十二乗音の悪足掻き11
我が家に居候を始めた三谷さんは意外に大人しかった。父の目があるのも理由の1つだろうけど、それにしても随分と因縁をつけてこなかった。たまにコンビニへ出かける以外で部屋から出ることはほとんどなく、18時までには必ず帰ってきていた。どこのお嬢様か。
私もやがて彼女をあまり気にしなくなり、気づけばいないものとして扱っていた。いないものとしてだ。言葉を口に出すと実現するって理論はよくあるけど、態度を表す例えに現実が擦り寄るなんてことがあるのだろうか。
私の合格が明らかになったその日、三谷さんは帰ってこなかった。
私は一応彼女の電話にかけたが出ることはなく、異変に気づいた父が警察に連絡した。
「ふざけるなっ!」
「うっ!」
「お前は毎日家に帰っているだろ!何か不審なことに気付かなかったのか!いや気付けたはずだ。にも関わらずあの子を1人にして呑気に出かけるとは何事だ!」
まさか子供を殴る親がまだいようとは。警察が去った後、父はとてつもなく苛ついていた。どうやら三谷さんがいなくなったのが余程堪えたらしい。母は部屋の隅で触れば祟る神のようにぷるぷると震えて携帯をつついていた。後日、怪しい霊感商法に我が家の資産でいえばまだ可愛いぐらいの額が注ぎ込まれていたと発覚するのは別の話だ。
「ちっ、仕方ない。お前にやってもらう仕事がある」
「あ?」
父が頭を掻き毟りながら吐き捨てた。やっぱり目も合わせようとしない。
「父さんと母さんはこれから会社に戻る。お前は今からあいつを捜しに行け。ご近所さんに何か訊かれたら、行方不明の従姉妹を自主的に捜していると伝えろ。分かったか!」
わなわなと震える母を無理矢理引っ張り、父は家を出て行った。
結局私は三谷さんを捜しにはいかなかった。人が行方不明になっているのだから良心に従えば捜すべきなのだろう。でも嫌だ。どう足掻いてもあいつのことは嫌いなのだから。多分冷静になったときに後悔するのだろう。でも無理だ。それを判断するための脳のはたらきそのものが失われているのだから。
「おと、いる?」
もう夜だけど、その程度で就寝する奴じゃない。
「あれ、ぴたごらす?珍しいっすね。あの従姉妹はいいんすか?」
「ああうん。大丈夫よ」
「?そうっすか」
嘘をついてしまった。あとで謝ろう。
「嘘っすよね?」
「え?」
え?
「何かあったんすよね。宝くじに当たったとかだといいんすけど、多分悪いことっす」
スラスラと語ってくる。あんた馬鹿じゃないにしてもそんな探偵みたいなキャラでもないでしょ。神絵師は心が読めるとでも?
「何で分かったのよ」
すっす口調と神絵師だけじゃキャラが薄いっていうの?おまけに茶髪癖っ毛とロリもあるじゃない。誕生日はまだにしても、12歳とか最高の年齢よ。
「ぴたごらすは顔に出るっす。ぽーかーふぇいすじゃないっす」
何も言えない。
「何があったのか話したくないんすよね?だったら無理に話せなんて言わないっす。でも覚えててほしいっす。私はぴたごらすの味方っす」
シンプルだなあ。まさかあんたから話さなくてもいいなんて言葉を聞くとはね。歳とか住んでる町とか、色々話しすぎたあんたから。
それとも……覚えててくれたのかな。三谷さんが引っ越してきたとき、私が事情話すの嫌がってたこと。
「ありがとね。その気持ちだけでも嬉しいわ」
「ところで何の用だったんすか?こんな夜遅くに」
「あー……忘れた」
「えー!」
「ごめんごめん、また連絡するね」
「うっす」
おととの通話を切り、そのままパソコンの電源も落とした。画面が命を一旦失い、黒だけの中に私の顔が反射されている。
「ノープランだけど、まあいっか」
多分大丈夫。私はそう予想した。
もしも私が小説の登場人物で、これがナレーションか何かなら、きっと先の発言は大丈夫だという未来を確定させてくれただろう。その過程で大変な目には遭うかもしれないが。
私は現実に生きる人間だ。少なくとも私はそう思っている。何が言いたいかというと、悪いことがいいことを取り残して来ちゃったのだ。
「パソコンは……?」
高校にも慣れたある日のこと、本来あるものがどかんと座っていた場所は埃が少なくて綺麗だった。
「おと」
勝手に名前が口から出てきた。
慌ててスマートフォンを取り出し、メールを打とうと画面を立ち上げる。未読が一件ついていた。
『業者の方に引き取ってもらった。勉強に集中しなさい』
「……あのおやじ」
曲作りならスマートフォンでもできる。あいつはそこまで調べもしなかったのだろう。だけど、この所業はあまりにも目に余る。笑ってしまうくらい動揺した頭が、ある無意味で馬鹿な計画を思いついた。
「学校にしよう」
自宅はダメだ。いくらでも隠蔽が出来てしまう。公共の場なら目立つし奴も介入できないだろう。
「おとに連絡は……ううん、やめとこう」
所詮ネット上の付き合いだ。ある日突然相手がぽっと消えることなんて珍しくない。私を機にあの子がそれを学んでくれたら、将来何かに騙されて傷つくことを回避出来るかもしれない。
「ははっ、希望的観測かな。ごめんね、おと」
失敗する可能性の方が高いだろう。私にはいざってときにそれを決行するための勇気が無い。
放課後にしよう。生徒で溢れ返ったあの教室じゃ勇気は出せない。放課後なら、部活の生徒が残るにしても確実に人気は少なくなるはずだ。
「誰か……気付いてくれるといいな」
空間に言葉をそっと置きながら、私はカッターナイフをリュックに突っ込んだ。




