ハイドアンドプルーフ【3】
愛をいじめた連中に復讐すること。
縦軸が能力を使いこなせるようになるまで彼を助けること。
この2つが私のこれからの目標だ。まずは1つ目、復讐。魔法という大それた力を手に入れた途端調子に乗って反撃し始めるなんて、いかにも弱虫って感じで正直かっこ悪いとすら思う。だけどそれでいいんだ。私はかっこ悪い弱虫でいい。私なんかの体裁よりも、いずれ愛が帰ってくるかもしれないこの世界で奴らがのうのうと暮らしていることの方が問題だ。そんなことは許されない。あの家族の幸せを阻む者は、前もって消しておかないと。
「ふぅ……ああ緊張する!」
1日ぶりの登校だ。学校を休んだのなんて小2のときにインフルエンザになって以来かもしれない。あの頃は縦軸が生まれたばかりで、愛もご両親もお見舞いに来てくれなかった。それで寂しくなった私が散々駄々こねたっけ。
「いざって時はオレがカバーするから、気楽にやりなよ」
「うっさい急に乗っ取るな」
母さんと父さんに見られたらどうするんだ。娘がついにおかしくなったと思われてしまうだろ。
「ふぅ……行ってきます」
靴を履く。ドアを開ける。
世界はまだ涼しい。早めに家を出てよかった。
「あー原前じゃん」
普段休まないせいで珍しがられた。幸いにも私に興味を向けたのはクラスの中のごくごく一部であり、その他の連中は私が教室に入ってきたことにも気づかない。おそらく気づいたところで珍しがったり特にこれといった反応を示すことは無いのだろう。幸か不幸か私は愛とは違って、積極的にいじられたりはしなかった。
「はーいHR始めまーす。お、原前来たか。何かあったら先生に相談しろよ」
担任は教室に入ってくるなり平然と言い放った。
何でわざわざ目立つようなこと言っちゃうかな。目立たないことが私たちにとって1番安全な生き方なのに。これじゃあいつらにいじるネタを提供してるみたいなものだよ。
(まあ愛が亡くなった直後でそんな馬鹿はしないだろ)
どうだか。そういうこと考えられる連中なら、人が死ぬまで追い詰めることもしないと思うんだけど。
(そっか)
HRの間は何も起こらなかった。しかしやがて担任が教室を出て1時限目までの短い休み時間が訪れると、私にとっての耐え難い地獄が戻ってきた。
この時間はいじめっ子どもが私たちの元へやって来る。正確に言えば愛の元へ群がってくる。私は基本的に最初から狙われる訳ではないけど、隣で見せられて何もできないのはかなり辛い。
まずは愛をバカにした言葉の数々を垂れ流す。私もだけど彼女は運動が苦手だからな。体育の授業や部活で必死に体を動かしてるだけでいくらでもいじるネタが出来てしまう。
彼女が無視を貫いた場合、今度は指先で彼女の横腹を突いてその反応を楽しむようになる。あれは意外と痛い。脊髄反射かどうかは知らないけど、自分の意思とは関係無しに体がびくりと反応してしまう。それが側から見たら面白いのだ。事実この説明を無関係の他人が聞いたなら、ちょっとしたことを大袈裟に話しているネタの一種とすら認識し得るだろう。けど何度も繰り返し繰り返しされると、ターゲットである本人はかなり精神的に追い詰められてしまう。
じゃあやり返せばいいか? これがそう上手くはいかない。口喧嘩をしようとしても上手いこと言えなければこっちが醜態を晒す羽目になるし、そもそもこっちが何を言ったって「面白いことを言った」という空気にされてしまう。物理的な手段に頼ろうにも私や愛はあいつらより体力やら運動神経やらが劣っているから、あいつらにとってはきっと面白いハプニングくらいでしかないんだろう。つまり何をやったって嗤われるだけだ。
嫌だな。愛はもういないし、今度は私がターゲットかな。耐えられるかな。
……。
…………。
………………。
……………………あれ?
(何も聞こえないだろ)
ああ、うん。
(記憶を操る魔法、こういう使い方もできるんだ)
は? どういうこと?
(例えば『作子は音を聞くことができる』とか『身長が何センチである』とか、そういう情報だって記憶と解釈できるんだ。脳みそではなく肉体そのものに刻みつけられている記憶としてね)
そっか。私の肉体そのものをちょっと作り変えて、一切の音が聞こえないようにしたのか!
