転生遺族の邂逅4
遠くから狼の遠吠えが聞こえてくる。時間は夜だ。月明かりが遠くまで照らしてくれている。
「大変そうだな」
「え、いや、あの……」
言葉に詰まる。これはドッペルゲンガーというやつだろうか。
「僕ってもうすぐ死ぬんですか?」
「そう思うんだったらそんなとこに座ってないで姿見でも持ってこい」
危険は感じられない。
「本当にあなた誰なんですか」
「どっからどう見たって虚縦軸だろ……って言っても信じないか。じゃあウツロタテジクと仮定してくれ」
「仮定……ですか?」
「そうでもしないと呼び名が無くて不便だろ」
見た目は自分と同じだが何処かが違う。縦軸にとって彼は得体の知れない存在だった。
「さて、別にボクは名乗るためだけに現れたんじゃない。さっさと用を済ませよう。時間は有限だ」
「は、はあ……」
「端的に言うと、助言をしに来た」
「助言……ですか?」
「そう。お前、転移の方法で悩んでるだろ?」
「……!」
把握されている。
「また身近で死者が出れば転移させるスキルを与えられるだろうけどね。そんなに上手くいかないだろ」
「じゃあどうしろと?あなたはその方法について僕に助言しにきたんですよね?」
「まあね」
「教えてください。お願いします」
タテジクは表情を変えない。喜怒哀楽のあまり読めない顔つきでゆっくりと口を開く。
「よく聞け」
縦軸が緊張に支配される中、タテジクは思いも寄らないことを言い放った。
「待機」
「……は?」
縦軸は少し腹立たしくなってきた。
「ふざけないでください。僕は本気で姉さんを……」
「分かってるよ。ボクだって本気だ」
タテジクは動揺しない。
「だが今は無理だ。今のお前にできることなんてほとんど無い」
「……今の?それはどういうことですか!」
「さあね。今のお前は真実を知るべきじゃないんだ。だからボクは特に教えない」
「じゃああなたは何しに来たんですか!」
縦軸の内から冷静さが徐々に消えていく。今にもタテジクに掴みかかりそうな勢いだ。
「言っただろ、ボクだって本気だ」
縦軸の様子を見てまずいと判断したのか、タテジクも少しだけその口調を荒げていた。
「ボクは教師じゃない。だから言ってやる。どう足掻いても出来ないことはあるんだ。どれだけ心が荒れ狂ってもそれは現実には干渉してこない」
自分とは何かが違うタテジクの言葉が縦軸を押さえつけていく。それは一見乱暴なようで、ゆっくりと彼を宥めていくようだった。
「ボクは別に希望が無いとは言ってない。
ただお前が王手に辿り着くまでの過程を考えた時、今この瞬間に出来る行動が無いと言っているだけだ。まあ強いて言うなら先輩のスキルで姉さんを見守ってろ」
「……っ!分かりました」
縦軸も流石に頭が冷えてきた。この自分と瓜二つの何者かは自分の味方だ。そんな確信が持ててきたのだ。
「それと説教も1つ」
まだあるのか。ただ不思議と苛立ちは湧いてこなかった。おそらく彼は自分が腹を立てるような理不尽な内容は言ってこない。これはコマを進めるために必要なことなのだ。そう信じた。
「傾子さんに言われただろ?もっと頼れって。頼るってのはこちらの弱みを晒すこととニアリーイコールなんだ。
先輩気遣ったのはいいけど、別にあの場でお前も一緒に泣いてよかったんだぞ。みんなはそんな人間だってことは百も承知でお前を受け入れてるんだ」
何故かハッとさせられることは無い。ただ少し、縦軸はどこか力を抜いてもらったような気がした。自然と笑いになりきれない可笑しさが溢れてくる。
「分かりました。何者は知りませんがありがとうございます、タテジクさん」
「敬語はいいよ。タテジクで結構だ」
「分かった」
「頑張れよ。お前は勝てる。そのために必要な仲間は揃ってるんだ」
タテジクは柔らかい笑みを浮かべる。それと共に縦軸に見える景色も曖昧になり始めた。
「そろそろ起きろよ。晩ご飯の時間だぞ」
「ああ、またな……でいいのか?」
「合ってるよ。またな」
たかが脳内映像に過ぎない景色の中で出会ったそれに手を振り、縦軸は夕食の待つ現実世界へと帰還した。




