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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第2章 スウガク部編
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同相ループ【1】

 7月になった。流石に暑い。どれくらい暑いかといえば作子が――

「わざわざ外に出て怪獣退治とか嫌でしょ? しばらく部活は少なめにしとくね」

と気を利かせたくらいだ。作子が拉致した元クラスメイトの中に彼女の制御を離れて怪獣となる者がいるので完全に休みとはならなかったが、それでも心音たちの負担はかなり少なくなった。加えて残りの活動日には微や愛などの比較的動けるメンバーが積極的に出動することになった。心音や階差などのそこまで動けない面々が出なければならない日はおそらくゼロだろう。

「あのさぁ」

 前髪を伝って目に入りかけた汗を拭いながら心音は重たく感じる口を開いた。

「見てるだけで暑苦しいっす。離れろ」

「え〜! いいじゃないですかぁ」

 冷房の音がスウガク部の部室に溶け込む。

 視界に居座る少女に対する心音の抗議は無駄に終わった。少女に抱きつかれている被害者本人の縦軸は心音に申し訳無さそうな目を向けつつ、半袖に衣替えしたことでその細さが露わになった腕で何とか少女を押し返そうとささやかな抵抗を続けていた。

「タテさん、なんか大変っすね……」

「あはは……だね」

「セ〜ン〜パ〜イ、アタシにも構ってくださいよぉ」

 初項一(いちより)見言(みこと)は心音に目もくれない。一方、どうせ暇なのだからたまには勉強でもしようとノートを広げていた心音は見言が気になって仕方が無かった。どうして目の前でやるのか。まるで自分の存在を心音に知らしめようとしているかのようだ。

「これお姉さんに見られたらまずくないっすか?」

「まずいね。絶対揉める。揉めた」

「お疲れ様です」

 心音は縦軸を助けたくなった。特別な理由など無い。あまりにも困っているように見えたから。それだけだ。

 取り敢えず気を逸らしてみよう。と、心音は思いついた話題を見言に投げかけることにした。

「ていうか初項一さん」

「ん?」

「あんたここの天文部にいたんすよね」

 見言の注意を引けそうな話題は何か。心音の頭に真っ先に浮かんだのは階差だった。

「前に部長さんがこの人に向かって『お久しぶりです』って言ってたわ」

「あの人は1、2回会った程度の奴をすっと思い出せる程顔覚えがいいわけじゃねえ。つまりこの女とは交流があったってことだ」

 心音の側でススキとヨータローが得意げに語り出す。自分にしか認識できない幼馴染たちの声と姿は心音の心を和らげるのには十分だった。

「そんであの人は人付き合いが多い人間でもない!」

「学校での知り合いなんて部活かクラスが同じ人くらいだわ!」

「「つまりこの人は天文部のOGで間違い無いっ!」」

(あんたら元気っすねー)

 ススキとヨータローは犯人と手口を完璧に言い当てた探偵のようにポーズを決めた。思わず笑い声が漏れそうになった心音だったが、何も無い空間を見て笑ってしまえば見言が余計に反応してしまうと容易に想像できたため、口を閉じて歯軋りをするかのように笑いを押し殺した。

「天文部にいたってことは部長の、一別階差さんの先輩なんすよね」

「かもねー」

「挨拶ぐらいしてあげたらどうっすか」

 天文部や階差の名前を出しても反応が無い。その時点で心音は自分が今した提案がどうなるのかは大体予測できた。その上で見言に提案した。

 見言の反応は予想通りだった。

「えーめんどくさーい」

「何でっすか。部長もあなたとまた会って話せたら、きっとすっごい嬉しいと思いますよ」

「だってアタシはどうでもいいもん。そのブチョーって人も知らないし」

「去年散々会ってた筈ですよね。天文部で」

「しーらーなーい! おぼえてなーい」

 見言はまるで小学生未満の幼い子供かのように1文字1文字の間が妙に空いた口調で反論してきた。別に大して短気でもない心音があっさり腹を立ててしまうような腹立たしい、こちらとの会話は成立しないぞとアピールするかのような話し方だった。

 ちなみに見言の関心は一応心音に向いたらしく、縦軸は自分への興味を失ったらしい彼女の拘束からさりげなく脱出していた。




 心音の従姉妹は彼女と同じく九ノ東学園に通っており、小等部でもトップクラスの成績を誇っている。一方で頻繁に授業をサボることや他人への態度があまり良くないことから教師たちの間では問題児としても認識されており、生徒たちからもちょっとした有名人扱いをされている。