(作子がオレより才能あるからできたんだ。生前のオレじゃこんな応用技はできなかった。作子の肉体を乗っ取ったおかげだよ)
すげー! 体をジジイに使われるのはやっぱり気に入らないけど今回は許す!
(ジジイ呼びは気に入らないけど許してくれてありがとう)
じゃあ元に戻して。
(え?)
聞こえなかったの? 元に戻して。
(いいの?)
いいよ。数秒くらいなら頑張って耐えられるし、それに目の前のこいつがどうも気になるから。
愛と同じ部活だったあいつらと違って、こいつはそこまで積極的に愛をいじってはいなかった。私と同じ、無視していた外野の1人ってとこかな。私と全部の事情が同じってことは無いだろうけど。とにかく比較的無害な奴だ。話を聞いてやろう。
「ねえ原前さん!」
「聞こえてるから。何?」
ひとまずクラスメイトのAさんとでもしておこう。Aは何やら改まった様子で、私に金でも借りたいのかと錯覚するような真剣な眼差しをしていた。
「話があって」
「話も無いのに話しかけはしないでしょ。で?」
「あのね!」
「あ」
壁にかかった時計を指差した。
「もうすぐ授業だから、また後で」
遮った。単なる嫌がらせである。
1時限目が終わり休み時間になると、Aは再び私の席を訪ねてきた。そこで話していてはいじめっ子どもに目をつけられそうだったため、私は彼女を連れて廊下に出た。連中に見られていないか、細心の注意を払いながら。
さて、話とは何だろうか。
「あのね、私ずっと原前さんのことが心配で。虚さんが亡くなってから、ずっと学校来なかったから」
「それで?」
「私、原前さんたちに仲直りして欲しいの!」
その後のこいつの話をまとめると、愛の死が原因で私といじめっ子たちが喧嘩してしまったのを何とかしたいとのことだった。少し具体的に言い換えよう。私と愛はいじめっ子たちと元々仲が良かったが、愛の死で私が取り乱したせいで喧嘩してしまった――こいつの中ではそうなっているようだ。だから仲直りできるよう手伝いたいとか。
「原前さんだってまた仲良しになりたいでしょう? 私、手伝うから」
声を聞いているだけでぶん殴りたくなった。もしも私が人を殴って「痛い」と感じさせられるだけの筋力を有していたら。そんな空想が空想である事実に涙すら出てしまいそうだ。
(この場でぶん殴ったら先生に怒られるよ)
分かってる。
(じゃあどうする?)
決まってる。
「そう言ってくれて嬉しいよ! ぜひ協力して!」
「うん! 私に任せて、原前さん」
「よろしく。灰谷さん」
これでこいつは変化した。私の協力者の灰谷になった。
私の目標2つ目、縦軸を助けること。
ノヴァが前世で出会った数然さんという人曰く、縦軸の能力は生まれ変わりやパラレルワールドへの行き来を可能にするものだという。これは向こうの世界の人間でも持っている人はいないだろうってぐらい珍しく、そして強大な能力だ。使い方を誤ればとんでもない事態になる。
そこら辺の人や車が無差別に知らない世界へ飛ばされたらと考えてみて欲しい。行方不明者続出だ。もしくは逆に、向こうの世界からドラゴンやら未知の言語を話す兵隊やらが転移してくる可能性もある。まあどちらにせよ大事件になるだろう。そうならないよう私が彼を助けてあげるんだ。
ということで虚家――縦軸と愛の家にやって来た。まだ学校は放課後ではないが、ノヴァの記憶の中にあったテレポートの魔法とやらを試してみた。もちろん誰にも見られないよう個室トイレに入ってから魔法を発動し、自宅の私の部屋へと転移してから虚家に侵入という寸法だ。
しかしテレポートしてからも意外と大変だった。うちの両親と縦軸のご両親に見つかってはいけない。それに気がついていなかったのだ。うちの親は私が今日登校したことを知っているから、この時間に家にいたら間違い無く不審がる。そうなったら言い訳が大変だ。縦軸のご両親に見つかった場合でも、うちの両親に情報が流れて同じようなパターンになる可能性がある。千里眼の能力でもあったらよかったんだけど。
(そんな都合のいい人そうそういないよ)
だよね。にしたって窓から入る羽目になるとは。
「タテ、起きてる?」
