ハイドアンドプルーフ【6】
「調べたらいいじゃないですか。私の記憶を」
……まじで何者なんだよ君は。私が記憶を操る魔法を使えることまで知ってるなんて。あれって向こうの世界でもノヴァ以外使える人いなかったんだよ。あまりに誰も使えないもんだから開いただけで使い方が全部分かる本をノヴァが作ってばら撒いたくらいなのに。それでも使える人は現れなかったらしいけど。
「昨日の晩飯から他人には話せないような秘密まで全部分かっちゃうよ。本当にいいの?」
「ダメです」
「調べたらいいって言ったよね?」
ダメだ。この子がよく分からない。ずっと監視してた筈なのに、いやそれ以前に私はこの子の先生なのに、意図が全然読めない。分かってあげられない。
「さっきも言いましたけど、ずっととは言っても24時間私の一挙手一投足を全て見ている訳じゃないでしょう」
「は?」
「おそらく常時私の行動を脳内に記録し続けている訳でもない。そんなの脳が耐えられませんから」
「お、おう」
「現実的に考えられるのは、先生の任意のタイミングで監視カメラのように私の周りを映し出す魔法、でしょうか」
「……」
「当たってますか?」
「……」
黙って頷いた。ていりちゃんはどこか意地悪な笑みを浮かべた。
「ていりちゃんと呼んでくれて構いませんよ」
「え、声に出てた?」
「顔に出てました。まあ私は三角さんとかていりさんでも良いですけど」
「……ていりちゃん」
「はい。ていりちゃんです」
賢いのは知ってたけど、ここまでペースを握られるとは。何というか、悔しい。
「魔法が使われたら察知できる。おまけに先生と関わってある程度考えが読めるようになった。それなら監視の目を掻い潜るくらい簡単ですし、先生の知らない私がいてもおかしくありません」
あ、今までのって私がていりちゃんのことがよく分からなくて困惑していることに対しての説明だったのか。心を読まれてるみたいだ。
「じゃあ私が知らないていりちゃんを教えて欲しいな」
「やだ」
「むぅ」
大人たるもの、子どものわがままにいちいちキレちゃいけない。時には笑って受け流す器が必要だ。だけど今私は、この子がずっと余裕なのがちょっぴり我慢できなくなりつつある。
「大人をあんまりからかうんじゃないよ」
「先生が本気で嫌にならない限度は守ります」
「それならいいよ」
それならいいよ。
「ところで先生」
「ん?」
「私の質問に答えてくれませんか」
…………何だっけ。
「ごめん。ていりちゃんが衝撃的すぎて忘れちゃった」
「私を監視していた目的と先生の正体です」
「何となくていりちゃんが怖かったから。私にはもう1つの人格があってそいつが異世界人です」
「なるほど」
「ハッ!」
しまった。つい喋ってしまった。
「くっ、やるわね」
「今の会話で私は何か誘導をしましたっけ」
バレては仕方がない。こうなったらもう1回ていりちゃんの記憶をいじるしか……ん? ちょっと待て。
「ていりちゃん、私が前世持ちだって知らなかったの?」
「はい。初耳です」
「じゃあ何で記憶いじれるって知ってたの?」
「私って7歳、小学1年生の時に先生と会ってますよね」
「!」
まさか記憶が戻った? いやだとしてもあの時のていりちゃんは意識を失ってたから私が魔法を使うところは見ていなかったよね? どうして。
「あの時の私は生きづらくて仕方がありませんでした。先生もご存知ですよね」
知っている。あの頃の三角家は間違い無く荒れていた。
そもそも彼女の両親が職を失った原因は彼女の父が勤めていた会社の社長に楯突いたことで、彼女の父が楯突いた理由は三角家に全く関係無いことだ。見方によっては何で大人しく社長の言う通りにしなかったと怒る人もいるだろう。
夫婦喧嘩は日に日に増えていった。ていりちゃんがいる前では控えようとしていたみたいだけど、怒鳴り声は彼女の部屋まで響いていた。ていりちゃんにとって家は心が休まる場所ではなくなった。
「私はそんな時期をどう生き抜いたんですか。私が覚えている通り1人で寂しく過ごしていたのなら、私はこんないい子になっていませんよ。そもそも生きてるかどうか」
「え」
「誰かいますよね。私を助けてくれた人が。先生ですか、それとも別の誰かですか」
この子……自己分析だけで自身の記憶の違和感に気づいて成ちゃんの存在にまで辿り着こうとしているというのか。賢すぎない? 自分がどんな性格でどうやってその性格になったかを事細かに分析するとか私なら絶対無理なんだけど。しかもそこから魔法で記憶を変えられたって発想になるなんて。
