転生遺族と自称ライバル5
「にへへ、縦軸君家のご飯久しぶりだな〜」
表情筋が融点を突破した微は軽い足取りで虚家へ向かっていた。
「先輩、楽しそうですね」
「ふっふっふ、縦軸君にだってこの後楽しいことが……」
「僕にだって?」
「あ、あーあーあー!何でもない!何でもないです!」
「?そうですか」
生徒会主催微の誕生日パーティー(サプライズ)。その舞台には何故か虚家が選ばれていた。縦軸は決め手を知らない。
サプライズ当日までこれといった手伝いは結局ほとんどしなかった。そのかわり対たちから課された仕事は「微のエスコート」である。対たちと民研の他の面々は先に向かって準備しているはずだ。
「……」
日が伸びた。不意にそう思った。すでに18時に近づきつつあるというのに空は暗くならない。空は17時〜18時台にはもう暗くなっていく。冬の間に身についた簡易的な常識が夏に驚きを与えてくれた。きっと冬にも同じことが起きるのだろう。
「へへ、久しぶりだな」
「母さんのご飯ですか?さっきも言ってましたね。そんなに楽しみなら」
「ううん、他にもあるの」
「え?」
「縦軸君とさ、こうやって2人っきりで話すこと」
「ああ」
以前〈天文台〉のレベリングを手伝ったとき、微に個人レッスンのようなものを行った。けどそれ以来、こんな機会は無かった。ていりとか音とか、常に誰かが一緒にいたからだ。
「ねえ縦軸君」
「何ですか?」
「私ね、縦軸君たちと出会ってから、ずーーーーーーーーーっと楽しいよ!」
そんなことを唐突に言ってくる微が、縦軸にはとても微笑ましく見えた。目が離せない。一緒にいて退屈しない。
なんとなく対たちが微のことを好きな理由が分かった気がした。
「そうですね。僕も楽しいですよ」
「いひひ、ありがとう。私にとっては、対も弦君も記君も、縦軸君もていりちゃんも音ちゃんもみーーーんな家族だよ!」
友達ではなく家族と言ってくれる。その一言が縦軸には不思議と響いた。
「そう言ってもらえて嬉しいです」
16年間で初めて7月14日を「祝う側」として過ごすことになった。この暖かさを姉も感じていたのだろうか。
今の姉の誕生日を祝ってくれる人は、どんな人なのだろうか。彼女は今、「楽しい」や「嬉しい」を感じることができているのだろうか。
「縦軸君」
「へ?うわ!」
途端に顔を掴まれ、微の顔のすぐ近くまで引き寄せられた。身長差のせいで縦軸がほんの少しだけ屈む姿勢となっている。
「せ、先輩近い」
「縦軸君、またしょんぼりしてました」
「え?」
頬を膨らませながらそう言う微に対し、縦軸は目を丸くした。
「お姉さんのこと考えてた?」
「ぎく!」
「また暗い顔になってた」
「え、ええと」
「だから私は今から慰めてあげます」
「え?」
気がついた時には微に頭をヨシヨシされていた。ムッとした顔で見つめながらそうしているところが先輩というよりまるで妹みたいだ。母が以前言った通りだ。
「……ぷっ、ははははは!」
「あ、笑った!」
「あはは、そうですね。おかげで元気になりました」
「うんうん!お姉さんに会う時もその笑顔だよ!」
「そうですね」
姉が帰ってきてくれたときのことを考えてくれている。「虚愛」に関係のあることを悲観的に捉えていない。そんな彼女を縦軸は見習いたくなった。
「じゃあ行きましょうか。みんな待ってますし」
「うん!ねえ、縦軸君」
「はい、何ですか?」
「あのね、手、つないでもいい?」
今はていりも除もいない。演技をする必要もないだろう。何故か自分の思考が悪いことをしているみたいだったので、縦軸は可笑しくなった。
「ふふ、いいですよ」
「わーい!それじゃ、えい!」
指を1本1本絡めるようなつなぎ方に少し違和感を覚えながらも縦軸は特に気にしなかった。こういった手の繋ぎ方の名前はあったような気はしたものの、肝心のその名前は不思議と思い出せなかった。
日がゆっくりと沈んでいくにつれて、慰め程度に涼しくなっていく。
微が早足で進んでいくので縦軸も足取りを軽くしなくてはいけなくなった。いつか姉が帰ってきたときのために、自分が悲しい思いしかしていなかったわけじゃないと教えるために、この場所で笑っていこう。縦軸はそう決めた。
家に着いた縦軸と微はすこし緊張した面持ちでドアの前にいた。
「縦軸君、『せーの』で開けない?」
微が楽しそうなので縦軸まで心が跳ねるようだった。微の提案に縦軸は笑って応えた。
「そうですね。いいですよ」
「よっしゃ!じゃあいくよ」
「「せーの!」」
中に入ると同時にクラッカーの乾いた音が聴こえてきた。
「「「微、縦軸、お誕生日おめでとー!」」」
「「…………あれ?」」