昨日と同じく返事は無い。まだ落ち込んでる、というか現実を受け入れられてないんだな。いっそ勝手に入ったことへ怒ってくれた方がマシなくらいだ。
縦軸は変わらずベッドの上で丸くなっていた。私が入ってきたことに気づいているのかどうかも分からない。
「あんたさあ、ご飯は食べてる?」
耳を澄ませて廊下に誰もいないことを確認してから部屋のドアを開けた。思った通りのものが置かれている。
「美味しそうだよ。食べよ」
彼の母が作った料理は既に冷めていた。なんとなく勿体ない気がしたので、前に魔法でやった手から炎を出すやつで程よく温め直した。
縦軸は相変わらず返事をしない。まるで本当に寝ているみたいだ。
「もしかして本当に寝てる?」
確かめてみたが、寝てた。
「温めた意味ねーじゃん」
(こういう日もあるから)
「薄っぺらい励ましありがと」
まあ今日の目的を考えたら、寝てくれてた方が助かるか。親御さんに見つかる前にさっさと済ませよう。
「この子の記憶を探ればいいんだよね」
(そう。ただし頭の記憶じゃなくて、彼自身の情報だよ)
今日侵入した目的、それは縦軸の能力を制御することだ。幸いまだ発現していないみたいだが、あれが使えるようになってしまうと今の縦軸にはおそらく扱いきれない。
だから私が細工しておく。記憶を操る魔法で彼の頭に能力の制御方法をインストールしておき、ついでに能力自体にも一部しか使えないよう制限をかけておく。後半はできるかどうか不安だけど。転移の能力はそうだな……せめて義務教育を終えるまでは使えないようにしておこう。
(じゃあ始めよう。まずは彼の能力についての情報を見つけて)
うん。やってみる。集中。
魔法を発動させる。
「うっ」
頭痛が押し寄せて来た。とんでもない情報量だ。
(関係無い情報は無視して。遺伝子の情報まで覚えなくていいから)
分かってる。能力と無関係な情報はスルーだ。絶えず私自身の記憶にも魔法をかけ続ける。覚えるためではなく、覚えないために。
能力の項目はどこだ? どこにある?
単語がランダムに並んだ辞書を高速でめくっているみたいだ。彼の能力に関する記載、その1つだけを見逃さないようにしないと。
探って、探って、また探って…………あった!
「見つけた! 〈転生師〉――縦軸の能力」
(それだ。後はこいつの記憶を書き換えるだけ)
「うん! ……うん?」
(作子?)
奇妙な感触を覚えた。上手く言えないけど、触ろうとしてるのに触れない。そんな感じだ。真っ直ぐ歩いていて透明なガラス板にぶち当たったようにも思える。
「何これ?」
(どうした?)
えっとこれは、何て言ったら……。
「干渉できない……のか?」
(のか、って何だよ)
「能力の情報に触れようとしてるのに、できない」
例えば私、正確にはノヴァの能力の情報に触れた場合は色々なことが頭に入ってくる。
悪人と思ってる人に自分の痛みを押しつける能力だ。条件に合ってれば押しつける対象は好きに選べる。痛覚を押しつけるだけで私が怪我した事実は消せない。
そういう感じで能力の詳細が頭の中にすうっと入ってくる。それが本来の仕様の筈だ。だけど今は、何故かそれが起きない。能力の内容が分からないし、書き換えようと思ってもできない。
「謎の力に邪魔されてるみたい」
(何だよそれ。数然さん何も言ってなかったよ?)
ノヴァの上司も想定してないイレギュラーってことか。何それ、怖いんだけど。
「ていうかあんたの魔法ってそんなホイホイ拒否できるもんじゃないでしょ? んなことできる奴なら、心当たりくらい無いの?」
「知らねえよそんなバケモン。師匠でも無理だったのに」
やっぱりか。どうもこれは人間の仕業じゃないみたいだな。こんな芸当ができるなんて、自然の摂理に反した存在でないと説明がつかない。それだけ不思議なことなんだ。
(可能性があるとすれば)
「だね」
自然の摂理に反した存在。人の理解が及ばない存在。そんなの私たちには1つしか思い当たらない。
「最初の怪獣」
(ああ。だけどまだ謎はある)
何故わざわざこんな細工をしたのか。私たちの行動を先読みして、妨害するような細工を。
まだまだ縦軸の能力には謎が多いみたいだ。探らなくちゃ。
宿題が増えてしまった。