「『私が』魔法を使ってるってのはどうやって分かったの」
「虚君のお姉さん、愛さんのクラスメイトについて多少調べました。別人のように性格が変わった人が何人もいましたよね。先生が魔法を使えたらやりそうだなと」
「100点。私の負けだよ」
あの恐怖は正しかったのかもしれない。この子は、ていりちゃんは賢すぎる。私のボロを見事に見つけて事実に到達した。この子が本気で命を狙いに来たら多分勝てない。
「ごめんね」
全部忘れさせるしか――
「全部忘れさせるつもりですか」
――手が止まった。
「できませんよ。先生は生徒にそんなことしません。できるなら直接記憶を覗いてるでしょう」
真っ直ぐ見つめてくる。迷いが無い。
「私はもう他人じゃない。あなたの生徒です。だからあなたは、私に何もしません」
「……悪女め」
ていりちゃんは笑った。
その後、ていりちゃんがあまりにしつこく訊ねてくるので、元の記憶がどんなだったかをつい白状してしまった。説明しただけで彼女自身は思い出せなかったみたいだけど、今度は私の語る『平方成』に会ってみたいと言い出した。
結局私はていりちゃんのわがままに負けてしまい、私のクラスメイトを架空の人間に改造して成ちゃんのクラスメイトに仕立てた監視役を利用することで成ちゃんを鳩乃杜高校に引き寄せた。
ただあまりにていりちゃんの言いなりってのも悔しいし、調子に乗って『私』を殺すかもしれない。とても危険だ! なのでかなり陰湿かもしれない意地悪をさせてもらった。大して仲良くもない奴に好かれるのは辛かろう。しばらくモテるがいい。
詰められていた。
「先生、全部思い出しました」
成ちゃんがきっかけで記憶が戻ることは想定済みだった。しかしまさか声を聞いただけで全部思い出すとは。
「思い出すに決まってますよ。成の声は可愛いんですから」
「んーまあそりゃそうだけども」
やっぱりこの子の好きにさせておくのはダメだったんだ。
「どうして私から成の記憶を消したんですか。あの日何があったんですか」
このままじゃ『私』が危ない。
「どうすれば成は私のことを思い出してくれますか」
大人しくしてもらわないと。
「先生!」
「ていりちゃん。悪いんだけどこれ以上は放っておけないや」
殺すのは嫌だ。記憶を書き換えるのももう嫌だ。
「私の記憶を消すのは無理ですよね」
それはていりちゃんも分かっている。
「だからって何もできない訳じゃないのよ」
「と言いますと?」
「君のご両親、どっちかは家にいるよね?」
本人に手出しできなくても、家族の方はまだどうとでもできる。無関係の人を巻き込むのはあまり好ましくないけど、ていりちゃんを御せるのなら御の字だ。
「どうする? お母さんが言葉も話せなく――」
「そんなことしたら私泣きますよ」
「……だから何さ」
「友達の私が泣いてたら虚君も悲しみますよ」
「……」
「分かったら大人しくしててください」
「うぐぐ」
やっぱりこいつは悪女だ。
終わった。失敗した。
3学期の終わり、やっと縦軸の能力が完全に覚醒した。だから微の別人格であるディファレを利用して縦軸の能力を発動させ、彼らと一緒に私も異世界へと転移した。
ついに自数然さんに会えた。私のことを笑顔で受け入れてくれて、ノヴァに対してはおかえりなさいと微笑んでいた。そして彼女が用意したという部下たちと共に、縦軸を彼女の元へ連れて来るよう仰せつかった。
だけど失敗した。縦軸は能力使いこなしてるし。愛の別人格も普通に受け入れてるし。私は一旦実家に帰らされるし。挙げ句の果てに――
「なんなのこれえええええええ!!!!!」
まさか教え子にマンガのギャグみたいなロープぐるぐる縛りで捕まえられるなんて。
「だって、先生が悪さするといけないでしょ?」
「したとしてもあんたなら余裕で殴って止められるやろが!」
「暴力は微が嫌がるから」
「この姿は暴力じゃないと⁉︎」
簡単に説明しよう。
縦軸の能力で異世界から一旦実家に帰らされた。それから縦軸や彼の友達の音ちゃんと一緒に両親に挨拶した後もっかい異世界に連れて来られたと思ったら、拘束された。
「ていうか何でゴードンとセシリアまでいんのよ! あんたらディファレと喧嘩してたでしょ!」
「こいつに仲悪い演技しとけって言われてな」
「あなたに警戒されないように、ですって」
読まれてんじゃね〜か〜!
