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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第2章 スウガク部編
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スウガクノート【6】

「やばいやばいやばいやばい! ああああああああああああ⁉︎」

 叫びながら走るのは疲れる。しかし心音は叫ばざるを得なかった。今回の怪獣がひと味違ったからだ。

「ちょっと先生! どうなってるんすかあの怪獣⁉︎」

 電話をしながら走るのは疲れる。しかし心音は電話をかけずにはいられなかった。責任者を問いただすためだ。

『あーごめん。強くしすぎたわ』

「じゃあ弱くしてくださいよ!」

『大丈夫大丈夫。何とかなるから』

「何言ってんすかあんたァ⁉︎」

『ほんじゃ終わったら部室戻って来て。話あるから』

 プツリ。

「ぎゃあああ切りやがった!」

 そうこうしている間にも怪獣が心音に迫っていた。あまりにも近すぎて怪獣の熱が伝わってくる。そして間も無く怪獣の牙が触れる。そうしたらどうなるか。

「ひいいい! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」

 喚き散らし、ただ走る。その時――


「〈転生師(トラックメイカー)〉」


 目を覆う程の光が溢れ、そして程なくして収まった。

 再び心音が目を開けた時、怪獣は消えていた。

「は……え、何?」

「大丈夫? 怪我はしてない? あ、あの怪獣なら姉さんの元へ送ったから安心して」

 その少年は、少なくとも心音の視点ではどこからともなく現れた。もしかしたら本当に突然現れたのかもしれない。もしくは怪獣に遮られて物理的に見えなかったのか、見えていたのに混乱のあまり気づかなかったのか。

 いずれにせよ心音にとっては突如姿を現した不気味な少年だ。少年とは言っても心音より背が高く、おそらく年齢も上と思われる雰囲気がある。悪い人には見えない。殴ったり蹴ったり、あるいはそれ以上恐ろしい行為をしてくるような気配は無い。だけどどこか怪しい。何故かは心音にも分からない。

「怪我、痛いところとか無い?」

「あ、ありません」

「よかった。梶尾(かじお)心音(ここね)さんだよね。スウガク部の新入部員の」

「あなたは」

 まだ日はそこそこ高い。しかしその少年が微笑む瞬間、夕日が地平線とほぼ平行に、少年の顔を逆光の影で包み込む形で射しこむ光景が心音の脳内に発生した。恐怖の対象の正体が分からない時に襲いくる不安が、心音の胸の中でざわめいているようだった。

「僕は(うつろ)縦軸(たてじく)。スウガク部の副部長だよ」

 縦軸を眺めて、心音は言葉を捻り出す。

「副部長さん……」

「ん?」

「そのスカートどこで買ったんすか」

「知らない。作子に訊いて」




 2人は軽い自己紹介を交わした。とは言っても縦軸は心音のことをすでにある程度聞いていたらしく、主に新しい知識を得たのは心音だけだった。

 縦軸がスウガク部の顧問である原前(もとさき)作子(つくるこ)の幼馴染だということ、心音の友達の十二乗(ひとめぐり)(おと)を助けてくれた内の1人が縦軸だということ、そして彼の姉のこと。1つ1つ明かされるたびに心音が驚いて叫んでしまったため、縦軸はどこかにのど飴でも持っていなかったかとポケットというポケットを探りに探った。

「さっき少し見たけど、梶尾さんって運動得意そうだね」

 怪獣と戦うために持ってきていた薙刀を片付け、ジャージについた汚れを軽く払う。制服だと汚れたり傷がついたりして大変だから、スウガク部の活動中は体操服に着替えること。心音は作子からそう勧められていた。

「そうっすか? 人並みくらいにしか動けないっすけど」

「僕はその人並み程度にも動けないから」

「ああ……」

「じゃあ部室に戻ろっか」

「うーっす」

 怪獣がいた場所に背を向け、2人は元来た道を歩き始めた。まだ夕焼けにすらなっていない空に目をやり、このぐらい明るいうちに帰りたいだろうなと、心音は部室で待っている階差のことを考えていた。

「副部長さん」

「そんな固い呼び方じゃなくて大丈夫だよ」

「タテさん」

「タテさん……それで?」

「私ら、いっつも倒した怪獣放置してるっすよね」

「うん」

 心音はすでに何体もの怪獣を倒していた。ただし倒すとは殺すという意味ではなく、行動不能にさせることを指す。先程の怪獣は例外として、大抵は数発攻撃を当てるだけで倒せる。あまりに簡単に倒せるせいで何のために何をしているのかさえ分からなくなりかけることも少なくなかったが、心音は初めて怪獣に遭遇した日のことを思い出しながら日々を過ごしていた。

