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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第1章 民間伝承研究部編
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転生遺族のスタート7

 愛の命日は8月31日、誕生日は12月1日だ。よって縦軸が今日この場所を訪れる意味は無い。いや、縦んば愛に関係のある日だったとしても、本来ならこんな場所にはやって来ない。

 愛は異世界転生した。そう信じる縦軸にとってこの場所は、「虚家之墓」と書かれた石が置いてあるだけの殺風景な空き地に過ぎないのだ。


 何故こんな所に来たのだろうか。縦軸はしきりに考えていた。しかし正解は現れなかった。


「馬鹿馬鹿しい」


 墓前での礼儀作法はうろ覚えだ。両親なら分かるだろうが今日はいない。取り敢えず墓前で手を合わせ、何故か厳かな気持ちになる。こんなことをしても意味はあるのだろうか?そんなことを考える。


「まあいいや、帰ろう。勉強しないと」


 そうしないと、愛が帰ってきたときに弟が成績不振だったらショックだろう。今までもそうやって自分を奮い立たせてきた。やはり愛の存在は縦軸にとってかけがえのないものだった。



 そうして縦軸が帰ろうとしたとき、見知った顔が現れた。


「よっ、奇遇だねぇ」

「いや、何でいんだよ?」

「うーん……運命、かな?」


 どういう配慮かは分からないが、作子は縦軸の前だといつもこうやって明るく振る舞っていた。愛が亡くなってからは、その傾向がより強くなっていた。ちなみに現在は私服である。


「で、本当のところは?」

「いやぁ実はね、あんた最近悩んでたみたいだから心配でさ。家に行ったら素子さんから、あんたが出掛けたって聞いたんだよ。それでここまで追いかけてきたってわけ」

「なるほど。だから汗びっしょりなのか。車買いなよ、貧しいの?」

「うっさいわね!趣味と貯金に流してるだけよ!そういうこと言わなきゃ可愛いのに」


 こうやって気を抜いて話せる相手というのは縦軸にとって珍しい。音とも軽口を叩き合うことはあるが、作子の場合は少し違った。幼馴染ということもあってか、心の中の暗い部分も話せてしまいそうな、そんな地続きな感じがしたのだ。

 墓地を後にしながら縦軸と作子は並んで歩く。安心感は覚えるのに、大切なものが欠けている歪感は少し苦しい。


「あんたは何で来てたの?愛の墓参りなんて来たこと無かったじゃん」

「決意表明」

「ほう、じゃあやっぱり曲げないんだね」

「うん。姉さんを取り戻す」

「はは、ブレんねえ。いいわ。それでこそ縦軸だわ」


 作子の表情はあまり変わらなかった。少し意外に思った縦軸だったが、彼女が昔から自分をよく知っていることを思い出した。家族以外では断トツで長い付き合いになる人物だ。


 ついこの間雨が降っていた。それが分かるかのように湿気という綺麗な不快感が彼らの歩く道とその傍に咲く紫陽花を濡らしていた。この風情だけで(うた)の1つでもできてしまいそうだ。


「ねえ、ちょっと休まない?(ここ)蒸し暑いしさ」


 作子の提案で場所を変えることになった。




 どこかおしゃれなカフェに行くことも賑やかなファミレスに入ることも無く、結局2人が落ち着いたのは縦軸の部屋だった。


「ふうぃ〜。エアコンこそ正義」

「何だこのだらしない部活の顧問」


 蒸し暑い自然界から解放された作子は、縦軸の部屋という人工の空間を謳歌していた。確かに彼女の姿を見れば無理もない。縦軸を追いかけるために急いだのか、汗で服の所々の色が濃くなっている。


「にしてもよく知ってたな。僕が悩んでること。話したつもりは無いんだけど。誰かに聞いたのか?」

「ああうん。三角さんに相談されてね。いい友達持ったじゃん」

「友達か……」

「お、その感じは悩んでるね?」

「うん。その、彼女たちは友達なのかなって」


 こんなことを言えるのは強い。自分の心を出発した本音は、陸路を通って歩きながらそのまま作子のもとへ辿り着いてしまう。そして縦軸は、その答えに期待していた。作子ならばあるいはと思っていた。


「なるほどなるほど。うんうん、分かる、お姉さんにもそういう時期あったともさ」

「作子、どうすれば」

「本人たちに訊きゃいいでしょ」


 作子は躊躇いもなく言い放った。何か裏技や解のようなものをいくらか期待していた縦軸にとって、これは頭を抱えてしまう事態だった。


「それができたら苦労はないよ……。そもそもそんなこと普通訊くか?こちとらクラスの中心でいられるような熱血漢でもどんな奇行をしてもおかしくない変人でもないのに。それにそんな質問して三角さんと先輩困らせたら……」

「黙らっしゃい」


 そう言って縦軸の口を塞ぐ作子。ただし人差し指で唇軽く抑えるのではなく、心臓マッサージの形で口全体を力強く覆っている。


「んんふほ、んぁひふぁんんひほへはほか?(作子、何か封じ込めたのか?)」

「おっ、悪い悪い」

「んはっ!殺す気か!」

「あはは、何かノリで。んで、私の手は暖かかったかね?」

「覚えてないよ!」


 必死で叫ぶ縦軸を見て、作子の表情が綻んだ。とても自然な笑顔だ。


「で、少しは楽になった?」

「え?」

「そのままの意味だよ。愛の件はあんたの好きにさせようと思ってたけどさ、流石にそんな人間関係で悩んでたら手を貸したくなるわよ」


 作子としても縦軸の気持ちはよく分かった。彼が愛を喪ってからはあまり人と関わらなくなったのを知っていたからだ。


「いいか縦軸。まず王道のアドバイスをすると、そんなこと考えてばっかいても何も始まんないのよ。分かんないなら訊け。勇気を出して」

「だからそれができたら」

「それと次にもう1つ2つ」


 作子が再び縦軸の言葉を遮る。


「恥ずかしいことって、やってる最中は案外何にも考えてないのよ。なかなか訊けないこととかできない話も、いざ始めたら実はスッと終わるのよ」


 縦軸はただ、作子が言葉を紡ぐのを待っていた。


「あとまあ、これが本命なんだけど、あんたさっきから普通はどうこうって何言ってんの?」

「…………え?」


 縦軸は作子の発言の意味を分かりかねた。


「シスコンで、何か変なスキル持ってて、死んでも諦めなくて、あんたは十分()()じゃ()()()わよ」

「……!」

「あんたの人生は普通じゃないの塊よ。だから、前例なんて気にすんな。見えたものに突き進め」


 縦軸の目から何かが抜けていった。瞳孔の奥、網膜と盲点までがよく澄んでいるかのようだった。


「ありがとう、作子」

「なんだ、ちゃんとお礼言えたんだ」

「姉さんの弟だからね」


 これでいい。作子はそう思った。


「そうだ、アイスあるけど食べる?」

「おおー!分かってらっしゃるー!30分以内で頼むわ!」

「作子、それはピザだ」


 縦軸は1階へ降りていった。そして作子の好きな味のアイスを2つ取って部屋に戻っていった。その間、特に何も考えないでいられた。

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