 そんな従姉妹の環名(かんな)が心音の目の前にいる。

「どうした心音。顔が悪いぞ」

 心音の前の席から椅子を借り、心音の机に足を置いていた。

「顔色が悪いって言えっす。私は泣く子も黙る美少女っすよ」

「そのぐらいツッコミができるならまだ余裕はあるな」

「私は余裕あるっすけど……」

 言葉に詰まってしまう。しかし環名はその先の文章を察してくれた。

「一別階差、より具体的には見言のことか」

「まあ、うん」

「見言に関することで階差が心配になったということか」

「よく分かるっすね。環名のくせに」

「お前のことならまだ分かる」

 疲れたのか机の上に乗せていた足を下ろしながら環名は答えた。

 環名が教室を訪れた直後は気になって仕方がない様子だった周りの生徒たちは、もう既に興味を失った様子だ。心音は辺りに注意を払うのをやめて環名だけに意識を向けた。

「昨日のことなんすけど――」

 心音はスウガク部の部室でのやり取りを簡単に話した。

「初項一さん、部長の知り合いっぽいのに部長のことを全然覚えてないんすよね」

「しばらく会ってなかったからだろ」

「いやいやいや。3年の途中で部活辞めたとしてもせいぜい1年前には会ってるっすよね? 大人になってからの同窓会じゃないんだし」

「じゃあ作子が何かしたのかもな」

「あーーーあの人って他人の記憶を弄れるんだっけ」

 原前(もとさき)作子(つくるこ)は魔法使いの前世を持つ。そしてその前世が培った魔法の力を自由自在に振るうことができる。ならば――という疑いはどうしても浮かんでしまう。

「あくまで推測だ。真に受けるな」

「そうっすよね。かといって否定もできない」

「本人に訊けばいいだろう」

「訊いてクロだったらどうするんすか」

 単に見言が忘れているだけならまだいい。自然と忘れただけなら自然と思い出すことだって可能だろう。しかし作子が意図的に忘れさせたとしたらどうか。魔法の力を自分たちでどうにかできるとは心音には思えなかった。

 作子に頭を下げてどうにかしてもらう案が心音の脳裏に浮上する。

「あの人と交渉とかどう考えても面倒くさいじゃないっすか〜」

「あくまで何もしないわけではないんだな。どうしてそこまで階差に世話を焼く?」

「え? うーん」

 九九の一の段と違ってすぐに答えが出てこない。心音はススキとヨータローに助けを求めた。

「俺たちに訊いてどうする」

「ココちゃんが考えるべきよ」

(だよなあ)

 会話が止まる。心音は環名から目を離し、目や耳から入ってくる情報をどうでもいいものとし、頭の中に引きこもった。環名は何も言わない。待っている。

 心音は手探りな様子で口を開いた。

「困ってる人がいると、助けたいじゃないっすか」

「心音らしいな。だが限度があるだろ。お前は無理してまであいつを助けようとしてないか?」

「そうっすかね……」

「わたしにはそう見える。何故だ」

 また同じ状況。同じように心音が口を開く。

「……すぐ周りが見えなくなって、後先考えなくて、そうやって迷惑かけるたびに自分を守ろうとして、その後酷いことしたって自覚して落ち込んで、それでいて謝れなくて」

「それで?」

「でも、どんなに苦しくても、耐えて、耐えてしまって、結局慣れて耐え続けてしまう」

「それで?」

「真面目だなって。きっと逃げるのは面倒くさいからだろうけど、それでもすごい人だって。あの人はきっと本当なら、優しくて真面目な人なんだろうなって」

「面倒くさい奴だぞ」

「この世に面倒くさくない人なんていないっすよ」

「かもな」

 心音はススキとヨータローを見た。2人は何も言わない。

「それで階差のことが気になるのか?」

「まあ、うん」

「そうか」

 再び会話が止まる。今度は綺麗に終わったとも捉えられる形で止まった。

 ただしこれで終わるとは限らない。

「今度はこっちが質問する番っすよ」

「そんな決まりがあったのか」

「環名って何でよく中等部(こっち)に遊びに来るんすか」

「遊びには来ていない」

「あ、さては愛さんの監視とか? タテさんってお姉さん相手だとちょっと重そうだしそういうこと頼んでても」

「それはイデシメがやっている」

「監視はほんとにさせてんのかーい!」

 無駄に声を張り上げて心音はツッコミを入れた。

「ところでお前」

 そのツッコミを環名は無視する。

「一別階差が心配なら、もう少し無理をした方がいいと思うぞ」

「え?」

「分かっている筈だ。今のお前は助け切れていない」

「……そうっすね」

 心音は立ち上がり、思わず階差の教室へ歩き出していた。環名はそんな彼女の手を掴んだ。

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