将に伝えた時、大きな反対があった。
その急先鋒は重騎士隊隊長ログミンであった。その主張はただ一つ。
―――寄り道などせず一直線に帝都を目指し、帝国への忠誠を天下に示すべきだ!と。
それは一見正しく王道とも言えるが、ログミンよりも軍略への理解がある勇者は間違っているとまでは言わないが、それでは勝ち味に薄いとも見ていた。
その理由の一つが勇者軍の総兵数と魔王軍の総兵数の差だ。
最終決戦では帝国軍を中核とする人族の兵士は十万を超える大軍になるが、それは今後帝国内の反乱を鎮圧してその反乱に関わる兵力を吸収した結果で、現時点では今勇者が率いている二万八千が帝国で動かせるほぼ全兵力である。
一方で魔王軍は、現時点で既に最終決戦時と同数の二十万もの兵数を擁している。そのうち五万の兵を北東攻防戦で撃破したとはいえ、残りの魔王軍の兵は十五万は下らないはずだ。帝国領北西部にも五万の兵が侵攻しており、この兵の最近の動きはまだ判明していないが、こちらに情報が届いていないだけで要塞エルグレア攻略に参加していて既に本隊と合流していてもおかしくはない。
魔王国本国の守備に二~三万程度残していたとしても十万以上が帝国内に侵攻していると見てよいだろう。そして勇者一行の個人戦闘力はまだまだ低い。戦場で一騎打ちでアドラブルを討ち取りそれをもって勝利に代えるのは不可能で、あくまでも魔王軍を打ち破る形で勝利せねばならない。
そこで三万弱の勇者軍をもって、十万前後と想定される魔王軍――実質4倍近い兵力差を逆転するのはそのままでは不可能で、何らかの形での勇者軍の戦力増強が必要となる。それは援軍でもいいし、地の利でもいい。とにかく何らかの形で勇者軍の戦力がアップする要素が必要不可欠だ。
話を作戦選択に戻すが、ここで帝国領北東部から帝都まで強行軍で帝都前で魔王軍の前に立ちはだかり魔王軍と決戦する案を採った場合、要塞エルグレアを失陥されるという失態を犯した勇者に対して帝都からの援軍が望めるだろうか。
帝都は百万人規模といわれる巨大都市だ。実際には衛星都市群を含めてもそこまでいないらしいが、それでもその守備兵や都市内の衛兵、帝城にいる近衛兵など全てを動員すれば、軽く万は超えるだろう。だが、防備に必要だのなんだのと言われて援軍は非常に渋いものになる気がする。あの帝都の城壁があれば簡単には落ちないのにもかかわらずだ。
そうなるとほぼ勇者軍独力で戦うことになり、勇者軍単体で正面切って魔王軍に打ち勝つのは補給線が短いというメリットを考慮に入れても、兵力差を考えると難しいと言わざるをえない。
ならば、帝都の前に陣を敷いて魔王軍を迎撃するのではなく、帝都を攻撃する魔王軍を攻撃して、帝都を強制的にこの合戦に引きずり込んでしまえばいいというのが勇者の考えだ。そうすれば兵力差は多少埋まるはずだし、更に魔王軍は帝都と勇者軍という二正面作戦を強いられることになる。絶対に帝都のお歴々の方々からは受け入れられない作戦だろうが。
これらの状況や利点を逐一丁寧に勇者は帝国軍諸将に説明した。
帝都を餌にするようなこの作戦に諸将は難色を示したが、正面切って戦う事の不利と帝都からの増援の可否に関する可能性を考えると、思い当たる節があるのだろう。しぶしぶながらも納得してくれたようだ。
しかし、正解と思われたこれらの決断を勇者は後悔する事になる。
勇者は魔王軍の最終目標を取り違えたのだ。確かに魔王軍は帝都方面を一直線に目指していたのを斥候からの報告で知っていたが、その目標は帝都自体ではなく帝都東の森であった事を見抜けなかった。神ならぬ身でそれを見抜くのは難しかったかもしれないが、帝国軍ではただ一人勇者だけが――何度も繰り返す周回のたびに同じ場所に降り立っていた勇者だけが、気付ける可能性があったとも言える。
そして皮肉にも帝都の東にあったその森は北東から来る勇者軍にとってほんの少しだけ帝都より近く、何も考えずに一直線に帝都を目指していればぎりぎり間に合っていたのだ。そして正に東の森を攻撃しようとする魔王軍を見てその真の目標を知ることが出来ていただろう。
そして場面は冒頭に戻る。
前日に斥候から帝都と魔王軍が交戦状態になったとの報告を受けている。千名とはいえこの大都市ゴブランの守備兵も一部借りる事が出来ており僅かながら戦力も増強できた。勇者はタスクとともに補給や再編成などの魔王軍との準備を整えていたところだった。そんな時、勇者はいつものようにタスクに声を掛けられた。
「おーい、フミヒロ。物資の補給はこの程度でいいと思う。兵の疲労もとれたことだし、明日には出発できるんじゃないか?」
フミヒロ――それはこの世界では今まで『勇者』としか呼ばれたことのないこの男の名前であり、初めてこの世界で『勇者』以外の名前で呼ばれた瞬間だった。
今まで勇者としか呼ばれなかった男、古橋史博は自分が『勇者』ではなく、『フミヒロ』と呼ばれた事に気付くとそれが意味する事に考えが至り、嫌な汗が流れるのを止める事が出来なかった。
それはかつてこの世界に勇者として召喚される間際に、チートスキルは無いのかという問いに対して神と思われる存在から伝えられたことだ。
召喚されし勇者特典として古橋史博という勇者に与えられし能力は、魔法陣に古橋史博という自分の名前を捧げる事により、大願を成就するまで魔法陣が存在する限り何度死んでもこの名前が捧げられた魔法陣に復活できるというものだった。しかも復活する際に魂に傷が残るような精神的ショックも大部分をこの魔法陣が肩代わりしてくれるという事。
ただし、この魔法陣による復活が発動する条件として、たとえ死んでいなくても一年を経過すると強制的にこの魔法陣に戻されるという事も同時に伝えられた。この時に一年の時を戻すより二年の時を戻す方が比較にならないくらい大変で、一年間という条件あたりで設定しておかないと捧げる代償が大きくなり過ぎるという説明を受けた。よくわからなかったがそういう事らしい。
そう、この強力過ぎる能力は代償が必要だった。
それは古橋史博という名前を魔法陣に捧げる事だ。捧げるという事はその間は自身の名前を失うということであり、他の者からは自身の事を勇者としか認識しなくなるという一種の呪いだった。
古橋史博はそれを大したデメリットと思わず、比較するのも馬鹿らしいくらいメリットの方が大き過ぎると判断したため、それはそのまま受け入れた。実際には勇者としか呼んでもらえないのが少し寂しく思えた時期もあったが、この世界がある種のゲームだと思えばそれも許容できた。
そして今捧げられていたはずの古橋史博という名前が呼ばれたという事は、その魔法陣が失われたという事に他ならなかった。
それは何度死んでも何度でも復活して勝つまで挑み続けられるという絶対的な勝利の根拠が失われてしまったという事であり、次に死んだらそれは自分に本当の死が訪れるという事でもあった。




