第50話 ワイバーンの群れ
第22周回 4月下旬 帝国北東戦 撤退行 バルダッシュ
―――ブウンッ!
後先考えず力を入れて槍を振るう。長槍で薙ぎ払い、敵兵が怯んだ隙を逃さず穂先で突き刺す。
―――左手一本とはいえ、伯爵軍の弱兵など物の数ではない!
と強がってはみたものの、力配分を考えないこの戦い方ではもう長くはない。既に手傷もだいぶ負っている。もって数分いや1分がせいぜいか。そうしたら、この伯爵軍の弱兵どもに首をとられ晒されるのだ。せめて強者の手で…というのはこの期に及んでは過ぎたる願いか。いや、このような敗軍の将にはこれくらいがお似合いかもしれんな。だがただではやらせん、一兵でも多く私と一緒に地獄への旅路に付き合ってもらうぞ!
―――ブウンッ!ブウンッ!
―――グサッ!ドガッ!
『くそっ、なんだコイツ。もうヘロヘロに見えるのに!』
『いや、もう少しだ。休ませずに畳みかけちまえばこっちのもんだ!』
『そうだそうだ。それっ、くたば…グエッ。』
「フン…ダガモウ限界カ。」
フー、もうその場に立つのもしんどくなってきた。地面に突いた槍を頼りに立ちながら、呼吸を整える時間作りを誤魔化すために威嚇するように敵兵達を睥睨する。そんな時だった。
『おい、なんだアレ。あの遠くの黒い点々。』
敵兵の一人が私の後方の上の方を指差している。ふん、余所見をする余裕があるとはいいご身分だな。こっちにはもうそんな余裕どころか余力すら無いというのに。
『ん?んー?…何だか近づいてくるように見えるが。』
先程の兵士の発言に対して、その隣の兵が後方を見ながらそう応えていた。
―――バサッバサッ。
『もしや…アレは飛竜か!?』
確かに遠くに微かな羽音が聞こえるような気がする。
―――バサッバサッ、バサッバサッ。
『なんだ、ありゃ…一匹や二匹じゃない。あんな飛竜の群れがなんでこんなところに!』
遠めにも騎兵の馬が、恐慌を来しているのが感じられる。無理もない、元来馬は臆病な生き物だ。飛竜のような上位生物に対しては怯えてしまうものだ。しかし…
「コノ状況デ流レノ飛竜ノ群レトハ運ガ良イ…。」
飛竜でなくてもモンスター襲来というと魔王軍の味方のように思えるかもしれないが、この場合の野良の飛竜が魔王軍と帝国軍を区別して襲ってくれる訳はなく、魔王軍兵も平等に襲われるので別に援軍が来た訳ではない。ただ、この不利な状況で何の手立ても無い場面では、紛れが起こりそうな飛竜の襲来は魔王軍にとって吉兆といっても差し支えない程だ。そして事実、目の前の伯爵軍も明らかに浮足立っている。この隙を逃す必要も無いな…それっ。
―――グエッ。
『くそっ、こいつまだやる気か…飛竜の群れもきたし、どうする?』
『だが、こんな今にも取れそうな大将首。逃すのは惜しい…っ!?』
―――ヒッ、ヒッ、ヒヒヒーーーン!!!
少し離れたところから命の危機に瀕した馬の悲鳴のようないななきがいくつか起きており、それとは別に背後から聞こえる飛竜と思しき羽ばたきの音も益々大きくなる。
―――飛竜にとってより美味しそうな馬…騎兵隊に真っ先に向かったようにも聞こえるが、それとは別にこちらにも来たのか?だが飛竜よ、どうせ喰らうならトカゲの俺より人族の肉の方が柔らかいぞっ!
とバルダッシュは心中で思いながらも飛竜を気にして背後を振り返ったりはせず、敵兵に対して槍を振るうのを止めなかった。わずかに残ったバルダッシュの近くの味方兵もその意気が伝染したのか、最後の力を振り絞って敵兵に反撃を仕掛けていた。
―――後ろから飛竜に食われたら食われたまで…ただ運が悪かったまでの事よ。この機は逃せない、畳み掛けさせてもらう!
―――バサッバサッ、バサッバサッ。
飛竜の群れとやらはこちらにかなり近づいたのかその羽ばたきの音はいよいよもって大きくなり、伯爵軍の兵は至近距離にまで飛来した飛竜を無視して戦闘を継続する事は出来なかったようで、片っ端から逃げ出し始めた。だが、飛竜は誰を襲うでもなく停止飛行したままのようだった。
「…?」
バルダッシュは後ろにいるであろう飛竜を無視して逃げる敵兵を攻撃し続けていたが、何の動きもないままの背後の様子を流石に奇妙に思って後ろを振り返った。そこにはこちらを向いたままの飛竜が数匹ホバリングしていた。
―――思ったより大きな群れだったのか?いや、その前に飛竜の群れにしては統率がとれ過ぎている?
すると数匹の飛竜のうち一匹が前に進み出てきた。ん…?逆光でよく見えないが飛竜の上に人影が見える、誰か乗っているのか?
「派手にやられたようだな。だが、よく生きていた。褒めてつかわす、バルダッシュよ。」
「アッー!」
その声の主は、私バルダッシュが敬愛して止まない上司――魔王軍総司令官アドラブルその人だった。
―――総司令官がなぜここに?
―――大敗して合わせる顔が無い。
―――閣下から預かった沢山の兵を失った。
―――でもこの付近の兵達は助かるはずだ。
―――ここまで逃げてきた事は無駄では無かった。
etc etc…色んな感情や思考が一気に押し寄せて頭の中がゴチャゴチャになる。だがなぜか先程から目から溢れ出る涙が止まらない、これは一体どういう事だ。
しかし、この戦いにおける私の記憶はそこまでだった。疲労の極致にあった私バルダッシュはそこで意識を手放したのだった。




