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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第1章 民間伝承研究部編
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十二乗音の悪足掻き9

「何で知ってるんですか、この番号」

「叔父さんに聞いたのよ。そんなことも分からないの?」


 少し予想は外れた。大方父が何かお小言を言ってくるかと思いきや、あいつだった。


「何の用ですか」

「私、明日からそっちに住むから。それじゃ」


 早口にそう言って彼女は電話を切った。幸いにも切れた電話に「もしもし?」なんて叫んだところで無意味だと気づけたので、私はその場に無言で立ち尽くした。全身に力が入らない。携帯はとっくに手から離れて畳の上に転がっている。浅い呼吸と震える両脚。絶対入ってこないはずのものが自分の領域(テリトリー)を汚していく気持ち悪さ。苦しい。思わず胸を押さえて……


「……ごらす!ぴたごらす!」


 突然深く吸い込む呼吸。視界が広がっていく。パソコンに目をやるとモニターにおとが張り付いていた。何だその必死な顔は。どうせ私のせいだろうけど。優しい人だ。変なところ見せちゃったな。どうしよう。


「ねえ、おと」

「な、なんすか」

「ススキとヨータローは元気?」


 私、何訊いてるんだろう。馬鹿みたい。


「そ、そりゃ相変わらず……て、それより何があったんすか!」

「うん、ちょっとね」

「ちょっとじゃねえっすよ。顔色悪いっすよ」

「あれ、バレちゃうか。あはは……」


 これは私の家の問題だ。この子を巻き込むわけにはいかない。それにここは安息の地だ。お互いの事情や秘密なんかも他人以上には知っているけど、せめてここではあまり詮索されたくはない。

 でもこのままじゃ……寧ろ余計に心配させちゃうな。おと、ごめんね。


「ちょっと面倒くさいことになった。大丈夫。現実(こっち)の問題だし曲作りはちゃんと続けるから」

「本当っすか?」

「うん、大丈夫」


 あいつは私の両親に気に入られてはいるが言いなりにしているわけじゃない。他人の子ならいざ知らず(本当はどうなったか知っているが)、仮にも自分たちの子が死のうものなら流石にあいつらでも怒り狂うだろう。

 跡取りなんて血縁者の三谷さんで事足りるけど、身内の死はウチの場合はかえって偽装しづらいのだ。十二乗家の1人娘が自殺なんてマスコミが放っておかないだろうから。姪の同級生の自殺よりもよっぽど火消しが困難になる。

 ボロが出やすくなる事態をあいつらはよく思わないし、三谷さんとてそれぐらいは読めているはずだ。


(とはいえ音楽活動(これ)のこと知られるとウザそうね。両親に言うかもしれないし)


「やり方は多少変えなきゃかも。ごめんね、おと」

「分かったっす。ぴたごらすもなんて言うか、その、気をつけて」

「うん、分かった」




 三谷さんはその日の晩には荷物の入ったスーツケースを持ってやってきた。


「叔父さんと叔母さんは帰ってきてないのね。いつもの部屋使わせてもらうからよろしく。ああ、ご飯はいらないわよ。自分で作れるから」


 それは助かる。正直この人との団欒は嫌だ。


「何で来たんですか」

「別に何でもいいじゃない」


 どこか投げやりに聞こえた。

 その後彼女はそのまま以前書道のために使っていた部屋へ向かっていき、私もそそくさと部屋に戻った。




『リアルの方はどんな感じっすか?曖昧でいいんで』

『なんていうか、触らぬ神に祟りなしだわ』


 何のことかおとには分かんないだろうけど。


 彼女には文章でやり取りしてもらってる。何かの間違いで三谷さんに話し声が聞かれると困るからだ。会話より少し不便だけど。


『前も言った通り曲作りはこれまで通りやってくつもりだから』

『了解っす』


 アイデアは相変わらず浮かびも降りもしてこないけど。

 無理矢理捻り出そうとしても関係の無い有象無象が頭の中で反響してしまう。最近聴いた音楽。昔観たアニメの印象的なセリフ。前へ進むことを拒否するかのように、脳が思い出すことにばかり働いている。


 沈んでいく。中心に吸い込まれ落ちていく。誰かの言葉がずっとうるさい。そうして奥へ奥へと「どうでもいい」を後退していくと、やがて、偶然にも、小学校の頃の記憶に行き当たった。


 テレビから流れてくるやけに明るいナレーション。


 映し出される育ちの良さそうな少年。


 ピアノコンクール優勝の字幕。


 幼い頃からピアノを習っていたという情報。


 色んなことにチャレンジさせて子どもの才能を……と曰う母親。


 何で私、()()()()()()()()()()()()()


『おと、あんた才能あるよね、絵の』


 気付いたらブラインドタッチが始まっていた。


『私ね、音楽の才能無いのよ』


 言おうと思ったのは、苦しすぎたからだろう。


『だからね、あなたのことが嫌いかもしれない。羨ましすぎるから』


『んで、何をおっ始めるっすか?』


 目に炎の宿ったおとの顔が浮かんできた。多分笑ってるな。だって文章が元気だ。どうしてああ言ってくれたのかは分からない。子どもは妙なところで勘がいい理論だろうか。でもどっちだっていい。一緒にいてくれて嬉しいよ。


『凡人の私が天才に正々堂々勝つ!』


 才能が全ての世界だから。だからこそ夢があって楽しそうなんだ。そういえばいつだったか同じようなこと1人で言ってたっけ。


『勝ちましょう!』


 今度はおとがいる。勝てるよ。

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