第53話 開戦と違和感
第22周回 12月31日払暁 エルデネサントの野 勇者と呼ばれる男
冬の太陽の頼りない光がエルデネサントの野を照らし始める頃、既に食事を済ませた人族軍は今日の決戦への準備が済んでおり、開戦の合図を今か今かと待っていた。
「よし、全軍攻撃しろ!」
勇者は、指揮杖を振り全軍に向かって攻撃開始の指示を出した。
それを確認した伝令部隊より左右軍に向けて信号が発信されると、左右軍を含め人族軍全軍は厳かに進軍を始めた。程なくして、こちらも準備万端な魔王軍と正面からがっぷり四つにぶつかる。
交戦の始まりは穏やかだったが、すぐに各地で激戦となった。
人族軍右軍を構成するのはイケルカムイ神聖国等の帝国以外の人族国家の連合軍であるため、帝国軍のみで構成された左軍や中軍に比べると寄せ集め感は否めない。それゆえに多少強度が低いが、相対する(人族側から見ると)魔王軍右軍も北東攻防戦の傷が癒えないのか、魔王軍左軍と比べると多少兵力が少なそうでありかつ新兵が多そうだ。寄せ集めである部分が連携がとれれば、十分互角に戦えるのではないかと思われている。
人族軍左軍は帝国軍100%で構成されているが、相対する魔王軍左軍はこちらは魔王軍右軍と違って兵員が欠けておらず、更に帝国領北西部をずっと荒らし続けていたため実戦経験は豊富そうで、こちらも贔屓目に見て互角といったところか。まぁ正直なところ贔屓目に見て互角というのはちょっと劣っているのと同義である。ただこれは短期決戦型として、中軍同士の戦いで強引に魔王軍を中央突破して、敵の総大将であるアドラブルの元に勇者一行を届ける必要があるために精鋭部隊を全て中軍に寄せている事に起因している。だから人族の左右軍の質が中軍に比べるとそれなりに劣っているのでそちらが劣勢になるのも仕方がないだろう。
その分、人族軍の中軍の質はかなり高い。魔王軍も中軍の質を左右軍より高めているようだが、人族軍の中軍の質には及ばない。その代わり数では魔王軍が勝っているので、長期戦化すれば敵側…魔王軍が有利だろう。
というのが、勇者の戦前の見立てであった。
序盤、基本的には両軍ともほぼ互角に戦っていた。
左右軍は魔王軍が数の多さを生かして、正面からぶつかった更にその外側からも包み込むよう部隊を展開していこうとしているが、今までの周回よりも人族側も兵士が多く、その動きに十分対応できているようだ。その一方で、中軍の戦いは人族側の質の高さを生かしてやや押し気味に戦えていて、魔王軍は兵数の多さを優劣に生かせていないが、その分戦線に厚みがあり人族の突破を許さない形だ。
戦闘開始から二時間が経過した。
左右軍も今のところは互角に戦えているが、数の差があるのでこのまま時間が経過すれば、劣勢とまではいかないがどこかで守勢にまわらざるを得なくなるのではないだろうか。ただし今までの周回と違い今のところほぼ互角に戦えているように見える。夕方まで戦っても一方的に崩される展開にはならないだろう。
一方で中軍だが、こちらは今までどおり押しているという感じか。左右軍が今までの周回と比べて健闘している一方で、中軍は今までどおり押しているが、今まで以上に押しているというところまでにはなっていない。
本合戦の肝は中軍なので少し納得がいかないところだが、まだ合戦は始まったばかりか。
そこから更に一時間程経過した。だいぶ太陽も高くなってきた。
通常周回であれば左右軍への負担を考慮して、そろそろ突撃を仕掛けて敵の総大将であるアドラブルまでの結露を切り開いてもらうところだが、左右軍が思ったより健闘しているのと中軍が思ったより崩せていない。
どうやら先程から見ていると敵の中軍の指揮が、少し今までと違うようだ。細かく部隊を動かしたり入れ替えたりして、なんとかこちらの鋭鋒を柔らかく受けたり逸らしたりしようとしているようで、今のところ上手く受けられてしまっているようだ。ただこちらが押していることに変わりはなく、もう少しで崩すまでいかなくても、こちらの流れになりそうに見えるのだが。
しかし、こうなると突撃のタイミングをいつにするかが悩ましいところだな。
…というか、味方の兵数が多少増えたくらいでこんなにも左右軍が善戦出来るのか。やっぱり戦いは数だよって事なんだな。しかしこれなら無理に精鋭を中央に集めて中央突破からの短期決戦を狙わずに、軍同士の合戦で雌雄を決してもよかったかもしれないな。そうして合戦で勝利した暁には、敗走するアドラブルを追撃するのだ。その場合はアドラブルは今までと逆に我が軍に包囲される形となり、いかにあのアドラブルといえど為す術も無く討ち取れるだろう。
まぁ今更詮無き事か。もし次が…いや、流石にこれだけのお膳立てをしたのだから流石に今回で勝てると思うが、万が一だが万が一、次の周回があったらそういう事をやってもいいかもしれないな。
更に一時間位経過した。いよいよ日は高くなり、もう少しで正午といったところか。
左右軍が特に目立った変化がないのはいいのだが、我が軍の中軍が敵を穿つ切っ掛けになる楔を打てそうで打てない状況が続いている。もどかしい。
左右軍はまだまだ互角に戦っており、そのままこの状況を保てそうだ。だから別に焦って中軍の精鋭部隊の突撃指示を出す必要はないのだが、押しきれそうで押し切れない悩ましい展開が続いている。いや?これはぎりぎり凌いでいるように見えるのは偽装で、なんか上手く時間を稼がれているだけなのではないか?そんな風に見えてきたので、横にいるタスクに話しかけてみた。
「どう見る?」
「うん?我が軍はよく戦ってるんじゃねえの?」
「まぁそれはそうなんだが、なんかちょっと違和感があってな。もう少し押せれば形勢が傾きそうなところを上手く相手に凌がれている…さっきまではそのように見えていたんだが、もし相手がそれを狙ってやっていたら嫌だなと。」
「なるほどねぇ。そう言われればそう見えなくもないが、どうだろうな。
今までの戦いも勇者から話には聞いているが、違和感ってのが勇者と違って実際に過去の戦いと直接比較出来ないから何とも言い難いというのが正直なところだ。だからその違和感ってのは勇者だけにしか感じ取れないはずで、勇者にしか判断できない。」
「確かに。」
「ただ、個人的にその感覚は大事にした方がいいと思うぜ。勇者任せになってしまってすまんとは思うが。」
まぁそうか。そうだよな。最終的には俺が自分で判断するしかないな。
…。
よし、行くか。日が高いうちに勝負を決めてやる。
「重騎士隊の突撃の用意をしろ!」
勇者がそう指示を出すと、本陣は俄かに慌ただしさを増した。