(ディファレには元々警戒されてたんだし、仕方ないよ)
うっさい! あんただって奥さんにビクビクしてて碌に手伝ってくれなかったじゃんか!
「んで、この人どうすんのよ? 先輩は何か言ってる?」
「黙ってる。悩んでるみたい」
「俺たちはこっちの世界の住人だ。こいつはあんたらの知り合いなんだろ?」
「だからあなたたちの意見が優先よ。カール君たちもそれでいいわよね?」
「問題ありません。先生もいいって言ってます」
あ、エーレのやついんのね。カール君に取り憑いてる感じか。こらノヴァ、悲鳴あげんな。
「はあ……三角と傾子さんはどっか行っちゃって連絡取れないし。今からでも先輩に探してもらったら?」
「どこに行くのか言わなかったんだから、きっと探さないで欲しいんだと思うよ。だからやだ」
「うおびっくりした。急にディファレから変わるじゃない」
「兄さん。兄さんはどうしたい?」
縦軸は頭を抱えて何か呻いていた。
「うぅ……たてじくぅ……」
もうやだ。絶対嫌われた。調子に乗って縦軸たち以外ぶっ殺すとか言っちゃったし。頭ん中にジジイ飼ってるとか気持ち悪いに決まってる。
(おい)
「愛ぃ……悪いことしてごめんなさい」
「いや、私は別に気にしてませんから。ところで縦軸、大丈夫?」
「ちょっと虚。どうした? お姉さん心配してるわよ」
「……かん」
「え?」
「あかーーーーーーーん!」
……え? もう何回も同じようなこと言ってる気がするけど、え?
「このままじゃあかん! 詰む!」
「ええっちょちょちょ何何何何何なにナニ?」
「縦軸⁉︎」
「お兄ちゃん⁉︎」
「おいこら虚。具体的に話せ」
「ここで作子を許さないとお姉ちゃんは不満抱えて離反するし僕も絶対お姉ちゃんについてくから皆と僕たちで殺し合いになる!」
「お兄ちゃんがおかしくなった」
縦軸がおかしくなっちゃった。きっと私が人殺しを企むような奴だって分かったから。いやそんなことをわざわざ気にする程私は意識されてたのか? いや縦軸はそんなに優しくない奴じゃないし。いやでも私が気にされてるってのも違ってたら恥ずかしい。でも……
「作子!」
いつの間にか縄を解かれて縦軸の手に両手を包まれていた。
「僕は作子にいて欲しい! 罰だとか言って死ぬのはやだ! だよね、お姉ちゃん!」
「は、はい! そうです。作子がこれ以上悲しい思いをするのは嫌です」
「皆もいいよね?」
私は縦軸が生まれた頃から知っているが、こんなに強く圧力をかける縦軸はあんまり見たことが無い。優しい子だから、他人に自分の意見を強制するなんてことは今まで無かった。それが今、私のためにだなんて。
「兄さんとお姉ちゃんがいいならワタシはいいよ。ちょっとは疑い続けるけど」
「はあ……虚がそこまで言うならそれでいいわよ。先輩は?」
「もちろん! 先生、これからもよろしくね!」
「後は三角たちか」
「大丈夫! きっと説得してみせる! 僕に任せろ!」
「あーはいはい分かったから。近いってば」
何が何だか分からない内に、私は許されたみたいだった。