「ほっといていいんすか? ポイ捨てはダメだと思うんすけど」

「作子が何とかしてるから」

「何とかって、あんな馬鹿デカいのどうやって片付けるっていうんすか」

「一旦人間の姿に戻してから隠してるらしいよ」

「帰してはあげないんすね」

「殺してないからまだマシだよ」

 笑ってそう返す縦軸に、心音はどこか仄暗い影を見た気がした。

「タテさんって闇深そうっすね」

 そして感じたことをそのまま告げた。

「大好きな姉を亡くしてるからね。自分で言うのも何だけど、闇があってもおかしくないと思うよ」

「はあ……」

「あ、気にしないで。姉さんなら生きてるから」

「いやさっき聞きましたから」

 悪い人ではなさそうだが、変な人。心音の中の縦軸の評価は固まりつつあった。




 知っている人が3人と知らない人が1人。その内2人は将棋盤を挟んで向かい合っていた。ただし本気で勝負している者たちの放つ殺伐とした空気は無い。

「音、何やってるんすか」

「ん。階差(かいさ)ちゃんと仲良くなろうと思って」

「それで将棋?」

「学校に持ち込めるゲームなんてこれと囲碁が関の山でしょ」

「確かに」

 音によると駒の動かし方を教えていたところらしい。階差は説明の中で何か引っ掛かるところがあったらしく、真顔で盤面を睨みつけている。心音たちの会話も聞こえていないようだ。

「心音、囲碁教えられたりしない? 私分かんないの」

「相手の色を自分の色で挟んだら裏返って――」

「それ違うやつだから! 目つきが割と似てる程度の他人の空似だから!」

「部長」

「……!」

 階差は驚き、そして怯えた。今の自分の反応が嗤われないか、そんなことをする者はここにいないと分かっていても不安になってしまう。

「駒同士に力関係は無いっすよ」

「ああ……」

「つまり歩で金を取ってもいいし、逆に金で歩をとってもいいんすよ」

「ああ」

「だから覚えるのは駒の動き方だけでいいんす」

「ああ!」

「ところで――」

 部屋の奥に置かれたソファ。それに腰掛け子守唄を歌う少女と、彼女の膝を枕にして目を閉じている少女がいた。

「そっちの顔がいい人は?」

「私の友達。平方(ひらかた)とはもう会ってるのよね。顔がいい方は三角(みすみ)ていり。まあどっちも顔いいけど」

「あの人が。どうもっす」

「こんにちは」

「あなたが梶尾さんね。初めまして」

「あ、起きてたんすか」

 ていりは体を起こさないまま、こっちへ来いと心音へ手招きをした。心音が首を傾げながらも近くへ寄ると、ていりは微笑みながら成の隣を指差した。

「先生が来るまでくつろいで」

「はあ、どうも」

 腰掛ける。とても柔らかい。

「あれ、タテさんがいない?」

「虚君のこと? お姉さんを迎えに行ったんだと思う。すぐ来るわよ」


「皆さーん! ただいま戻りました!」


 部室の扉が勢いよく開いた。

 入ってきたのは1人の少女。高校生であるスウガク部の面々とは違い、心音に近い年齢に見える。黒い髪、眼鏡、そして縦軸とどこか似た雰囲気の顔。その顔で心音は彼女が誰かを察した、

「おや、見ない方が」

「初めまして。梶尾(かじお)心音(ここね)です」

「あ、一別(いちべつ)階差(かいさ)です」

「新入部員さんというのはあなたたちでしたか」

 少女はぺこりと頭を下げ、直射日光のように眩しい笑顔を向けた。

「初めまして。(うつろ)(あい)といいます。こっちは私の弟の縦軸です」

「一別さんは初めましてだね。縦軸です」

「あ、こんにちは」

「おー集まってるね」

 2人の後ろからまた1人姿を現した。作子だ。

「微とイデシメちゃんももうすぐ来るし、始めよっか」

 作子が黒板の前に移動する。チョークを手に取るその様はまさに教師だ。部室にいた誰もが、文字を書こうとするその動作に目を奪われていた。

 そうして集めた視線に対し、作子は堂々と言い放った。

「これより、『怪獣リロード』対策会議を始める」

2025年6月6日追記

心音と成が初対面ということになっていましたが正しくは既に面識があったため訂正しました。

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